アクアドームの返し方   作:アトランティックシーネットル


原作:アクアリウムは踊らない
タグ:ガールズラブ
レトスズがさぁ!!アクおどがさぁ!!
この作品は“アクアリウムは踊らない”のネタバレを多数含みます、ご了承ください。


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アクアドームの返し方

「スーちゃんは、サンタさんに何をお願いしたの〜?」

 

病院の2階、階段の横にはもみの木の模型が飾られていた。

12月の17日、毎年クリスマスイブの一週間前からこの病院は明るく彩られる。

決して綺麗とはいえない、古びた病院の壁を飾り付けていたスーズの肩を叩いたのは彼女の親友。

巻き毛の彼女は普段と変わらないふわふわとした口調で、スーズにそう問い掛けてきた。

 

「……本気で言ってる?」

 

「ん〜?やる気はいつだって満々だよ〜」

 

巻き毛の少女、ルルは屈託のない笑顔でそう答える。

少し前に誕生日を迎えた彼女は、今では18歳。

自分と同い年でありながら一切の疑いを持たずに“サンタクロース”という存在を信じている親友に、呆れ半分の視線を向けるも……

 

「いや……そっか、本気ならいいんだけどさ……」

 

きらきらと目を輝かせる彼女を見るうちに段々ともう半分、安心感に毒気を抜かれてしまう。

彼女は変わらない、今も昔もこうであると。

 

「私はね〜、新しい水着が欲しいかも〜」

 

そういえばこの前に“海に遊びに行ってきた”と言って送ってきた写真で、彼女がスクール水着を着ていた事を思い出す。

ルルが自分を誘わないで何処かに出かけたという事に若干の寂しさを覚えつつも、彼女が楽しそうならそれで良い気もする。

昔から抜けてるところさえ除けば、誰とでも仲良くなれる子ではあった。

そんな彼女が自分以外に“親密な友人”を作れたというのは、寂しい以上にとても喜ばしい事だろう。

 

「クリスマスか……考えてなかったな……」

 

スーズにとって“クリスマス”というイベントは、あまり大きなものではない。

病院のみんなが楽しそうだったり、ケーキが食べられたり。

普段の日に比べれば何倍も楽しい時間ではあるが、結局彼女にとってクリスマスというイベントは“その程度”だ。

冷めているわけではない、歳を重ねるにつれ段々とこういうイベント事の楽しみが減っているというだけ。

 

しかし考えてみれば、幼い頃から自分はクリスマスが好きだっただろうか?

サンタクロースを信じ、プレゼントを貰っていた時は間違いなく楽しかったと記憶している。

サンタの正体を知り、プレゼントを貰わなくなってからはどうだろう。

 

両親は夜まで帰ってこない、ルルは家族で過ごしている。

“楽しみがない”とまでは行かないが、幼い頃の自分の中で“一大イベント”として認定されるような。

少なくともそんな、“一年に一度の楽しみ”では無くなっていた事は確かだ。

 

「ルルは今年も家族と過ごすの?」

 

そんな自分と比べ、今もサンタを信じ毎年毎年家族と過ごしているルルは今年も理想的なクリスマスを迎えるのだろうか。

両親に愛されているのか、彼女が純粋すぎるのか……

形は違えどスーズも両親から愛されて育っている、ならば後者の影響が大きいのだろう。

 

「って、いないし……」

 

そう振り向いて話しかけたその場所に、既にルルの姿はなかった。

いつもの事だ、思い立つと同時に行動する彼女の癖。

お陰様でよく振り回されているが、最近この癖の被害に遭っているのはもっぱら彼女の新しい友人の方。

自分達より歳下の、ピンク色の髪の少女。

マイペースなルルに流されすぎず、それでいて着いて行く事の出来る少女……

 

「ルルならそこの階段ですれ違ったわよ」

 

「げ、キティ」

 

それがキティ、“あの水族館”で出会った私達の友人。

 

「なによその反応、私はお呼びじゃないって事?」

 

「いえいえ、そんな事ないですよー」

 

初対面の時は“大佐”や“クリーピー”の印象であまり気にしていなかったが、よくよく考えたらとんでもない普段着をしているなぁ……と。

低身長だから許されている気がするが、こんなにフリフリとした魔法少女のような服装で毎日を過ごしているのか。

そんな感想を会う度に抱いているが、本人に言ったら怒られそうな気がするので心の内にしまっておく。

低身長気にしてそうだし、重要なのはそこじゃない気がするけど。

 

「……キティはさ、クリスマスに何かする予定ある?」

 

「んぇ?特にないけど……」

 

彼女とルルの間に予定が入ってないとすると、やはり今年もルルは家族と過ごすのだろうか。

というかそもそも、クリスマスに予定が入っているという状況の方が貴重なのではなかろうか?

別に友人がルルとキティ以外にいないから一人きりになっているとか、そういうわけではないのだから。

断じてない、ないったらない。

 

「あぁ、ニコにケーキくらいは買って帰ろうかしら」

 

「そうじゃん、なんで病院なんか来てるのさ」

 

病院内の飾り付けを手伝ってくれると来てくれたルルや母親がこの病院で働いているスーズと違い、キティがこの病院にわざわざ訪れる理由はない。

少し前までは彼女の弟、ニコが入院していたためお見舞いのために毎日顔を出していたが……

そんなニコも秋頃に無事退院した、彼女が病院に来る理由は一つもない。

 

「べっ……!!」

 

いいや、正確にはありはするが……

 

「別にアンタ達に会いに来たとか、そういうワケじゃないからっ!!」

 

「私なんにも言ってないよ」

 

性格的に、それを認めようとはしない。

 

「……そっか、みんな予定があるんだな……」

 

顔を赤くしながら向かいの壁に背中をぶつけたキティを眺めながら、ぽつりと溢れたその言葉。

 

「……ん?アンタもあるでしょ?」

 

先程まであわあわと震えていたキティは、その言葉に違和感を覚えると目を細めながらスーズにそう返した。

 

「え?」

 

「へ?」

 

「えぇ?」

 

“なんのこっちゃ”といった表情のスーズに対し、これまた“何言ってるのよ”といった表情のキティ。

数秒の沈黙の後、困惑し続けるスーズを置いて一人ハッとしたようにキティが目を見開き。

照れ隠しではない、本心からの呆れたような声色で彼女に問う。

 

「……12月24日、何の日か分かるわよね?」

 

「何の日ってそりゃあ、クリスマスイブでしょ」

 

「違うわ、もう一つあるのよもう一つ」

 

念押しされても指摘されてもやはりピンとこない。

忘れているだけで実は、ルルやキティと既に予定を入れていたんだったか。

いや、それならこういう否定のされ方をする事はない気がする。

あくまでクリスマスイブという用事以外の何かがある、それは確実なのだろう……

が、やはり何も思い出せない。

 

目が泳いでいたのがバレたのか、はたまた別の理由からか。

眉間に皺を寄せ溜息を溢したキティが、らしくない表情で一言答えを告げる。

 

「クリスマスイブと同日よ、あのバカの誕生日」

 

「……バカって……」

 

ばか、バカ、馬鹿。

 

「………」

 

彼女が言うバカとは一体誰の事だろうか。

ルル……の事ではない、照れ隠し以外で彼女がルルにそんな言葉を掛ける筈がないから。

ならば誰だろうか、なんてったってバカである。

そう、なんてったってバカなんだ。

 

「はぁ〜〜〜!?!?!?」

 

「ぐぇっ」

 

私の知る“馬鹿”は、一人しかいない。

 

「ちょっ、揺らさ……レトロの事になるとほんと冷静さ失うわねアンタ!?」

 

無意識のうちにキティの肩を掴んでいた。

どうやらその状態で彼女の事を揺さぶり続けていたらしく、目の前では顔色を悪くした少女がいつもより少し覇気のない瞳で此方を睨み付けている。

 

「はぁ……はぁ……」

 

慌てて手を離すと、一瞬くらりとバランスを崩し壁に寄りかかるキティ。

呼吸を整える彼女に対し、言葉に詰まるスーズ。

最後に大きく一呼吸を置いた後、調子を取り戻したキティがようやく落ち着きを取り戻したスーズに対して一言。

 

「私ね……結構長い時間、あの水族館の中にいたのよ……」

 

あの水族館とは、スーズとキティが出会った場所。

そしてキティが、スーズが“大佐”と出会った場所。

 

「世間話くらいするでしょ!!普通!!」

 

スーズにとってはたった一日、あまりにも大きな一日の出来事であったがキティにとってはそうではない。

彼女にとっても大きな出来事であった事は間違いないが、閉じ込められていた時間が違う。

良い思い出も沢山あるが、キティにとって思い出したくない記憶も幾つかある事は間違いないのだ。

 

「……なんかごめん」

 

「えっ……そんなに気にしたりはしないけど……」

 

……確かに水族館の中で自身とキティの間にすれ違いが生まれ、嫌な事故が起きた事は間違いないが。

何故そんな事故が起きてしまったのか、と聞かれた時。

少なくともスーズは“自分のせいでそうなった”と考えるほど、歪んだ自己否定をする性ではなかった。

そもそも大佐の、レトロの話を振ってきたのはキティの方からであり彼女が水族館の嫌な記憶を思い出そうが割と自業自得で……

 

「……よく考えたらさ、私が謝る筋合いなくない?」

 

「なんで開き直ってんのよ!?」

 

「はいはい、すいやせん」

 

「アンタねぇ!!」

 

そもそもキティが怒っているのは急に体を揺さぶられた事に対してであり、別に水族館がどうこうといった話は関係ない。

要するにスーズの考えすぎである、しかし本人はそれを知る由もない。

 

そんな認識の齟齬が起きている事は知らずとも、スーズは若干の罪悪感を感じていた。

しかしやはり謝ったり、変に申し訳なく感じるのも違うのではないかと。

怒りの理由を理解していないスーズは少しトンチキな思考を張り巡らせながら、一つの結論に辿り着く。

ならば良い方向で、借りを返せば良いじゃないか。

 

「……ルルの予定、イブの夜までなら空いてると思うよ」

 

「ばっ……なっ……!!」

 

キティが何故今日病院に来ていたのか、その理由を薄々察していたスーズはボソッと一言そう呟く。

自分の心の内を見透かされていたと悟ったキティはその言葉を聞き叫ぼうとするも、ここが病院である事を思い出しその悲鳴を抑え。

 

「〜〜〜っっっ!!」

 

瞳をぐるぐるとさせ顔を真っ赤に染め、歯をギリギリと鳴らし。

 

「……助言、どうも……」

 

言葉の波をやっとの思いで飲み込むと、あまりに小さな声で一言礼を告げると。

 

「べ、別に感謝してるワケじゃないんだけど!?」

 

そう言い捨てて、駆け足で階段を駆け降りていった。

 

「どっちなんだ……」

 

彼女の二面性、俗に言うツンデレは今に始まった事ではない。

最初のうちは噛み合わない事も多かったが今となっては慣れている、素直になれないだけなのだ。

つまり“良い仕事をした”という事なのだろうと、苦笑しながら飾り付けを再開した脳内によぎる言葉。

 

『スーちゃんは、サンタさんに何をお願いしたの〜?』

 

「……私が願うもの、か……」

 

 

◇◇◇

 

 

「うわ、冷たっ!」

 

ここならば波は来ないだろう、とたかを括っていたところに吹いた突風。

風は波をさらって先程よりも遠くまで運び、結果としてスーズの足を海水が呑む。

 

「うげぇ……靴に水入ったし……」

 

靴下までびしょ濡れになってしまった、肌に張り付いて気持ち悪い。

 

「冬に来るもんじゃないね、海ってのは」

 

それに今は冬なのだ、こんな気温なのに薄着をしているスーズにとって足元の体温が奪われるのは致命的であった。

彼女は今あの時の服装で、あの時の海に来ている。

 

「ね、レトロ」

 

見つめるのは、海の向こう側。

そして、海の深く、深く。

 

「……レトロはさ、今日が誕生日らしいじゃん?」

 

12月24日、クリスマスイブの夜。

本来クリスマスイブの“イブ”は前夜を表す言葉らしいが、そんな事はどうでもいい。

とにかく今は、クリスマスイブの夜間である。

 

「私には話してくれないくせに、キティには話してるんだもんねぇ」

 

つまり今日は大佐の、レトロの誕生日。

 

「……ひひ、冗談だよ冗談」

 

レトロが今年で何歳になったのかは、スーズには分からない。

キティに聞いても“知らない”と語っていた、12歳以上である事は間違いないが……

そういえばあの日、デメキンカフェ&バーでお酒が飲める旨の話をしていた気がする。

ならば20は超えているのだろうか、少なくとも自分よりは何歳も歳上だとは思う。

 

「そうそう、誕生日といえば七夕の日にさ……」

 

7月7日、つまりは七夕。

その日は確かキティと一緒にパーティーを開いた。

どうして七夕なのにパーティーなのかと、それには理由があり……

 

「……ぁ、ルルの誕生日が七夕なんだけど」

 

7月7日はルルの誕生日、今年は新しい友人であるキティがいるからと去年よりも大々的に祝ったのだ。

サプライズパーティーを開いたのだが、今思い出してもルルの反応は去年とあまり変わらなかったと思う。

少なくとも、驚いてはいなかった。

けれどなんだか去年よりも嬉しそうだった……気がする。

 

「あの子、短冊になんて書いてたと思う?」

 

誕生日パーティーと七夕を一度に済ませる気はなかったのだが、折角だからと笹の葉を用意してきたのはキティだったか、私だったか。

ともかく笹の葉と、そこにぶら下げる短冊をみんなで書いたんだ。

 

「……ま、大佐にルルの事が分かるわけないし言っちゃうんだけど」

 

キティは頑なに短冊に書いた願いを見せてくれなかったが、ルルは快く見せてくれた。

短く簡潔に書かれた文と、小さく書かれたクリオネの絵。

 

「“クリスさんにお礼が言いたい”って」

 

私達にあの経験をさせてくれたクリスさんにお礼が言いたいと、もう一度会いたいと彼女は語ったのである。

その言葉を聞いた時のキティの微妙な表情は正直面白かったし、言葉に詰まっていたのもまた面白かった。

 

「うん、そう、私達を案内してくれた方の“クリスさん”にね」

 

それでも彼女の願いを否定しなかったんだから、キティは偉いと思う。

 

「……ねぇ、レトロ……」

 

願い事の話が、私の中でずっと突っかかっていた。

 

「私は、短冊になんて書いたと思う?」

 

「私は、サンタクロースに何を貰いたいと思う?」

 

レトロに初めて願い事を聞いた時。

12年前……今となっては13年前のあの日、レトロと初めて会った時。

あれ以来ずっと引っ掛かっていた私の夢。

今なら分かる、私の夢はきっと……

 

「私は、私はね……」

 

 

 

 

 

『……レトロとの、日常が欲しいんだよ……』

 

 

 

 

 

「……な〜んて言うと思ったか、馬鹿め」

 

この願いは別に、嘘ではない。

 

「短冊なんて最初から書いてないよ」

 

もしレトロが何か私の願いを予想していたら、その時点でクイズは不正解だ。

 

「サンタクロースも信じてない」

 

もし願いがないと言ったら、それは嘘になるけれど。

 

「私は、願わないよ」

 

「願ってなんかやるもんか」

 

「願ったらきっと、貴女は叶えようとする」

 

だってレトロは、ちょっぴり変だから。

 

「願ったらきっと、それは泡沫の夢になる」

 

だって夢は、見続けていいものじゃないから。

 

「だからレトロは、指を咥えて見てればいいんだ」

 

他ならぬ貴女に託されたんだから、暫くは私が一人で頑張らないと。

仲間はちゃんといるけれど、これは私の意地。

私は一人でも頑張れるよって、その証明。

 

「迎えに行くから」

 

“夢”になんて、“願い”になんてさせない。

 

「レトロが沢山、たくさん助けた分を必ず」

 

私の手で必ず、それを“現実”にする。

 

「私達が、返しに行くから」

 

だからいざ会いに行く時は、みんなで。

今度はきっとニコも連れて行くし、ルルの事も紹介するから。

 

「その時は、美味しいコーヒーでも淹れて出迎えてよね」

 

それとも紅茶を淹れる方が得意なんだっけ、レトロはさ。

 

「……そろそろ帰らないとお母さんが心配するか……」

 

腕時計の短針は9を過ぎている。

この時計は動いている、私の時間は止まっていない。

私の時間が止まってないんだから、いつかきっと。

 

「……またね、レトロ」

 

「メリークリスマス、そして」

 

「ハッピーバースデー」


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