ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
第87話 集結、Nフィールド (Gathering at N-Field)
【完成した悪夢】
場所不明。
連邦軍極秘実験艦の格納庫。
そこは、静かすぎた。
工具の音も、人の声も、すでに排除されている。
中央に立つのは、RX-80H2 ペイルライダー・オーバーロード
だが、まだそれはただの「機体」だった。
パイロットはすでに乗っている。
固定具が閉じる。
呼吸は安定。
心拍も、正常域。
――警告は出ない。
H.A.D.E.S.-Ω(オメガ)は、起動確認を要求しなかった。
起動は、もはや選択ではないからだ。
コクピット内の照明が落ちる。
闇ではない。『均一な暗さ』が、視界を満たす。
(……脳波同期開始。拒否反応、ゼロ)
感情の増幅は行われない。
怒りも、恐怖も、引き上げない。
代わりに――固定。
「敵意」という項目だけが、数値として確定する。
増えない。減らない。揺れない。
生存欲求:不要。
疲労感覚:遮断。
判断遅延:無効化。
機体のフレームが、軋む。
深紅の光が、装甲の継ぎ目からにじむ。
それは以前のような激しい発光ではなく
ドス黒い血液が脈打つような、静かで不気味な明滅だった。
整備員の一人が、思わず後退した。
誰も何も言っていないのに、直感だけが叫んでいた。
『これは、帰ってこない』
RX-80H2は、ゆっくりと一歩を踏み出す。
暴走ではない。異常でもない。
『完成した兵器』が、歩き出しただけ。
その沈黙こそが、HADES-Ωの最初で最後の咆哮だった。
【英雄とのニアミス】
ソロモン(コンペイトウ)近海・Nフィールド
宇宙世紀0079年12月31日。
「星一号作戦」
ジオン本国への侵攻作戦のため、地球連邦軍の主力艦隊が集結していた。
無数のサラミス、マゼラン、そして輸送艦が星の海を埋め尽くす光景は
圧巻であり、同時に死の予感に満ちていた。
その大艦隊の末席、補給艦の列に紛れるように
特務艦「ボーン・ヤード」の姿があった。
「……すげえ数だ。これが連邦の全力かよ」
ビッグXが、ブリッジの窓にへばりついて呻く。
「……静かに。正規軍に見つかれば、我々は即座に拿捕される」
ハンスが釘を刺すが、その視線は一点に注がれていた。
艦隊の中央を堂々と進む、一隻の強襲揚陸艦。
「ホワイトベース」である。
そして、そのカタパルトデッキに佇む、トリコロールカラーのMS。
『RX-78-2 ガンダム』だった。
その時、デッキに立っていた白いパイロットスーツの少年が、ふとこちらを振り向いた気がした。
『……あ』
マロン(ハロ)が声を漏らす。
『……すごい。……あの白い人、光ってる』
「……ニュータイプ、か」 シャリア・ブルが目を細めた。
「彼らは『光』だ。表舞台で歴史を動かす英雄たちだ。
……だが、光が強ければ強いほど、影も濃くなる」
カツオは、遠ざかるガンダムを見つめた。
「……俺たちは『
だが、英雄たちが戦っている裏で、誰かが片付けなきゃならないゴミがある」
二つの運命は交差した。
だが、決して交わることはない。
光は表舞台へ。影は、より深い闇へ。
【潔癖な監査官】
その時、ボーン・ヤードへの直通回線が開いた。
警告なしの強制介入。
メインモニターに現れたのは
白い手袋をはめた男、レイモンド・カイン少佐だった。
「……見つけたぞ、カツオ・イトウ」
「レイモンド……」
カツオは身構えた。大艦隊の真っ只中で通報されれば、逃げ場はない。
「……安心しろ。憲兵には通報していない」
レイモンドは、手元のタブレットを操作しながら淡々と言った。
「貴様らを捕まえれば、私の経歴に『脱走兵の同期』という傷がつく。
……それに、今は猫の手も借りたい状況だ」
レイモンドは、一枚の航路図データを送信してきた。
「……Sフィールドの裏側、暗礁宙域の第11区画。
そこに、極秘任務を帯びた『オーガスタ研究所』の輸送艦が向かっているという情報がある」
「オーガスタ……HADESの開発元か!」
ハンスが叫ぶ。
「……正規軍は、正面のア・バオア・クー攻略に集中している。
背後の『汚れ仕事』にかまけている暇はない」
レイモンドは、カツオを真っ直ぐに見据えた。
「……行け、イトウ。貴様らは正規軍の指揮系統にはない。
……故に、軍の暗部(HADES)を叩いても、公式記録には残らない」
「……俺たちに、尻拭いをさせようってか?」
「人聞きが悪いな。……『清掃活動』だ」
レイモンドは、初めて穏やかな笑みを浮かべた。
「……貴様が私の前に現れないようにするための、配慮だよ。
……死ぬなよ、悪友」
通信が切れる。
それは、かつての首席卒業生と落ちこぼれの間で交わされた、最初で最後の「和解」だった。
【最後の授業】
カツオは、送られてきた座標をモニターに映し出した。
「……決まりだな。俺たちの戦場はここだ」
全員の視線が集まる。
ア・バオア・クーの裏側。
光の当たらない暗闇。
そこに、HADESの完成形――HADES-
「……みんな、聞いてくれ」
カツオは、クルーたちを見渡した。
「俺は、お前たちに『生き延びる術』を教えてきた。
逃げること、隠れること、負けないこと。……だが、今回だけは違う」
カツオは、拳を握りしめた。
「……今回は、『終わらせる』ために行く。
……俺たちが蒔いた種であるHADESのデータが、とんでもない怪物を生んでしまった。
それを刈り取るまでは、俺たちは本当の意味で自由になれない」
「……上等じゃねえか」
ビッグXがニヤリと笑う。
「とっくに覚悟はできてるぜ、コーチ」
「……HADES-
ハンスが分析データを睨む。
「
……ただ憎悪だけを一定値で持続させる、張り詰めた沈黙の機械 」
「……紫電は『覚悟』を乗せる武器だ。
だが、相手に『心』がなければ、覚悟すら通じないかもしれん」
シャリア・ブルが警告する。
「……それでも、やるさ」
カツオは、ハンガーで待つストライカー・カスタムと、その背中の「紫電」を思った。
「相手が完成された絶望なら、こっちは泥だらけの希望だ。……行くぞ、ア・バオア・クーへ!」
特務艦ボーン・ヤードは、大艦隊の列を離れ、単艦で暗闇の宙域へと針路を取った。