ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第89話 絶望という名の定数 (A Constant Named Despair)

ア・バオア・クー裏側・暗礁宙域「第11区画」

 

静寂こそが、最大の恐怖だった。

 

RX-80H2 ペイルライダー・オーバーロードは、咆哮しない。

 

スラスターを無駄に吹かすことも、威嚇射撃をすることもない。

 

ただ、最短距離で殺しに来る。

 

 

【感情のない舞踏】

 

「……くそっ、速いとかそういう次元じゃねえ!」

 

カツオのストライカー・カスタムが、「紫電」を振るう。

 

その一撃は、確かにオーバーロードの軌道を捉えていたはずだった。

 

だが、刃が届くコンマ数秒前

 

オーバーロードは「まるでそこには最初からいなかった」かのように位置を変えている。

 

『……駄目だ、カツオ!』

 

ハンスの悲鳴に近い警告が飛ぶ。

 

『奴のHADES-Ωは、こちらの「殺気」をトリガーにしている!

 お前が「斬る」と意識した瞬間に、回避行動が完了しているんだ!』

 

「……心を読むってのかよ!」

 

オーバーロードのバイザーの下、ツインアイが冷たく光る。

 

機体の各所から漏れる光は、かつての暴走時のように激しく明滅しない。

 

ドクン、ドクンと、不整脈のない心臓のように、一定のリズムで赤黒く脈打っている。

 

『敵意の定数化』である。

 

怒りを爆発させるのではなく、最も効率的に人を殺せるレベルで「固定」し続ける。

 

グリム少佐の意識は、その定数を維持するための「生きた燃料」に過ぎなかった。

 

 

【鉄の女の盾】

 

『……ええい、化け物め!囲め!隙間を作るな!』

 

ヴァギーニャ大尉が叫ぶ。その凛とした声には、焦りよりも使命感が勝っていた。

 

ホッジポッジ隊の連携は完璧だった。

 

タカシの電子戦、リツコの支援砲撃、アキラの遊撃。

 

教科書通りの、美しい包囲網。

 

だが、オーバーロードには「教科書」が通じない。

 

ズンッ!

 

一瞬の加速。

 

オーバーロードは、最も装甲の薄いリツコのジム・キャノンへと肉薄した。

 

『……しまっ!?』

 

リツコが反応する間もなく、ビームサーベルが彼女のコクピットを貫こうとする。

 

「……させんッ!!」

 

ヴァギーニャのジム・コマンドが、スラスターを全開にして割り込んだ。

 

盾を構え、自らの機体をリツコの前に晒す。

 

(……ここで果てるか。……だが、悪くない)

 

死の直前、ヴァギーニャの脳裏に

 

かつてハンスの操る機体によって撃墜された父の最期が過ぎった。

 

厳格だった父。その背中を追いかけ、軍人となり、そして今、部下を守って死ぬ。

 

(……お父様。私もようやく、そちらへ行けます)

 

彼女は死を受け入れ、目を閉じた。

 

 

【呪いという名の救助】

 

 

ガギィィィン!!

 

 

衝撃が走る。

 

だが、焼かれたのはヴァギーニャの機体ではなかった。

 

彼女の目の前に、無骨な「鉄の箱」が浮いていた。

 

それは、ボーン・ヤードから射出された、修理資材用のコンテナブロックだった。

 

オーバーロードのサーベルはコンテナに深々と突き刺さり、一瞬動きが止まる。

 

「……な、なんだ?誰だ、私の死に場所を邪魔する奴は!」

 

ヴァギーニャが叫ぶ。

 

『……死に急ぐなよ、お姫様(プリンセス)

 

通信機から、聞き覚えのある、そして世界で一番聞きたくない男の声が響いた。ハンスだ。

 

『……その命は、まだ使い切っちゃいないだろう』

 

ハンスは、ボーン・ヤードのカタパルトデッキで、手動クレーンの操作レバーを握りしめていた。

 

その表情に、いつもの皮肉な笑みはない。

 

苦々しい、罪人の顔をしていた。

 

「……ハンス、貴様ァァァッ!!」

 

ヴァギーニャが激昂する。

 

女性としての高い声色が、憎悪で震えていた。

 

「なぜ助けた!貴様だけは……貴様の手だけは借りたくなかった!

 私の父を殺したその汚れた手で、私に施しをするつもりか!!」

 

無線越しに、悲痛な叫びが響く。

 

部下たちも息を呑む因縁。

 

だが、ハンスは静かに答えた。

 

『……ああ、そうだ。俺の手は汚れてる。

 親父さんを殺したこの手で、今度はその娘を救い上げようとしている。

 ……笑えるだろう?』

 

「……ふざけるな!殺してやる!今すぐ貴様を……!」

 

『……なら、生きろ』

 

ハンスの声が低く、重く響いた。

 

『……ここで死んで楽になろうなんて思うな。

 生きて、戦って、生き延びて……いつか俺を殺しに来い。

 ……それまでは、お前の命も、その怒りも、全部「対HADES」のための資源(リソース)だ』

 

「……貴様……ッ!!」

 

ヴァギーニャは唇を噛み切りそうなほど強く結んだ。

 

憎い。殺したいほど憎い男に、命を救われた。

 

その屈辱は、死ぬよりも重い【呪い】となって彼女を縛り付けた。

 

「……いいだろう、ハンス!」

 

ヴァギーニャは、コンテナごとオーバーロードを蹴り飛ばし、涙と憎悪で歪んだ顔で吼えた。

 

「……この命、貴様を殺す時まで預けてやる!

 ……だから今は、あの化け物を地獄へ送ることに使ってやるッ!!」

 

『……契約成立だ。……安くはないぞ、大尉』

 

ハンスは小さく息を吐き、震える手を隠すようにポケットへ突っ込んだ。

 

 

【届かない紫電】

 

ペイルライダー・オーバーロードが一瞬、ヴァギーニャの憎悪に反応した。

 

カツオはこの壮絶なやり取りが生んだ、わずかな隙を見逃さなかった。

 

憎悪と執念が作った、千載一遇の好機。

 

「……グリム!目を覚ませぇぇッ!!」

 

ストライカー・カスタムが加速する。

 

背中のスラスターが限界を超えて咆哮する。

 

間合いに入った。

 

カツオは、紫電に全ての体重と、グリムへの想いを乗せて振り下ろした。

 

(……いける!)

 

だが。

 

オーバーロードは、コンテナの陰から、物理法則を無視した動きで「真上」へと跳躍していた。

 

「……なッ!?」

 

カツオの紫電は、空を切った。

 

重力のない宇宙空間で、慣性を完全に制御しきった動き。

 

紫電は「斬るまでの時間」を必要とするが、HADES-Ωは時間を与えない。

 

オーバーロードはカツオの頭上を取り、無言でライフルを突きつけた。

 

赤い光が、カツオを見下ろす。

 

そこには「嘲笑」も「優越感」もない。

 

ただ、「処理完了」という冷徹な事実だけがあった。

 

『……カツオ!』

 

マロンが叫ぶ。

 

ドォォォン!!

 

至近距離からのビーム直撃。

 

ストライカー・カスタムの増加装甲(ウェラブル・アーマー)が弾け飛び

 

機体が大きく吹き飛ばされる。

 

 

【予感】

 

「……がはっ!」

 

カツオはコクピットの中で激しく打ち付けられた。

 

モニターがノイズにまみれ、警報音が鳴り響く。

 

なんとか姿勢を立て直すが、右腕の出力が低下している。

 

紫電が重い。

 

「……強すぎる。……感情がないから、迷いもない。

 恐怖もない。……ただの『死』そのものだ」

 

ボーン・ヤードのブリッジで、シャリア・ブルが血の気の引いた顔でモニターを見つめていた。

 

彼は感じ取っていた。

 

あのマシンの内部にある、底なしの虚無を。

 

そして、それを止める唯一の方法を。

 

「……通常の手段では、あの計算速度には勝てない。

 ……奴の『定数』を狂わせるには、システムの内側から干渉するしかない」

 

シャリアは、震える手で自身のこめかみを押さえた。

 

「……カツオくん。……約束の時は、近いようだ」

 

絶対的な絶望の前で、アンダー・ドッグスたちは追い詰められていた。

 

だが、彼らの目から光は消えていない。

 

次なる一手。

 

それは、最も悲しく、最も気高い犠牲の上に成り立つ希望だった。

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