デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ 作:木下望太郎
満月がバティンと苦闘していた頃、ライドウと
「はあっ!」
ナベリウス――ライドウの
「ずっどおおおん! ぅおれ様の正義の拳を受けろおおおっっ!」
こちらへ向けて射出されたアラハバキの双拳を、ライドウは刀で受けざるを得なかった。
ケルベロスがナベリウスの体へ牙を立てるも、悲鳴を上げたのは敵の首一つだけ。残り二つの頭のうち片方が大口を開け、ケルベロスを喰らい返す。さらに、残る首はライドウへ向け【
ライドウはアラハバキの打撃によろめき、その場で足を継ぐのが精一杯だった。跳び退くこともできず、かろうじて体の前で刀を構える。
熱波がマントの生地をちりちりと焦がしかけたそのとき。
「
「大丈夫かライドウ! 危なかったな、俺の【炎の
後ろでむつが顔をしかめる。
「まーた変な名前を技に……」
ライドウは礼を言おうとしたが、口を突いて出たのは別の言葉だった。
「危ない!」
アンドロマリウスは身を起こし、蛇革模様の手袋についた破片をゆっくりとはたき落とした。
「ふむ、身を守る能力はなかなかのようだが。貴君らの護るものは平和とやらではなかったのかな?」
大げさな身振りで肩をすくめ、首を横に振る。
「自身を守るだけで済むのなら、やれやれずいぶん小さなものだな。貴君らの言う正義とは」
跳び退いていた
「何だと! だいたい、それを言うならお前たちだって! 正義とか一対一とか言いながら四体もいるじゃないか! 卑怯だぞ!」
アンドロマリウスは悠々と腕を組み、黒い仮面の奥から笑い声を洩らした。
「それを言うなら貴君らこそ。小生ら三柱とアラハバキ殿を相手に、いったい何体の神魔を操って戦う気だ?」
ずらりと並べた手札に目を落とし、
ライドウは空の管を、未だ敵と咬み合うケルベロスへ向けた。
「還ってこい」
ケルベロスの体の輪郭が薄れ、緑の光となって散る。光の粒子が音もなく管へと吸い込まれた。
ナベリウスは三つの頭で
「おヤ、我にハ
挑発には取り合わず、ライドウはアンドロマリウスの方へと顔を向けた。
「お前がこの場の悪魔たちの主だと言ったな。正義の悪魔を名乗るのならば、考え直してはくれないか。人々を苦しめることなどせず、矛を収めてほしい」
アンドロマリウスは腕を組んだまま、肩を揺すって笑う。
「笑止な。貴君らの言う正義が何を指すかはともかく、小生の行ないは正義そのものよ」
固く握る拳をライドウへと向ける。
「『正しき義』、義とはすなわち契約であり法。契約を相違なく履行し、それを破る者には必ず罰を。それが小生の正義であり
アラハバキも声を上げた。
「ぅおれ様も右に同じ左に同じ、同上同下唯我独尊だあああっ! ぅおれら国津神の国土を奪った奴も、それを護るてめえももれなく死ねええぇっっ!」
両腕を
ライドウは刀を防御の形に構えようとした。いや、本来ならその必要もなく、軽々と跳び退いてかわせただろう。
それが、できなかった。頭ではそうしようと考えていても――いや、その考えが浮かぶのすら一拍遅れた――、体が重く、油が切れたかのように動作が鈍った。
アラハバキの突進をまともに喰らい、大きく打ち飛ばされて倒れる。
ゴウトが声を上げる。
「ライドウ!? どうした、かわせぬような打撃ではなかったはずだぞ! まさか、また国津神の呪いが強まったのか……!?」
そうではない。そうではないが、ライドウ自身が、その意思が体が、迷っていた。
果たして、自分は正義なのだろうかと。
むしろ、敵たる彼らの正義にこそ理がある――もしかしたら、そうではないのかと。
思えば、この将来の地に来る前から胸にくすぶっていたことではあった。かつて倒した国津神ら、古代において天津神らに土地を追われた者ら。彼らが復讐を望むことにも、いくらかの理があるのではないか、と。彼らを討つ自分は、本当に正しいのだろうか、と。
あお向けに横たわったまま空へと目を向ける。日はすでに落ちていた。見えるのは夜の黒、どこまでも落ちてゆくような深い暗黒。
――定めて今の、自分のようだ。
「ライドウ!」
それでも、ライドウは動けなかった。動こうとは思いついても、体がそれを実行に移さなかった。
ただ、天を仰ごうと顔を上に向けた――もっとも、あお向けになっている以上、すでに天を見てはいたのだが。それでも思わず顔を上へ、頭頂の方向へと動かしていた――。
気づけば、声を上げていた。
「何だ!? あれは……!?」
突然のライドウの大声に、
光が見えた。いくつもいくつもの光が見えた。星ではない、ライドウが顔を向けているのは天へではない。あお向けからのけ反るように、頭を持ち上げた先にあるのは。逆さまに見えてはいたが、地平だ。
ライドウは跳ね起きるように身を起こし、もう一度地平を見た。
自分たちのいる廃ホテル、それが建っている山頂からずっと向こう。遥か広がる地上へ、ほとんど見渡す限り、数え切れぬほどいくつもいくつもの光が見えた。怜悧な星の光ではない、どこか温かなそれらはおそらく。人々の暮らす、街の
ライドウは口を開けていた。背後で身構えているだろう敵にも構わず、
むつがつぶやく。
「そういやここ、夜景スポットだっけ。でもライドウ、街の明かりなんか見てる場合じゃ――」
弾かれたように、ライドウはむつを見る。
「では……あれはやはり、
気おされたように身を引きつつ、うなずくむつ。
涙が、落ちていた。
気づけばライドウの目から、涙が流れていた。頬をつたい、床へととめどなく落ちる。それでもまだ、涙は溢れ出していた。
「ライドウ……?」
なぜ泣くのかは分からなかった。それでも踏み締める足に、伸ばす背筋に、眼差しに確かに、力がこもった。
アラハバキらへと向き直る。
「迷いは晴れた」
気づけばそう言っていた。片手で涙を拭う。言葉の先を、胸から込み上げてくるままに続けた。
「お前たちの正義にも、
マントの裾を払いつつ、片手で彼方の街を示す。
「今そこにいる人々の平和を、命を
構え直した刀から緑の光が躍る。立ち昇る光の粒子が、街の明かりと混じるかのように舞い上がった。
「護ってみせる。アラハバキよ、お前を討つことで大正の世を。悪魔たちよ、お前たちを討つことでこの将来の世を」
――そうだ。なぜ泣いたのか、それが分かった。
――自分がこれまで戦い、大正の世を護り。その先に、この将来の世がある。あの街の
――自分は、自分のしてきたことは。正義か否かにかかわらず、無駄ではなかった。
アラハバキへと切先を向ける。
「護ってみせる。大正の世を、この将来の世を。そしてさらに先、遥か遠く将来の世までも繋がる平和を。――それが自分の、正義だ」