デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ   作:木下望太郎

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第二十九話  十六夜月、たった一人の最終決戦

 

 巨大な敵を前に、仮面の前部を閉め直し、十六夜月(いざよいづき)は唇をなめた。

 とにもかくにも、やるしかない。

 

 二枚の札を同時に放つ。

「行くぞ青龍(せいりゅう)広目天(こうもくてん)! 【東奔西流炎(とうほんせいりゅうえん)】!」

 

 龍と神将が繰り出す炎が絡み合い、渦を描いて飛ぶ。炎はアンドロマリウスの巨大な体へと打ち当たった。未だ開いたままの傷口が焼け焦げ、黒い血が蒸発していく。

 

「ォォ、オ……」

 巨体が揺らぎ、足を止める。

 

 十六夜月(いざよいづき)は仮面の中で口を開け、見上げていた。気づけば、頬が緩まっていた。

 効いている――効いている。決して奴は無敵ではない、そもそも三人で攻撃した傷も残ったままだ、不死身でもなんでもない――時間稼ぎどころか、倒せるのではないか? 自分一人で。

 そちらの方がいくらかは可能性があるように思えた。いつ崩れるか分からない建物の上で、いつ来るか分からない救援を待って逃げ回るよりは、ほんのいくらか。

 

 思っている間に、アンドロマリウスは天を仰いでいた。

「ォ、ォォ、オオ……ッ!」

 牙の伸びる口元に、ぎらつくような光が溢れてゆく。十六夜月(いざよいづき)へ目を向けると同時、その光が真っすぐに放たれた。

 

 手前にいた青龍と広目天が代わって光に呑み込まれ、蒸発音と共に姿を消した。光はどうにかそれで勢いを弱め、十六夜月(いざよいづき)の前で粒子となって散っていった。

 

「な……っ!」

 

 それだけではなかった。辺りに散った粒子が宙を舞いながら寄り集まり、いくつもの小さな黒い手へと変じ。十六夜月(いざよいづき)の持つ手札へと、四方八方から殺到した。

 黒い手は札をまさぐり、同種の札、青龍と広目天を抜き出し。引き裂き、黒い炎で焼き尽くした。

 

「んなああぁっ……!?」

 

 十六夜月(いざよいづき)が声にならない叫びを上げる間に、アンドロマリウスはくぐもった声を上げた。

「許さぬ……許しはせぬ! 正義たる小生らに楯突く、悪に加担する者ども……もろともに焼き尽くしてくれる!」

 

 十六夜月(いざよいづき)は頬を引きつらせつつ、とにかく下がって間合いを取る。その(かかと)に何かが当たり、軽い音を立てて転がった。透明な素材でできた札状の板。むつが置いていってくれた神装板。

 刀らしき形状が中に浮かんだそれらをつかみ、懐に入れる。

 

 そうだ、これを使えば勝ちの目もあるのではないか。

 ゴウトは、ライドウの祓魔(ふつま)の力を以て倒すことでアラハバキとその怨念を浄化するはずだった、と言っていた。

 純正な神たる月読命(つくよみのみこと)の力を分け与えられている自分たちツクヨミなら、同じことができるはずだ。アンドロマリウスにあれほどまでの力を与えた、アラハバキの呪いを解くことが。

だが――

 

 建物を揺らしてなおも歩を進める、アンドロマリウスの巨体を見上げる。

 我が事ながら、眉が疑問の形に寄る。

「……あれを、やるのかぁ……俺が?」

 

 神魔による攻撃でアラハバキを倒した際には、浄化されていない呪いが洩れ出てしまった。ならば今度は、十六夜月(いざよいづき)自身で直接攻撃するしかない。

 できるのか、そんなことが。

 

 思う間にもアンドロマリウスは歩みを止め、四つの腕を掲げた。そのうちの二腕、巨大な土偶の腕が火を吹き上げながら射出される。ライドウと満月を(ほふ)った拳が。

 

「おお……ぅおおおっっ!?」

 とにかく駆け、跳ぶ。風圧に体が浮くのを感じながら片方の拳をかわした。着地と同時に全速で駆け、体ごと床へと跳んで滑り込み。どうにかもう片方の拳もかわした、いや、かわせた。

 

 土偶の拳はゆっくりと宙を舞い、元の腕へと戻っていく。が、もう一組の腕、アンドロマリウス自身のそれが大きくふりかぶられるのが見えた。

 

「げ……!」

 

 慌てて辺りを見回し――逃げられる余地はあるか、つまずくような障害物や穴はないか――、気づいた。満月が倒された辺りに何かがある。

 一つは直剣だった。両刃の長剣、古代日本でいう十握剣(とつかつるぎ)。特に、斧のような分厚い刀身を(そな)えたそれは満月の神装『天羽々斬(あめのははきり)』。須佐之男命(すさのおのみこと)八岐大蛇(やまたのおろち)を斬った剣を模したもの。

 もう一つは(いびつ)なガラスの壺。中には禍々(まがまが)しい虹色にぎらつく、油のようなものが揺れていた。同じく満月の神装、炎を呼ぶ『深淵の壺』。

 満月は修羅の槍の他、二枚の神装板を手にしていたが。打ち倒される前に開封し、具現化させていたのか。

 

 十六夜月(いざよいづき)は駆け寄り、それらをつかむ。

 アンドロマリウスの目が十六夜月(いざよいづき)を追い、巨大な拳を打ち下ろしてきた。

 

 歯を食いしばって跳び退きざま、深淵の壺を叩きつける。

 壺は巨人の腕で砕け散り、その肌に油を撒き散らし。一面の油は青い炎と化して燃え上がった。

 

「グォォオオ……!?」

 アンドロマリウスは身もだえして拳を引き、燃える腕を他の腕で押さえる。

 

「今だ!」

 剣を抱えて駆けながら算段する。

強大な破壊神の剣を(かたど)った、この剣なら充分な神力があるはず。だが、確実を期すために致命傷を与えられる箇所へ攻撃したい。頭部は無理にせよ胴体、できれば胸。

 そのために、まずは十六夜月(いざよいづき)の神装で脚を攻撃。体勢が崩れたところへ、天羽々斬(あめのははきり)でとどめを刺す――それがどうやら、最も可能性のある方法だった。

 

 具現化させるべく、懐の神装板を手にする。ふと、違和感を覚えた。

 

 腕を焼かれながらも、アンドロマリウスの目が十六夜月(いざよいづき)をとらえた。

「グォオ……ヴァル、ヴァルゥゥ!」

 炎に包まれていない方の腕が、横殴りに打ち下ろされる。

 

 十六夜月(いざよいづき)は、よけなかった。敵への最短距離を走った。すでに土偶の腕も構えを取っているのが見えた、無理に身をかわしたところで追撃の的になるだけだ。

 顕現(けんげん)させた神魔たちを盾にするも、迫り来る拳に瀬戸大将が砕け、鬼人が打ち飛ばされ、それでも拳は止まることなく。

 それでも、十六夜月(いざよいづき)は足を止めなかった。

 

 横殴りの拳が十六夜月(いざよいづき)の体を()き潰そうとしたそのとき。

 何者かが、横合いから巨大な拳へと打ち当たり。その軌道を十六夜月(いざよいづき)から逸らしていた。

 

「ヴァ、ルゥゥ……!」

 アンドロマリウスが驚いたように腕を引く。その手首の辺りが、中ほどまで断ち斬られていた。

 

 それを為した者は、長大な太刀を手にその場にいた。青い狩衣の上から鎧をまとった、精悍(せいかん)な体つきの男。(いか)めしい目は油断なく敵を見据えている。

 かつて鬼、茨木童子の腕を斬り落とし、仲間たちと共に酒呑童子を倒した武者『渡辺綱(わたなべのつな)』。古の時代に十六夜月(いざよいづき)のツクヨミだったというその者を元に、創り出された神魔札。そこから具現化した存在だった。

 

 幻の札とされるそれを、むつは――おそらくこっそりと、組織の目を盗んで――持ち出していたらしい。それを、神装の板と共に残していてくれた。

 

「ありがとう、むつ」

 つぶやきながらも足を止めず駆ける。

 

アンドロマリウスが慌てたように土偶の腕を射出するが、渡辺綱がまたも斬りつけてその軌道を変える。もう片方の拳も、体勢を崩しつつも同様に防ぐ。

 

「もらった!」

 十六夜月(いざよいづき)天羽々斬(あめのははきり)を小脇に抱え、具現化させた自らの神装『白夜の太刀』を振りかぶり。渡辺綱と共に、敵の足へと刃を振るう。

 

 それよりも一瞬早く。アンドロマリウスの巨大な尾が、薙ぎ払うように振るわれた。

 

「が……ぁっ!?」

 

 二人まとめて吹っ飛ばされ、床へ転がったそこへ。

 神装の炎に覆われたままの、アンドロマリウスの腕が振り下ろされた。

 焼け焦げる痛みに的を外したか、十六夜月(いざよいづき)に当たりはしなかったが。渡辺綱が湿った音と共に肉片へと変えられ。

 勢い余って砕けた床の、風圧で飛ばされた破片が十六夜月(いざよいづき)を打ち飛ばし。

 抱えていた天羽々斬(あめのははきり)が跳ね飛ばされ。屋上の手すりを越え、地上へと落ちていった。

 

 

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