デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ   作:木下望太郎

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最終話  ツクヨミとライドウ、それぞれの道を歩み往く

 

 ――ソロモンの悪魔を名乗る神魔らとの戦闘。

 そして大正二十年から来たと語る謎の悪魔召喚師(デビルサマナー)、葛葉ライドウ。及びゴウトと凪たちとの遭遇。

 それらの事柄は新月と半月から報告され、組織の知るところとなった。

 

 幸い、キヨミが賢明にも付近一帯に結界を張っていた――戦いの最終局面で周囲からの隠匿と被害の拡散防止を行なっただけでなく、周辺へさらに広大な結界を張っていた。結界内部の人間の、神魔に関する記憶を曖昧(あいまい)にする術式を使用した――ことで、今回の異変に関する大きな騒動は起こらなかった。

組織の手により、世間一般では廃墟の崩落事故として処理された。ネットなどでは破壊音や怪光の遠巻きな目撃情報も上がってはいたが、大きく話題となることもなかった。

 

ライドウやその所属機関、神魔とは異なる姿の悪魔について、十六夜月(いざよいづき)から組織へ問い合わせたが。一切、返答はなかった。

 一方、十六夜月(いざよいづき)や満月が許可なく神面や神魔札を持ち出し、使用した件については、本件の収束に功があったことで不問とされた。

 

 ――そして数日後。

 ツクヨミたちに、新たな任務が下っていた。

 

 

 

 くるぶしにまで毛が届きそうな真新しい絨毯の弾力を、靴の下に感じながら満月は駆ける。放つ札から顕現(けんげん)した鳳凰が敵の神魔を焼き尽くし、火車が首を跳ね飛ばす。動くことをやめた敵の体は廊下の壁に突き当たり、大理石の飾り棚を血で染めた。

 

 深紅のマントをさばきつつ、手元に還る札を取った。穏やかな色の明かりが灯る、広々とした廊下を眺める。

「この前のとことはえらい違いだな。ほこりっぽくなくていいぜ」

 

 ――複合施設型タワーマンション『THE HASHIRA』。近未来的ともいえるその巨大な建物が一夜にしてプラズマ状の結界に覆われ、多くの住民を中に残したまま、突如現れた神魔の巣窟と化したのだという。

 複数のツクヨミに課された任務は、それを為した賊『登美のり子』の討伐及び、賊が所持している秘宝『ソロモンの指輪』の回収。――皮肉にも、指輪を組織から持ち出し、のり子へ売り飛ばした張本人たる満月にもその指令が下っていた。

 

 いつがつぶやく。

「組織は僕たちを疑っている、そう見た方がいいでしょうね」

 

 満月は鼻を鳴らす。

「ふん……怪しげな道具(ツクヨミ)を適当に働かせといて、任務の途中での死亡という(てい)で始末する。いかにも組織のやりそうな手口だ」

 

 証拠を残したつもりはないが、ソロモンの指輪が組織から失われていることは先日の一件ですでに明らかになっている。そして、保管場所に立ち入ることができるのは組織内でも通常、ツクヨミのみ。

 

 満月は歩を進める。

「組織の意思はともかくとしても、頭の硬~い奴が俺を疑ってるだろうな。ま、その前にせいぜい、報酬をいただいてずらかってやるさ」

 

 最後の戦いの後、ライドウたちは言葉を交わす間もなくかき消えた。後で十六夜月(いざよいづき)から聞いた話では、ライドウやアラハバキは過去の世界から何らかの召喚術の事故で来た存在だということだった。その原因と(おぼ)しきアラハバキの呪いが消えたことで、彼らも還っていったのだろう。

 消えたライドウたちの姿を探す振りをして、満月はあの場から指輪を回収。登美のり子の匂いを知るケルベロスに託して、のり子へ指輪を渡していた。

 そうして今、登美のり子の指定したこの建物へ報酬を受け取りに来たというわけだった。

 

 いつが眉を寄せる。

「しかし、ここの神魔は僕らも構わず狙ってくる様子です。登美のり子は大人しく契約を履行するでしょうか。あるいは他のツクヨミともども、敵となる可能性も……」

 

 仮面の奥で満月は笑う。

「何、邪魔するならそのときはそのときだ、登美のり子もツクヨミどももな。それに、疑われてるツクヨミは俺だけじゃないだろうよ」

 

 

 

 新月は硬い足音を立てて通用口を抜け、THE HASHIRAの地下通路を歩む。

 

 隣でキヨミが息をついた。

「脱出不可の結界が厳重に張られてるクセに、侵入は簡単な術式を施すだけでイケるって。ずいぶん舐められたものね」

 

 前を向いたまま新月は歩む。

「好都合というべきでしょう。貴方ほど術に通じていない金鵄(きんし)とツクヨミでもこの中には入ることができる……我々のターゲットたるツクヨミも」

 

「そうね、満月も――」

 

「ええ。あるいは、もう一人」

 新月の脳裏には、新月たちよりいち早くソロモンの悪魔に接触したというツクヨミの姿が浮かんでいた。

 十六夜月(いざよいづき)のツクヨミ。初任務もまだだったというのに、わざわざ神面を持ち出してまであの場にいたことは不可解。しかも新月らが廃墟に到着する以前のことは、十六夜月(いざよいづき)と満月らしか知らない――金鵄(きんし)と口裏を合わせれば、いくらでも虚偽を述べられる。

 

「彼ももしこの件に関わっているのであれば。躊躇(ちゅうちょ)なく処理します」

 新月は、歩みを止めない。

 

 

 

 半月は匍匐(ほふく)前進の体勢で、THE HASHIRA内の通気ダクトを進んでいた。

「こうしてると何か、トム・クルーズになった気分だね~」

 

 後方から同じく進む迅雷が言う。

「あ~あのスパイ映画の。そういや観たことねぇわ」

「帰ったら観る? 一作目はジャン・レノ出るよ」

「マジ? んじゃ観るわ、『レオン』は何べん観たか分かんねぇぐらい観たしよ~。完全版より無印派だなオレ」

「私は完全版だな~、空気がエロいもん。……っと」

 

 下側にある通気口の格子を外し、廊下へ降り立つ。迅雷も続いた。

 

 半月は体の埃を払う。

「その前にお仕事だね。賊の討伐と秘宝の回収、それは二の次で」

 

「機密文書の所持者との接触、及び文書の回収だっけ? 賊より優先とか、いくら何でもキナくさ過ぎだろ」

 

 顔をしかめた迅雷の肩を軽く叩き、半月は歩き出す。

「ま、お仕事お仕事。それより、あれは用意できてる?」

 

 迅雷は唇の端を持ち上げて笑う。

「ああ。部屋で煮込んどいた角煮はいい感じにトロトロだし、ビールはたっぷり冷蔵庫にぶち込んでるぜ」

 

 半月は一つ手を叩く。

「よっし、じゃあとっとと済ませて帰ろっか!」

 そうして、迅雷と走り出す。

 ふと、思い出してつぶやいた。

「そういえば。凪ちゃんたちって、ちゃんと帰れたのかな? どうしてるんだろ」

 

 

 

 ――一方。過去、あるいは異なる時間軸において。

 大正二十年の帝都、鳴海探偵事務所の応接室で。ライドウと凪はテーブルを挟んでソファーに腰かけていた。所長の鳴海は所用で外出している。

 

 珈琲(コーヒー)を口にした後、凪が、ほぅ、と息をつく。

「本当に、不思議な体験でした。将来の帝都に行くなんて」

 

 ライドウもうなずく。あの時目にした、数え切れぬほどの灯火(ともしび)は今も忘れられない。たとえあの場所にいたのが、幻のように思えるほどわずかな時間だったとしても。

 

 ふふ、と凪が微笑む。

「でも贅沢(ぜいたく)をいえば、もっとあの時代を見て回りたかったプロセスです。ツクヨミの方々ともお話ししたかったですし、街中もどうなっているか気になります」

 

「そうだな」

 観光はともかく、十六夜月(いざよいづき)とはもっと話をしたかった。元の世に戻る際は本当に突然だった、別れの言葉を交わす暇さえなかった。

 ただ、互いの健闘を称えるような視線を交わした。それだけは覚えている。

 

 ソファーの隅でゴウトが言う。

「あの時ライドウが言ったように、我らの闘いの成果があの、将来の平和と繁栄だと思うと感慨深いな。いや……待てよ」

 考えるように上を向いた後、続けた。

「確か、むつの話ではあの時代は西暦20XX年だとか。とすれば……お前たちも、あそこにいたのかもな」

 

「え?」

 ライドウと凪は目を瞬かせる。

 

 ゴウトは前足で顔を洗ってから言う。

「よほど長生きしておれば、だが。齢取ったお前たち自身も、あの街にいたのかも知れぬぞ。あの、灯火のうちの一つにな」

 

 背筋が、震えた。

 あの中に、華やぐ銀河のような光の群れの中に、自分がいたかも知れない。あの、平和の中に。

 そう思えばまた、涙がこぼれた。あのときのように。そして深く、(こうべ)を垂れた。

 

 少し考えた後でゴウトがまた言う。

「まあ、相当に長命であればだがな。そうでなくとも、お前たちの子孫があの中にいたかも知れぬな」

 

 ライドウは涙を拭い、うなずく。

「そうだな、自分たちの――」

「ええ、私たちの、子供――」

 同じく目を潤ませていた、凪と目が合う。

 瞬間。二人とも、そのままで体の全てが固まっていた。

 

 数瞬後。

「あ、あああ自分はっ、自分は急に大学芋が食べたくなったっ! かかか買いに行ってくる!」

 何度も咳払いをしながら立ち上がる。片付けようと手にしたカップと皿がやたらと震えて音を立てる。

 

 ほぼ同時に立った凪も同様の有様だった。

「そそそそういえば最近基礎トレーニングが足りていない未熟のセオリー! ちょちょちょちょっと私、走り込みに行って参ります!」

 

 視線を合わせぬままライドウは言う。頬が熱を帯びるのを感じながら。

「そそそそれはいかにも良い考えだ! では!」

「ははははい!」

 洗い場で食器を片付けたのち、我先に階段を下りていく。

 

 部屋に残されたゴウトがつぶやく。

「一緒に出る必要はあったのか……? だいたい、お前たち二人の間の子孫と言ったわけではなかったのだが……」

 欠伸(あくび)の後、また顔を洗った。

「まあ、良い。何にせよ、新たな世代にも守護者が在るのなら喜ばしきこと。将来の世の、彼らツクヨミのようにな」

 

 

 

 ――一方、現代。

THE HASHIRAの広大なエントランスロビーで。十六夜月(いざよいづき)は面を小脇に抱え、吹き抜けの天井から下がる巨大なシャンデリアを見上げていた。

「マンションというより豪華リゾートホテルって感じだな。ここが俺の、初任務の舞台……」

 

 横でむつがため息をつく。

「庶民の感想だねー。ていうか初任務つっても、こないだめっちゃ戦ったよね。体大丈夫?」

 

 残月が治療の術式を施した赤い部屋で何日か休み、体調は完全に戻っている。

「何度も同じことを聞くなよ。それより、初任務の前に。金鵄(きんし)として神魔札の使い方をおさらいしてくれないか」

 

「え?」

 

いぶかしげに眉を寄せるむつに、歯を見せて微笑んだ。

「この前賭けたろ、初任務前におさらいする羽目になるかどうかって。賭けは君の勝ちだ、俺がおごるよ」

 真っすぐにむつの目を見る。

「俺は約束を守る。だから必ずおごってやる、必ず生きて帰ろう――君を、護るよ」

 

 むつは、満面の笑みでうなずいた。

「うん!」

 

 十六夜月(いざよいづき)も強くうなずく。手にしていた神面をかぶった。

早速現れた敵へと、二人で向かっていく。

 むつの指示に従い、神魔札を構えながら思う。

 ――護ってみせる。ライドウたちが過去で護ってくれただろう、平和を。

 

 

 

 ――一方その頃。THE HASHIRA五十階にて。

 

 ホールにしつらえられた祭壇上の、人間の数倍はあろうかという土偶に向かい、登美のり子は手にした焼き土の欠片を掲げた。欠片から立ち昇る黒いもやは、やがて黒い無数の手へと変わり。巨大な土偶の中へと吸い込まれていった。

 黒く光るソロモンの指輪を身につけた、登美のり子はほくそ笑む。

 

 ――満月から最初にソロモンの指輪を受け取ったあのときは、真の意味でアラハバキを召喚しようとしたのではなかった。

 破壊神たるアラハバキの召喚には数多(あまた)生贄(いけにえ)が必要。そう、THE HASHIRAの住人らのように数多(あまた)の。

 あのときソロモンの悪魔らの力を借りて()ぼうとしたのは、あくまでアラハバキの中心部となる素体に過ぎない。結果として召喚されたのは素体ですらなく、あの奇妙なアラハバキだったが。

 それが、思いも寄らぬ幸運だった。

 

 あのアラハバキは国津神の怨念の集合体だということだった、ナガスネヒコら国津神の。

 だが、のり子の体に憑いた長髄彦(ながすねひこ)以外に国津神ナガスネヒコなど在るわけがない。となれば、その国津神は『この世界の者ではない、別の世界の国津神』――アラハバキの召喚を持ちかけた秘密結社の者が言っていた。世界はこの世一つだけではなく、偽りのこの世界からの脱出こそが結社の目的だと――。

 

 つまり。この世界の国津神らの怨念に加え、別世界の国津神らの怨念をアラハバキに込めることが可能となった――満月と共に向かった屋上での、指輪を手にしていたアラハバキとの戦い。その際に一部を破壊したアラハバキの欠片を、のり子は手に入れていた――。

 

 楕円形をした、土偶の目に光が宿る。

 

 のり子は、長髄彦(ながすねひこ)は肩を震わせて笑っていた。

「クク……ハハ、ハッハッハッハ! 礼を言うぞツクヨミども、ライドウとやら! お前たちのおかげで目前となった……私の想定以上の存在、破壊神を越えた真なる破壊神! アラハバキの降臨はなあ!」

 

 土偶の内から、ヴァル、ヴァル、ヴァルと()える声が響く。

 巨大な土偶は震えていた。復讐の時を、ツクヨミたちとの闘いを待ちかねているかのように。黒いもやを、その身から立ち昇らせて。

 

 

 

(了)

(『神魔狩りのツクヨミ』『Kazuma Kaneko‘s ツクヨミ』へと続く)

 

 

 

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