ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第72話 計算外の引き金 (The Uncalculated Trigger)

シャリア・ブルの旧ザクが

 

グリムのゲルググ・イェーガーの右腕(ビーム・マシンガン)を抑え込んだ、その刹那。

 

背後から迫るビッグXの「ザクII・高機動【最下層(アンダードッグ)】カスタム」のコクピットでは

 

HADESシステムが冷酷な「最適解」を弾き出していた。

 

 

【システムの非情、人間の意地】

 

『……射線、確保。……障害物(旧ザク)、排除推奨。……貫通確率、98%……』

 

マロンの機械的な声が、ビッグXの脳髄を刺す。

 

モニター上の赤い予測ラインは

 

シャリア・ブルの旧ザクごと、背後のグリムを撃ち抜くコースを描いていた。

 

システムにとっては、旧ザクなどただの「邪魔な質量」に過ぎない。

 

敵の大将首を取れるなら、味方の犠牲など安いコストだと。

 

「……どけぇッ!爺さん!!」

 

ビッグXの指が、ザク・マシンガンのトリガーにかかる。

 

HADESの電気信号が、彼の指を強制的に動かそうと痙攣させる。

 

(撃て。撃てば勝てる。俺はエースだ。勝ちたい)

 

本能とシステムが同調しかけた。

 

「撃つな、ビッグX!!」

 

特務艦ボーン・ヤードのブリッジから、カツオ・イトウの裂帛の気合いが飛んだ。

 

「それは『勝利』じゃない!『処理』だ!!」

 

カツオは、心理学の理論ではなく、魂からの叫びをぶつけた。

 

「味方を踏み台にして得たエースの称号に、何の意味がある!

 お前は、そんな安いプライドのために戦ってきたのか!?」

 

「……ッ!!」

 

ビッグXの目が、深海の闇から覚醒する。

 

「……違げえ!!」

 

ビッグXは、歯が砕けるほど食いしばり、HADESの強制信号を己の筋力と意志でねじ伏せた。

 

操縦桿を、トリガーではなく、姿勢制御の方へ叩き込む。

 

「俺は!最下層(アンダードッグ)だァッ!!」

 

ズバァァァン!!

 

ザクの背面スラスターが異常噴射する。

 

ビッグXは、射撃をキャンセルし、機体を横滑りさせながら突っ込んだ。

 

そして、背中の「第三の腕(ボール・アーム)」を最大出力で振り回した。

 

ガゴンッ!!

 

ボールのアームが掴んだのは、グリムではなく、シャリア・ブルの旧ザクだった。

 

強引に旧ザクを射線から引き剥がし、宇宙空間へ放り投げる。

 

「邪魔だ、クソ爺ィ!!」

 

 

【計算外の隙】

 

シャリア・ブルが引き剥がされたことで、グリムのゲルググ・イェーガーは自由になった。

 

本来なら、これは致命的な隙だ。

 

グリムほどの腕があれば、体勢を崩したビッグXをゼロ距離で撃ち抜ける。

 

だが、グリムは撃たなかった。

 

いや、撃てなかった。

 

『……なっ?』

 

グリムの目の前で起きた「非合理な行動」

 

勝てるタイミングで味方を救うという

 

HADESの論理にも、ジオンのエースの論理にも反する選択。

 

その一瞬の「理解不能」が

 

完璧な計算機であるグリムの思考をコンマ数秒、凍りつかせた。

 

その隙間を、ビッグXの「右足(キック)」が埋めた。

 

 

ドガァァァァッ!!

 

 

脚部のないはずの【最下層(アンダードッグ)】ザク。

 

だが、そのスカートの下には、巨大なプロペラント・タンク兼スラスターが装着されている。

 

ビッグXは、それを質量兵器として、ゲルググのボディに叩き込んだのだ。

 

『ぐぅッ!!』

 

ゲルググ・イェーガーが大きく吹き飛ばされる。

 

装甲がひしゃげ、火花が散る。

 

 

【死神の決断】

 

距離が空いた。

 

グリムは即座に姿勢を立て直し、ビーム・サーベルを抜こうとした。

 

だが、コクピット内のダメージ・コントロール・パネルが赤く点滅している。

 

『右腕部、駆動系損傷。ジェネレーター出力、低下。……推進剤、残量20%』

 

グリムは、冷静に戦場を見渡した。

 

目の前には、殺気をみなぎらせる異形のザク。

 

後方には、バズーカを構え直したシャリア・ブルの旧ザク。

 

そして、ボーン・ヤードからは、対空砲火が濃くなり始めている。

 

「……ふん」

 

グリムは、口元をわずかに歪めた。

 

『……理解し難いな。勝利を捨てて、駒を守るとは』

 

グリムの通信が、オープン回線でカツオたちに届く。

 

「……勝利を捨てたんじゃない」

 

カツオが、マイクを握りしめて答えた。

 

「俺たちは、誰も死なせないために勝つんだ。それが、俺たちの『論理(ロジック)』だ」

 

『甘い。……だが、その甘さが、私の計算を狂わせたことは認めよう』

 

グリムは、サーベルを収めた。

 

彼の部下たち――デュラハン隊のリック・ドムも、かなりの損害を受けている。

 

これ以上の戦闘は、部隊の壊滅を意味する。

 

任務は「HADESの殲滅」だが、部隊を失っては元も子もない。

 

『全機、撤退する』

 

冷徹な命令が下された。

 

『……え?少佐、まだ戦えます!』

 

部下のドムパイロットが抗議する。

 

『黙れ。これ以上は「消耗戦」だ。私の美学に反する』

 

グリムは、ゲルググを反転させた。

 

『ハンス・シュタイナー。そしてカツオ・イトウ。……首は繋がったな。

 だが、勘違いするな。これは敗走ではない。「狩り」の延期だ』

 

漆黒のゲルググ・イェーガーと、生き残ったリック・ドムたちが

 

スラスターを吹かして暗礁宙域の闇へと消えていく。

 

 

【戦いの後で】

 

「……行っ、たか……?」

 

ビッグXは、敵影が完全に消えるまで銃を下ろさなかった。

 

そして、緊張の糸が切れた瞬間、コクピットの中で力尽き、シートに沈み込んだ。

 

「……へへっ。ざまあみろ……。俺たちの、勝ちだ……」

 

その横を、シャリア・ブルの旧ザクがゆっくりと浮遊してきた。

 

『……無茶をする。あのまま撃っていれば、楽に勝てたものを』

 

「うるせえ、爺さん」

 

ビッグXは、荒い息の下で笑った。

 

「俺の射線を塞いだテメェが悪いんだよ。……次はねえぞ」

 

ボーン・ヤードのブリッジ。

 

カツオは、震える手でコンソールを掴んでいた。

 

勝った。いや、生き残った。

 

HADESという呪いも、グリムという死神も、ギリギリのところで押し留めた。

 

「……タカシ、リツコ、アキラ……。俺たちは、まだ生きてるぞ」

 

カツオは、遠い地球にいるかつての仲間に語りかけるように呟いた。

 

「総員、帰投せよ!」

 

ハンス・シュタイナーの声が、艦内に響く。

 

「修理と補給が必要だ!

 ……だがその前に、まずは冷えたビール(合成酒)で乾杯といこうじゃないか!」

 

歓声が上がるわけではない。

 

ただ、安堵のため息と、泥臭い連帯感が、傷ついた船を満たしていた。

 

ムーア宙域の戦いは終わった。

 

だが、グリムが持ち帰った「HADESの実戦データ」は

 

ジオン公国内部で新たな波紋を呼ぶことになる。

 

そして、カツオたちの旅は、より深く、より危険な「宇宙の深淵」へと続いていく。

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