デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ   作:木下望太郎

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第二十八話  復讐と守護の二つの正義、全てを賭けてぶつかり合う

 

「そんな……! こんな、巨大な……」

 

 立ちすくむ十六夜月(いざよいづき)をよそに、初めに動いたのは満月のツクヨミだった。

「何やってるド新人! ワケの分からんことになったがな、とにかく殺るんだよ!」

 

 (おお)きな張子犬の背から跳び下りると同時、口笛を吹く。

 合図を受けて三体の張子犬が敵へと向かった。二体は脚へとかじりつき、巨大な一体――それでも、この敵を前にすると小柄な柴犬のようだ――は脚を駆け登り、腹へと咬みついた。

 

 ゴウトが声を上げた。

「この状況は敵も想定していたものではあるまい。奴が自らの力を使いこなす前に、畳みかけて押し切るのだ!」

 

 ライドウはうなずき、懐から封魔管を取り出す。

「了解した。(たけ)き神仏の力を借り、奴を討つ」

 管を握った手は独特の形に組まれていた――両手の指を、互いの掌の内に差し込むように組んだ形。そこから両の中指のみを立てて合わせる――。おそらくは仏教、中でも密教の何らかの(いん)

「ノウボウ・タリツ・ボリツ・ハラボリツ・シャキンメイ・シャキンメイ・タラサンダン・オエンビ・ソワカ。(なんじ)荒野鬼神大将、神をも乱すその怪力、世の安寧の為今こそ振るえ。誠実・自制・施与・忍耐、その徳目を以て我に従え。悪魔召喚――大元帥明王(たいげんみょうおう)『アタバク』」

 

 その管から放たれた光は激しくうねり、やがて一つの姿を形造った。

 隆々たる肉体に青い皮膚を(そな)えた鬼神。その威容は四面八臂(はっぴ)――八本の腕、四つの顔。ただし正面と横を向いた三面の他、残り一面は奇妙なことに、束ねられた青い髪の上にちょこんと乗っている――。

 (たくま)しい腕のうち六本には三又の(げき)――槍のような武器――や剣といった武器を握り。残る二本の腕は仏法への帰依を示すように合掌していた。

 

 悪人を力ずくにも改心させ救うとされる明王、その中でも不動明王と並ぶ最強の存在、大元帥明王(たいげんみょうおう)十六夜月(いざよいづき)がツクヨミの組織で宗教・神話一般について学んだ知識の中に、覚えのある名だった。

 

 ライドウは巨大な敵を指差す。

「往くぞ、あの敵を調伏(ちょうぶく)する」

 

 アタバクの四つの顔がうなずいた。

「承知(つかまつ)った! いざ、この場所を荒野と為し、かの敵の死地と為さん! 【外敵粉砕】!」

 多腕が打ち振るう武器に巻き起こる風が渦を巻き、辺りの床を砕きつつアンドロマリウスへと吹き(すさ)ぶ。疾風は敵の脚を駆け上がり、その体を打ちすえた。

 

 十六夜月(いざよいづき)は唾を飲み込み、札を握る手に力を込めた。

「俺だって! 行くぞ四聖獣が一、東方聖獣・(ブルーアイズ)……いや青龍(せいりゅう)! 四天王が一、西方守護者・広目天(こうもくてん)! 【東奔西流炎(とうほんせいりゅうえん)】!」

 

 十六夜月(いざよいづき)の左右に陣取る、青い龍の口と神将の巻物から炎が溢れる。二つの火流はもつれ合い絡み合いながら勢いを増して立ち昇り、炎の渦となって巨大な敵の顔を打ち上げた。

 

「! ォ、オオ、ォ……」

 足下を崩され、胴と頭部を打たれた巨体が傾ぐ。

 

 ゴウトが声を上げた。

「今だ、ライドウ! この好機を逃すでない!」

 

「了解した!」

 緑の光を(たた)えた刀を手に、ライドウは駆けた。アンドロマリウスの巨大な足へと跳び乗り、そこへかじりついている張子犬の背を踏み台に跳び。(すね)へ咬みついている大きな張子犬の背を踏んでまた跳び。腹に喰らいついている、さらに大きな張子犬の頭を踏んで跳ぶ。

 

「ライドウ! こっちだ!」

 十六夜月(いざよいづき)は札を空中へと放った。ライドウの足下、巨大な敵の胸の前で青龍が具現化する。

 

 無言でうなずき、ライドウはその背を踏んでさらに跳ぶ。

アンドロマリウスの頭上を越える高さに、今やその身はあった。

「魔を(はら)え、赤口葛葉(しゃっこうくずのは)――」

 背を反らして全身で振りかぶる刀身から光が溢れる。やがてそれは、巨人が振るうかとも思われる巨大な斧の形を取った。

「――受けよ。【磁霊金剛壊(じれいこんごうかい)】!」

 

 空ごと裂くかのような大斧の一撃が。アンドロマリウスの仮面を断ち、牙の伸びる(あご)を割り。首を、胸を斬り裂いていた。

 

 むつが拳を握り、いつが眼鏡をかけ直しながら身を乗り出す。

「やった!」

「なんて威力だ……! 生身であんなことが可能なのか……!?」

 

「ヴァル、ヴァル、ヴァ、ァ、ァ……」

 断面から黒い体液を吹き出し、朽ちた古塔が崩れゆくように、巨体が後ろへと傾いでゆく。

 

 満月が声を上げた。

「よくやった、とどめは俺様が刺す! いつ、神装を出せ!」

 

「はい!」

 いつが満月へ投げ渡したのは三枚の小さな板。神魔札とは違い、厚みのあるガラスかアクリルのような素材だった。透明なその中には何らかの武具や道具の姿が浮かんでいる。神装と呼ばれる、魔力(マナ)で形作られた道具。それを封じた板だった。

 

 満月が掲げた一枚の板がひび割れて砕け落ち、中から光が溢れ出る。光は空中で寄り集まり、武具の形を取ってゆく。やがて光が消えたそこには、一本の槍が現出されていた。

 

 手に取った満月が、弓を引き絞るかのように全身を反らせる。刃から、燃えるような赤い光が上がり出す。

アンドロマリウスへ向け、一息に放った。

「怨敵貫け、『修羅の槍』よ!」

 赤黒い光を帯びた直槍は巨大な敵の胸、ライドウが断ち割ったそこへと過たず向かった。

 

 が。アンドロマリウスの巨大な腕、その一つが動いた。

「ォ、ォ、ォオオオオッ……!」

 槍は確かに突き立っていた。が、狙った胸ではなく、その前へかばうように突き出された腕にだった。山脈のように盛り上がる筋肉に阻まれ、槍の穂先は皮を裂き肉へとわずかに刺し込まれたに過ぎず、腕を貫いてはいなかった。

 

「そんな……!」

「何だと……!」

 目を見張る十六夜月(いざよいづき)とライドウらの前で、倒れかけていた敵がゆっくりと体をもたげ、元の姿勢へと戻ってゆく。

 見れば、いつの間にかその腰からは恐竜の如き尾が生え、もう一つの脚のように巨体を支えていた。

 

 

 傷口から未だ黒く血を流す、アンドロマリウスが声を上げた。腕に槍を突き立てたままで。

「まだだ……この程度でッ! 小生らの、正義の怒り()むこと無し! ヴァァルゥゥッ!」

 (うな)る声と共に放たれたのは、肩から生え出ていたもう一組の腕。アラハバキのものと同じ土偶の腕が、青白い炎を吹いて射出されていた。

 

「ちぃぃっ!?」

 満月は残る二枚の神装板を手に取ったが。

 アンドロマリウスの片腕は床を砕き散らしつつ、満月を――周りに戻ってきていた張子犬らごと――打ち飛ばす。

 

「満月さんっっ!!」

 悲鳴に近い、いつの声を気にしている暇は十六夜月(いざよいづき)にはなかった。何せ、もう一つの腕が、空気を揺らして目の前に迫っている。面が震えるのはその風圧か、それとも十六夜月(いざよいづき)が震えているのか。

 

 その答えが出るより先に、跳ね飛ばされていた。

 敵の拳に、ではない。横合いから、ライドウが体ごと十六夜月(いざよいづき)へと打ち当たり。

 十六夜月(いざよいづき)は床へと倒れ。ライドウが、身代わりのように拳を受け。人形のように軽々と、宙を舞った。

 

「な……」

 

 伏せたまま声も出せずにいた十六夜月(いざよいづき)に代わり、むつとゴウトが床へと倒れたライドウに駆け寄る。

「ちょっ、だ、大丈夫……じゃないよねコレ!?」

「なんということだ……返事を、返事をせよライドウ!」

 

 十六夜月(いざよいづき)は立ち上がった。体のどこにも負傷はなかった。それでも、ライドウの下へ走るでもなく満月の方へ行くでもなく、ましてやアンドロマリウスへ立ち向かうでもなく。ただ呆然と、立っていた。

 

 顎の下に手をかけ、面を頭上へ引き上げる。そうして視界を広げてみても、満月もライドウも横たわったままだった、変わらず。むつたちの声に応える様子すらなかった。ただ、胸は一定の間隔で上下しており、息があることだけは分かった。彼らが顕現させていた神魔たちは、二人の意識の消失と共にかき消えたようだった。

 

 十六夜月(いざよいづき)は目を瞬かせ、口を開けてその光景を見ていた。続いて首を巡らし、砕け、陥没して穴すら開いた屋上を見た。そして頭をもたげ、天にそびえるアンドロマリウスを見上げた。

 

「ル、ォ、ォ、オ、オオオ……」

 (うめ)くようなその叫びが、果てなく黒い空にこだました。

 

 しばらくそのままでいて。震えながら血を流すアンドロマリウスの目に、再び光が燃えるのを見て。その目が倒れたライドウたちへと、向けられるのを見て。

 

「逃げろ」

 変わらず口を開け、立ち尽くしたままそう言った。

 

 尋ねるような眼差しを向けるむつに言う。

「逃げるんだ。ライドウと満月さんを連れて、すぐにここから離れろ。危険のない所まで離れたら組織に連絡を。他のツクヨミたちの増援を要請し、あいつを倒してくれ。それしかない」

 

 むつが目を見開く。

「それしかない、って……いざよい君はどうするの!」

 

 十六夜月(いざよいづき)はむつに背を向け、巨大な敵へと向き直る。札を持つ手にはどうにも、力が入らないが。

「悪いが、二人はむつといつさんで背負っていってくれ。神魔は一体も貸すことができない……ここで、俺は奴を足止めする」

 

「そんっ――」

 言ったきり、むつの全身が固まっていたが。吐き出すように言葉を継いだ。

「――っなの無理だよ! 三人がかりで倒せなかったのに、一人で――」

 

 敵を見上げながら札を構える。どうにも、指先が震えて困る。

「戦えるのは俺一人だ、倒れた二人を運べるのは君たち二人だけだ。答えはもう出ているだろう。……心配するな、君たちのことは必ず護る。増援が来るまでは何とかする」

 

「できるわけっ――」

 叫びかけたむつの頬を、音を立てて張ったのは。兄、いつの手だった。

 

「……合理的判断だ、従わない理由がない」

 十六夜月(いざよいづき)へと向き直り、視線を合わせないまま頭を下げた。

「ツクヨミとして当然の決断だ、礼は言わない。……だが、敬意を表する」

 ゴウトも深く頭を下げた。

「済まぬ……詫びようもない。ライドウに代わって礼を言わせてくれ」

 

 アンドロマリウスが、巨体を引きずるように足を踏み出す。建物全体が揺れ、ひびの入る音すら聞こえた。

「早く行け!」

 

 いつが満月の体を背負う。

「むつ、急げ! それと神装でもあるなら置いていってやれ、僕らが持っていても使いようがない」

 

 うつむいたむつは無言でうなずき、ポケットから出した何枚かの板を床へと置いた。苦労しながらライドウの体を背負う。

「絶対! 絶対すぐに戻ってくるから、絶対死なな……大丈夫でいてよ!」

 

 出口へ向かったむつの声はひどく湿っていたが。どんな顔をしているかまでは、十六夜月(いざよいづき)は見ていない。

 敵と向かい合い、むつに背を向けたままで言った。

「一度言ってみたかったんだよ。『ここは俺に任せて、お前たちは早く先へ行け』――いかにも正義のヒーローだろ?」

 

「バカっ!」

 言い捨てる声と共に、背後の階下へと足音が遠ざかっていく。

 

 アンドロマリウスがまた歩を進める。

 震えているのは建物か、十六夜月(いざよいづき)の脚か分からない。

 今さらながらに思った。

 ――言ってみたかったのは確かなんだけど。今のはヒーローっていうより、途中で死ぬ仲間の台詞だよなぁ。

 

 笑おうとして、頬が引きつる。

 巨大な敵を見上げ、変わらず震える手で、神魔札を握り締める。

 

 

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