翌日の放課後。
夕陽が沈みはじめ、結ヶ丘の屋上がゆっくりと紫色へ染まりゆく。
可可とすみれが、わずか数歩の距離で睨み合っている。
「センターは……かのんが相応しいデス!」
可可が胸を張り、迷いのない声で言う。
「なんでよっ!? 私が一番映えるし、歌えるし、可愛いんだから!」
すみれは負けじと叫ぶ。
その気迫は確かに本気で、彼女なりの必死さがにじんでいた。
「ダンスも歌も、大事なのは“心”デス!」
可可がすかさず言い返す。
「かのんの歌は心に届くデス! だからセンターは、かのんデス!」
かのんは二人の間で言葉を失い、その視線を泳がせた。
「ちょ、ちょっと可可ちゃん……私、そんなつもりじゃ──」
「だったら確かめればいいじゃない!」
すみれの声が屋上に響いた。
「勝負よ、かのん! どっちがセンターにふさわしいか、“歌”で決めましょう!」
可可が満足げに頷く。
「自信あるならやればいいデス!」
「えぇ……!?」
かのんは完全に置いていかれていた。
静寂。
屋上の空気が、一瞬で張りつめる。
そして、かのんは小さく息を吸った。
「……じゃあ、歌わせてもらうね」
ヒロトは、かのんを見つめながら胸の奥がひりつくのを感じた。
(無理してる……本当はこんな勝負、望んでないのに)
かのんは目を閉じ、ゆっくりと口を開いた。
「♪ ほんのちょっぴり〜悲しい時なら……!」
その瞬間──屋上の空気が変わった。
透き通るような声。
優しさと力強さを同時に持つ歌。
夕暮れが溶けるように、音が空へと広がっていく。
すみれの瞳が大きく見開かれた。
(……嘘……こんな……)
かのんの歌は綺麗なだけじゃない。
“人を励ます強さ”があった。
可可は手を胸に当て、嬉しそうに目を潤ませている。
ヒロトはただ、胸が熱くなるのを止められなかった。
(これが……かのんの、本当の輝き……)
歌が終わると、風がスッと戻ってきた。
しばらく、誰も言葉を発せなかった。
やがて──すみれが震える声を漏らす。
「……無理よ……こんなの……勝てるわけない……」
自分のプリズムのようなプライドが、かのんの歌声で粉々になった。
その表情には、悔しさも、悲しさも、憧れさえも混ざっていた。
「輝けないなら……スクールアイドルなんて……辞めてやる!!」
すみれは背を向け、屋上の扉へ駆け出した。
かのんが「待って!」と伸ばした手は、空を掴む。
扉が強い音を立てて閉まった。
「思い知ったかデス! これでセンターは──」
「やめて……可可ちゃん!」
かのんは肩を震わせていた。
さっきまで歌っていた温かい声は、影を落としている。
「すみれちゃん……本当に、辞めちゃうのかな……?」
その瞳は泣きそうだった。
勝って嬉しいわけがなかった。
可可もようやく気づく。
「かのん……」
風が吹き抜けたあと──ヒロトが静かに歩き出した。
かのんが顔を上げる。
「ヒロトくん……?」
「──後は、任して」
低く、でも優しい声だった。
「すみれは今、誰かが必要だ。
かのんじゃ頭が整理できなくなる。可可でも違う」
ヒロトは拳を握る。
「俺が行く。あいつを連れ戻してくる」
かのんは唇を噛み、首をふる。
「でも……」
「大丈夫。かのんはここにいて。
君のせいじゃない。君は……歌っただけだ」
かのんの胸がきゅっと締め付けられる。
そしてヒロトは背を向け、屋上の扉へ走り出す。
(待ってろよ、すみれ。
今は……放っておける状態じゃない)
彼の姿は、扉の向こうへと消えた。
夕風がふたりを残して吹いていく。
──
階段を下りた瞬間、校舎の廊下に差し込む夕陽を見た。
オレンジ色の光の中を、すみれの影が小さく揺れながら遠ざかっていく。
(速い……!)
普段は気取って歩いているすみれだが、今の走りは必死だった。
「すみれさん!」
呼びかけても、彼女は足を止めない。
「放っておいてよ!」
「放っとけるわけないだろ!」
ヒロトも全力で追いすがる。
すみれは感情を押し殺しているのか、肩が震えていた。
悔しさ、恥ずかしさ、自分への怒り……全部をごちゃ混ぜにして走っている──そんな背中だった。
校門を抜け、坂道へと飛び出したその瞬間──
すみれが足を止めた。
夕陽を背に、風に巻かれたような金色の髪。
背中越しでもわかるほど、気持ちが不安定だ。
「……なんで、追ってくるの……?」
振り返った顔は、必死に平気を装っていた。
だけど目は赤く、少し潤んでいる。
ヒロトは息を整えながら、静かに言った。
「君の背中が、そう言ってたからだよ」
「は……? 意味わかんないんだけど」
「“助けて”って、言ってた」
「────っ」
すみれの肩が揺れた。
強がりも、皮肉も、全部吹き飛ばされてしまうような言葉だったのだろう。
「……あたし……負けたくなんてなかった……!」
すみれの声は震えていた。
けれど、それはまだ“表面”にすぎない。
ヒロトが一歩、近づく。
「すみれさん……」
「努力したの……本当に……!
かのんがセンターに相応しいってことなんて、最初からわかってた!
でも……それでも……一度くらい……勝ちたかったの!」
吐き出された言葉は、苦しくて、悔しくて、惨めだった。
そして──
すみれは自分でも抑えられないように、過去へと遡り始める。
「……ねぇ、ヒロト。
昔、あたし……子役してたの、知ってる?」
「詳しくは──」
「……全部ね、負けてたのよ」
夕陽に照らされた横顔が、痛いほどに歪んだ。
「主役のオーディション、何十回も受けた……!
台詞も歌もダンスも、必死で練習した……!
でも……“主役の子の友達”とか、“通りすがりの少女”とか……
そんな役ばっかりだった!」
声が震え、記憶がこぼれ落ちるように言葉が続いた。
「最終審査まで残って……期待させられて……
でも最後の最後で、いつも別の子に持っていかれた。
その子がセンターで、あたしは……隅っこで笑ってるだけ」
握りしめた拳が、白くなる。
「何度、泣いたと思う……?
“平安名すみれは脇役がお似合いね”って、何度言われたと思う……?」
必死に笑っていた子ども時代のすみれが、ヒロトには見える気がした。
「だから……“輝きたい”って、思ったの。
生まれて初めて本気で……自分のために輝きたかった!」
すみれの声は、涙で途切れ途切れになっていた。
「なのに……!
なんで、あたしはいつも……主役になれないのよ……!」
子どもの頃から長年抱えてきた願い。
叶わなくて、届かなくて、何度も折れて、それでも諦められなかった夢。
その痛みが、一気に溢れだしていた。
ヒロトは、すみれの言葉を一つも遮らず、すべて受け止めた。
「……君がどれだけ頑張ってきたか、今ので全部わかった」
「やめてよ……そんな優しい言い方……
今さら慰められても……」
「慰めじゃないよ。
君はずっと“主役になりたかった子”なんだ。
負けたくて負けてたんじゃない。
“勝ちたくて、努力し続けてきた子”なんだ」
すみれは顔を上げられなかった。
涙が次々にこぼれてしまうから。
「その気持ち……俺は、ちゃんとわかってる」
「……ねぇヒロト。
あたし……また同じ繰り返しなのかな……?」
「繰り返し?」
「主役になりたいって思って……
本気で挑んで……
でも、最後に負ける。
いつもの“脇役”に戻される」
その言葉は、とても小さくて、震えていた。
「怖いの……
またあの頃みたいに……全部無駄だったって思わされるのが……」
子役の頃の傷が、まだずっと残っていたのだ。
それを押し隠して、強気なキャラで笑っていたに過ぎない。
「すみれさん」
ヒロトはまっすぐな目で言った。
「君はもう“脇役の子ども”じゃない。
君は……結ヶ丘のスクールアイドル、平安名すみれとしてこれからのステージに立つんだ。
もう一度言うよ──
“もっと胸を張っていい。もっと自分を信じていい”」
すみれの涙が、風に流されながら輝いた。
「……そんなこと言われたら……
本当に……期待したくなるじゃない……」
「していいんだよ」
すみれは小さく笑い、涙を拭った。
「……少しだけ、勇気出たかも」
「じゃあ、みんなの所に戻ろうか」
夕陽の中、二人はゆっくり歩き出した。
泣いたあとの風は、少しひんやりして心地よかった。
すみれは目元を整えながら、ヒロトの隣を歩く。
「……顔、変じゃない?」
「全然。むしろ、強そうだよ」
「強そうって……もっと他にあるでしょ、言い方!」
すみれが軽く肘で小突く。
さっきまでの涙を思えば、そのやり取りだけで十分だった。
──
階段を上り、屋上の扉を開くと──
「すみれ!」「すみれさんっ!」
かのんと可可が同時に立ち上がり、駆け寄ってきた。
その顔を見た瞬間、すみれは思わず視線を落とす。
「あ……その……」
謝るのが怖い。
自分が何を言ったかもわかっているから。
けれど。
「すみれちゃん。……よかった、戻ってきてくれて」
かのんの声は、優しすぎるほど優しかった。
「……え。怒ってないの?」
「怒ってマス!」
可可が叫ぶ。
「すみれ、かのんを泣かせました! 最低デス! でも……でも、戻ってきたから……まだ許す余地、ありマス!」
「余地ってアンタねぇ……」
思わず苦笑した。
泣いたあとで笑えるなんて、信じられなかった。
「……さっきは、ごめんなさい。
あたし、自分の事ばかりでみんなのこと見ようとはしてなかった……」
かのんも可可も、そしてヒロトも黙って聞いていた。
「悔しくて……負けたくなくて……
でも……自分の気持ち、素直に言ったら……
なんか、全部怖くなっちゃって……」
かのんがそっと、すみれの手を握った。
「大丈夫だよ、すみれちゃん。
一緒に歌えるだけで──それだけで……わたし、嬉しいんだ。
誰がセンターとか関係ない、みんなで歌おうよ!」
「かのん……」
すみれの目がまた少し揺れる。
「……でも、かのん。
あんた、歌の才能あるわよ。
勝てる気しなかった。ほんっと悔しかったんだから」
「え、えへへ……そんなことないよ……」
「あるの!!」
屋上に笑い声が広がる。
涙と笑顔が混ざって、ようやく本当の“仲間”に戻れた気がした。
「じゃあ……かのんセンターで、いい?」
すみれが自分からそう言った瞬間、
かのんも可可もヒロトも、驚いて固まった。
「本当にいいの?」
かのんが尋ねる。
「いいわよ。
かのんの輝きに負けないくらい、隣で輝いてみせる!
実力でセンターを奪い取ってみせるわ!」
その言葉は、以前よりずっと強く、澄んでいた。
可可が満面の笑みで手を叩く。
「すみれ、かっこいいーっ!!
やっぱり可可の見込んだライバル!
歓迎するのデス!」
「ライバル言うな!」
「ふふっ……なんか、みんな、いい感じに戻ってきたね」
かのんが笑う。
ヒロトも肩の力を抜いた。
「これでようやく、スタート地点に立てたね」
「……スタート地点?」
「うん。ここから始まるんだよ」
夕陽が沈み、街に灯りがともる。
屋上には4つの影が並んだ。
仲間の影。
未来へ歩く影。
「──よし! それじゃあ……」
かのんが深呼吸して、手を差し出した。
「みんなで……頑張ろう!」
可可が手を重ねる。
「はいデス!」
すみれも続く。
「負けないわよ、アンタたち」
ヒロトも最後に手を乗せた。
「……気持ちは一つ、これから頑張ろう!」
4つの手が重なり、夕暮れの風が吹いた。
まだ小さな光。
けれど、この光は確かに未来へ続く。
「──始まるね」
かのんのかすかな呟きが、夜の空に溶けていった。
如何でしたか?
すみれの回は、いつもの感じより人間ドラマを強めに書きました。
すみれの過去の傷や彼女の本心を理解したかのん達。
これからの活躍に期待ですね
怪獣も出さないとですね笑
気軽に呼んでもらえたら嬉しいです
では、また次回!