それではどうぞ
朝の光が、結ヶ丘女子高等学校の校舎を照らしていた。
坂道を登りながら、ヒロトは静かに息を吐く。
頬を撫でる潮風の感触が、どこか懐かしくも感じられた。
──この世界で、自分は「天城ヒロト」として存在している。
ポケットの中には、スマートフォン、財布、鍵、そして一通の封筒。
封筒には「結ヶ丘女子高等学校 特待生編入届」と記されていた。
その紙を見つめながら、ヒロトは昨日の出来事を思い出す。
街を散策してる時に聞いたあの歌。
澄んで、優しくて、けれどどこか震えていた声。
その歌声を聞いている間だけ、胸のざわめきが静かになった気がした。
けれど今は、それを確かめている余裕はない。
自分がなぜここにいるのか──まずは、それを知る必要がある。
「──とにかく行ってみるか 結ヶ丘女子高等学校に」
そう呟きながらヒロトは、コーヒーを啜るのだった。
⸻
柔らかい陽が傾き始めた頃、ヒロトは校門の前で足を止めた。
「アイドル部の設立を許可してほしいデスッ!」
元気いっぱいの声が、校舎の壁に反響していた。
グレージュのショートボブを揺らしながら、唐可可が職員に詰め寄っている。
両手を広げ、体全体で主張しているその姿は、まるで台風のようだった。
「だから! スクールアイドルは、みんなを笑顔にできるデス! それをダメっておかしいデスよ!」
(……スクールアイドル、ね)
ヒロトは立ち止まり、少しだけ口元を緩めた。
この街では、それが“特別”なものなのかもしれない。
可可がこちらに気づくと、ぱっと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「むむ……そこの人、不審者デスか!? 」
「違うよ、ほら」
変な疑いをかけられたヒロトは、手に持っている物を彼女に見せた。可可は、目を細めると編入届であることを知って驚いていた。名前からして女子校である結ヶ丘に男子生徒が編入してくるというのだ驚かない方がおかしい。
「転校生デスか!? 疑ってしまってごめんなさいデス でもここって女子校じゃないんデスか?」
「いいよ、気にしてないから 俺もそれを確かにめきたって訳」
「なるほど……それで、転校生さんにお願いがあるんデスが……」
「えっ……お願い?」
可可が両手を合わせて懇願する。
「アイドル部の申請、理事長に言ってほしいデス! ワタシ、もう何回も頼んでるデスが……」
「何回も……?」
ヒロトは呆れつつも、目の前の少女の真っ直ぐな瞳に押されてため息を吐いた。
「……今日、編入の手続きに来ただけなんだけどな」
「なら! ついでにお願いデス!」
思わず笑ってしまう。
その勢いに押されて、ヒロトは苦笑しながら小さく頷いた。
「……できればね」
「ヤッター! ありがとうデス!」
ぱっと跳ねるように喜ぶ可可の姿に、ヒロトは少しだけ心が和らぐ。
そのまま彼女に見送られ、校舎の奥へと進んでいった。
⸻
理事長室。
木製のドアを開けると、窓辺の陽光に包まれた静かな空間が広がっていた。
理事長は微笑みながら、書類にサインをしている。
「ようこそ、天城ヒロトくん」
柔らかな声。だが、その言葉の裏に何かを含んでいる気がした。
「初めまして、天城ヒロトです」
「ここ結ヶ丘女子高等学校は、この春新設されたばかりの学校になります本校は、音楽科と普通科があり音楽で結び未来を開くそう言った理念の元経営しております」
(結ぶか)
その響きに、ヒロトの胸がざわつく。
あの夜、自分を包んだ金色の光。
それはまだ、どこかで脈打っている気がしてならなかった。
「何か質問はある?」
ヒロトは少し考えてから、静かに口を開いた。
「二つあります 一つは、何故女子校に俺が呼ばれたかです」
「近年の生徒数減少に伴い、今の体制にはいずれ限界があるのではないかと思いまして、試験的に男子生徒を迎えてみようと思いました その第1号が貴方です、天城ヒロトくん」
「二つ目……スクールアイドル部の申請、なぜ許可されないんですか?」
理事長は目を細め、軽く肩を竦める。
「それはね──私じゃなく、“彼女”が反対しているの」
「彼女?」
その時、扉を叩く音が響いた。
「理事長、入ってもよろしいでしょうか??」
澄んだ声。
理事長が「どうぞ」と言うと、扉が静かに開いた。
そこに立っていたのは、整えられた黒髪に琥珀色の瞳を持つ少女──葉月恋。
立ち姿に無駄がなく、声には凛とした響きがある。
「失礼します。理事長」
理事長が微笑んでヒロトを指し示す。
「明日から普通科に編入する天城ヒロトくん。案内をお願いできる?」
「承知しました」
恋は軽く一礼し、ヒロトの方を向いた。
その瞳には、何かを測るような冷静さが宿っている。
⸻
校内の案内は、静かで整然としていた。
恋の説明は丁寧で、歩くたびに制服のリボンが小さく揺れる。
「こちらが普通科の教室棟です。音楽科は別棟になります」
「音楽科……ああ、君はそっちなんだね」
「はい。私は音楽科一年、葉月恋と申します」
ヒロトは頷きながら、ふと問いを投げる。
「君が……スクールアイドルを反対してるの?」
恋の足が止まった。
少しの沈黙のあと、彼女は振り返る。
「はい。音楽科のあるこの結ヶ丘には必要ありません」
その言葉はまっすぐで、揺らぎがなかった。
しかしヒロトも引かなかった。
「でも、部活に“科”なんて関係ないだろ。
やりたい気持ちがあるなら、それを止める理由はないと思う」
「……何も知らないくせに」
恋の瞳が揺れる。
それは怒りでも、悲しみでもない──何か痛みのような感情だった。
「以上で案内を終えます」とだけ言い残し、恋は歩き出した。
その時──。
地の底から、雷鳴のような轟音が響き渡った。
校舎全体が軋み、窓ガラスが震える。
次の瞬間、足元が大きく揺れた。
「地震!?」
恋が壁に手をつく。
ヒロトは咄嗟に周囲を見渡す。
ロッカーが倒れかけている。
その真下には、バランスを崩して動けなくなった恋。
「危ない!」
ヒロトは駆け出した。
身体が勝手に動いた。
彼女を庇うように飛び込み、両腕でロッカーを押し戻す。
金属が悲鳴を上げる。
腕が焼けるように痛い。
だが、歯を食いしばり、全力で支えきった。
ようやくロッカーを元の位置へ戻し、恋を抱えて廊下の隅に避難させる。
「天城くん……っ!」
恋の声が震える。
彼は息を荒げながら笑った。
「大丈夫か」
「あなたこそ……無茶して──大丈夫ですか?」
「大丈夫──これくらい、誰でもやるさ」
遠くから、低い爆音が響いた。
窓の外を見れば、御茶ノ水の空に黒煙が上がっている。
スマートフォンが震え、速報が流れる。
《都内・御茶ノ水周辺で未知の巨大生物が出現! 現在も進行中!》
画面には、灰色の巨体が地面を割って姿を現す映像。
──ゴルザ。
その名を、ヒロトは知らないはずなのに。
口の中で、自然とその名を呟いていた。
「……ゴルザ」
次の瞬間、胸の奥が熱を帯びた。
まるで心臓が光に変わるような感覚。
ポケットの中──スパークレンスが淡い金色の光を放っていた。
言葉はない。ただ、光だけが語りかけてくる。
(行け、と……言ってるのか?)
ヒロトは立ち上がる。
「待ってください! どこへ行くのですか!?」
恋の声が追いかける。
掴まれた腕に、彼女の小さな手の温もり。
「危険です! 行ってはダメ!」
ヒロトは振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。
「……分かってる。でも、誰かが行かなきゃ」
「天城くん……!」
恋の瞳が揺れた。
止めたい。けれど、止められない。
その表情を残して、ヒロトは駆け出した。
⸻
御茶ノ水。
崩れた道路、倒壊するビル。
人々の悲鳴がこだまする街の中心で、ゴルザが咆哮を上げる。
その巨体は地を揺らし、咆哮が空を割る。
ヒロトは瓦礫の上に立ち尽くしていた。
足が震える。息が荒い。
けれど、心だけは前を向いていた。
「……怖い。でも……誰かが、止めなきゃ」
スパークレンスが再び輝く。
金色の光が、彼の手を包み込む。
「……これが……俺の中の、光……?」
光は何も言わない。
ただ、確かに彼を導いている。
ヒロトはスパークレンスを握り締め、空へ掲げた。
──世界が、光に染まる。
轟音とともに、金色の光柱が立ち上がる。
その先に立つのは──伝説の光の戦士。
如何でしたか?
結ヶ丘女子高等学校の理念や試験的な動きなどは、今回オリジナル設定にしてます
お気に入りや感想などお待ちしております
ではまた次回!