ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

85 / 92
第84話 鉄と氷の舞踏 (The Dance of Iron and Ice)

廃棄コロニー「アイランド・イーズ」内部・居住ブロック跡

 

コロニーの重力は、均等すぎるほど均等だった。

 

遠心力が作り出す偽りの引力。

 

床も壁も天井も、すべてが「下」を持ち、逃げ場を与えない。

 

RX-80DR ペイルライダー・デュラハンは、その重力を無言で受け入れて立っていた。

 

パイロットであるグリム少佐の脳裏には、C.E.R.E.S.(ケレス)からのノイズは一切ない。

 

警告も、最適化の宣言もない。

 

ただ、関節出力と推力制御が、静かに「地上戦仕様」へと書き換わっていく。

 

その冷たい視界の先――

 

 

【覚悟の一歩】

 

RGM-79FC ストライカー・カスタムが、床を蹴った。

 

ドムッ

 

一歩目は重い。

 

背負った増加装甲と、巨大な鉄塊の重量が足を沈ませる。

 

ギァンッ!

 

二歩目でスラスターが唸り、速度が乗る。

 

重力が前方への推進力に変わる。

 

三歩目。

 

カツオ・イトウは、右腕を背中へ回した。

 

マニピュレーターが柄を掴む。

 

ジャキィィィン……!

 

金属の擦過音が、人工空気の中で初めての「音」として響いた。

 

「紫電」が抜かれる。

 

ビームの唸りではない。

 

空気を切り裂く、鉄の風切り音。

 

「……行くぞ、グリム!」

 

 

【計算外のノイズ】

 

デュラハンは後退しない。

 

C.E.R.E.S.(ケレス)は瞬時にカツオとの距離を測り

 

床の摩擦係数、重力加速度、紫電の重量モーメントを計算し

 

「最短で相手を無力化する軌道」を描く。

 

『……左30度へステップ。……カウンターでコクピットを穿つ』

 

グリムの脳へ、最適解が送信される。

 

だが――ストライカーは、その「最短」を踏み越えてくる。

 

カツオは、紫電を振りかぶったまま、さらに加速した。

 

ブレーキをかけない。止まることを放棄した突進。

 

「……ッ!?」

 

グリムが眉をひそめる。

 

紫電が振るわれる。

 

横薙ぎではない。

 

上段からの、重力すべてを使った叩き込み。

 

C.E.R.E.S.(ケレス)は「回避」を選ぶ。 最適解だ。

 

物理的に、その太刀筋はデュラハンの装甲を捉えられないはずだった。

 

だが、床を蹴る瞬間。

 

重力が「人間の癖」を強調した。

 

機体の沈み込み。

 

わずかに遅れた左脚の蹴り出し。

 

それが、計算上の座標を数センチ狂わせた。

 

ガギィィッ!!

 

「……なに!?」

 

紫電の刃が、回避したはずのデュラハンの右肩装甲を削ぎ落とした。

 

火花が散る。 宇宙(そら)では存在しなかった、地上戦特有の、熱く焦げ臭い光と音。

 

 

【覚悟という不定量】

 

デュラハンは大きくバックステップを取り、距離を開けた。

 

C.E.R.E.S.(ケレス)は即座に修正(アップデート)に入る。

 

『重力補正値、再計算。……白兵距離での演算密度、レベルMAX』

 

グリムの視界で、予測ラインが複雑に絡み合う。

 

だが、それでも。

 

ストライカーは踏み込んでくる。

 

カツオは、機体のバランス制御をOSに任せきりにせず、自分の感覚でねじ伏せていた。

 

「……そこだッ!」

 

最適解ではない距離。

 

近すぎる。

 

一歩間違えれば、デュラハンのヒート・ランスの餌食になる危険な領域。

 

無駄で、非合理的で、しかし『人間が斬るために選ぶ間合い』であった。

 

紫電を再び振るう。

 

今度は横薙ぎ。遠心力が乗った一撃。

 

 

ガァァァン!!

 

 

デュラハンは、ヒート・ランスの柄でそれを受け止める。

 

凄まじい衝撃が、グリムの身体をシートに押し付けた。

 

(……重い!)

 

その瞬間、グリムとC.E.R.E.S.(ケレス)は同時に理解する。

 

この刀は、速度でも出力でもない。

 

「覚悟」という、数値化できない不定量で振るわれている。

 

 

【人とシステムの境界】

 

鍔迫り合いの状態で、火花が降り注ぐ中、グリムはカツオの機体を睨みつけた。

 

(……重力下で使われる実体刀は、演算の外側に来る。……やはり、危険だ)

 

人工重力は、C.E.R.E.S.(ケレス)を物理法則という「正しさ」で縛り

 

紫電を質量という「凶器」に変えた。

 

「……カツオ・イトウ。貴様、死ぬのが怖くないのか!」

 

グリムが通信を開く。

 

「私のシステムは、貴様の【死】を予言し続けているぞ!」

 

「……怖いさ!」

 

カツオが吼える。

 

ストライカーのスラスターが過負荷で悲鳴を上げる。

 

「だからこそ、一歩前に出るんだ!

 ……怖さを計算で消したお前には、この剣の重さは支えきれない!」

 

ズズズ……!

 

パワーでは互角のはずのデュラハンが、紫電の圧力に押され、膝を折る。

 

「……馬鹿な。……出力係数は、こちらが上だぞ」

 

C.E.R.E.S.(ケレス)が混乱する。

 

なぜ、数値で勝る機体が、押し負けるのか。

 

それは、カツオが「重心」を制していたからだ。

 

恐怖を乗り越えるために踏み込んだその一歩が

 

機体のコアを安定させ、刀に全ての体重を乗せていた。

 

 

【決着への予兆】

 

「……ふっ、面白い」

 

グリムの口元が歪む。

 

冷徹なシステムに侵食されていた彼の目に、かつての武人としての光が戻りつつあった。

 

C.E.R.E.S.(ケレス)、リミッター解除。……予測など不要だ。私の反応速度に追従しろ」

 

『……警告。……パイロットへの負荷、増大。……推奨しません』

 

「黙れ。……あの男は、計算では斬れん」

 

デュラハンのカメラアイが、不気味な赤色から、激しい明滅へと変わる。

 

システムと人間が主導権を奪い合う、危険な領域への突入。

 

カツオもまた、ストライカー・カスタムの排熱ダクトを開放した。

 

「……マロン、頼むぞ。……次で決める」

 

『……うん!カツオ、負けないで!』

 

廃墟のコロニーで、二つの影が再び距離を取る。

 

この戦闘は、どちらが強いかでは終わらない。

 

どちらが『人であるか』を、静かに突きつける最終局面へと向かっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。