ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
廃棄コロニー「アイランド・イーズ」内部・居住ブロック跡
コロニーの重力は、均等すぎるほど均等だった。
遠心力が作り出す偽りの引力。
床も壁も天井も、すべてが「下」を持ち、逃げ場を与えない。
RX-80DR ペイルライダー・デュラハンは、その重力を無言で受け入れて立っていた。
パイロットであるグリム少佐の脳裏には、
警告も、最適化の宣言もない。
ただ、関節出力と推力制御が、静かに「地上戦仕様」へと書き換わっていく。
その冷たい視界の先――
【覚悟の一歩】
RGM-79FC ストライカー・カスタムが、床を蹴った。
ドムッ
一歩目は重い。
背負った増加装甲と、巨大な鉄塊の重量が足を沈ませる。
ギァンッ!
二歩目でスラスターが唸り、速度が乗る。
重力が前方への推進力に変わる。
三歩目。
カツオ・イトウは、右腕を背中へ回した。
マニピュレーターが柄を掴む。
ジャキィィィン……!
金属の擦過音が、人工空気の中で初めての「音」として響いた。
「紫電」が抜かれる。
ビームの唸りではない。
空気を切り裂く、鉄の風切り音。
「……行くぞ、グリム!」
【計算外のノイズ】
デュラハンは後退しない。
床の摩擦係数、重力加速度、紫電の重量モーメントを計算し
「最短で相手を無力化する軌道」を描く。
『……左30度へステップ。……カウンターでコクピットを穿つ』
グリムの脳へ、最適解が送信される。
だが――ストライカーは、その「最短」を踏み越えてくる。
カツオは、紫電を振りかぶったまま、さらに加速した。
ブレーキをかけない。止まることを放棄した突進。
「……ッ!?」
グリムが眉をひそめる。
紫電が振るわれる。
横薙ぎではない。
上段からの、重力すべてを使った叩き込み。
物理的に、その太刀筋はデュラハンの装甲を捉えられないはずだった。
だが、床を蹴る瞬間。
重力が「人間の癖」を強調した。
機体の沈み込み。
わずかに遅れた左脚の蹴り出し。
それが、計算上の座標を数センチ狂わせた。
ガギィィッ!!
「……なに!?」
紫電の刃が、回避したはずのデュラハンの右肩装甲を削ぎ落とした。
火花が散る。
【覚悟という不定量】
デュラハンは大きくバックステップを取り、距離を開けた。
『重力補正値、再計算。……白兵距離での演算密度、レベルMAX』
グリムの視界で、予測ラインが複雑に絡み合う。
だが、それでも。
ストライカーは踏み込んでくる。
カツオは、機体のバランス制御をOSに任せきりにせず、自分の感覚でねじ伏せていた。
「……そこだッ!」
最適解ではない距離。
近すぎる。
一歩間違えれば、デュラハンのヒート・ランスの餌食になる危険な領域。
無駄で、非合理的で、しかし『人間が斬るために選ぶ間合い』であった。
紫電を再び振るう。
今度は横薙ぎ。遠心力が乗った一撃。
ガァァァン!!
デュラハンは、ヒート・ランスの柄でそれを受け止める。
凄まじい衝撃が、グリムの身体をシートに押し付けた。
(……重い!)
その瞬間、グリムと
この刀は、速度でも出力でもない。
「覚悟」という、数値化できない不定量で振るわれている。
【人とシステムの境界】
鍔迫り合いの状態で、火花が降り注ぐ中、グリムはカツオの機体を睨みつけた。
(……重力下で使われる実体刀は、演算の外側に来る。……やはり、危険だ)
人工重力は、
紫電を質量という「凶器」に変えた。
「……カツオ・イトウ。貴様、死ぬのが怖くないのか!」
グリムが通信を開く。
「私のシステムは、貴様の【死】を予言し続けているぞ!」
「……怖いさ!」
カツオが吼える。
ストライカーのスラスターが過負荷で悲鳴を上げる。
「だからこそ、一歩前に出るんだ!
……怖さを計算で消したお前には、この剣の重さは支えきれない!」
ズズズ……!
パワーでは互角のはずのデュラハンが、紫電の圧力に押され、膝を折る。
「……馬鹿な。……出力係数は、こちらが上だぞ」
なぜ、数値で勝る機体が、押し負けるのか。
それは、カツオが「重心」を制していたからだ。
恐怖を乗り越えるために踏み込んだその一歩が
機体のコアを安定させ、刀に全ての体重を乗せていた。
【決着への予兆】
「……ふっ、面白い」
グリムの口元が歪む。
冷徹なシステムに侵食されていた彼の目に、かつての武人としての光が戻りつつあった。
「
『……警告。……パイロットへの負荷、増大。……推奨しません』
「黙れ。……あの男は、計算では斬れん」
デュラハンのカメラアイが、不気味な赤色から、激しい明滅へと変わる。
システムと人間が主導権を奪い合う、危険な領域への突入。
カツオもまた、ストライカー・カスタムの排熱ダクトを開放した。
「……マロン、頼むぞ。……次で決める」
『……うん!カツオ、負けないで!』
廃墟のコロニーで、二つの影が再び距離を取る。
この戦闘は、どちらが強いかでは終わらない。
どちらが『人であるか』を、静かに突きつける最終局面へと向かっていた。