デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ   作:木下望太郎

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第十二話  葛葉ライドウ、未知の場所と未知の悪魔に困惑す

 

 ――その少し後。

 まるで身を擦りつけるようにして廊下の壁に肩を預けながら、ライドウはどうにか歩を進めていた。

 煤くさい肺から吐息が込み上げ、身を丸めて咳き込んだ。身を覆うマントも学生服も、焦げと煤のせいで艶を失い、くすんだ黒味を重たく増していた。口元を拭う手にも灰がこびりついている。

 

 あの爆発の中、間一髪。ケルベロスが爆風を避け、部屋の端に詰まれた家具の陰を走ってくれた。それにつかまったライドウとゴウトは爆炎の端に巻かれつつも、直撃を避けて部屋を脱出することができた。

 とはいえ、危機を脱したとは到底いえない。

 ある程度の距離を取ったところで別の仲魔を()び、回復魔法を使わせたのだが。それが、今一つ効果を発揮しない。ライドウばかりか、ケルベロスにも同様だった。

 さらに回復を試みるも、その度にライドウの肩に何かが()しかかり、肌から肉から体温が、骨の髄から生気が抜け出ていくような感覚があった。

 国津神の怨念と呪い。どうやらその残滓(ざんし)が未だ、ライドウの体を蝕んでいる。それが仲魔にまで影響を及ぼしているらしかった。

ケルベロスらは管に戻して休ませているが、それが直接の解決につながるとは思えなかった。

 

「く……っ」

 足を引きずり、さらに歩く。

 

 不安要素はそればかりではない。満月と呼ばれた男との戦いの中で手放した刀――葛葉の一族より授かった退魔刀、赤口(しゃっこう)葛葉――を回収することはできなかった。拳銃はあるが、建物内で使えば大いに音が響く。こちらを追ってくるであろう満月に気づかれてしまう可能性が高い。

 思えば、十六夜月(いざよいづき)の方とは対話が成立しかけていたが。それでも満月とは仲間同士であるらしい、どう転ぶかは分からなかった。

それに、悪魔を操るという道具を手にしてしまった、アラハバキはどうなっただろうか。

 

「……」

 ライドウの足が、知らぬうちに止まっていた。食いしばったはずの歯が緩み、溜息が洩れた。

 顔を上げ、埃にまみれた蜘蛛の巣が下がる天井を見る。廊下の天井は長く、長く続いている。その先は見通しもできぬ闇に飲み込まれていた。

 

 そもそも、ここはいったいどこなのか。ケルベロスに乗ってずいぶんと駆けた、いくつも階段を下りた。それでもまだ廊下は続き、地上には着かない。

 悪魔の造り出す異界に入り込んだ気配はない。現実の世界のはずだが、ならばここは浅草十二階――明治二十三年(1890年)に建築された十二階建ての展望塔。大正十二年(1923年)の震災で崩壊――のような高層建築だとでもいうのか。それがこれほどの、宮殿のような面積で広がっているとでもいうのか。

在り得ない。そんな建築工学の最先端を越える建造物が大正二十年の日本に在る訳がない。しかもその異常な建物は、建築から何十年か経ったように古びている。ならば、明治初期にこのような建築物が密かに建てられていた? ――在り得ない。

 

「……ここは本当に、何処なのであろうな」

 何度目か分からない疑問をゴウトが口にし、ライドウは黙ってうなずいた。

 以前に訪れたことのある、並列世界――この世と非常に似通った、だがほんのわずか異なる歴史に枝分かれした別世界――ではないかとも考えたが。そのとき垣間見た街並はライドウの知るものとほとんど変わりなかった。それとも、大きく歴史や文明の異なる世界が他にも在るのだろうか? 

 

 考えたとて答えは出ない。ともかく、今は息を整える時間と場所が欲しい。

廊下より目につきにくいであろう、手近な部屋のドアを押し開けた。

 室内に足を踏み入れたとき。いきなり、柱があるのかと思った。変わった構造の部屋だ、白い布に覆われた、天井まで届く大黒柱。

 

「ぽ、ぽぽぽ……」

 

 違った。奇妙な声が天井近くから降ってきた。目の前にあるのは柱ではなかった。

 天井近くで首を曲げ、その女はライドウを見下ろしていた。真っ赤な帽子をかぶり、黒い髪を垂らした女。天井に頭がつきかけた、その身長は八尺もあろうか。柱と見えたのは、白い洋装を着たその女の体であった。

 

 女は一面に刺青(いれずみ)のような紋様の浮かぶ手を、ライドウへと突き下ろしてきた。

 

 反射的に刀で受けようとして、手放していたことに気づく。どうにか身をひねり、黒い瘴気をまとった手を肩の上へ受け流す。その圧だけで、骨の軋む感覚があった。

 

「悪魔か! しかし、見たこともない……悪霊の類か……?」

 ゴウトが声を上げる中、ライドウは廊下へ飛び退きつつ管を抜いた。

「悪魔召喚、(たけ)よ『ゴズキ』、『メズキ』!」

 

 管から飛び出たのは筋骨隆々たる牛頭の鬼、馬頭の鬼。地獄絵図に描かれるとおりの獄卒、牛頭馬頭(ごずめず)だった。

 

「喰らいなさい!」

 (いなな)きと共に繰り出すメズキの大槍が、大女の胴へと突き刺さる。

 

「ぽぽ、ぽ……! 【縮メ】」

 

 だが女の長い腕がさらに伸び、メズキの頭を上から()し潰す。同時、腕の紋様から滲み出た瘴気がメズキを包み。吸い取るように、その身長を体躯を、頭一つ分ほど縮ませた。

 

「何ぃい!?」

メズキが悲鳴を上げる中。

「てめえよくも相棒を! 死ねオラアア!」

 ゴズキの振るう大斧が、木を伐るように女の体へと食い込む。そのまま何度も叩き込み、メズキも加わって槍を突き込み。

 女は抵抗し腕を振るうも、やがてその動きを止め。部屋にわだかまる闇に溶け込むようにかき消えていった。

 

 呪いが解けたのか、メズキの体がゆっくりと元に戻っていく。

 それを確認し、(ねぎら)いの言葉をかけた後、二体を管に戻した。ライドウ自身が弱っている今は実体化を維持する力が惜しい、いざという時のために温存しておかねばならない。

 ライドウは廊下の壁に背を預け、深く息をついた。しばし、目を閉じる。

 未知の場所、未知の悪魔。ツクヨミと名乗る未知の召喚師(サマナー)ら、そして未だ恨みに狂ったままのアラハバキ。失った刀。

 

「凪くん……」

 不意にこぼしてしまった言葉に気づき、ライドウは思わず自分の口を押さえた。

 

 ゴウトが言う。

「凪か……あやつはこちらには来ておらぬようだな。巻き込まれる人員が少なかっただけ良しとせねばなるまい」

 

 それは自身も考えたことではあるが。ライドウは首を横に振った。

「彼女も腕を上げている。もしここにいたなら、助けになってくれたはずだ」

 

 一度は円く見開いた目を、細めてゴウトはうなずいた。

「そうだな。とはいえ、おらぬものは仕方がない。しかし、大丈夫かライドウ。相当に弱っておるようだな……うぬの口から、人を頼るような言葉が出るとは」

 

 ライドウは首を横に振った。弱ってはいない、という意味ではない。

「自分はいつも、多くの人に助けられてきた」

 

 名目上の保護者でもある探偵所長、鳴海。女性記者である知人、何かと気にかけてくれるタヱ。そして、様々な事件の中で関わった人々。

 彼らをあるときは助け、あるときは支えられてきた。だからこそ今の自分が在る。

 

 ゴウトの返事は待たず、顔を上げて歩き出す。

「さあ行こ……うぶっ!?」

 

 歩き出して程なく、角を曲がったところで。布のような紙のような、平たいものが顔に体にかぶさってきた。

 

「くねくね~」

 

 距離を置いてみれば。ゆらゆらくねくねと揺れる、切り紙の人形のようなものが浮かんでいた。口は笑った形に切り抜かれ、目だけが血のように赤い。

 

 ゴウトがつぶやく。

「また見知らぬ悪魔か! くっ、これほどの接近に気づかぬとは不覚!」

 

 ライドウ自身もそうだった、気配に気づけないほど弱っているのか。

 封魔管に手をやったとき、くねくねと揺れる悪魔が口を開いた。

 

「くね? くね、くねくね。くねね~」

 体を変わらず揺らしつつ、小首をかしげてライドウの目をのぞき込む。

 

 何かを伝えたがっているのか。そう考え、悪魔会話を試みる。

「どうした、自分に伝えたいことが――」

 

 悪魔はなおもくねくねと揺れる。その平たい手が紙のような胴体が揺れ、赤い目がライドウの視線の中で渦を巻く。

「くねくねっ、くね! くねくね~くねっく、くねねねくねくね!」

 なおも揺れる。ライドウの視線の中で、赤い目が渦を巻く。くねくねくねくねと揺れている。

「自分に、伝えたいことが……あるの、くね?」

 

「くね!」

 悪魔は元気よくうなずいたが。その目は嘲笑うように歪んでいた。

 

「くね!」

 ライドウは元気よくうなずき、体と手足、首と腰を揺らし始めた。

「くねくねくねくね」

 

 悪魔も一緒に揺らいでいる。

「くねくねくねくね」

 

「くね、くねくねっ、くねくねね?」

「くね! くねね、くねねくね~!」

 奇妙な声で弾む会話の、もはやどちらが自分の声か分からない。何より、何を喋っているのか自分自身で分からない。

 

「ライドウ、どうしたライドウ!? 何をしておる、敵の術中に()まっておるのではないか!?」

 

 変わらずくねくねと腰を振りながら、鋭い視線をゴウトに向ける。

「これ……矢場(やば)くね?」

「危険に決まっておろう!」

「逃げた方が良くなくね? くねくね?」

「当たり前だ、いったん退くぞ!」

 

 うなずき、駆け出そうとするが。足がくねくねともつれてどうにも走れない。何より腰をくねくねと振るのに忙しくて動きたくな……動きたくね~くね。

 

「ライドウー!? ええい、ならば応戦しろ、封魔管を抜け!」

 

「くっ……!」

 歯をくね……いや食いしばり、管を取ったまでは良かったが。くねくねと動く指が管を取り落とし、さらには他の管まで床に落としてしまった。

 

「あわわわわくねねねね」

 拾おうとするも手が指がくねくねとわななき、いっこうに拾えなくね、くね、くねくね、くねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくねくね――

 

「ラ、ライドウーーっ!!? 何を混乱しておる、早く逃げよ!?」

 

 ゴウトが悲鳴を上げる中。くねくねと動く悪魔はその表情を歪め、平たい手から爪らしきものを鋭く伸ばした。

 くねくねと躍り続けるライドウへと、爪が振り下ろされる。

 

 そのとき。

「ゆけ……俺の青龍(ブルーアイズメガフレイムドラゴン)!」

 

 声と共に、突如姿を見せた十六夜月(いざよいづき)の手から札が放たれる。光の中から具現化した青龍が炎を吐き、躍る悪魔をたちまち焼き滅ぼした。

 

 奇妙な踊りが急に止まり、ライドウは床へ倒れ込む。

 

 十六夜月(いざよいづき)の目が仮面の奥で微笑む。

「大丈夫か。『くねくね』はあれでなかなか、油断できない神魔だからな。先輩らも何度か苦しめられたと聞いている」

 

 差し出される十六夜月(いざよいづき)の手を、ライドウは確かにつかんだ。引き起こされ、立ち上がる。

 

「すまない、危ういところを助けられた。感謝の言葉もない」

 頭を下げるライドウに、十六夜月(いざよいづき)は首を横に振る。

「それを言うならこっちこそ。あのとき、君が神魔たちを撃ってくれて助かった」

 

 再び、確かに手を握り合う男たちから離れた所で。

 

 桃色の髪をした女学生が、小馬鹿にしたようにくねくねくねと、先ほどまでのライドウを真似していた。

「くねくね~、って可愛かったよ今の。動画撮っときゃよかった~、もっかいやってよ」

 そして何やらガラスのはまった板のようなものを取り出し、しきりに指で触れている。

 

 

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