デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ 作:木下望太郎
「そんな……! こんな、巨大な……」
立ちすくむ
「何やってるド新人! ワケの分からんことになったがな、とにかく殺るんだよ!」
合図を受けて三体の張子犬が敵へと向かった。二体は脚へとかじりつき、巨大な一体――それでも、この敵を前にすると小柄な柴犬のようだ――は脚を駆け登り、腹へと咬みついた。
ゴウトが声を上げた。
「この状況は敵も想定していたものではあるまい。奴が自らの力を使いこなす前に、畳みかけて押し切るのだ!」
ライドウはうなずき、懐から封魔管を取り出す。
「了解した。
管を握った手は独特の形に組まれていた――両手の指を、互いの掌の内に差し込むように組んだ形。そこから両の中指のみを立てて合わせる――。おそらくは仏教、中でも密教の何らかの
「ノウボウ・タリツ・ボリツ・ハラボリツ・シャキンメイ・シャキンメイ・タラサンダン・オエンビ・ソワカ。
その管から放たれた光は激しくうねり、やがて一つの姿を形造った。
隆々たる肉体に青い皮膚を
悪人を力ずくにも改心させ救うとされる明王、その中でも不動明王と並ぶ最強の存在、
ライドウは巨大な敵を指差す。
「往くぞ、あの敵を
アタバクの四つの顔がうなずいた。
「承知
多腕が打ち振るう武器に巻き起こる風が渦を巻き、辺りの床を砕きつつアンドロマリウスへと吹き
「俺だって! 行くぞ四聖獣が一、東方聖獣・
「! ォ、オオ、ォ……」
足下を崩され、胴と頭部を打たれた巨体が傾ぐ。
ゴウトが声を上げた。
「今だ、ライドウ! この好機を逃すでない!」
「了解した!」
緑の光を
「ライドウ! こっちだ!」
無言でうなずき、ライドウはその背を踏んでさらに跳ぶ。
アンドロマリウスの頭上を越える高さに、今やその身はあった。
「魔を
背を反らして全身で振りかぶる刀身から光が溢れる。やがてそれは、巨人が振るうかとも思われる巨大な斧の形を取った。
「――受けよ。【
空ごと裂くかのような大斧の一撃が。アンドロマリウスの仮面を断ち、牙の伸びる
むつが拳を握り、いつが眼鏡をかけ直しながら身を乗り出す。
「やった!」
「なんて威力だ……! 生身であんなことが可能なのか……!?」
「ヴァル、ヴァル、ヴァ、ァ、ァ……」
断面から黒い体液を吹き出し、朽ちた古塔が崩れゆくように、巨体が後ろへと傾いでゆく。
満月が声を上げた。
「よくやった、とどめは俺様が刺す! いつ、神装を出せ!」
「はい!」
いつが満月へ投げ渡したのは三枚の小さな板。神魔札とは違い、厚みのあるガラスかアクリルのような素材だった。透明なその中には何らかの武具や道具の姿が浮かんでいる。神装と呼ばれる、
満月が掲げた一枚の板がひび割れて砕け落ち、中から光が溢れ出る。光は空中で寄り集まり、武具の形を取ってゆく。やがて光が消えたそこには、一本の槍が現出されていた。
手に取った満月が、弓を引き絞るかのように全身を反らせる。刃から、燃えるような赤い光が上がり出す。
アンドロマリウスへ向け、一息に放った。
「怨敵貫け、『修羅の槍』よ!」
赤黒い光を帯びた直槍は巨大な敵の胸、ライドウが断ち割ったそこへと過たず向かった。
が。アンドロマリウスの巨大な腕、その一つが動いた。
「ォ、ォ、ォオオオオッ……!」
槍は確かに突き立っていた。が、狙った胸ではなく、その前へかばうように突き出された腕にだった。山脈のように盛り上がる筋肉に阻まれ、槍の穂先は皮を裂き肉へとわずかに刺し込まれたに過ぎず、腕を貫いてはいなかった。
「そんな……!」
「何だと……!」
目を見張る
見れば、いつの間にかその腰からは恐竜の如き尾が生え、もう一つの脚のように巨体を支えていた。
傷口から未だ黒く血を流す、アンドロマリウスが声を上げた。腕に槍を突き立てたままで。
「まだだ……この程度でッ! 小生らの、正義の怒り
「ちぃぃっ!?」
満月は残る二枚の神装板を手に取ったが。
アンドロマリウスの片腕は床を砕き散らしつつ、満月を――周りに戻ってきていた張子犬らごと――打ち飛ばす。
「満月さんっっ!!」
悲鳴に近い、いつの声を気にしている暇は
その答えが出るより先に、跳ね飛ばされていた。
敵の拳に、ではない。横合いから、ライドウが体ごと
「な……」
伏せたまま声も出せずにいた
「ちょっ、だ、大丈夫……じゃないよねコレ!?」
「なんということだ……返事を、返事をせよライドウ!」
顎の下に手をかけ、面を頭上へ引き上げる。そうして視界を広げてみても、満月もライドウも横たわったままだった、変わらず。むつたちの声に応える様子すらなかった。ただ、胸は一定の間隔で上下しており、息があることだけは分かった。彼らが顕現させていた神魔たちは、二人の意識の消失と共にかき消えたようだった。
「ル、ォ、ォ、オ、オオオ……」
しばらくそのままでいて。震えながら血を流すアンドロマリウスの目に、再び光が燃えるのを見て。その目が倒れたライドウたちへと、向けられるのを見て。
「逃げろ」
変わらず口を開け、立ち尽くしたままそう言った。
尋ねるような眼差しを向けるむつに言う。
「逃げるんだ。ライドウと満月さんを連れて、すぐにここから離れろ。危険のない所まで離れたら組織に連絡を。他のツクヨミたちの増援を要請し、あいつを倒してくれ。それしかない」
むつが目を見開く。
「それしかない、って……いざよい君はどうするの!」
「悪いが、二人はむつといつさんで背負っていってくれ。神魔は一体も貸すことができない……ここで、俺は奴を足止めする」
「そんっ――」
言ったきり、むつの全身が固まっていたが。吐き出すように言葉を継いだ。
「――っなの無理だよ! 三人がかりで倒せなかったのに、一人で――」
敵を見上げながら札を構える。どうにも、指先が震えて困る。
「戦えるのは俺一人だ、倒れた二人を運べるのは君たち二人だけだ。答えはもう出ているだろう。……心配するな、君たちのことは必ず護る。増援が来るまでは何とかする」
「できるわけっ――」
叫びかけたむつの頬を、音を立てて張ったのは。兄、いつの手だった。
「……合理的判断だ、従わない理由がない」
「ツクヨミとして当然の決断だ、礼は言わない。……だが、敬意を表する」
ゴウトも深く頭を下げた。
「済まぬ……詫びようもない。ライドウに代わって礼を言わせてくれ」
アンドロマリウスが、巨体を引きずるように足を踏み出す。建物全体が揺れ、ひびの入る音すら聞こえた。
「早く行け!」
いつが満月の体を背負う。
「むつ、急げ! それと神装でもあるなら置いていってやれ、僕らが持っていても使いようがない」
うつむいたむつは無言でうなずき、ポケットから出した何枚かの板を床へと置いた。苦労しながらライドウの体を背負う。
「絶対! 絶対すぐに戻ってくるから、絶対死なな……大丈夫でいてよ!」
出口へ向かったむつの声はひどく湿っていたが。どんな顔をしているかまでは、
敵と向かい合い、むつに背を向けたままで言った。
「一度言ってみたかったんだよ。『ここは俺に任せて、お前たちは早く先へ行け』――いかにも正義のヒーローだろ?」
「バカっ!」
言い捨てる声と共に、背後の階下へと足音が遠ざかっていく。
アンドロマリウスがまた歩を進める。
震えているのは建物か、
今さらながらに思った。
――言ってみたかったのは確かなんだけど。今のはヒーローっていうより、途中で死ぬ仲間の台詞だよなぁ。
笑おうとして、頬が引きつる。
巨大な敵を見上げ、変わらず震える手で、神魔札を握り締める。