ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
「弾幕、薄いぞ!左舷、何をやっている!」
ハンス・シュタイナー中尉の怒号が、特務艦ボーン・ヤードのブリッジに響く。
グリム・ローゼンの冷徹な指揮により
デュラハン隊の艦砲射撃は正確にボーン・ヤードを削り取っていた。
MS隊(ビッグX)が前に出過ぎた隙を突かれ、本船は裸同然だった。
『……第3ブロック、被弾!気密隔壁、閉鎖します!』
『ダメです、機関出力低下!回避運動、間に合いません!』
「……詰み、か」
カツオが奥歯を噛み締めたその時。
ブリッジのエアロックが開き、ノーマルスーツを着込んだシャリア・ブルが入ってきた。
ヘルメットの下の顔は、死人のように青白いが、その眼光だけは奇妙に澄んでいた。
「……ハンス中尉。ハッチを開けろ」
【老兵の志願】
「シャリアさん!避難してろと言ったはずだ!」
ハンスが叫ぶ。
「……死ぬのを待つのは、もう飽きた」
シャリア・ブルは、震える手でグローブを締めた。
「……あの光が見えるか? 敵艦の砲撃のリズムだ。
……指揮官は優秀だが、優秀すぎるがゆえに攻撃パターンが『定石通り』だ。
……計算ができる」
「何の話だ!?」
「……MSを一機、借りるぞ」
シャリアは、モニターに映る格納庫の隅を指差した。
そこには、ボーン・ヤードの資材搬入用に使われていた
塗装の剥げた「旧ザク(MS-05B)」が鎮座していた。
武装は、拾い物のザク・バズーカ一丁のみ。
「バカな!あんな骨董品で何ができる!
ジェネレーター出力も装甲も、今の戦場じゃ紙切れだぞ!」
「……十分だ。私の『手足』として動けばいい」
シャリア・ブルは、静かに、しかし断固として言った。
「……ニュータイプの感応波など、今の私にはノイズですらない。
……だが、
カツオは、その背中に、かつてジオンの英雄と呼ばれた男の、最後のプライドを見た。
「……ハンス中尉。彼に賭けましょう。
……心理学的に見て、今の彼は『ゾーン』に入っています」
【亡霊の出撃】
「……カタパルト、接続不能だ。……自力で出るしかないぞ』
ハンスの声が響く。
「……了解」
シャリア・ブルの乗る旧ザクが、よろめくようにデッキから宇宙へと歩み出した。
スラスターの噴射炎すら、今の最新鋭機に比べれば頼りないほど小さい。
『……なんだあれは?』
デュラハン隊のムサイ級「ファルメル」の砲術長が、モニターの端に映った熱源に気づく。
『旧ザク……?補給部隊の生き残りか?構わん、対空砲で落とせ』
無数の対空砲火が、鈍重な旧ザクに集中する。
誰もが、その機体が瞬時に爆散すると思った。
だが。
「……ベクトル修正、マイナス0.03」
シャリア・ブルの呟きと共に、旧ザクは「最小限の動き」で、ビームの奔流をすり抜けた。
派手な回避機動ではない。紙一重。
あたかも、最初からそこにビームが来ないことを知っていたかのように、ただ静かに直進した。
「……見えない。……何も感じない」
コクピットの中で、シャリアは自嘲した。
かつてのように、敵のパイロットの恐怖や、閃きが脳に直接響いてくることはない。
そこにあるのは、漆黒の虚無だけだ。
「……だが、物理法則は裏切らん」
シャリアは、網膜に焼き付いた敵艦隊の配置図と
相対速度、砲塔の旋回角を脳内で瞬時に演算した。
それは「予知」ではない。
木星への往復航路で何千時間も行ってきた、命がけの「軌道計算」だ。
【数学的な狙撃】
ズドンッ!!
旧ザクが放ったバズーカ弾が、信じがたい軌道を描いた。
デブリにわざと接触させて跳弾させ
死角からムサイのブリッジ直下のセンサー・アイを破壊した。
『なっ!?センサーロスト!どこから撃った!?』
「……次だ。装填、3秒」
シャリアは淡々と作業を続ける。
ニュータイプ能力を失った彼は、恐怖も、焦りも、高揚感すらも感じなくなっていた。
ただ、目の前の変数を処理する機械と化していた。
その動きは、戦場において異質だった。
殺気がない。
ゆえに、HADESのようなシステムでも、ニュータイプの勘でも、感知できない。
ただの「漂う石」だと思って無視した瞬間、頭蓋を割られる。
【ビッグXの戦慄】
一方、前線で奮戦していたビッグXは、信じられない光景を目撃していた。
「おいおい……嘘だろ?あの爺さんかよ?」
HADESの赤い予測ラインが
旧ザクを「脅威度ゼロ(岩石と同等)」と判定しているにも関わらず
その旧ザクが次々とデュラハン隊のリック・ドムを翻弄していた。
ドムがバズーカを撃つ。
旧ザクは、スラスターを吹かさず、デブリを蹴って姿勢を変えるだけでそれを躱す。
そしてすれ違いざまに、ヒート・ホークではなく
機体の拳で、ドムのモノアイ・レールを正確に殴り壊した。
「……すげえ。あれが、木星帰りの『MS操作技術』かよ……」
MSを、まるで手足のように、あるいは作業用ポッドのように精密に扱っている。
カツオからの通信が入る。
『ビッグX!シャリアさんに道を開けろ!彼は敵の旗艦を狙っている!』
「マジかよ!あのポンコツでゲルググ・イェーガーに喧嘩売る気か!?」
【騎士 vs 亡霊】
戦場の混乱を察知したグリム・ローゼンは
ボーン・ヤードへの砲撃を中止し、自身に迫る「異物」へと銃口を向けた。
『……旧ザクだと?ナメられたものだな』
グリムのゲルググ・イェーガーが、長距離ビーム・マシンガンを構える。
『貴様の動きは、データにはない。……だが、性能差は絶対だ』
ビームが放たれる。
それは、旧ザクの回避限界速度を遥かに超える弾速だった。
だが、シャリア・ブルは避けなかった。
彼は、漂っていた巨大なドロスの装甲板の裏側に、機体を滑り込ませていた。
ジュッ!!
ビームが装甲板を貫き、旧ザクの左腕を融解させる。
「……計算通り。左腕(シールド)一枚で済んだ」
警報音が鳴り響くコクピットで、シャリアは眉一つ動かさなかった。
彼は、溶け落ちた左腕の重みでバランスが変わった機体を
即座にカウンター・ウェイトとして利用し、装甲板の影から飛び出した。
そこは、ゲルググの「次弾装填のコンマ数秒」の隙間。
そして、グリムが「敵は死んだ」と誤認する心理的な死角。
「……ここだ」
シャリア・ブルは、残った右手のバズーカを捨て
旧ザクの機体ごとゲルググに
ガギィィィン!!
鈍重な旧ザクのショルダータックルが、ゲルググの姿勢制御を崩す。
『何っ!?自殺志願者か!』
グリムが驚愕する。
「……若造が。……ニュータイプなどという言葉に踊らされるな」
シャリア・ブルの通信が、接触回線を通じてグリムに届く。
「……人は、ただの人間だ。……訓練し、老いて、死ぬ。……それだけのことだ」
至近距離。
旧ザクの右手が、ゲルググのビーム・マシンガンの砲身を握りしめ、へし折ろうときしませる。
「……私の役目は、ここまでだ。……やれ!ビッグX!」
シャリアが作った一瞬の硬直。
その背後から、全力の『脚のないザク』が、鬼神の如く迫っていた。