ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第77話 記憶のおにぎり (Rice Ball of Memories)

暗礁宙域「シップ・グレイブヤード(宇宙の墓場)」外縁部。

 

レイモンド少佐から譲り受けた燃料のおかげで、「ボーン・ヤード」のエンジンは安定した唸りを上げていた。

 

艦は、無数のデブリが漂う「宇宙の墓場」の入り口で、機器の冷却と休息のために停泊していた。

 

 

【抜け殻の晩餐】

 

ボーン・ヤード艦内の食堂。

 

リサイクルシステムで再生された空気は少し鉄臭く

 

配給されたレトルト食品の匂いと混ざり合っていた。

 

テーブルの隅で、シャリア・ブルは一人、スプーンを握ったまま固まっていた。

 

目の前には、タカシたちがかき集めた食材で作った温かいスープがある。

 

だが、彼は一口も手をつけていなかった。

 

「……味が、しないんだ」

 

シャリアは、誰に言うでもなく呟いた。

 

「腹は減っているはずなのに……私の魂が、何も受け付けない。

 ……ニュータイプの感応が消えたあの日から、私はずっと飢えている」

 

かつて宇宙の意思さえ感じ取れた彼にとって

 

今の閉ざされた感覚は、暗い独房に閉じ込められたような孤独だった。

 

 

【ハロのデリバリー】

 

コロコロ……

 

静かな食堂に、ボールが転がる音が響いた。

 

マロンの脳を宿した「ハロ」だ。

 

彼女はテーブルの脚を器用に蹴って跳ね上がり、シャリアの目の前に着地した。

 

『……おじさん。……元気ない。……色がない』

 

ハロのカメラアイが点滅し、幼い少女の声が響く。

 

「……ああ、お嬢ちゃんか」

 

シャリアは力なく微笑んだ。

 

「すまないな。……爺さんはもう、エネルギー切れだ。

 ……どこにも帰る場所がない記憶喪失の老人は、ここにいるだけで迷惑をかけている」

 

シャリアの言葉には、深い絶望が滲んでいた。

 

自分はただの「操舵パーツ」であり、人間としての価値はないと思い込んでいた。

 

『……ちがう。……おじさんは、大事な、なかま』

 

ハロが小刻みに震える。

 

『……マロンが、元気をあげる。……とっておきの、ごちそう』

 

ウィィィン……

 

ハロのプロジェクターが起動し、食堂の壁に映像を投影した。

 

 

【記憶のおにぎり】

 

映し出されたのは、マロンの記憶の中にある風景だった。

 

煤けたコロニーの空き地。錆びた鉄パイプで作った花壇。

 

そして、油まみれの手で彼女の頭を撫でる、優しい父親の笑顔。

 

映像だけでなく、ハロに内蔵されたスピーカーからは

 

当時の風の音や、市場の喧騒、そして温かい笑い声までが再現されていた。

 

それは、マロンにとって何よりも大切な『幸せな日々』の追体験だった。

 

シャリアは目を見開いた。

 

「……これは……君の記憶か?……なんて温かいんだ」

 

枯れ果てた彼の心に、他者の『幸せな感情』が直接流れ込んでくるようだった。

 

だが、シャリアはすぐに顔を背けた。

 

「……いかん! 消してくれ!」

 

『……どうして?』

 

「……これは君の『命』そのものだ!

 私のような異邦人が、勝手に覗き見て、消費していいものじゃない!

 ……そんな大切なものを私に分けたら、君の心が減ってしまう!」

 

ニュータイプとしての倫理観か、あるいは他人の領域に踏み込む恐怖か。

 

シャリアは頑なに拒絶した。

 

すると、マロン(ハロ)は、パタパタと耳(フタ)を動かして笑った。

 

『……おじさん、ヘンなの。……あのね、パパが言ってたよ』

 

ハロが、空のスープ皿の中に、ポンと飛び込んだ。

 

『……「思い出」はね、「おにぎり」と一緒なんだよ』

 

「……おにぎり?」

 

『……うん。一人で隠してても、冷たくなるだけ。

 ……でもね、「どうぞ」って半分こしたら、もっと美味しくなるの。

 ……私が思い出をあげても、私の分はなくならないよ。

 ……おじさんが食べてくれたら、マロンも嬉しいの』

 

『……だから、食べて?……記憶の詰まった、おにぎりだよ』

 

 

【誓いの味】

 

シャリア・ブルは、呆気にとられ、やがて肩を震わせた。

 

かつて「木星帰りの男」として恐れられ、ニュータイプとして研究材料にされ

 

孤独の中にいた彼に、「記憶を半分こしよう」と言ってくれた者はいなかった。

 

「……そうか。……おにぎり、か」

 

シャリアは、震える手でスプーンを手に取り、スープを一口飲んだ。

 

ただのレトルトスープだ。

 

だが、壁に映るマロンの「幸せな記憶」を見ながら飲むそれは

 

信じられないほど温かく、味がした。

 

「……美味いな。……本当に、美味い」

 

シャリアの目から、大粒の涙がこぼれ落ち、スープ皿に波紋を作った。

 

空っぽだった「抜け殻」の中に、少女の純粋な優しさが満たされていく。

 

「……ありがとう、マロンくん。……ご馳走になったな」

 

シャリアは、涙を拭い、深く息を吸い込んだ。

 

その瞳には、先ほどまでの虚無ではなく、確かな意志の光が宿っていた。

 

「……この借りは、必ず返す」

 

彼は、ハロの金属のボディを、壊れ物を扱うように優しく撫でた。

 

「……私の命に代えても、君と、この船の仲間たちを……必ず『約束の地』へ送り届ける。

 ……このスープの味に誓って」

 

食堂の入り口で、その様子をこっそり見ていたカツオとハンスは、顔を見合わせて小さく頷いた。

 

老兵は、再び立ち上がったのだ。

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