ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第69話 呪われた「教育者」 (The Cursed Educator)

グリム少佐の襲撃を退けた翌日。

 

ドロスの最深部にある、かつての作戦指令室。

 

埃を被った巨大なモニターの光が、カツオ、ハンス、そしてハヤブサの顔を青白く照らしていた。

 

 

【HADESの正体】

 

『……これを見ろ』

 

ハヤブサが、ボーン・ヤードから回収したブラックボックスのデータをスクリーンに投影した。

 

そこには、連邦軍オーガスタ研究所のロゴと共に、禍々しい文字列が浮かび上がっていた。

 

【H.A.D.E.S. (Hyper Animosity Detect Estimate System)】

 

「ハイパー・アニモシティ・ディテクト・エスティメート・システム……?」

 

ハンスが眉をひそめる。

 

「聞いたことがないな。EXAMの類か?」

 

「……似て非なるものだ」

 

ハヤブサが重い口を開いた。

 

「EXAMがニュータイプを『裁く』システムなら、これは無理やり『作り出す』システムだ。

 ……いや、もっと悪質だな。これは、パイロットを人間扱いしていない」

 

ハヤブサは、解析データを指し示した。

 

「このシステムは、敵の敵意を感知し、機体性能をリミッター解除まで引き上げる。

 ……だが、その制御をパイロットには委ねない。

 システムがパイロットの脳神経に直接介入し、強制的に反射速度を引き上げ、筋肉を動かす。

 パイロットは操縦するのではない。『システムに操縦される』のだ」

 

画面には、推奨稼働時間と共に

 

「パイロットの記憶野の欠損」

「人格崩壊」

「心停止リスク」といった言葉が

 

ただの「消耗品のエラー」のように記述されていた。

 

「……ひどいな」

 

カツオが呟く。

 

「これは操縦支援じゃない。『虐待』だ」

 

 

【心理学者の診断】

 

「虐待、か。言い得て妙だな」

 

ハヤブサが自嘲気味に笑う。

 

「ペイルライダー……『蒼ざめた騎手』とはよく言ったものだ。

 乗り手を死人同然にして走る馬ということか」

 

カツオは、心理学者としての目でHADESのアルゴリズムを分析した。

 

「このシステムには、学習機能がある。だが、その教育方針は歪んでいる。

 ……『勝利』という結果のみを報酬とし、パイロットの『安全』や『恐怖』といったブレーキを

 すべて『ノイズ』として削除するようにプログラムされている」

 

カツオは、怒りを滲ませてモニターを睨んだ。

 

「俺はスポーツ心理学を大学で学んだ際に、スランプに陥った選手を何人も見てきた。

 ……選手を潰すコーチの特徴そのままだよ。

 過剰なプレッシャーを与え、自律性を奪い、命令に従うだけの機械にする。

 ……こんなものを誰かに乗せれば、その人間は二度と戻ってこれない」

 

「だが」

 

ハンスが現実を突きつける。

 

「グリムは艦隊を連れて戻ってくる。今の戦力差は絶望的だ。

 この『呪い』を使ってでも、性能差を埋めなければ、俺たちは全員ここで死ぬぞ」

 

沈黙が流れた。

 

誰もが、HADESを使うべきではないと分かっている。

 

だが、使わなければ生き残れない。

 

その時、カツオが顔を上げた。

 

「……HADESを、そのまま使う必要はない」

 

 

【毒を薬に変える処方箋】

 

「どういうことだ、コーチ?」

 

ハンスが問う。

 

カツオは、HADESの構成図の一部を拡大した。

 

「HADESの危険性は、判断(Estimate)と実行(Action)をシステムが直結させ

 人間の脳をバイパスすることにある。

 ……だが、もし『判断』だけを利用できたら?」

 

カツオは、「マロン(ハロ)」を抱えて、コンソールに乗せた。

 

「HADESの演算ユニットを、機体ではなく、このハロに接続する」

 

『……カツオお兄ちゃん?……なに?』

 

マロンの無邪気な声が響く。

 

「マロンには申し訳ないが、フィルターになってもらう。

 HADESが弾き出す『敵の未来位置』や『最適解』という膨大なデータを

 マロンの脳(バイオ・コンピューター)で一度受け止める。

 そして、マロンがそれを『言葉』としてパイロットに伝えるんだ」

 

「……なるほど」

 

ハヤブサが目を見開いた。

 

「システムによる強制介入を遮断し、単なる『超高性能なナビゲーター』として使う気か。

 ……だが、その情報の濁流に、幼い娘の精神が耐えられるか?」

 

「そのまま流せば、マロンが壊れる。だから……俺が間に入る」

 

カツオは、自分自身を指差した。

 

「俺がマロンの精神状態をモニタリングし、情報の流入量を調整する。

 HADESという『スパルタ過ぎるコーチ』の言葉を

 俺が『翻訳』して、マロン経由でパイロットに伝える。

 ……そういうシステムを組む」

 

それは、工学者ではなく

 

人間の心の限界を知る心理学者(メンタル・コーチ)にしか描けない、狂気の回路図だった。

 

 

【最下層のセットアップ】

 

ハンガーでは、ビッグXの『ザクII・高機動【最下層(アンダードッグ)】カスタム』の再改修が進んでいた。

 

グリムとの戦闘で焼けたスラスターを交換し、さらに背中には

 

ボーン・ヤードから降ろされたHADESの中枢ユニットが

 

無骨なケーブルでハロ(マロン)と接続されていた。

 

「おいおい、コーチ。俺の頭の中に、変な電波が流れてきたりしねえだろうな?」

 

ビッグXが、コクピットでヘルメットを被りながら、不機嫌そうに尋ねる。

 

「俺は操り人形になる気はねえぞ」

 

「安心しろ。お前の脳みそに直接繋ぐケーブルは全部切った」

 

カツオが、外部コンソールから通信を送る。

 

「聞こえるのはマロンの声と、俺の指示だけだ。

 ……ただし、情報はえげつない速度で来るぞ。お前の反応速度が追いつく保証はない」

 

「へっ!ナメんじゃねえぞ、コーチ!」

 

ビッグXが獰猛に笑った。

 

「俺はオデッサの最前線で、連邦の新型(ジム)どもを何機食ったと思ってやがる。

 ……ジオンのエースの意地、見せてやるよ」

 

その時、ブリッジの隅に座っていたシャリア・ブルが、ふらりと立ち上がり、通信機に近づいた。

 

かつてのニュータイプ能力は失われているが、長年木星圏で指揮を執った経験と

 

フラナガン機関に関わった記憶が、そのシステムの危険性を本能的に感じ取っていた。

 

「……聞こえるぞ、若いの」

 

彼の虚ろな目は、ビッグXではなく、その背負ったHADESのユニットを見つめていた。

 

「……その箱の中には、システムが学習した『殺意』が詰まっている。

 ……魔術ではない、純粋な演算結果としての殺意だ。飲み込まれるなよ」

 

「……脅かすなよ、爺さん」

 

ビッグXは鼻を鳴らしたが、その表情は真剣だった。

 

「分かったよ。暴れ馬を乗りこなすのは得意だ」

 

 

【デュラハン隊の到来】

 

『……接続、確認。……HADES、起動』

 

マロンの声色が、一瞬だけ硬質なものに変わった。

 

『……敵意検索、開始。……モニター、同調』

 

その瞬間。

 

ビッグXのモニターに、無数の赤いライン――

 

デブリの移動予測線、死角の警告、そして「まだ見ぬ敵」の気配が、奔流のように表示された。

 

「うわっ!?なんだこりゃ!情報が多すぎて画面が見えねえ!」

 

「見なくていい!感じろ!」

 

カツオが叫ぶ。

 

「マロンが『右』と言ったら右だ。迷うな。

 ……俺とお前とマロン、三人で一人のパイロットになるんだ!」

 

その頃、ムーア宙域の端。

 

暗黒の宇宙を背景に、グリム・ローゼンの要請に応じたジオン軍の艦隊が集結していた。

 

ムサイ級巡洋艦3隻、チベ級重巡洋艦1隻。

 

そして、その先頭には、修復を終えたグリムの「ゲルググ・イェーガー」と

 

部隊章に首のない騎士(デュラハン)を描いた精鋭部隊のリック・ドムⅡが並んでいた。

 

『……ネズミの巣穴は見つけた』

 

グリムの声が、艦隊全体に響く。

 

『これより「ドロス」残骸への総攻撃を開始する。

 ……降伏は認めない。HADESごと、宇宙の塵に還せ』

 

圧倒的な暴力が、最下層の住人たちに迫っていた。

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