デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ   作:木下望太郎

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第三十一話  四人のツクヨミと二人の召喚師(サマナー)、邂逅す

 

 燃え上がるかのように立ち込める粉塵(ふんじん)の中、十六夜月(いざよいづき)はあお向けに倒れていた。

 

 そして、同じく瓦礫(がれき)に溺れるかのように。アンドロマリウスもまた、その巨体をあお向けに倒されていた。その胸に巨大な杭でも打たれたかのように、(おお)きな穴を開けた体を。

 

「ォ、ォ、ォ……! ゴォア、ォ、ォ……!」

 

 自らの喉から溢れる黒い血に溺れるかのような(うめ)きを上げながら、巨大な手の一つが天へと差し伸べられる。救いを求めてでもいるように。

 

 解放された修羅の槍の神力は爆風と化し、敵の体を貫いた。同時に、煽りを食らった十六夜月(いざよいづき)もまた跳ね飛ばされていた。

 生きているのが不思議なぐらいだった。さらにいえば、相手の方もまだ生きているのが。とはいえ、その吐息はあまりにか細く、ほどなく絶えるであろうと思われた――十六夜月(いざよいづき)の方が先にそうならないという保証があるわけではないが――。

 

「おの、れ……お、のれ……ぇ!」

 絶え絶えな息の下から、アンドロマリウスが声を上げる。

 

 もう無理をするな、俺たちの勝ちだ。お前はよく頑張ったよ、正直勝てるとは思わなかった――そんな風に声をかけようかと思ったが、全く声にはならず。十六夜月(いざよいづき)の喉からは、かすれた息が洩れるのみだった。

 

「認め、ぬ……認めんぞ、小生ら、の、正義が敗れるなどと……」

 アンドロマリウスが絞り出すような声を上げる。天へ向けられていたその目が動き、倒れたままの十六夜月(いざよいづき)を映す。

「こうなれば、ただでは滅びぬ……死なばもろとも、貴君も道連れよ……!」

 

「げ」

 それだけははっきりと声にできた。敵の巨体が、命ごと燃やし尽くすように、内から爆ぜようとするかのように(オド)を高めていくのを感じては。

 体の痛みも忘れ、よろめきつつも立ち上がる。(きびす)を返して逃げようとして気づいた。この消耗した体、幾度も打ち据えられた脚では逃げ切れない。階段を下りているうちに自爆されるに違いない。

 

 なら、自爆される前にとどめを刺すしかない。まだもう一つだけ、使っていない神装板があったはず。

 懐を探ると、確かにむつが残してくれた神装板はもう一枚あった。だが、それを握って力を込めても、一向に具現化する気配がない。体力も、開封するだけのわずかな(オド)すらも残ってはいないらしかった。

 

「げ……!」

 十六夜月(いざよいづき)の頬が固く引きつり、震える手が神装板を取り落としかけたとき。

 

「どうしたド新人! ずいぶん顔色悪いじゃねえか!」

 聞き覚えのある声と共に放たれた札。そこから顕現(けんげん)されたのは、鱗に覆われた青いローブをまとう青年。創成神魔札、ダゴン。

 放ったのはマントをたなびかせた赤い仮面の男、満月のツクヨミ。

 

 隣で半月のツクヨミが肩をすくめる。

「って、仮面つけたままじゃ分かんないけどね~」

 軽く放った札から現れたのは十六夜月(いざよいづき)が扱ったのと同じ雪ムスメ。

 ダゴンが掲げた裾の内から溢れ出た水は洪水となって、横たわるアンドロマリウスを呑み込み。雪ムスメが放つ吹雪が、枝を踏み折るような音を立ててそれを凍りつかせた。

 

 氷塊から顔と腕一本だけを突き出した格好で、アンドロマリウスがひび割れた仮面の下の顔を歪める。

「何だと……!?」

 

 むつたちからの連絡で半月が救援に来てくれたということか? だが、こんなにも早く来るとは。

目を瞬かせたまま立ち尽くす十六夜月(いざよいづき)のそばに、音もなく新月のツクヨミがいた。

 

十六夜月(いざよいづき)、動かないで」

 新月の札から現れた麒麟(きりん)がたてがみの伸びる首を鼻息と共に震わせ、馬に似た体を十六夜月(いざよいづき)に寄せる。その角からこぼれる金色の光を浴びると、わずかずつだが傷の痛みが引いていくのが分かった。

 

「新月さんも、よくこんなに――」

 

 首を横に振って十六夜月(いざよいづき)の言葉を制し、新月は早口に硬い声を上げた。

「話は後です、今は早急にあの神魔の処理を」

 視線の先には氷に包まれたアンドロマリウスがいた。その巨体がもがくたびに、氷が軋む音を立てる。

 

「そのために。今は皆、自分に力を貸してほしい」

 十六夜月(いざよいづき)の前に歩を進めたのは、見覚えのある学生服の男。

 

 十六夜月(いざよいづき)は仮面を額の上へ開き、笑顔を見せた。

「ライドウ! 無事だったか!」

 

 ライドウも唇の端を緩め、微笑む。

「君も無事で」

 

 隣で見知らぬ少女が、十六夜月(いざよいづき)へ頭を下げる。

「先輩がお世話になったと聞いています。お礼を言わせて――」

 

 ライドウが片手で制する。

「凪くん、その話は後だ」

 

 アンドロマリウスを見据えていた、満月がライドウへとあごをしゃくる。

「俺たち全員でそいつと、そいつの()ぶ神魔へ力を与え、あのデカブツを始末する。――心配するな。その男は、ライドウはこの俺よりも強い。実力についちゃ信じられる」

 

 仮面を開いた半月は口を開けていた。

「まさか、オレ様満月が自分より強いとか言うとはね……メチャクチャ強いんだね、この子」

 

 新月の目が険しさを増す。

「満月の口から信じるなどという言葉が出るとは……逆に、何が目的なのです」

 

 満月は地団駄を踏む。

「俺を何だと思ってんだてめえら!? ……まぁそいつが? 強いとは言っても?  ガチで()り合えば、生き残るのはこの俺だがな」

 負け惜しみのように言うと、ライドウの方へと駆け寄る。片手を取り、自分の手を重ねた。

「この俺が力を貸してやるんだ、しくじるなよ」

 面を閉めた半月、新月、凪と呼ばれた少女も手を重ねる。

 

 そのとき不意に、白い小鳥のようなものが飛んできた。いや、よく見れば人形(ひとがた)の切り紙に(しゅ)を書きつけたもの。陰陽道で使われる呪符の一種だった。

 宙に浮かぶ呪符から聞き覚えのある声が上がる。確か新月付きの金鵄(きんし)、蘆屋キヨミ。

「はーいどうもー、マイクテスト・マイクテ~スト。こちらキヨミ~、準備は全然オッケーでーす」

 

 見れば、同じような呪符が廃ホテルの敷地と上空を囲むように、いくつもいくつも浮かんでいた。全ての呪符は光の帯でつながれている。まるで、四角い光の檻に廃墟全域を閉じ込めるかのように。

 

「蘆屋流陰陽術【逆・四角四境祭】。結界内を護る四角四境祭とは逆に、結界内に事象を封じて外部へ逃がさない術。衝撃も外へは通さないし、音や中の光景も外からは分からない、さっすが私ねー自分の才能が怖い。そーいうワケで思いっ切りやっちゃっていいよ、新月」

 

 呪符から別の声が上がる。半月の金鵄である諏訪迅雷と、むつの兄、いつ。

「だとよ~、頑張れよ半月」

「満月さあああん! 存分にやって下さい、満月さんの力を信じています! ……何か言わないでいいのか、むつ」

 考えるような間の後にむつがつぶやく。

「私はー、別に……」

 

 十六夜月(いざよいづき)は呪符へ、その向こうへ声をかけた。

「むつ。俺は、守るよ。約束を」

 

「……うん」

 むつの小さな声の後、ゴウトの声が聞こえた。

「ライドウ、それに凪も。うぬらとツクヨミたちなら必ずできる、臆するな」

 

 ライドウと凪がうなずく。

 十六夜月(いざよいづき)もうなずき、ライドウたちの手に手を重ねた。

 

 ライドウは片手に封魔管を持ち、全員の目を見回す。

「自分の大祓詞(おおはらえのことば)に合わせて力を込めてほしい、その魔力を以て強大な神を()ぶ。仲魔とはいえ、自分にもそうそう使役できる存在ではない……力を貸してくれ」

 

 全員がうなずくのを見た後、ライドウは流れるような言葉を低く発する。

「――()佐須良(さすら)ひ失ひてば、天下四方(あめのしたよも)には罪と()ふ罪は在らじと、(はら)へ給ひ清め給ふ事を、天津神・国津神・八百万神(やおよろずのかみ)共に聞こし()せと(もう)す――」

 

 十六夜月(いざよいづき)は重ねた手に(オド)を込める。

重なった六人の手から清浄な光が溢れ、ライドウの腕を伝って封魔管へと伝わる。ねじ式のふたが開いていくと同時、内から緑の光を帯びた風が吹く。それはやがて渦を巻き、つむじ風へと変わり始めていた。

 

 ライドウはさらに声を上げる。

荒振(あらぶ)る神にしていと(たか)三貴子(みはしらのうずのみこ)の一よ、天津神にして国津神たる者よ。(ただす)の神たるその力以て、今こそ全ての(けが)れを(はら)(ただ)し討ち清めよ――。悪魔召喚!  『スサノオ』!!」

 

封魔管のふたが弾け飛び、内から緑の光を帯びた嵐が吹き荒れる。

 (すさ)ぶ風が寄り集まり形を成したのは、七支刀(ななさやのたち)を床へ突き立ててあぐらをかいた男。下帯一つの上に、のたうつ縄目のような紋様の布を羽織った他は、熱を秘めたような赤銅色の肌を未だ吹き止まぬ風にさらしている。

男はしわがれた声を上げ、長く垂れた髪の下からライドウを見やる。

「ライドウよぉ、オレを()ぶたぁ相当難儀してるようだなぁ」

 

「そのとおりだ。スサノオよ、かの敵とその者に宿る怨念を(はら)い清めるため、力を貸してほしい」

 

 新月がつぶやく。

「これが、スサノオ……高天原を荒らした荒ぶる神にして、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を討った英雄神……」

 半月も口を開く。

「そして、古事記におけるスサノオの行動の一部と、日本書紀の一書におけるとある神の行動が一致することから、両者は同一視されることがある――私たちに力を分け与えた存在、ツクヨミと」

 

 スサノオが前髪の下でいぶかしげに片眉をひそめ、もう一方の眉を持ち上げてこちらを見回す。

「んん? 何やらこいつら、覚えのあるようなねぇような気を帯びてやがるが……まぁいい。急ぐようだな、例のやつ行くぜぇぇ!」

 

 ライドウが強くうなずき、全員の目を見る。

「皆、頼む。スサノオと自分に力を! ――(はら)い給い、清め給え――」

 

 重なる手から伝わる光が、ライドウの刀から溢れ出す。呼応したように、スサノオの剣からも。

 二人は高く武器を掲げ。音を立てて、床へと突き刺した。

 

「――奥義! 【天命滅門】!!」

 

 突き立った刃から、清浄な光が(はし)り。広大な円を描き、その内に幾度も幾度も光が(はし)り。白い光の中に、何もかもを呑み込んだ。アンドロマリウスの巨体も、そこからにじみ出る黒いもやも。

 

「ヴァル、ヴァル……ヴァ、ァ、ァ、ア……」

 巨大な影がぼろぼろと崩れ、もやと化して漂い、光の中で薄れ、消えてゆく。

 

 満月が鼻を鳴らす。

「ふん……手こずらせやがって」

 

 そのとき。最後まで残っていたアンドロマリウスの頭が、バランスを崩したように傾き。十六夜月(いざよいづき)たちの方を向いた。

「ァ、ァ、ァ……! 貴様ら、だけは……!」

 同じく最後まで残っていた、天へ向けられた腕が。朽木が倒れるように、ぼろぼろと崩れながらも、こちらへと振り落とされた。

 

 アンドロマリウスと戦い続けた分、反応は十六夜月(いざよいづき)が早かった。新月に回復してもらった力の残り全てを、手にした神装板へと注ぎ込む。割れ落ちた板の内から現出した刀をつかんだ。

「俺が……護る!」

 

 ライドウも床から刀を抜き、大上段に振りかぶる。

「我が魂……この剣に込める!」

 

 横薙ぎに振るう十六夜月(いざよいづき)の刀と、真っすぐに斬り下ろすライドウの刀。十文字の軌跡を描いた二振りの刀から放たれた清冽な光が、アンドロマリウスの腕と頭を裂き。その光の内にかき消した。

 

 

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