デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ   作:木下望太郎

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第二十二話  凪、亡き師の影と対面するプロセス

 

 一方。凪は霧の立ち込める森の中をさ迷っていた。

 ――おかしい、今の今まで敵、黒い竜の姿をした悪魔と対峙していたはずなのに――。

 頭のどこかがそう考えるも、なおも凪は木立の間を続く道を歩いていた。そのうちに気づく、その景色に覚えがあると。生い茂る草木の種類、肌寒くも肌をなでるような湿度のある独特の空気。苔むした倒木やねじれたような形の岩は、分かれ道の目印に利用していた覚えがある。

 

「ここは、まさか……」

 槻賀多(つきがた)村。山陰地方の山中に位置するそこは、(ひな)びた農村でありひっそりとした湯治場。そして幼少の頃から、師と共に凪が過ごした場所。正確には師の下で修行に明け暮れた、村落周辺の山林。

 

 不意に、錆びたような齢経た男の声が聞こえた。

「どうやら迷っているカテゴリの様子だな。凪よ」

 

 木立の奥、広場のように開けた場所で、凪は足を止めていた。

 そこに背を向けて立っていた声の主、その姿には見覚えがあった――いや、忘れるはずもなかった。

 背の半ばに届く真っ直ぐな白髪、黒いコート。いくら齢を経てもその生き様同様曲がることのない、常に伸びた背筋。

 

 凪は思わず、両手で口元を押さえていた。それでもどうしようもなく、胸の奥から声が洩れる。

「師匠……!」

 

 葛葉四天王の一人、十七代目葛葉ゲイリン。振り向いたその人は、常と変わらぬ(いかめ)しい表情をしていた。

 

 ――いえ、師匠はあのとき亡くなられた。帝都に、この国に迫る脅威を止めるため、村を訪れたライドウ先輩と共に戦っていたとき。患われていた不治の病に倒れ,鬼籍に入られた――。

 頭のどこかがそう考えるも、凪は師へと駆け寄っていた。

「師匠、師匠! お会いしたかったセオリーです!」

 

 凪の言葉に応えるように、師は(いわお)から削り出したような顔をほころばせた。

「凪よ、私も会いたかったセオリーだ。どうだ、しっかりやっているプロセスか」

 

 青い目からこぼれ落ちる涙を拭うことも忘れ、凪は頭を振るうようにうなずく。

「はい、懸命に精励しているプロセスです! ライドウ先輩のご指導の下――」

 

 押し留めるように、ゲイリンは顔の前に指を立てた。

「それ以上は口にチャックをしてくれるのが希望だ、凪よ」

 

「え……」

 

 口を開けたまま言葉を失う凪の前でゲイリンは背を向け、両手を腰の後ろに組む。

「よいか、お前はこの葛葉ゲイリンの弟子。葛葉ライドウなどというヤングではなく、な。そして、この私の弟子であるならば。ゆくゆくは私を越え、次代のゲイリンたる功績を上げることを期待するプロセスだ」

 

 凪は身を乗り出していた。

「それは、もちろん! ですが、ライドウ先輩にもお世話に――」

 

 師はまた、顔の前で指を立てた。

「その話はいったんフィニッシュを希望する。それよりも、だ」

 ふ、と小さく息をつき、厳格な表情を再び緩める。

「お前を迎えに来た、凪。共に来ることを求めるプロセスだ」

 

「え……?」

 

 目を瞬かせる凪の肩に手を置き、師は優しく言う。

「お前は迷っている。槻賀多(つきがた)村から環境のかけ離れた帝都に移り、共にヤタガラスに属する召喚師(サマナー)とはいえライドウなどという別派の者の下につき。自らの力量以上の悪魔を相手にすることも多いであろう」

 手を離し、小さくかぶりを振って続けた。

「もういいカテゴリだ。共に帰ろうではないか、あの槻賀多(つきがた)村へ。また私が稽古をつけてやろう。そうすることが、(ほまれ)あるゲイリンの名を継ぐ者にふさわしいチョイスだ」

 

 凪は口を開けていた。それでも、何も言えなかった。ただ、警鐘を鳴らすかのように頭の中で痛みが響いた。

「それは……ですが、先輩が、ライドウ先輩が今、戦っているプロセスなのです! それに、無関係なピープルも巻き添えになりかねません! 助けに――」

 

 ゲイリンは首を横に振る。

「帝都を護るのがライドウの任務ならば、そうさせておけばよい。帝都の民が巻き添えになったとてどうだというのだ、次代のゲイリンたるお前の役目のカテゴリではない、ライドウの任を手助けしたところで、お前の功績とはならぬプロセス」

 

「な……」

 頭の中でまた警鐘が鳴る、割れ鐘を打つように痛みが響く。

 

 ゲイリンは手を差し伸べ、優しく微笑む。

「さあ、共に来るがよい。これ以上悩む必要はないセオリーだ」

 

 頭に響き続ける痛みの中、凪は大きく息を吸い込み、返答を口にした。

「お断りいたします! それが私の、葛葉ゲイリンの弟子のアンサーです! 師匠なら……本当の師匠なら、ピープルを見捨てる選択などあり得ません!」

 

 その言葉を吐き出したとたん。辺りに立ち込めていた霧が晴れた。槻賀多(つきがた)村の見慣れた木々も消え、先ほどまでいた見知らぬ土地の景色が広がっていた。

 そして、師が差し伸べていた手も消えて。そこには凪の喉笛目がけて迫る、大口開けた黒竜の牙があった。

 

「なっ!?」

 目を見開き、身をのけぞらせようとするも。牙の動きの方が早かった。ぬらつく(よだれ)の光るそれが、凪の首へと触れようとする。

 

 そのとき。黒竜の大(あご)が閉じられるより早く、長くしなる何かが、凪の頭を横からぶっ飛ばした。

 薙ぎ払われるように地に倒れ、結果的に牙を逃れた凪が顔を上げると。

 

「何ヤッテル! 敵ノ目ノ前デおねんねカ!」

 (うな)りと共にそう言ったのは、凪が()んでいたオルトロス。双頭で黒竜の体へ引き止めるように咬みつき、甲殻に覆われた長い尾を、不機嫌げに何度も打ち振っていた。

 

 この尾が先ほど凪を打ち、助けてくれたのか。いや、おそらくその前から何度も打ってくれていたのだろう。敵の術にはまり、幻を見せられていたのを覚ますため。頭が痛んだのはそのせいか。

 

「ありがとう、助かりました! いったん引いて――」

 

「言ワレナクトモ手一杯ダ!」

 オルトロスは二つの口を離し、凪の方へと跳び退く。敵が打ち振るう翼が、間一髪その尾をかすめた。

 

 黒竜、ブネは鼻から炎の息を漏らす。

「我は死者の魂を召喚する術を得意とする者。貴様に縁ある者を()び、操ろうとしたが、召喚は叶わなかった――その者の魂は天の御国か、あるいはよほど遠い世界にでもいるというのか――」

 大きな目で凪を見下ろす。

「そこで貴様の想念を借り、その者の幻へ引きずり込んでやったが。魔獣の助けがあったとはいえ、よくぞ我が術から逃れたものよ」

 

「師は確かにゲイリンの名と、先代らに恥じぬ功績にこだわっておられました。ライドウ先輩を快く思っていらっしゃらない時期もあったことは事実です。ですが」

 凪は小太刀を抜き放ち、突きつけるように構えた。片方の手には投擲(とうてき)用の小刀を三本握っている。

「名を惜しむのではなく、私利私欲を捨てピープルの守護こそが召喚師(サマナー)の本懐……それこそが真の師の教え。それこそが、師が最期に身を以て見せて下さった生き様」

 刃が緑の燐光を帯びる。

「幻とはいえ師の言動を歪めて見せるとは、師匠へのあまりな侮辱! 必ずあなたを倒し、ピープルを護り……ライドウ先輩を手助けに行きます!」

 

 ブネが牙の並ぶ口を歪めて笑う。

「自分ではなく師のために怒るか、面白い。だがこの我を――」

 

 凪は言葉が終わるのを待たなかった。

「行きます!」

 

 言葉と共に投げ放つ小刀が緑の燐光を帯び、ブネへと飛ぶ。

 

 ブネは身をかわさなかった。退屈げに鼻息をつき、先端に炎の灯る尾を振るって小刀を払う。

 

 だが。凪はその隙を突き、懐へと跳び込んでいた。

「魔を……(はら)います!」

 燃えるような燐光を上げる小太刀がブネの胸へと刺さる。

 そこまでだった。生物のそれを越えて金属のような感触すら返すブネの肉は、その表面で小太刀を完全に防ぎ止め、心臓へ通しはしなかった。

 

 牙の並ぶ口を歪めてブネは笑う。

「我が胸中に跳び込むとはなかなかの度胸よ。だが、貴様の腕では足りぬな」

 再び尾を振るい、凪を打ち飛ばす。

 

「我が相手をするまでもない、別の者と遊んでいるが良い。借りるぞ、貴様の想念」

 地へと炎の息を吐き、人の背丈ほどの火柱が立ち昇る。

 やがて、その炎を内から斬り裂いたのは。見覚えのある太刀筋だった。

 

「まさか……!」

 息を呑む凪の前に、散りゆく炎の中から姿を見せたのは。

 

「凪よ。どの程度の腕前になったか、とくと見せてもらいたいカテゴリだ。この刃を以てな」

 十七代目葛葉ゲイリン。幻の中で見たその人だった。

 

 小さく火を吹いてブネが笑う。

「案ずるな、師とやらの霊魂ではない。貴様の想念を元に造り出した命無きものに過ぎん。だが貴様がどこまでやれるか、我もとくと見たいものだな」

 

 

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