ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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最終話 負け犬たちの挽歌 (Elegy of the Underdogs)

ア・バオア・クー脱出航路・特務艦ボーン・ヤード

 

宇宙世紀0080年1月1日。

 

一年戦争は終わった。

 

月面都市グラナダにて

 

地球連邦とジオン共和国の間に終戦協定が締結された。

 

世界は平和への道を歩み始めたが

 

ボーン・ヤードのブリッジには重い沈黙が漂っていた。

 

 

【最後のおにぎり】

 

指揮官席には、生命維持装置に繋がれたシャリア・ブルが座っている。

 

心臓は動いている。

 

だが、その瞳孔は光に反応せず、モニターの脳波ラインは平坦なままだった。

 

「……読むぞ、爺さん」

 

カツオは、シャリアの手から温もりが失われていくのを感じながら

 

血と油で汚れた封筒を開封した。

 

中には、幾重にも折り畳まれた便箋と、メモリーチップが入っていた。

 

【……親愛なるカツオくん、そしてボーン・ヤードの家族たちへ】

 

シャリアの穏やかな声が、カツオの脳裏に蘇る。

 

【この手紙を読んでいるということは、私の「賭け」は成功し

 同時に私は「あちら側」へ行ったということだろう。

 ……悲しまないでほしい。これは私が望んだ結末だ。私は長く生きすぎた。

 ニュータイプなどと呼ばれ、木星の闇を見て、人の醜さと美しさの両方を見てきた。

 ……もう十分だ】

 

マロン(ハロ)が、カツオの足元で震えている。

 

『……おじいちゃん……』

 

【……だが、心残りがある。マロンくんだ。

 彼女は、あの事件の後、データの中で、ずっと「温もり」を知りたがっていた。

 カツオくん。君は彼女に体をあげたいと言っていたね。

 ……ここに、あるじゃないか】

 

カツオは息を呑み、目の前の「動かなくなった体」を見た。

 

【私の脳は死んだ。だが、肉体(うつわ)はまだ生きている。

 老いぼれた体で申し訳ないが、メンテナンスは欠かしていないつもりだ。

 ……マロンくん。もし君が嫌でなければ、この「抜け殻」を使ってほしい。

 私の脳の空き領域に、君のデータを移植することは理論上可能だ。

 手術代については、ジオン時代の、私の隠し資産を使ってほしい】

 

手紙の最後は、少し震えた字でこう結ばれていた。

 

【……マロンくん。これが、私のできる最後の「おにぎり」だ。

 ……遠慮なく、食べておくれ】

 

「……爺さん……!」

 

『……お、おじいちゃん……』

 

カツオは手紙を握りしめ、堪えきれずに慟哭した。

 

ハンスが、背を向けて肩を震わせている。

 

ビッグXが、帽子を目深に被り直す。

 

それは、あまりにも優しく、あまりにもクレージーな遺言だった。

 

 

【禁断の手術】

 

戦後の混乱期。

 

地球連邦政府の監視が緩む中

 

カツオたちはハヤブサのツテを頼り、サイド6の裏街へ潜伏していた。

 

「……正気の沙汰じゃねえな」

 

闇医者が

 

シャリアの体とハロの接続端子を見比べてため息をつく。

 

「脳死したニュータイプの脳幹に、AIのパーソナリティデータを定着させる……。

 倫理委員会が見たら卒倒するぞ」

 

「……金は払う。言い値でいい」

 

カツオが、スーツケースから金の延べ棒を積み上げる。

 

「金の問題じゃない。……だが」

 

闇医者は、ハロのカメラアイを見つめた。

 

「……生きたいか?お嬢ちゃん」

 

『……生きたい』

 

マロンの声。

 

『……おじいちゃんのくれた体で、カツオと、みんなと……ご飯が食べたい』

 

「……いい度胸だ」

 

闇医者は手術灯を点けた。

 

「始めよう。……神様への言い訳は、俺が考えておいてやる」

 

手術は10時間以上に及んだ。

 

それは、死者と機械を繋ぎ、新たな生命を紡ぐ、祈りのような作業だった。

 

 

【目覚めの朝】

 

病室のベッド。

 

朝の光が差し込む中、老人の瞼がピクリと動いた。

 

「……マロン?」

 

カツオが覗き込む。

 

ゆっくりと、その目が開く。

 

かつてシャリア・ブルが見せていた、すべてを見通すような賢者の瞳ではない。

 

好奇心に満ちた、生まれたての子供のような瞳。

 

「……あ……う……」

 

しわがれた、野太い声が出る。

 

本人はその声に驚いたようだが、すぐにカツオの顔を見て、満面の笑みを浮かべた。

 

「……カツオ!……おなか、すいた!」

 

その無邪気な口調と、厳格な老人の外見のギャップ。

 

カツオは涙を流しながら、腹を抱えて笑った。

 

「……ははっ!最高だぜ、マロン!

 ……ああ、飯にしよう!特大のおにぎりを作ってやる!」

 

 

【喫茶アンダー・ドッグス】

 

それから数年後。

 

地球、南米の奥地。

 

連邦の威光も届かない、ジャングルの入り口にある小さな町。

 

一軒の賑やかな店があった。

 

看板には下手な字で『Cafe Under Dogs』と書かれている。

 

「おいリツコ!カレーのスパイスが強すぎるぞ!客が火を噴く!」

 

「うるさいわねアキラ!暑い国ではこれがいいのよ!文句があるならアンタが作りなさいよ!」

 

厨房では、エプロン姿のアキラとリツコが、フライパン片手に喧嘩をしている。

 

どうやら二人は腐れ縁の末、パートナー(公私共に)になったらしい。

 

「……まったく、騒がしい店ね」

 

「たまには、静かに飲ませてほしいものだ」

 

客席の窓際で、私服姿の女性と銀髪の紳士がコーヒーを啜る。

 

元『ホッジポッジ隊』隊長のヴァギーニャと、元『穴熊部隊』隊長のハンスだ。

 

二人は軍を退役し、今は民間の輸送会社を共同経営している。

 

かつて「殺す・殺される」の因縁で結ばれた二人は

 

戦後の荒波を共に乗り越えるビジネスパートナーとなっていた。

 

時折こうして顔を見せに来るのが、彼らの数少ない休息だ。

 

「いいじゃないですか、隊長。平和って感じで」

 

隣には、すっかり太ったタカシが一人、昼間からビールを飲んでいる。

 

「いらっしゃいませー!お水どうぞ!」

 

元気な声と共に、ウェイターがやってくる。

 

白髪の上品な老紳士……に見えるが

 

その動きはドタバタと慌ただしく、エプロンの紐が解けている。

 

シャリア・ブルの肉体を持つ、マロンだ。

 

「あらマロンちゃん、今日も元気ね」

 

ヴァギーニャが微笑む。

 

「うん!……あ、ヴァギーニャさん、スカート素敵!マロンも着てみたい!」

 

「……ふふ、貴方にはちょっとサイズが合わないかしらね」

 

老人の体でスカートを羨ましがるマロン。

 

その光景は奇妙で、歪で、けれど誰もそれを笑わなかった。

 

そこには、確かな「愛」があったからだ。

 

 

【Underdogs' Chronicle】

 

カウンターの中で、マスターであるカツオ・イトウがコーヒー豆を挽いていた。

 

右腕には古傷が痛み、背中には幾多の戦場を駆け抜けた記憶がある。

 

店の奥の棚には、折れた実体剣「紫電」の欠片と

 

グリム少佐の機体から回収した小さなエンブレムが飾られている。

 

(……聞こえるか、グリム。爺さん)

 

カツオは、窓の外に広がる青空を見上げた。

 

(……俺たちは生き延びた。英雄にはなれなかったし、歴史にも残らない。

 ……だけど、ここには最高の仲間と、最高のコーヒーがある)

 

「おーい、カツオ!オムライス3つ!ビッグXたちが来たよ!」

 

マロンが嬉しそうに厨房へ叫ぶ。

 

店の入り口には

 

運送業のトラックから降りてきたビッグX、ビタム、クェンたちが手を振っている。

 

「……ああ、今行く!」

 

カツオはエプロンを締め直し、仲間たちの輪の中へと歩き出した。

 

野良犬たちの記録(アンダードッグス・クロニクル)は、もう悲しい内容ではない。

 

それは、生きていく者たちの

 

力強く、騒がしい人間賛歌となって、南米の空に響き渡るのだった。

 

ー完ー

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