デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ   作:木下望太郎

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第三話  満月のツクヨミ、登美のり子の所業を観察す

 

 事前に見つけていた、注連縄(しめなわ)による結界の張られた部屋。その真上に位置する部屋に満月らは入った。

この場所にたどり着くまでに何度か神魔(じんま)との戦闘があった。いずれも低級な霊や屍鬼でしかなく、満月の操る獣の神魔どもにとっては手頃な餌に過ぎなかった。

 登美のり子が指輪の力で()んだものと思われたが、人除けのために適当に放ったのだろう。系統立てた動きも見られず、満月が神魔を倒したことさえ把握されてはいないはずだ。その証拠に、神魔を何体倒そうと警備が厳重になる様子はなかった。

 

あらかじめ見つけておいた、床の崩れた――階下の天井の崩れた――穴。その前に並んでしゃがみ込み、満月といつは下の部屋をのぞいていた。

 

 満月が小声で言う。

「儀式の前に、特別な装束にお着替え中……だったら楽しめたんだがな」

 眼下の登美のり子はスーツ姿のまま、部屋の中央で四方に立てた笹竹に注連縄(しめなわ)を結びつけ、祭壇のようなものをしつらえているところだった。ソファーなどの家具は乱雑に隅に寄せられ、広い部屋にはかなりの面積のスペースが確保されていた。

 

 いつが眉をひそめる。

「さすがにそれはどうなんです。だいたいこれだってのぞきみたいなマネ……」

 

 満月はかぶりを振ってみせた。

「お前と出会ったとき最初に言ったはずだ。一つ、俺の品性に期待するな。二つ、俺の約束を当てにするな」

「いや初めて聞きましたよそれ」

 

 肩をすくめ、満月はまたかぶりを振った。

「細かいことを気にする奴だ。それより、動きがあるようだぜ」

 

 祭壇の中央に据えられたのは一抱えほどの大きさの土偶(どぐう)。横に長い楕円形の目が特徴の、遮光器土偶(しゃこうきどぐう)と呼ばれるものだった。

 のり子自身は祭壇から下り、その手前の床に描かれた六芒星(ろくぼうせい)の中心に立つ。

 

 いつが眉根を寄せる。

注連縄(しめなわ)を張った神道(しんとう)系の祭壇、ユダヤ教由来あるいはその模倣としてのヨーロッパ魔術における六芒星(ろくぼうせい)……それらの中心が、土偶? なんとも統一感に欠ける眺めですね。魔術的な知識もなく適当にやっているのか、それとも……」

 

 加えるなら、取引したばかりの場所で何らかの儀式を行なおうというのも、どうも性急な話に思えた。

 それほど復讐とやらを急いでいるのか。あるいはこの場所に何らかの意味があるのか――源平だか応仁の乱だかの古戦場だったとは小耳に挟んだことがある、その怨念なり霊力なりを利用しようとしたか。それとも歴史には残されていない、国津神の血が流された場所ででもあったのか――。

 

満月がそう考えるうちにも、眼下ではのり子が指輪をはめた手を掲げ、宣言するように言葉を発していた。

神魔(じんま)どもよ、ソロモン王が秘術に封じられし七十二柱の悪魔、あるいは堕ちたる神々よ。至高の名において我は命ずる、アドナイ・エル・エロイム・エロア・テトラグラマトン――」

そこで言葉を切り、喰らいつくように犬歯を剥いて笑った。

「――などと、長々と言葉は連ねまいよ。まつろわぬ者たる我は待った、天津神どもの喉笛かき切る時を! 我らとは何の因果も無き、貴様らもしかし待っただろう、封を解かれ思う様力を振るう時を! 我が前に来たれ、喜べ! 息が枯れ血が枯れ果てるまで力を使わせてやる、我が復讐にその手を汚せ! ()()よ、七十二柱より我が求めし六柱! ガミジン、ブネ! バティン、セエレ! アンドロマリウス、及びナベリウス!」

 

 六つの名が呼ばれると同時。のり子が中心に立つ六芒星(ろくぼうせい)の六つの頂点、それぞれの先に(くら)く青い炎が上がった。それがかき消えたとき、そこには馬の頭部をした者、翼を(そな)えた黒竜。人間に近い姿をした三体――これらはいずれもマントに身を包み、目深にかぶったフードに顔を隠していた――。そしてもう一体、三つ首の大(がらす)

六体の悪魔――神魔(じんま)が、そこに顕現(けんげん)していた。

 

 満月は無言で眉間にしわを寄せた。

 いつの言うとおり、術式としてはあまりにちぐはぐだったが。天津神への復讐――広間での口振りからして、復讐とやらの対象は直接的な意味での神ばかりではない。古代に天津神の勢力が作り上げた王朝を(いしずえ)とする、今のこの国をも指すらしい――という大目的を奴は口にした。

 そして今、こうも言った、七十二柱の悪魔のうち六体を求めた、と。無論復讐のためであろうが、なぜその六体を、いったい何をしようと――。

 

 考えるうちにも、階下ではのり子が声を飛ばしていた。

「よく来た、そう(ねぎら)いたいところではあるが。時が惜しい、早速動いてもらうぞ。ガミジン、ブネ! 祭壇へと降霊(こうれい)させよ、我が同胞たる国津神らを! 先住の地を護ろうとしたそれだけで、天津神どもに蹂躙(じゅうりん)された哀れな者どもの魂を! バティン、セエレ! まつろわぬ者どもの魂は数多(あまた)だ、貴様らも召喚を補佐せよ!」

 

 馬の頭をした者と黒竜がうなずき、祭壇の前へと進み出る。人型の者のうち二体が付き従った。

 

 いつが小さく声を上げた。

「そうか……聞いたことがあります、ソロモン七十二柱の悪魔にはそれぞれに能力があると。確か先の二者は死者の霊を呼び出すことに長け、後の二者は多くの人や物を、瞬時にあるいは高速で移動させる力があったはずです」

 

 ふん、と満月は息をつく。

「なるほどな。お仲間の霊を呼び出して一緒に復讐する、ソロモンの指輪と悪魔どもはそのための手段ってわけだ。ふぅん、登美(とみ)のり子って奴は齢の割に寂しがり屋なんだな」

 

 適当なことを口にしつつ、満月は階下に鋭く視線を投げていた。

 あの四体には霊を召喚させるとして、残り二体は何だ。ただの護衛か、それとも。そして祭壇の中心にある、土偶は? 

 

 考える間にも四体の悪魔は祭壇に向かって(こうべ)を垂れ、祈るような声を上げていた――低くうねり、時に高く響く声は、いったい何と言っているのか見当もつかなかった。人間の言語よりもむしろ雷の轟きや波の音、木々の葉擦れや虫の音に似ていた――。

 声のうねりがいっそう高まり、注連縄(しめなわ)が揺れ四方の笹竹が震え出す。それらがやがて青紫の燐光をまとい、弾ける火花を上げ始めたとき。

 登美のり子は空を打つように、指輪をはめた拳を掲げた。

 

「来たれ国津神よ! この地にかつて(さきわ)っていた者ども、そして討たれ(おとし)められ、(こぼ)れ落ちたる神々よ! 我が呼び声が聞こえるならば()よ、遠き地の底からでも這い上がり()よ! 蛍火(ほたるび)の如く(かがや)く神よ、蝿声(さばえ)なす邪神(あしきかみ)よ!  荒振(あらぶ)道速振(ちはやぶ)る神どもよ、今ここに集いその力一つへ束ねよ、その恨みその魂ごと、天津神とその子らに打ちつけよ! 顕現(けんげん)せよ大いなる禍神(まがかみ)、その名は……『アラハバキ』!!」

 

 その宣言と共に、まるで暴風に吹かれたように。注連縄(しめなわ)と笹竹がちぎれ飛ばんばかりに揺れ、白い燐光と紫の電光を放ち出す。

 それらの光が祭壇の中央で球状に集まり、膨れ上がり、さらに光が強まり。

 か、と破裂するような音と共に、辺りを閃光が白く包む。

 

「ぐ……!」

 登美のり子は両手を顔の前に掲げて目をつむる。

 階上の満月らさえ、とても目をつむらずにはいられなかった。

 

 やがて光が収まったとき、紫の電光が残滓(ざんし)のように時折走る祭壇の中には。

 

「く……!」

 学帽を目深にかぶり、刀を帯びた学生服の男。

 

「何が起こった、ここはいったい……大丈夫か、ライドウ」

 男にそう呼びかける黒猫。

 

 そして。

「ずっどおおおぉぉん! ぅおれの時代がキタぁぁぁぁ! ぅおまえは青か? 黄色い青かあああああっ!!」

 わけの分からぬ言葉を叫ぶ、等身大の土偶――の姿をした神魔らしきもの――がいた。登美のり子の用意していた土偶を踏みつけ、粉々に蹴散らして。

 

 

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