デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ   作:木下望太郎

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第二十四話  半月、凪が師から受け継いだものを目の当たりにする

 

 半月のツクヨミは微笑んでみせた。神面をかぶったままで、それが伝わったとは思えないが。

「メインディッシュとは光栄だけどね。よした方がいいよ、私は煮ても焼いても食えないヤツって評判なんだ」

 掌を上に向けた手で新月を指差す。

「あ、でも彼女は美味しいかもね? 無農薬有機野菜とか好きだから、オーガニックな滋養があったりして」

 

「半月さん!」

 新月がにらむ視線を受け流しつつ、半月は手札を()る。この下らないお喋りで、相手の気がそれればいいが。

 

 ブネは口元を緩める。

「ほほう、それは興味深い。それぞれどのような味わいか、じっくりと食べ比べてみようぞ」

 

 その言葉が終わらないうちに、半月は(オド)を込めた指で新たな札を引く。切り札足り得る秘蔵の一枚を。

「創成――」

 

 が。抜き出した札は半月の手を離れるより早く、真っ二つに斬り落とされていた。

 

「遅い。欠伸(あくび)(もよお)したカテゴリだ」

 その間合いにまでいつ踏み込んできたというのか。長い白髪を(ひるがえ)した老剣士――凪と名乗った少女の師匠に当たる男、その姿を模した敵――が、抜き身の刃を手にして目の前にいた。

 

「な……!」

 半月が、傍らの新月さえ反応できずにいる間に。老剣士は言葉を継ぐことなく刀を振り上げた。その刃が躊躇(ちゅうちょ)なく半月の首へと振り下ろされる。

 

 離れていた迅雷もキヨミも声すら上げられてはいなかった、何が起こっているかも把握できていたかどうか。

現時点で展開できている神魔札もなかった、打てる手などどこにもなかった。

 

 それでも。老剣士の刃は、確かに弾き返されていた。横合いから跳び込んだ何者かの太刀によって。

 火花を散らしてかち合った二振りの刀は互いに大きく弾かれ、老剣士はその反動に逆らうことなく跳び退く。

 

 一方、もう一振りの太刀を繰り出した者は衝撃を御しかねたか、その場に思い切り尻もちをついていた。紅い鎧を着込んだ若武者――としか言いようのない男――は。

 若武者は体のばねを利かせて跳ね起き、慌てたように尻をはたいた。ずり落ちかけた烏帽子(えぼし)を手早く直す。

「ちっ、オレとしたことが締まらねぇ……まぁいい」

 端正な顔を歪めて舌打ちした後、思い直したように太刀をかついだ。見得(みえ)を切るように反対の手を突き出し、肩をいからせる。

「やぁやぁ遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 平家討滅の一番手柄、源九郎(みなもとのくろう)判官(ほうがん)義経(ヨシツネ)たぁオレのこと! あ、今から始まる大活躍を、近くば寄って見よや見よやぁぁ!」

 

「ヨシツネ、よくやってくれたプロセスです」

 駆け寄る凪の手にはふたの開いた金属の管――そこに封じておいた神魔を放ち、操るというのが彼女の召喚術らしかった――があった。

 半月たちの方に顔を向け、目をのぞき込んでくる。

「ソーリィです、磁霊(マグネタイト)を集中するための詠唱に手間取ったプロセス……ですが、間に合って良かった」

 

彼女は半月らの戦いを傍観していたわけではなく、この神魔を()んでくれていたようだった。強力な存在であるだけに何らかの準備と時間を必要としたらしい。今までそばにいた獅子のような神魔も姿が見えず、ヨシツネの召喚に集中するため管に戻したと思われた。

 

 半月は微笑もうとして、面をかぶっていることを思い出した。代わりに頭を下げる。

「ありがとう、助かったよ。これで貸し借りなしってとこかね」

 

 新月も頭を下げる。

「私からも感謝を。あなたの力がなければ危なかった……先ほどは下がっているようにと言いましたが、失礼しました。あなたの力を、貸していただけませんか」

 

 凪は微笑んでうなずく。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

片手で太刀を構えたヨシツネが肘で凪をつつく。

「そりゃいいがよ、小娘。(やっこ)さん来やがるぜ」

 

 老剣士が薄笑みを浮かべ、ゆっくりと刀を構える。

「英雄ヨシツネか……それほどの仲魔を使役(しえき)できるようになっていたとは、実に上出来のプロセスだ。お前たちの力、心ゆくまで試させてもらうぞ」

 

 半月は札を構え直す。

「さあて来るよ、こっちも協力し合って――」

 半月は確かにそう言った。先ほど新月も、凪自身さえ同じことを口にしたはずなのに。

 

 凪は二人を待たず、小太刀を手に師の前へと向かっていた。ヨシツネだけがそれに従う。

 

「ちょっと、凪ちゃん!?」

 

 半月の声にも耳を貸さず、凪は小太刀を振りかぶる。

「お望みとあらば。あなたのような偽物ではない、本当の師匠から授かった技。じっくりとご覧に入れて差し上げます!」

 かたわらでヨシツネが唇を舐めた。

「応ともよ、行くぜ小娘!」

 

 老剣士が歯を剥いて笑う。

「これはこれは、実に嬉しい申し出のカテゴリ!」

 その刀が緑の燐光を吹き上げ、流星のように尾を引いて凪へと向かう。

 それを受け止める凪の小太刀が同じ光を帯び、ヨシツネの太刀がそこへ重なるように振るわれる。交差する三つの刃が甲高い音を上げ、弾けるように空気を振るわせた。

 

「……!」

 鼓膜の震える感覚に半月は耳を塞ぎかけたが、彼らの剣戟はそれで終わりではなかった。

 突いては斬り、身をかわしつつ逆に斬り込み。大きく退いたかと思えば、追ってきた相手を狙って突き込む。乱れ舞うような剣の応酬が続いていた。

 

 新月が声をこわばらせる。

「くっ……これでは、手助けしようにも……!」

 

 互いの位置が目まぐるしく入れ替わる乱戦。確かにこれでは、こちらから老剣士だけを狙い打つことは不可能。

 どうしてしまったのだ凪は、互いに協力を申し入れておきながら。そこまで、師と――その姿を模した敵と――の決着にこだわってしまったのか。師弟の絆が深ければ、あるいは無理もないことか。

 

 そんな思いを断ち切るように、ブネが声を上げていた。

「さて、造り出したしもべにだけ働かせるわけにもいかぬ。我も一つ腹ごなしといこうぞ!」

 

「く……!」

 半月、新月共に神魔を複数展開させ、ブネの放った炎を防ぐ。幸い軽く放たれた火弾に過ぎず、充分に防ぐことができた。とはいえ、先ほどシグルドを消し飛ばしたような炎を吐かれたなら、どこまで防御できるかは分からなかった。

 

「こちらも、行きます!」

 新月が放った神魔たちが連携して間隙なく攻め立てるも、ブネの鱗を浅く切り裂くにとどまる。

 

「こっちだって!」

 半月も(あやかし)どもの札を放つが、くねくねは薄紙の如く焼き尽くされ、瀬戸大将は大木のような脚に潰されて陶器片と散った。

 

 ブネが炎の息をこぼし、体を揺すって笑う。

「ふは、ふはははは! その程度かツクヨミよ召喚師(サマナー)よ! もう良かろう、楽になるがいい。我が獄炎の吐息にてな!」

 

 ブネが背を反らせ、翼を広げ。大きく深く息を吸い込む。それにつれて、胸が果実のように丸く膨らむ。分厚い胸を大きく大きく、皮膚を風船の如く、薄く広がらせながら大きく。その内に炎が熱く渦巻くのが透けて見えた。

 

「げ……」

 半月は笑う顔から、血が引くのを感じた。正直、あれを放たれれば防ぐ手立てはなかった。かわす自信も。

 新月もおそらく同様で、彼女の扱うヴァルキリーら――防いだ相手の攻撃を跳ね返す神魔――でさえも、あれを受け止め切れるとは思えなかった。

 

 凪を未だ攻め立てていた老剣士が、一時手を止めて笑う。

「どうやら向こうは決着の時を迎えた様子。こちらもフィナーレの時間だ!」

 引き絞った刀が、いっそうの燐光を吹き上げる。

 

 せめて凪だけでも切り抜けられないか。あのヨシツネの剣技ならあるいは、老剣士の技を防ぎ止められるのではないか――そんな風に半月が思ったとき。

 

 凪はまさに、ヨシツネへと指示を飛ばしていた。

「今です!」

 

合点承知(がってんしょうち)よおお!」

 ヨシツネは跳んだ。その刃を(ひらめ)かせて。

 向かい来る老剣士へ、ではなく。炎の吐息を溜め、限界まで胸を膨らませたブネへと。

 

「しゃああらあああああっっ!!」

 跳びかかる勢いのままに振り抜く太刀が、膨らんで薄く広がったブネの皮膚を斬り肉を裂き、その内側の臓器まで達し。

 

「が……ぎゃあああぁああ!!?」

 風船の張り裂けるような音を立て、内からブネの胸が破れ。ちぎれ飛んだ火炎と火の粉と、湯気を立てて蒸発してゆく血飛沫とを飛び散らせた。

 

「えぇ……!?」

「何ですって……!」

 目を剥いたのは半月と新月ばかりでなく。

 

「馬鹿な……!?」

 凪へと斬り込んでいた老剣士も同様だった。

 

 軌道のぶれた老剣士の斬撃を、凪はどうにか小太刀を掲げて受けていたが。止め切れなかった刃の先が肩口を裂き、血がジャケットを濡らしていた。

 構う様子もなく凪は叫ぶ。

「ヨシツネ! 頼みます!」

 

 ブネから弾けた炎と血潮に顔を肌を焼き焦がされつつ、ヨシツネは太刀を構え直した。

(おとこ)ヨシツネ! 頼まれたぜぇぇ!!」

 

 その場で身を低めたかと思うとバネを利かせて跳び。辺りの木を岩を蹴っては飛び、蹴っては飛び、そのたびごとに速度を速め。幾体もの残像を残したままさらに跳び交う。

「【八艘(はっそう)跳び】を越えた【八艘(はっそう)跳び】! ()るか()るかの【十六艘(じゅうろくそう)跳び】じゃああ!」

 

 目を見開いている新月へ、我に返った半月は声を上げた。

「何やってんの、今だよ! あの神魔に力を!」

 

 新月は慌てながらも神魔札を抜き出す。

「模倣しなさい、『マッハ』!」

 

 ヨシツネの残像の群れへと飛んだ札は赤髪の魔女へと姿を変え。さらに姿を変え、紅い鎧の若武者となり。残像の群れへと交じり、自らも残像を引き連れて跳び回る。

 

 半月は二枚の札を放つ。

「頼んだよ、『ゴム人間』たち!」

 札から現れた男たちの、コートの下にのぞく肌はまるで作り物のように緑色をしていた。自ら引っ張ってみせる首が腕が、ゴムのように際限なく伸びる。

 手を離したそれらが勢いよく戻り、衝撃に顔と体を揺らしたまま彼らが言う。

「すみませんホントすみませんんん、ただのゴム人間で恐縮ですがぁぁ」

「私たちの力、あなたたちに捧げます! 神魔合体! すわっ!」

 ゴム人間らの姿は緑のもやへと変わり、跳び交うヨシツネらのただ中へと吸い込まれるように消えていった。

 

 半月はつぶやく。

「神魔をコピーするマッハに加えて、神魔の行動をもう一度『反復』させるゴム人間の力をそれぞれ与えた。これで――」

 

 残像の渦の中、風を切って往くヨシツネが声を上げる。

「やぁやぁ遠からん者は音にも聞け、見切れるもんなら見切ってみやがれ! 【十六艘(じゅうろくそう)跳び】掛けることの二人、掛けることのさらに二ぃ! 疾風怒濤(しっぷうどとう)の【発破(はっぱ)六十四艘(ろくじゅうよんそう)跳び】じゃあああっ!!」

 四方八方、いや六十四方から刃の渦がブネへと殺到し。

 

「なっ、あっ、貴様っ!? がっ、やめっっ、あああぁぁっっ!!?」

 

 苦しまぎれに吐かれた残りかすのような炎をも裂き、顔を目を首を腹を翼を内臓剥き出しの胸を腕を脚を尾を斬り刻み。

 まるで大木が伐り倒されるように、黒竜の巨体はいくつかに分かれて、どう、と伏し。黒いもやとなって散っていった。

 

「何と……!」

 老剣士は見開いた目を、消えゆくブネへと向けていた。やがて自らの体も輪郭が薄れ、ほどけるように散っていく。

 かき消える間際の一瞬、確かに老剣士は微笑んでいた。見事、とその唇が動いたのを、果たして凪は見たかどうか。

 

 地面に身を投げ出して突っ伏したヨシツネへ、凪は血を流したまま駆け寄っていた。

「大丈夫ですか! 本当に、よくやってくれたセオリーです!」

 

 顔を上げたヨシツネが苦く笑う。

「まあな……あいつらの手助けがなきゃ、ここまで上手くいったか分からねぇがよ」

 

 二人の方へ駆け寄った新月が声を響かせる。

「何をやっているのですか! なんて、なんて無茶を!」

 

 半月も歩み寄り、凪の前へかがみ込んだ。

「ありがとうね、凪ちゃん。それにしてもホントに無茶を……まさか自分を(おとり)に使うなんてね」

 おそらく凪は、ブネが最大に炎を溜める瞬間を狙っていた。そのためにあえて自ら老剣士の前に身をさらした、ブネの注意が凪とヨシツネに向かないように。そして狙っていた瞬間が来たとき、ヨシツネにブネを狙わせた。老剣士の攻撃を凪自身の体で受ける危険を冒して。

 

 肩の傷口を押さえながら、凪は首を横に振る。微笑んで。

「大したことではありません。きっと師匠なら、そしてライドウ先輩が私の立場なら、同じことをしたセオリーです」

 

 目を瞬かせる新月の視線をよそに、凪は師が――師を模した敵が――かき消えていった場所に目をやり。深く、礼をした。

 

 半月は深く息をつく。

「まったく、そんな無茶を教えるなんてとんでもない師匠と先輩だね。どんな顔してるか見てみたいね……って、師匠のはもう見たっけ」

 そうだ、とつぶやいて、半月は凪の顔をのぞき込む。

「先輩の方も、どこか建物? にいるとか話してなかったっけ? さっきブネと」

 

 新月もうなずく。

「いったい何が起こっているのか、それにあなたは何者なのか。話していただけますか」

 

 凪がうなずく。

「もちろんです。ですが私も、あの悪魔たちが何者なのかは分かりません。それに、ここはいったいどこなのですか?」

 

 そうして、彼女は自身と先輩の信じがたい出自を語った。いわく、この国を護る任に着いている召喚師だと。大正二十年の、この国を。

 

 

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