別に神様から許される必要なんてなかった気がする。   作:ぞんぞりもす

17 / 39
高1-1

 人生とテーマパークはよく似ていると思う。大体は一人用のアトラクションなのに、実際のところ外聞も何もなく一人用のアトラクションを楽しめる人は少ないところとか、特にそう。

 複数人でも楽しめるアトラクションが好きな人は、孤独を感じやすい人な気がした。だって一人用のアトラクションを楽しむ能力がないんだから。寂しがり屋だ。

 

 僕も朝陽も、きっと一人用のアトラクションを好むたちだ。だから二人きりでずっといても、二人の孤独を寄せ集めただけの不思議な心地よさを保てる。

 

「学食だって!」

 

 記憶にある限り、高校に上がった朝陽の第一声はこれだ。入学式が終わってそうそう、彼女は、今日は使えない施設の名前を嬉々として叫んだ。

 中学からずっと、何度も机に両手を置かれてきた。朝陽は力説するときによくそうする。

 

 セーラー服でない袖余りの制服は、僕の視界には新鮮に映った。髪は腰までの長さで、僕たちを繋げた中学当時のままだった。昔よりもよく手入れされている。蛍光灯の雑な明かりにもきらきらと輝いていた。

 

「でも食堂の席ってそんなに多くないんじゃないの? それよりかは屋上とか中庭とかのほうが人いなさそうだけど」

 

「えぇ~」と朝陽は露骨にテンションを下げた。「人がいるとかいないとかじゃなくて、学食って響きに夢が詰まってるの!」

 

 朝陽の声はよく通った。同じ中学出身で固まる腹の探り合いみたいな空気をぶちぶちに裂いたせいで、周囲はぎょっとした顔で僕らを見る。

 僕らの中学からこの高校に進学したのは、僕らを除いて誰一人としていなかった。レベルが高いし遠いしのダブルパンチだったのだ。しかし朝陽はアウェーなど気にしなかった。

 

「行こうよ! 一番乗りしよう!」

「少なくとも今日は開いてないよ」

「え、なんで?」

「廊下で整列してたときに見た。君が好きそうだなーって」

「……君ってそういうところあるよね」

「ん? うん」

「うわ、絶対分かってないのに適当に返事した!」

 

 浮かれていたものの、彼女は学食を数回利用しただけで満足なようだった。人混みを嫌う僕の性分を考慮してくれたのだろう。

 

 教室だったり、中庭だったり、屋上だったり。彼女は場所のレパートリーを増やしてマンネリに対応しているようだった。また朝陽いわく、中学の給食はランチルームか保健室かの二択だったから、それよりかは世界が広がったらしい。

 昼下がりの太陽がほとんど真上から彼女を照らし、彼女は失意のどん底で笑うみたいなほほえみを浮かべる。まつげの影にすら打ち倒されそうな頼りなさがあった。

 

 

 朝陽が病院を移ったものちょうどそのころだ。緑の季節、夏がすぐそこまで来ているのだと感じさせる五月の終盤。

 入学してから朝陽の体調があまり優れないことと、病院までが遠いことが合わさって、移転しようかどうしようかなんて話になった。病院も高校もまとめて県庁所在地にしたほうが都合がいいらしかった。

 

 僕たちが進学したのは県庁所在地にある学校で、家から電車でかなり揺られる。また僕らの家から駅までもかなり遠く、日々の移動に一時間二○分とかを要した。片道でだ。田舎で市が違うというのはそういうことである。

 これが朝陽には負担だったのだ。彼女は病気にかかった植物のように、どれだけ水や肥料を与えられても、みるみるうちに元気を失った。たった二ヶ月で、もはや進学当初の覇気は見る影もなくなった。

 

「私、電車酔いは大丈夫だと思ったんだけどなぁ……東京にいたときはなんともなかったんだよ? 日差変動なのかなぁ」

 

 そこも含め本人は大丈夫だと思っていたらしいけれど、実際はきつかったらしい。

 また、朝陽の学力を考えれば地元の高校に進学させるのが惜しく、両親も反対しなかったのだと聞いた。

「田舎の弊害だ」と嘆く僕を、朝陽が「まぁ仕方ないんじゃないかな」と宥めるオーロラみたいに珍しい光景ができあがった。

 

「えっと……君が付き添いなの?」

 

 初めての診察のとき、担当医は目を丸めた。

 

「朝陽さんのご両親は都合がつかず、また、僕のほうが彼女の容態について詳細を知っているだろうと判断したそうです」

「申し訳ありません。なにぶん移転の話が急だったものですから、私の両親も休みが取れなかったみたいで……私も私の都合で有給を取ってってお願いするのは忍びなくて……ほら、私は仕事の話が分かりませんし、いま大事な時期かもって思ったら言い出せないじゃないですか」

 

 連携プレーを決める僕たちを、担当医は不気味なものでも見つめるみたいにして、まるで湖の底に深淵でも広がっているんじゃないかと疑う村人のような瞳で見つめた。

 

 県庁所在地の総合病院の担当医は若く、僕は有坂先生を思い出した。有坂先生は童顔で小柄で細身で、白衣に着られている印象だったが、この人はどちらかというと大人びている。

 年齢は同じくらいなのにぜんぜん違うな、とじっと栗原女医を見ていたら朝陽から手の甲をつねられた。

 

「え、なに、嫉妬?」

「分かってるなら惚けないで」

「合ってたんだ……適当に言ったんだけど」

「――ところで、続きを話してもいいかな?」

 

 

 最初の検査入院のとき、朝陽はベッドの上で退屈そうに、窓から見える景色を眺めた。いつもの病院とは違う景色なのだけれど、これから何度も見続けるんだと思ったら、わくわくなんてしないのかもしれない。僕もまた、窓に近づこうとはしなかった。

 なんていうか、牛肉のステーキに飽きた人に対して、豚肉のステーキ――現実にはそんなものはないが――を出しているみたいなものだ。種類は違っても憂鬱は拭えない。ましてやそれがステーキほど上等なものではないのだから、余計にしんどい。

 

 冴えないジョークを口にすることすら憚られる空気だった。

 

「この窓は東向きなんだね」

 

 朝陽が不意に口を開く。

 

「ん……あぁ、そうなの? そうか、そうだね。今は……午後だもんね」

「私は朝日よりも夕日のほうが好きなんだけどなぁ――ていうかその反応、前のとこが西向きの窓だったって分かってなかったでしょ」

「うん。気にしたことなかった」

「入院する身からすれば重要なんだよ? 自室みたいなものだし。窓の向き一つで風が吹いてくるかどうかとかぜんぜん変わってくるんだから」

 

 僕には朝陽の言葉がひどく悲しいものに感じられた。太陽のせいで余計に寒く感じられる冬の日みたいに、明るい口調は冷酷に僕を刺した。

 物語の登場人物で、たとえば殺人に慣れちゃった人を見たときとよく似た感傷だった。入退院や殺人に慣れてしまう境遇に対して悲しんでいるのだと思う。僕がそんなことをしたってしょうがないのに。朝陽の助けになんてなれないのに。

 

 痛みを肩代わりしてやることができないのなら、悲しく思ったって無駄である。悲しく思うことすら僕の身勝手だ。

 

 かけるべき言葉を見つけられずに黙っていると、朝日は再び口を開いた。このときの彼女は、ぽつりぽつりと琴の弦を弾くみたいな静けさの塊だった。

 

「君と一緒にいる時間、減っちゃうかもね」

「どうして?」

「え、だってここにいたら帰る時間遅くなっちゃうから。君のご両親が帰るついでに拾ってもらうみたいなこともできないわけだし、電車しかないでしょ? ねぇ。どうしてそんなに意外そうな顔してるの? 私なにか変なこと言った?」

「……いや、珍しくまともなことを言われているから開いた口が塞がらない」

「縫い合わせてあげようか?」

「玉止めもできない人がなんか言ってる」

「なにをー!」

 

 朝日は僕の手首をがっちりと握る。込められた力の分だけ心の熱が伝わってきたような気がした。徐々に熱は引いていった。

 

「私はここにずっといるの、別に悪いことだとは思ってないんだよね」

 

 僕は一度扉を振り返り、廊下の物音に耳を澄ませてから口を開く。

 

「家は居心地が悪い?」

「そんなことは……どうだろうね。ずっと監視されてるのは気が滅入っちゃうかも」

 

「そういうんじゃなくて」と朝陽はベッドを叩いた。座れということらしい。朝陽に背を向けるようにして僕は座った。

 体重を受けたベッドはわずかに沈んだ。このベッドは向こうの病院のとは違うんだな、と無意識に思ってしまって、遠いところまで歩いたような疲労感と寂しさがこみ上げる。

 

「私の両親、これからかなり忙しくなっちゃうみたいで。私の体調も中学のときほどはよくないし、だから家にいても君かカメラかに見てもらわないといけないっぽくてさ。それが避けられるなら、看護師さんが常駐してるここでもいっかな、って」

「僕の監視も君には負担か」

「もう。そういう意地悪言わないでよ。一人の時間も必要だってのは、私たちの間で合意が取れてると思ってたんだけど?」

「……人と一緒にいると、それがどれだけ親しい人であっても息苦しさがあるからね」

 

 朝陽は彼女の目を見ることができずにいた僕の手を優しく包みこんで「ね」と笑った。僕を撫でる朝陽の手つきは始終優しかった。

 その雰囲気と同じくらいの語調で、朝陽は沈黙をそっと開いた。

 

「悩み事話してもいい?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。