デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ   作:木下望太郎

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第二十六話  葛葉ライドウ、闘う理由を再びその手につかむ

 

 満月がバティンと苦闘していた頃、ライドウと十六夜月(いざよいづき)もまた苦しい戦いを続けていた。

 

「はあっ!」

 ナベリウス――ライドウの()ぶケルベロスを模した姿だが、黒い体毛と三つ首を(そな)えた姿――、へとライドウは斬り込む。横合いからケルベロスが跳び込み、同時に攻撃をしかける――はずであったが。

 

「ずっどおおおん! ぅおれ様の正義の拳を受けろおおおっっ!」

 こちらへ向けて射出されたアラハバキの双拳を、ライドウは刀で受けざるを得なかった。

 

 ケルベロスがナベリウスの体へ牙を立てるも、悲鳴を上げたのは敵の首一つだけ。残り二つの頭のうち片方が大口を開け、ケルベロスを喰らい返す。さらに、残る首はライドウへ向け【炎の吐息(ファイアブレス)】を吐き出した。

 

ライドウはアラハバキの打撃によろめき、その場で足を継ぐのが精一杯だった。跳び退くこともできず、かろうじて体の前で刀を構える。

 熱波がマントの生地をちりちりと焦がしかけたそのとき。

 

青龍(ブルーアイズメガフレイムドラゴン)!」

 十六夜月(いざよいづき)の繰り出す青龍の炎が、横合いから【炎の吐息(ファイアブレス)】へとぶつかる。煽られた炎は軌道を大きく逸らされ、ライドウの横を駆け抜けていった。

 

 十六夜月(いざよいづき)はマントの裾をさばきつつ、還ってきた青龍の札を手に取る。

「大丈夫かライドウ! 危なかったな、俺の【炎の東方疾風(イーストストリーム)】が間に合って良かった」

 

 後ろでむつが顔をしかめる。

「まーた変な名前を技に……」

 

 ライドウは礼を言おうとしたが、口を突いて出たのは別の言葉だった。

「危ない!」

 

 十六夜月(いざよいづき)の元へと跳び込んだ黒衣のアンドロマリウスが、杭を打ち込むかのように上空から拳を振り下ろす。

 十六夜月(いざよいづき)は間一髪身をかわすことができたが、黒炎を上げる悪魔の拳は轟音と共に床を打ち抜き、隕石が落ちたかのように付近を円く砕いていた。

 

 アンドロマリウスは身を起こし、蛇革模様の手袋についた破片をゆっくりとはたき落とした。

「ふむ、身を守る能力はなかなかのようだが。貴君らの護るものは平和とやらではなかったのかな?」

 大げさな身振りで肩をすくめ、首を横に振る。

「自身を守るだけで済むのなら、やれやれずいぶん小さなものだな。貴君らの言う正義とは」

 

 跳び退いていた十六夜月(いざよいづき)が、拳を握って身を乗り出す。

「何だと! だいたい、それを言うならお前たちだって! 正義とか一対一とか言いながら四体もいるじゃないか! 卑怯だぞ!」

 

 アンドロマリウスは悠々と腕を組み、黒い仮面の奥から笑い声を洩らした。

「それを言うなら貴君らこそ。小生ら三柱とアラハバキ殿を相手に、いったい何体の神魔を操って戦う気だ?」

 

 ずらりと並べた手札に目を落とし、十六夜月(いざよいづき)は、う、と(うな)る。

 

 ライドウは空の管を、未だ敵と咬み合うケルベロスへ向けた。

「還ってこい」

 ケルベロスの体の輪郭が薄れ、緑の光となって散る。光の粒子が音もなく管へと吸い込まれた。

 

 ナベリウスは三つの頭で(うな)り、吠え、そして笑う。

「おヤ、我にハ(かな)わぬト見テ尻尾ヲ巻いタか。負け犬メ」

 

 挑発には取り合わず、ライドウはアンドロマリウスの方へと顔を向けた。

「お前がこの場の悪魔たちの主だと言ったな。正義の悪魔を名乗るのならば、考え直してはくれないか。人々を苦しめることなどせず、矛を収めてほしい」

 

 アンドロマリウスは腕を組んだまま、肩を揺すって笑う。

「笑止な。貴君らの言う正義が何を指すかはともかく、小生の行ないは正義そのものよ」

 固く握る拳をライドウへと向ける。

「『正しき義』、義とはすなわち契約であり法。契約を相違なく履行し、それを破る者には必ず罰を。それが小生の正義であり(ことわり)。小生らを()んだ者の望みもそう。かつてこの国土を簒奪(さんだつ)した者らへ復讐と罰を、とな」

 

 アラハバキも声を上げた。

「ぅおれ様も右に同じ左に同じ、同上同下唯我独尊だあああっ! ぅおれら国津神の国土を奪った奴も、それを護るてめえももれなく死ねええぇっっ!」

 両腕を竹蜻蛉(たけとんぼ)のように旋回させて浮き上がり、ライドウへ向かって飛び来る。

 

 ライドウは刀を防御の形に構えようとした。いや、本来ならその必要もなく、軽々と跳び退いてかわせただろう。

 それが、できなかった。頭ではそうしようと考えていても――いや、その考えが浮かぶのすら一拍遅れた――、体が重く、油が切れたかのように動作が鈍った。

 アラハバキの突進をまともに喰らい、大きく打ち飛ばされて倒れる。

 

 ゴウトが声を上げる。

「ライドウ!? どうした、かわせぬような打撃ではなかったはずだぞ! まさか、また国津神の呪いが強まったのか……!?」

 

 そうではない。そうではないが、ライドウ自身が、その意思が体が、迷っていた。

 果たして、自分は正義なのだろうかと。

 むしろ、敵たる彼らの正義にこそ理がある――もしかしたら、そうではないのかと。

 

 思えば、この将来の地に来る前から胸にくすぶっていたことではあった。かつて倒した国津神ら、古代において天津神らに土地を追われた者ら。彼らが復讐を望むことにも、いくらかの理があるのではないか、と。彼らを討つ自分は、本当に正しいのだろうか、と。

 

 あお向けに横たわったまま空へと目を向ける。日はすでに落ちていた。見えるのは夜の黒、どこまでも落ちてゆくような深い暗黒。

 ――定めて今の、自分のようだ。

 

「ライドウ!」

 十六夜月(いざよいづき)が駆け寄るのが見えた。アンドロマリウスとナベリウスがその手や口腔に炎を宿し、身構えるのが見えた。そしてこちらへ向けられたアラハバキの拳が、()けつくような光を帯びる。

 

 それでも、ライドウは動けなかった。動こうとは思いついても、体がそれを実行に移さなかった。

 ただ、天を仰ごうと顔を上に向けた――もっとも、あお向けになっている以上、すでに天を見てはいたのだが。それでも思わず顔を上へ、頭頂の方向へと動かしていた――。

 気づけば、声を上げていた。

「何だ!? あれは……!?」

 

 突然のライドウの大声に、十六夜月(いざよいづき)や敵すら動きを止めていた。

 

 光が見えた。いくつもいくつもの光が見えた。星ではない、ライドウが顔を向けているのは天へではない。あお向けからのけ反るように、頭を持ち上げた先にあるのは。逆さまに見えてはいたが、地平だ。

 

 ライドウは跳ね起きるように身を起こし、もう一度地平を見た。

自分たちのいる廃ホテル、それが建っている山頂からずっと向こう。遥か広がる地上へ、ほとんど見渡す限り、数え切れぬほどいくつもいくつもの光が見えた。怜悧な星の光ではない、どこか温かなそれらはおそらく。人々の暮らす、街の灯火(ともしび)

 ライドウは口を開けていた。背後で身構えているだろう敵にも構わず、彼方(かなた)の光を見つめていた。

 

 むつがつぶやく。

「そういやここ、夜景スポットだっけ。でもライドウ、街の明かりなんか見てる場合じゃ――」

 

 弾かれたように、ライドウはむつを見る。

「では……あれはやはり、灯火(ともしび)なのだな! 人々の暮らす、その明かりなんだな! あれほどに……!」

 

 気おされたように身を引きつつ、うなずくむつ。

 

 涙が、落ちていた。

 気づけばライドウの目から、涙が流れていた。頬をつたい、床へととめどなく落ちる。それでもまだ、涙は溢れ出していた。

 

「ライドウ……?」

 

 十六夜月(いざよいづき)の気遣わしげな声に応えることもせず、ライドウは立ち上がっていた。

なぜ泣くのかは分からなかった。それでも踏み締める足に、伸ばす背筋に、眼差しに確かに、力がこもった。

アラハバキらへと向き直る。

 

「迷いは晴れた」

 気づけばそう言っていた。片手で涙を拭う。言葉の先を、胸から込み上げてくるままに続けた。

「お前たちの正義にも、幾許(いくばく)かの理は確かにある。だが」

 マントの裾を払いつつ、片手で彼方の街を示す。

「今そこにいる人々の平和を、命を(おびや)かして通すような理ではない。それはもはや正義ではない」

 

 構え直した刀から緑の光が躍る。立ち昇る光の粒子が、街の明かりと混じるかのように舞い上がった。

「護ってみせる。アラハバキよ、お前を討つことで大正の世を。悪魔たちよ、お前たちを討つことでこの将来の世を」

 

 ――そうだ。なぜ泣いたのか、それが分かった。

 ――自分がこれまで戦い、大正の世を護り。その先に、この将来の世がある。あの街の灯火(ともしび)がある。あれほど多くの人々の平和がある。

 ――自分は、自分のしてきたことは。正義か否かにかかわらず、無駄ではなかった。

 

 アラハバキへと切先を向ける。

「護ってみせる。大正の世を、この将来の世を。そしてさらに先、遥か遠く将来の世までも繋がる平和を。――それが自分の、正義だ」

 

 

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