デビルサマナー葛葉ライドウ 対 神魔狩りのツクヨミ   作:木下望太郎

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第四話  葛葉ライドウ、将来の世に転移したる顚末

 

 ――その百年近く前、あるいは異なる時間軸にて。

 ――大正二十年(・・・・・)

 

 帝都の外れ、志乃田(しのだ)の山中から見上げる空は、夜と夕とをないまぜにしたような色だった。東から押し寄せる夜の(あい)色に、西に燃え残る(あかね)色が抗っているかのような。月といくつかの星が急かすように白く輝く一方、西空の雲は未だ()き火のように赤黒く(くすぶ)り続けている。

 黄昏(たそがれ)時――()(がれ)時。赤と黒との差異が、誰も彼もの区別が消える時。人と人ならぬモノが出逢う、逢魔(おうま)が時。

 

 定めて今の自分のようだ。葛葉(くずのは)ライドウはそう思いながら、またも学帽の下で脂汗を拭った。草深い境内の中、引きずるような歩みを進める。一歩、また一歩。そして次の一歩が、大きくよろめく。

 

「ライドウ先輩!」

 

 召喚師(サマナー)の後輩たる少女、凪が駆け寄り、手を差し伸べようとするが。

 

 ライドウは押し止めるように掌を向けた。

「必要ない。……手を貸してもらうつもりはない」

 

 凪は寸前で立ち止まったが、そこから身を引こうとはしなかった。わずかに潤む、青い瞳をライドウの背に向ける。

「ですが、そのままではあまりに危険なカテゴリ……!」

 

 学生服の袖で再び脂汗を拭い、荒い息をつき。ライドウはまたも歩き出した。

「手出しをしないでほしい。これは、自分の役目……自分一人の、(ごう)だ」

 

 懐に手をやる。取り出したのは数本の黒い封魔管。ライドウが使う管と同種のものだったが、今手にしているものはまるで内から焦げたように、闇が染みついたかのように黒かった。

 その管から(にじ)み出す黒いもやが、重くライドウに()しかかり。粘く脚へと絡みつき。冷たく肌の上を滑り、体温を吸い。肉へ骨へと、染み込もうとする。ライドウの身を内から(きし)ませ、細胞の一つ一つを裂こうと暴れ回る。

 

「……っ!」

 歯を噛み締め、ライドウはまた足を引きずる。

 背を向ける訳にはいかない。後輩に背負わせることはできない。

 今背負っているのは正に自分の(ごう)。管の中に在るのは、かつてライドウが手にかけた者たちだからだ。

 

 

 ――国家と世の安寧を人の世の影より護る組織、超國家機関ヤタガラス。そこに属する悪魔召喚師(デビルサマナー)、葛葉四天王の一人。それが十四代目葛葉ライドウ。悪魔を駆り、人に仇なす悪魔を討つ者。

 

 かつてライドウは帝都を護る任務の中で、超力兵団を名乗る者たちと刀を交え、その黒幕たるスクナヒコナら国津神を斬り伏せた。

 彼らは(いにしえ)の時代にこの国を領していた神々であったが、天津神勢力に敗れ、あるいは排斥されあるいは(おとし)められてその勢力下に加えられた。その復讐としてもう一人の黒幕と共に暗躍し、国家転覆を図っていたのだった。

 

 だが、とライドウは今にして思う。いや、以前から思っていた。超力兵団との戦いのさなかにさえ――その思いは、正義と任務の名の下に押さえ込んではいたが――。

 本当にこれで良かったのか、と。

 

 (いにしえ)の時代、天津神と国津神の戦い。そのいずれに正義があったのか、それともそんなものはどこにも無かったのか。もはやうかがい知ることはできない。

 だが。いずれにせよ、彼ら国津神には彼らなりの言い分があったのではないか。それを聞かぬまま討ってよいものか。それでは彼らが恨みを抱く原因となった、古代の戦いと同じではないのか。

 しかし結果として、話し合う余地も時も無く。帝都と人々を護るため、ライドウは物言わぬ刃となり、復讐者らを討ち果たした。

 

 思えば他にも、多くの戦いがそうだったのかも知れない。文明開化の中で棲家たる山を追われ、人に牙を剥く妖獣たち。異邦へ寄る辺もなく流れ着き、生きようともがく他国の悪魔たち。(ふる)き神の因習を護ろうとする人々と、その因習に拠ってしか生きられない一族。異界より流れ着いた孤独の客人(マレビト)と、彼に翻弄された人々。

 斬り払わなければならぬ脅威だったとはいえ。彼らには彼らの立場があり、言い分があり想いがあり、あるいは正義があった――そう、言い得るのではないか。

 その想いがほんのわずか、任務にて振るう刃を鈍らせていた――そう感じていた矢先。

 新たに与えられた任務は。かつて超力兵団との戦いの中で手にかけた国津神、彼らの怨霊が封印された管の回収。及び、ある特別な方法を以ての、それの始末だった――。

 

 

 そして、今。

 名も無き神社の境内に新たに設けられた、猛獣を入れるような檻。荒い息をつきながらライドウはその中に入り、数本の黒い封魔管を床面に置く。

 外へ出、檻の出入口を閉める。見世物のように檻の中に取り残されたのは黒い封魔管、そして。一抱えもある土偶。

 

 超力兵団事件の後、国津神の魂の残滓(ざんし)はヤタガラスの手の者により封印され、時間をかけて術式により鎮魂されるはずだった。

 だが、国津神の怨念は封魔管をも黒く焦がし、周囲に霊障を溢れ出させた。

 ライドウに課せられた任務は『国津神らの封魔管の回収』及び『()る方法でのそれら霊威の無力化』。

 その方法とは。

 

 境内の遥か下、長い石段を下った辺りから声が聞こえた。

「葛葉ぁー! 実験の準備はよいかぁー!」

 開けた草原の中、大振りな黒い天幕(テント)――まるで曲馬団(サァカス)でも来たかのようだ――の中にいる、病的に白い肌をした、白衣姿の白髪の男。

 Dr.ヴィクトル。悪魔と悪魔を融合させ、さらに強力な悪魔を生み出す秘儀『悪魔合体』の開発者であり悪魔研究の第一人者。

 訳あって日光の下を歩けぬ身と称する彼は、大振りな黒い帽子を入念にかぶり直した。手袋をはめた手を擦り合わせた後、指揮棒を振るうように手を掲げた。

「さぁてさてさて……いよいよ吾輩の偉大なる研究が新たな一歩を踏み出す時が来たのだ! その歴史的瞬間を目にする光栄に打ち震えるがいい……その新技術の名は――『封印合体』!」

 

 いわく。あまりに強大過ぎる神的存在や怨霊を、封印呪物に融合させることで大幅に弱体化させることが可能となる、それが封印合体。

 その秘儀を利用し、国津神らの怨霊を一体の悪魔へと合体させつつ弱体化。そこをライドウが討つ――それが、今回の任務。

 そして今回利用する封印呪物は、土偶。

 

 それを用意したヤタガラスの使いいわく、土偶の姿を以て表される国津神『アラハバキ』は一説に、多くの土着勢力に信仰された存在。故に、国津神らを合体させ――いわば彼らの怨念の集合体として――一体の悪魔・アラハバキと化す。

 そして、その媒体となる土偶には鎮魂と弱体化の魔力がヤタガラスの者らによって込められている。手に負えぬ複数の怨霊を、封印合体によって弱体化させられた一体の悪魔と化し、祓魔(ふつま)の力を持つライドウの刀で討ち(はら)う――それが今回の任務。

 

 本来なら、悪魔合体を行なう施設は筑土町(つくどちょう)の古道具屋、金王屋(こんのうや)の地下にあるヴィクトルの研究施設『業魔殿(ごうまでん)』であるのだが。

万が一のことがあればまつろわぬ悪魔が帝都に放たれることとなる。今回ばかりはヴィクトルを説き伏せ、ヤタガラスの管理する人けのない山中で封印合体を行なうこととした。

 

手元のレバースイッチから檻へと地を這う電線を確認した後、ヴィクトルは声を上げる。

「準備ができたなら下がっておれ、これより封印合体を開始する! ただし距離を置きすぎるなよ、合体にて生まれ出る者は敵性存在……直ちに討ち果たす必要があろう」

 

 ライドウは檻から十歩ほど下がり、檻の中の土偶と管に向き合う。

 そうして己の内だけで声を発する。

――そう、討つ。それが任務、それが役目。それが正義。

――だが……本当にそうか。他の道を探ることは悪なのか、たとえば現出したアラハバキを説き伏せ、その怒りを和らげることは。たとえば、仲魔とすることは。

 

 傍らで黒猫、ゴウトが言う。

「ライドウ。……任務を、忘れるなよ。帝都を(おびや)かす悪魔の調伏(ちょうぶく)、それが役目だ」

 

「……ああ」

 学帽を目深にかぶり直す。

 

 緩く巻いた黒髪を揺らし、凪が駆け寄る。

「先輩。この戦い、私もお手伝いさせていただくプロセスを希望し――」

 

 ライドウは再び手を向け、押し留めた。

「必要ない。自分の役目だと言ったはずだ。……そこで、見ていてほしい」

 

 うなだれた凪が境内の端に下がるのを確認してから、ライドウは手を掲げ、ヴィクットルに合図をした。刀の柄にも、胸のホルスターに自分の封魔管と共に納めた銃にも、未だ手をかけてはいなかった。

「頼みます」

 

 再び指揮者のように手を打ち振った後、ヴィクトルがレバースイッチに手をかけた。

「封印合体……始動!」

 

 地を伝う電線からわずかに火花が上がったかと思うと、檻全体に電光が走り、火花が散った。

 紫の電光と白い火花はやがて檻の中央、土偶と管を丸く包むように収束していき、だが電光はなおも強く。檻全体が、弾けそうに震えていた。

 さらに強くなる震動に、耐えかねたようにいくつかの鉄格子が外れ、隅の溶接部分が砕け。やがて紙細工ででもあるかのように、檻の天井が弾け飛び、四方の鉄格子が地面へ倒れた。

 風の渦巻く中、電光の中央では。その身の内に黒い封魔管を吸収した土偶が内から膨れ上がり、等身大の大きさへと変化していた。

 

 土偶は粘つくような声を上げた。

「ぅおれはぁ……国津神アラハバキ……ぅおれを、呼ぶのは……誰だあああっっ!!」

 

「自分だ」

 風圧にマントをたなびかせ、ライドウは前へ出た。刀の柄に手をかけぬまま。

「自分は悪魔召喚師(デビルサマナー)、名は十四代目葛葉ライドウ。帝都を、この国を護る者だ」

 

 ゴウトが声を上げる。

「何をしておる! 早く武器を――」

 

 それでもライドウは前へ出た。

「……お前もあるいは、この国を愛する者ではないのか。話を――」

 

 未だ収まらぬ電流の中。土偶は、アラハバキは首をかしげた。耳――が形として在るわけではないが、ともかく顔の横を――探るようにあちこちへと向ける。

「お……ぉぉおおおおっっ? おっ、おっ、おっおっおっ? 聞こえる……聞こえるぞ、ぅおれを()ぶ声がぁぁ! 復讐せよ復讐せよ、()()()()よと()ぶ声がぁぁぁ!」

 

 ゴウトが声を上げる。

「いかん! ライドウ、早く――」

 

「先輩!」

 凪が小太刀を手に駆け寄ろうとする。

 

「く……っ!」

 ライドウが刀に手をかけた、そのとき。

 

 アラハバキが身を反らせて叫んだ。

「ぅおれを()ぶ声よおおおお! 確かに聞こえたぁ、確かに響いたぁぁぁ!  ぅおれは往く、ぅおまえは()べ! 異界よりの()び声よおおお……ぅおれを! 導けぇぇぇぇ! ずっっどおおおおおん!!」

 

 雄叫びと共にさらなる風が辺りを打ち。膨れ上がる紫の電光が辺りを包む。

 逃れる間もなく、ライドウはその内へと呑み込まれ、ゴウトも同様となり。凪がどうなったかは分からなかった。

 

 

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