デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ   作:木下望太郎

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第十六話  満月のツクヨミの前に、正義を名乗る悪魔が立ち塞がる

 

「正義、だと……?」

 満月のツクヨミは仮面の中で眉根を寄せていた。

 神魔、それも神々の名を持つものならまだしも、ソロモンの悪魔が言うに事欠いて『正義』。冗談にもほどがある。

 

 眼鏡を指で押し上げつつ、いつがつぶやく。

「いえ……そうです、確かソロモン七十二柱について、ひどく奇妙な悪魔の記述がありました。『正義の悪魔』……盗まれた金品を取り戻し、盗人や詐欺師といった邪悪な者に鉄槌を下す、という。その矛盾した在り方ゆえか、悪魔としての序列は七十二柱のうち最下位。僕の記憶が正しければ、蛇を手にした人間の姿で現れるというその悪魔こそが――」

 

 フードをかぶった神魔は背筋を伸ばして腕を組み、深くうなずく。

「そう。それこそがこの小生、アンドロマリウス。正義の悪魔、否――」

 気取った動作でゆっくりと首を横に振り、指輪をはめた手を強く握ってみせる。

「小生こそが。すなわち正義だ」

 

 満月は無論、そのようなたわ言を聞く耳など持ってはいない。

神魔顕現(じんまけんげん)! ()き潰せ、『火車』!」

 

 鬼瓦のような顔を輪の中心に据えた車輪、それが火をまとってアンドロマリウスと名乗った者へと転がる。

 

 アンドロマリウスの掲げた拳で、指輪が(くら)く光を放つ。

「『バティン』! その俊足を今こそ示せ!」

 

御意(ぎょい)のままに」

 控えていた神魔らの一体がマントを脱ぎ捨てる。波打つ髪をなびかせたその男は貴族的な衣装に身を包んでいたが、腰の後ろには蛇の尾がしなっていた。

 床を揺らして踏み込み、駆け、瞬く間に火車へと追いつき。細身の剣を振るい、固い音と共に両断した。

 目元のみを隠す長方形の仮面を指で直し、アンドロマリウスへとひざまずく。

「序列最下位の貴君に仕えるとは奇妙な縁にございますがね。えぇえぇ、悪魔は契約こそが命……契約の指輪持つ貴方様に、えぇえぇ、喜んでお仕えさせていただきましょうとも」

 いかにも慇懃(いんぎん)な声を上げ、胸に手を当てて頭を下げた。

 

 満月は仮面の中で舌打ちを響かせつつ、次の手札を探っていた。

 どうやら神魔が手にした場合でも指輪は効力を発揮するらしい。それ自体はアラハバキのときもそうだったが、今度手にしたのはソロモン七十二柱の悪魔。つまり、仲間である他の悪魔の能力を詳細に知っているはず。これまでのような杜撰(ずさん)な攻めにはならないと見ていい。

 

 いつが言う。

「バティン……確か一説には、悪魔の王ルシファーの側近ともされる存在です。宝石と薬草の知識を持つ他、素早さと愛想の良さでは他の悪魔の追随を許さないとか」

 

 最後の情報は要るのかそれ、と満月が口に出しかけたとき。

 

 アンドロマリウスは胸を張り、その場の全員を見渡した。

「聞くがいい! 小生の目的を明らかにしよう、それにより無用な争いは避けられよう。それこそが正に正義だ」

 一人、納得したように大きな動きでうなずく。

 そして胸に拳を当て、登美のり子へ向け浅く礼をした。

「まずは、我々の封印を解いてくれた礼を言おう。そして理解した、貴女の志」

 胸に当てた手でソロモンの指輪が光る。その手を掲げ、再び強く握った。

「過去にこの国土を盗み取った者ら! 及びその子孫らの造った国! それら盗人に正義の鉄槌を下さんとする志、このアンドロマリウス大いに感じ入った!」

 

 周りの神魔らが足音高く気をつけの姿勢を取り、一斉に登美のり子へ向けひざまずいた。

 

 のり子が目を瞬かすうちに続けて言う。

「決して貴女の下につくわけではないが。この小生、及び以下五柱の悪魔。六柱にてこの国を壊し、以て貴女に()んでいただいたけじめとしよう。七十二柱全てが自由を謳歌するのはその後だ」

 

 登美のり子はなおも目を瞬かせていたが。

「あ? あ~……うん。うむ、よしなに頼むぞ」

 表情を整え、鷹揚(おうよう)にうなずいていた。

 

 

 満月は仮面の中で大口を開けていたが。やがて息をつき、肩を揺すって笑い出した。

「なんだ、話がついたみたいだな。それならそれで面倒がなくていい、俺の方も一つよろしく頼むぜ」

 満月としては、登美のり子の目的がどうなろうと構いはしないが。結果として指輪がのり子に利する状態となったということで、追加の報酬を予定どおり要求するまでだ。

それに、奴らも満月と敵対する必要はあるまい。何せ――

「何せ。俺も登美のり子と同じく、お前らにとっちゃ大恩人。ソロモンの指輪を密かに持ち出してやったのは、そもそもこの俺なんだからな」

 

「何……持ち出した、だと?」

 

 アンドロマリウスの固い声に、満月は恩着せがましく声を重ねる。

「ああそのとおり、組織の蔵に厳重に封印されていたそれを、俺様がこっそり持ち出して登美のり子に渡してやったんだ。感謝してくれていいんだぜ?」

 

「密かに? こっそり? 持ち出した、だと……」

 アンドロマリウスの肩が小刻みに震え、やがて耐えかねたように全身が震え出す。

 咬みつくような勢いで満月を指差した。

「この指輪を盗み取ったというのか貴様ァァーーッ!!」

 

「え」

 

 満月がつぶやくしかできぬ間にも、正義の悪魔は震える両拳を握る。

「しかるべき手続きを経た後に持ち出さんか貴様ァァ! 悪魔は契約こそが命、その契約を(ないがし)ろにする者にはすなわち死! 盗人には死を、それこそが我が正義!!」

 

「え、えっ」

 

 助けを求めるように目を向けるも、登美のり子は肩をすくめるのみだった。

「彼らは別に、我が下にいる訳ではないのでな。彼自身の意思であり主義主張であれば、残念ながら私が口を挟むこともできまい。ああ残念だ、本当に仕方ないが残念だ」

 ヒールの音も高く、背を向けて歩み出す。

「お互い適当にやってくれ、話が終われば声をかけるがいい。ではな」

 鍵のかかっていない別の出入口のドアを開け、振り向きもせず階段を下りていく。

 

「て……てンめえぇえ登美のり子ぉお! 待て、ふざけてンじゃ――」

 満月は引きちぎれんばかりに顔を歪め、両手の指をわななかせる。追おうと足を踏み出した。

 

 二人のやり取りに構うことなく、正義の悪魔は拳を構えていた。

「覚悟せよ悪党! せめてもの情け、苦しませずに葬ってやる……受けよ我が牙、我が奥義! 【|黒き蛇の牙《ニヴィム シャホーリム シェル ナハッシュ》】!」

繰り出す拳から黒い炎のようなものが立ち昇り、奔流となって満月へと迫る。

 

「なっ――」

 満月は、反射的に神魔札へと手をやってはいたが。登美のり子を追って駆け出すところだった、体勢は崩れ、視線もアンドロマリウスから外してしまっていた。今から(オド)を札に込め、神魔を顕現させるには一手遅い。

 迫り来る黒の炎に未だ触れてもいないのに、焦熱に満月の髪先が、ちり、と焦げる。神力を帯びているはずの、装束の繊維さえ同様だった。神そのものの力を与えられている、この体すら果たして持つか。

 必死に防御の体勢を取り、目をつむりかけた。

 

「満月さぁぁああん!!」

 喉の張り裂けるような叫びを上げ、いつが目の前へと跳び込んできていた。満月をかばうように、黒い炎に向かって。

 

「なっ――!」

 奔流に跳ね飛ばされたいつの体を抱き止めるような形になりつつ、満月も共に打ち飛ばされる。

 二人の体が床を転がり、その動きがようやく止まったとき。満月は跳ね起きた。

「いつ、いつ! お前――」

 何てことを、か、無事か、か。どう言おうとしたのかは自分でも分からない。ただ、言わずにはいられなかった。たとえ、無事なはずがないと分かっていても。

 

「満月、さん……ご無事で、すか……」

 大の字に横たわるいつは、意外にも人の形を保っていた。

「痛てて……やれやれ、ひどい目に遭いました、よ……」

 どころか、制服の煤を払って起き上がりさえした。近くに転がった眼鏡を拾い、かけ直す。

 

「いつ……!」

 満月の顔は仮面の中でほころび、奇跡を喜ぶ形になりつつも。頭の中は同時に、その奇跡をいぶかしんでいた。

 

 いつは満月を眺め、ほうっ、と息をつく。

「良かった、ご無事で……! ただ……申し訳ありません」

 いつが示したのは手に持っていた欠片。アタッシェケースの持ち手、だけ。

 その他の部分、ケース本体と何より大事な中身は。破片となって砕け散り、あるいは灰となって燃え落ち、煤となって宙を舞っていた。

「僕の体一つではとてもかばい切れないと思いましたので。致し方なく、あれを盾に……」

 

 大口を開けてその光景を眺める満月の手の上に。はらり、と焼け残った紙幣が舞い落ちた。半分が焦げ落ちた万札が。

 

「お……おぉっ、うん……そうか、よく、やった……うん」

 満月の手が音を立てて紙幣を握り潰す。震えるその手を拳に握り、アンドロマリウスへと向けた。

「てンめぇぇええぇ……! 許さん、許さんぞ絶対にだ……! てめえは俺の、手を出してはならんものをメチャクチャにしてくれた……!」

 仮面の中で唾が飛ぶほど、腹の底から声を吐く。

「絶対に許さんぞクソ神魔ども!! 見せてやるぜこの俺の、正義の怒りをなぁあ!!」

 

 




(次回予告) 十六夜月、満月、そして葛葉ライドウ。三人の主人公がついに集結! 対する「正義の悪魔」を名乗る者は……? 
 そしてライドウとはぐれて転移していた凪は。
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