デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ   作:木下望太郎

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第二十七話  十六夜月とライドウら、ついに敵を追い詰める

 

「ライドウ……!」

 思わず洩らした十六夜月(いざよいづき)の言葉に、ライドウは黙ってうなずいた。

 十六夜月(いざよいづき)もまた、うなずき返す。札を握る手に力がこもった。

 

 アラハバキは固まったように身動きを止めていたが、やがて全身を震わせた。内から弾け飛ぶのをこらえてでもいるかのように。

「な、なっ……なんだとぉおお! ふざけるなっ、簒奪者(さんだつしゃ)の分際でぇぇ! ぅおれ様たちの、正義を……!」

 

 ライドウは構えを崩さない。

「もはや御託(ごたく)は要るまい。来るがいい」

 

「んだとおおおっ! 死ねおあらあああっっ!」

 ぎらつく光を帯びた、アラハバキの左拳が射出される。

 

「魔を(はら)う――【磁霊虚空斬(じれいこくうざん)】」

 アラハバキの拳が体に打ち込まれようとした瞬間、ライドウも自ら前へと踏み込む。その刀が一瞬にして無数の軌跡を描き、風を斬る音と共に振るわれた。

 両者が交錯した直後。血を払いのけるように、ライドウが刀を宙へ一つ振るう。

空気を裂く音が起こした、わずかな振動に耐え切れなかったかのように。宙で動きを止めていたアラハバキの拳が真っ二つに裂け、さらにいくつもいくつも切れ目が走り。無数の破片となって床へ落ち、黒いもやと化して消えていった。

 

「な……ああああっっ!?」

 

 楕円形の目を見開くアラハバキにライドウが言う。

「もう一度だけ言おう。矛を収め、自分と共にこの国を護る気はないか」

 

「おのれ!」

 拳を握るアンドロマリウスがライドウへと向かいかけたが。

 

 十六夜月(いざよいづき)の動きが一手早かった。

神魔顕現(じんまけんげん)、『広目天(こうもくてん)』!」

 

 札の内から実体化した神将は手にした巻物を広げた。たっぷりと墨を含んだ筆を紙の上へと縦横(じゅうおう)に走らせる。

描かれたのは打ち寄せる大波のような業火だった。黒い墨絵は紙の内から浮き上がり、紅い炎へと実体化し。奔流となってアンドロマリウスを襲った。

 

「ぐ……!」

 体ごと呑み込むような炎の勢いに、アンドロマリウスは足を止めて防御の姿勢を取る。

 

「貴様ラ……!」

 三つ首の獅子、ナベリウスもライドウへと首をもたげたが。

 

 次の瞬間、地響きにも似た音と共に床へと叩き伏せられていた。突如降ってきた柱のようなものに――いや、打ち下ろされた巨大な獣の前脚に。

 

「よぉし! いい【お手】だぞタマサブロー!」

 巨大な張子犬の背に立ち、こちらを見下ろすのは満月のツクヨミだった。なぜか両脇には鳳凰が炎を帯びた翼を羽ばたかせて宙に留まっている。満月へと熱風を送り続けているかのように。

 

「何だト……!?」

 

 叩き潰されて中身を床にぶちまけた中央の頭の脇で、二つの顔が声を上げたが。

 殺到した他二匹の張子犬にかじりつかれ、しばらくわめいた後静かになった。

 

 十六夜月(いざよいづき)は満月を見上げる。

「満月さん! そちらの敵は倒せたんですか、それにこの神魔は……」

 

 フ、と息をつき、満月は長髪をかき上げる。(ひるがえ)るマントが湿ったような重い音を立てた。

「敵ならとっくに始末したさ。優しい先輩が後輩どもを心配して駆けつけてやったというわけだ、大きく育った犬どもを連れてな」

 三匹の犬がそれぞれの尾を振り、それぞれの大きさの吠え声を上げる。

 

「な、ぬぁああ……!?」

 首を巡らせて辺りの様子を見ていたアラハバキは、肩を落としてうなだれた。

「ぬぁんて、こった……これじゃああどうしようもぬぇええ……」

 

 構えを崩さぬままライドウが問う。

「ならば、どうする」

 

 アラハバキはうつむいたまま首を横に振る。

「参ったぜえええ……降参だ。ぅおれ様も、ぅおまえの仲魔にしてくれええ」

 焼き土造りの指を開き、残った右手をライドウへと差し出す。握手を求めるように。

 

 ライドウもうなずき、刀を納める。差し出された手を、確かに握った。

 

 アラハバキは顔を上げた。握った手にまた、力がこもったようだった。

 そして、楕円形の目を歪めて笑っていた。

「――ぬぁぁんてバカらしいこと言うかこらあああっっ!! しゃあっ、【滅門波(メギドラ)】ぁぁ!」

 

 口に当たる部分から突如、ぎらついた光が溢れてゆく。()けつくような熱を帯びたそれがライドウへと向けられた。

 ライドウ自身は身を(ひるがえ)そうとするも、右手をアラハバキにつかまれた状態。その場から逃れることはできない。

 

 だが。

「そんなことだろうと思っていたよ」

「そんなこったろうと思っていたぜ」

 十六夜月(いざよいづき)と満月は、同時に神魔札を放っていた。

 

 気流を伴った青龍の炎がアラハバキの頭を横合いから打ちのめし、放たれる光をライドウから逸らす。同時に鳳凰の炎が敵の身を包んで燃え上がった。

 さらには十六夜月(いざよいづき)顕現(けんげん)させた、瀬戸大将の槍が深々とアラハバキの体を貫き。満月の操る火車の車輪が、土偶の首を打ち()ねた。

 

 その口から溢れていた光が薄れ、かき消え。アラハバキの首は、ごと、と音を立てて床へ当たり。真っ二つに割れ落ちた。

 

 広目天の炎に未だ焼かれる、アンドロマリウスがその首の行方を目で追っていた。

「アラハバキ殿……!」

 

 十六夜月(いざよいづき)は新たな札を構え、そちらへと向き直った。

「お前にもはや勝ち目はない、大人しく投降するんだな。神魔札への封印を受け入れるなら命までは取らない」

 

 アンドロマリウスは特撮ヒーローのような仮面に覆われた顔をうつむけ、うなだれていた。だが、蛇革を模したブーツに覆われた足は強く床を踏み締め、同じ意匠のグローブに包まれた拳は、震えるほどに握り締められていた。

「おのれ……おのれ簒奪者(さんだつしゃ)ども、悪人ども……! 小生らの、そして過去において踏みつけにされた者らの正義が、踏みにじられるなどと……あって良いわけがない……!」

 

 満月が肩をすくめてみせる。

「良いわけもクソもあるか。てめえらは弱くて、てめえらが負けて、てめえらが悪なんだよ。つまりは俺たちこそが正義ってワケだ、言い訳はよすんだな。そうそう、別行動させた三体も呼び戻して封印させてもらおうか。騒ぎになっちゃ面倒なんでな」

 

 後ろでむつが大きく伸びをする。

「やー、どーなるかと思ったけどようやく一件落着だねー。……って、ん? 何、あれ」

 

 むつの視線の先へと目を向けると。砕け落ちたアラハバキの破片が、音を立てて震えていた。真っ二つになった頭部も、横倒しに伏した体も。

 その内からにじみ出るように、黒いもやのようなものが上がった。宙に浮かび上がっていくそれはかき消える様子もなく、空気へインクを流したかのように黒く濃くわだかまってゆく。

 

「何……?」

 

 ライドウが身構えるかたわらでゴウトが声を上げる。

「しまった! 奴はそもそも国津神らの怨念の集合体、あの姿は鎮魂の(しゅ)を込めた土偶に封印合体を施し、弱体化させた状態に過ぎぬ! 本来ならそれを、祓魔(ふつま)の力を込めた退魔刀で討つことで浄化するのが任務であったが――」

 

 十六夜月(いざよいづき)は思わず口を開く。

「まさか。俺たちが倒してしまったことで、その怨念が解放されてしまった、ということか……!」

 神の力を分け与えられたツクヨミとて、操る神魔全てにまでその力が行き渡っているわけではない。アラハバキにとどめを刺した(あやかし)たちに、ツクヨミの神力を期待することは難しかった。

 

 たゆたう黒いもやはやがて、いくつもいくつもの手のような形を取り。ライドウへと、流れるように向かっていった。

 

「くっ……!」

 ライドウが光を帯びた刀を抜き放ち、立ち向かおうとする。

 

 そのとき。

「こちらだ……アラハバキ殿よ、正しき復讐者よ!」

 未だ炎に包まれた、アンドロマリウスが声を上げていた。

「ナベリウスは死んだ……他三柱も同様のようだ、何故かは分からぬが……(オド)の反応が無い。だが! 正しき義掲げる小生らが倒れるなどと、断じてあってよいわけがない!」

 震える拳を掲げ、払いのけるように宙へ振るった。

「来い、アラハバキ殿よ! 必ずしも仲間ではなかった、だが求めたものは同じはず! 小生らの志は一つ! 正しき義の下、悪しき簒奪者(さんだつしゃ)らに正当な対価を、すなわち復讐を!」

 つかむように片手を伸ばす。

「来い! 共に往こう、正義の同志よ!」

 

 ライドウへと向かいかけていた黒い手の群れが動きを止めた。向きを変え、流れるようにアンドロマリウスへと向かい。体の内へと吸い込まれていった。

 アンドロマリウスは動きを止めた。一瞬後、体の全てから黒くもやが吹き上がり。内から()ぜるかのような勢いで、肉体が膨れ上がり。

 

「何だって……!」

 十六夜月(いざよいづき)がつぶやく間にも、その体は天を()くように巨大に膨れ上がっていった。

 

 まるで千年を経た古木のように、(いびつ)な筋肉と太い骨格を(そな)えた脚が巨体を支え。その体からは絶えず、黒いもやが吹き上がり続け。

 

「う、おお、お、おォォ……ヴァル、ヴァル、ヴァル……」

 地の底から轟くような唸り声と共に、仮面の下側を突き破って牙が伸びる。

 身を震わすと、背中の肉を突き破り、新たな腕が一組生え出た。焼き土の肌を持つ土偶の腕が。

「ヴァル、ヴァル……ルォオオオ……」

 巨大な仮面の奥の目に、燃えるような光が宿った。その瞳が十六夜月(いざよいづき)たちを見下ろす。

「さあ……我らが正義、執行しよう」

 

 

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