ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第8話 瓦礫の中のジャック・オー・ランタン (Jack-o'-Lantern in the Rubble)

宇宙世紀0079年11月、初旬。

 

E-2エリアの空気は、死の匂いと泥の匂いで淀んでいた。

 

ホッジポッジ隊のテントは

 

あの狂気的な少年兵との戦闘以来、重苦しい沈黙に支配されていた。

 

【連邦側(ホッジポッジ隊)】

 

「……次のパトロールは、セクターD-4。放棄された村落の残敵掃討だ」

 

カツオ・イトウ少尉がブリーフィングを行うが、部下たちの反応は鈍い。

 

“大食い”アキラ伍長は

 

レーションを詰め込む手も止まりがちで、目が虚ろだ。

 

“メガネ”タカシ軍曹は、AIの分析結果を淡々と読み上げるだけで

 

その顔色はコックピットのモニターより青白い。

 

“紅一点”リツコ伍長は、無理に気丈に振る舞おうとしては、ため息を繰り返していた。

 

カツオは、彼らが「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」の一歩手前にいることを理解していた。

 

ハンス中尉という「プロ」との戦いは、知恵と技量の応酬だった。

 

だが、E-2エリアの現実は、ただの「殺戮」と「消耗」だ。

 

「……行くぞ」

 

カツオはあえて厳しい口調で言った。

 

立ち止まれば、精神がこの戦場の狂気に食いつぶされる。

 

二機の陸戦型ジムが、荒野を抜けて放棄された村落へと入っていく。

 

そこは、戦闘で半壊し、住民が逃げ去ったゴーストタウンだった。

 

『……熱源反応、なし。敵影も……ありません』

 

リツコの声が、緊張で強張っている。

 

アキラのジムが、瓦礫を踏みしめて進む。

 

その時、アキラの機体のカメラが、何か奇妙なものを捉えた。

 

半壊した民家の玄関ポーチ。

 

そこに、泥にまみれ、ひび割れた、

 

オレンジ色の塊が転がっていた。

 

それは、目と口がくり抜かれた、カボチャだった。

 

「……なんだ、ありゃ」

 

アキラが、思わず呟く。

 

『……カボチャ……』

 

リツコが息をのんだ。

 

『そうか、先週は……ハロウィン……』

 

そうだ。10月31日。

 

戦争がなければ、ここの子供たちが笑いながらお菓子をねだった日。

 

彼らがE-2エリアに送られるほんの数日前まで、ここには『日常』があったのだ。

 

瓦礫の隙間には、黒い布で作ったコウモリの飾りがちぎれて引っかかり

 

窓にはお化けの絵が描かれたシーツが、まるで本物の亡霊のように風にはためいていた。

 

アキラは、先日のジオン少年兵の顔を思い出していた。

 

(あいつも……もしかしたら、こんなカボチャを笑いながら作ってたクチだったかもしれねえ……)

 

狂気の兵士ではなく、一人の「子供」の顔が、フラッシュバックする。

 

「……クソッ」

 

アキラは、ジムのマニピュレーターで、衝動的に瓦礫の壁を殴りつけた。

 

「こんなモン見せやがって! 戦争だろうが! ふざけやがって!」

 

「アキラ!」

 

カツオが制止する。

 

「……俺の田舎じゃな」

 

アキラが、震える声で言った。

 

「カボチャは、こんな不気味な顔にくり抜いたりしねえんだ……。甘く煮っ転がして、飯のおかずにすんだよ……。母ちゃんのカボチャの煮つけ、食いてえなあ……」

 

その、あまりにも場違いで、あまりにも「日常」的な言葉に、全員が動きを止めた。

 

タカシが、メガネの奥の目を強くこすった。

 

リツコのヘッドセットから、小さく鼻をすする音が漏れた。

 

カツオは、張り詰めていたものが、わずかに緩むのを感じた。

 

「……そうだな。任務が終わったら、補給部隊に掛け合ってみるか。カボチャの缶詰くらい、あるかもしれない」

 

「……バカ言え、コーチ。あるわけねえだろ、こんな最前線に」

 

アキラはそう吐き捨てたが

 

その声から、先程までの殺伐とした棘が消えていた。

 

 

 

【ジオン側(穴熊)】

 

同時刻。地下深く。

 

“ルーキー”クェン兵長の意識が、酸欠で朦朧としていた。

 

ハンス・シュタイナー中尉の「素手」による掘削作業も

 

硬い岩盤に阻まれ、限界を迎えていた。

 

「……中尉……もう……」

 

「黙れ。手を動かせ」

 

ハンスもまた、疲労の極致にあった。

 

だが、彼は土木技師の勘で

 

この壁の向こうに「空間」があることを感じ取っていた。

 

「……ビッグX! 教授! 残った全エネルギーを、俺の右腕に回せ!」

 

「中尉! 無茶だ! 動力炉が……!」

 

「やるんだ!」

 

ハンスは、ザクタンクの右腕に全出力を集中させ

 

岩盤の最も脆い一点に叩きつけた。

 

 

ゴッ!……ゴゴゴッ……!!

 

 

岩盤が砕け、マニピュレーターが空間を掴む。

 

壁が、崩落した。

 

「……抜けた!」

 

壁の向こうは、古い地下貯蔵庫だった。

 

旧体制時代に作られた、民間人用の核シェルターの成れの果てだ。

 

そして、そこには

 

――彼らが渇望していたものが残されていた。

 

「……水! 中尉、水です!」

 

ルーキーが、コックピットを飛び出し、壁際に積まれたポリタンクに駆け寄る。

 

「こっちは……レーションだ! 旧式の、民間用のやつだ!」

 

ビッグXも、埃をかぶった木箱をこじ開け、歓喜の声を上げた。

 

ハンスは、その貯蔵庫の壁に描かれた、拙い絵を見つめていた。

 

それは、子供が描いたであろう

 

笑顔の『カボチャのお化け』と、『トリック・オア・トリート』という文字だった。

 

「……ハロウィン、か」

 

教授が、手に入れたビスケットを乾いた口に放り込みながら呟いた。

 

「トリック(悪戯)どころか、トリート(ご馳走)だ。神様も粋なことをしやがる」

 

ビッグXが、皮肉っぽく笑う。

 

ハンスは、そのカボチャの絵を、無骨な指でそっと撫でた。

 

(……俺たちも、あの世のガキどもに、何か「お菓子」をやれたかもしれんな)

 

彼は、自分たちを執拗に追ってきた、あの「寄せ集め」の若者たちの顔を、ふと思い出していた。

 

 

 

E-2エリアの連邦軍キャンプ。

 

カツオは、バリス大尉に頭を下げ、一つの『賭け』に勝っていた。

 

ホッジポッジ隊のテントの前に、小さな焚火が焚かれている。

 

その火に、飯盒(はんごう)がかけられていた。

 

中身は、カツオが「心理的ケアのため」とバリスを説得し

 

基地の備蓄から強引に手に入れた、業務用の『乾燥カボチャ:スープ用』だった。

 

「……おいコーチ、これ、甘くねえぞ。しょっぱい」

 

アキラが、水で戻しただけのカボチャを口に入れ、顔をしかめる。

 

「文句言うな。砂糖は無かったんだ」

 

カツオも、その味気ないカボチャを噛みしめる。

 

「でも……あったかいですね」

 

リツコが、湯気の立つ飯盒を囲みながら、小さく笑った。

 

それは、ハロウィンのパイでも、故郷の煮つけでもなかった。

 

だが、最下層の戦場で、彼らが失いかけた「温かい日常」の、ほんのひとかけらだった。

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