おじさんが魔女裁判に連れてこられてしまったときの話 作:長雪 ぺちか
[花畑]
大魔女が顕現し少女たちの魔女因子が失われたことで島からの脱出が許される。
それにより、少女たちは元の生活に戻るかどうかの選択を迫られることになった。
牢屋敷に集められたのは何かしらのトラウマのある少女たちだ。
当然ながら、元の生活に戻りたくない者もいる。
既に牢屋敷から少し離れた草原に迎えのヘリが着陸しているのが見えていた。
《城ケ崎ノア》
「やっとお家に帰れるねー。画材が足りなくなってたからよかったかも」
《夏目アンアン》
「ノアの心配事はそこなのか」
《城ケ崎ノア》
「のあはクリエイターだからねー。商売道具が奪われるのは困っちゃうんだー。アンアンちゃんも何か作ったりしないの?」
《夏目アンアン》
「わ、わがはいは……」
《夏目アンアン》
『小説を書いている。本当に少しだけど』
《城ケ崎ノア》
「えー!そうだったんだー。じゃあ、のあが挿絵書いてあげるよー」
《夏目アンアン》
「恐れ多すぎる! だ、だが……ノアの絵に見合う物語を書けるよう努力する」
《夏目アンアン》
「わがはいは絶対この世の文学賞を総なめする文豪になってやる。待っていろノア……!」
城ケ崎さんたちが互いを鼓舞しつつ、迎えのヘリに搭乗していった。
◇
蓮見さんは修学旅行の班長のように、他の帰宅組の少女たちをまとめていた。
《蓮見レイア》
「帰宅組は忘れ物等ないだろうか! 一度島を出れば二度とは戻れないだろう。最終確認を忘れないようにしていただきたい!」
《沢渡ココ》
「忘れ物って……そんなの普通になくね? だってあてぃしらここに私物とか持ち込んでなかったじゃん」
《蓮見レイア》
「確かにそうであったね。ただ、ヒロくんが万年筆を持参していたように何かを持ち込んできた人もいるかもしれない」
《紫藤アリサ》
「二階堂のあれは大魔女の依代だったから例外なんじゃないか。少なくともウチは私物は……」
《黒部ナノカ》
「…………失くしたわ」
《沢渡ココ》
「は?」
《黒部ナノカ》
「私のリボン。紫藤アリサ、まさか盗んでなんてないわよね」
《紫藤アリサ》
「……は? ウチが盗むわけねえだろ」
《黒部ナノカ》
「他に盗みそうな人がいないわ。最初に疑われる自身の素行を恨みなさい」
《紫藤アリサ》
「……ンだと!」
《黒部 》
「なのちゃん、はいこれ」
《黒部ナノカ》
「………………………………」
《紫藤アリサ》
「何か言うことあんじゃねえのか」
《黒部ナノカ》
「……疑って悪かったわ」
《沢渡ココ》
「ぷぎゃー! ナノカ顔真っ赤じゃん! 案外天然ちゃんかよ〜」
《黒部ナノカ》
「…………早く帰りましょう」
《蓮見レイア》
「では行くとしよう。ヒロくん、エマくん! こっちに戻ってきたら是非連絡して欲しい! 君たちと再会できるのを楽しみにしているよ」
《二階堂ヒロ》
「分かった。エマも連れて会いに行こう」
そう言って蓮見さんたちはヘリへと消えていった。
◇
《橘シェリー》
「皆さんそれぞれ進路が違うようですねー。ハンナさんはどうしますかー?」
《遠野ハンナ》
「わたくしは……今は島に残ろうと思いますわ。飽きたら元の生活に戻ろうと思います」
《橘シェリー》
「じゃあ私も残りますね。私も特に帰ってもやりたいこととかないので! あー、でも暇すぎて困ってしまう可能性もあるかもしれません。外から小説とかを送ってもらうことはできるんでしょうか?」
《遠野ハンナ》
「できるかもしれませんわね。屋敷で食べていた食料は外部から持ち込まれていたわけですもの」
《橘シェリー》
「だったら良いですね! 無理だったらハンナさん何かゲームでも考えてください!」
《遠野ハンナ》
「そんな無茶振りですわ! でもまあ……暇つぶし程度に裁縫でしたら教えられますから、それで勘弁しなさい」
《橘シェリー》
「それは良い考えですね! 帰っちゃった人達の人形を作りましょう! きっとこれで寂しくありませんね!」
◇
《おじさん》
「君は帰らなくて良いのかい、宝生さん」
《宝生マーゴ》
「あら、アナタが話しかけてくるなんて意外ね」
《宝生マーゴ》
「私はそうね。まだ帰らないわ。ここでの生活を楽しみきれていないもの」
《おじさん》
「確かにそういう考え方はあるね。図書室の本を調べるときは注意してね。一応、黒部さんたちと危険な本は分かるように仕分けしておいたから」
《おじさん》
「それと、もし元の世界に戻ったときに身寄りがなかったらおじさんに連絡して。多少は力になれるはずだよ」
《宝生マーゴ》
「…………お節介なおじさん」
《おじさん》
「あはは……返す言葉もないよ」
《宝生マーゴ》
「褒めているのよ。私、この島に連れてこられて良かったわ。たくさん可愛い女の子と一緒に生活できたし、住み心地も悪くない……」
《宝生マーゴ》
「それに、アナタみたいな大人もいるってことが知れて良かった。それだけ」
《おじさん》
「それは良かった。では、島での生活を楽しんでね」
私がそう言うと、宝生さんは他の少女たちの見送りへと向かった。
◇
入れ違いに氷上さんが私の元へとやってくる。
どこか寂しそうな顔で彼女は口を開いた。
《氷上メルル》
「おじ様……ここでお別れですね」
《おじさん》
「そうだね。まあそんな悲しむこともないよ。5年後にでも島の外で会おうね」
《氷上メルル》
「でもっ……5年もしたらおじ様はもう……」
《おじさん》
「いやいや! 流石に5年じゃまだおじさんは死なないよ! 少しは老けてしまうかもしれないけどね……あはは……」
《氷上メルル》
「私、時間の感覚がよく分からなくて……5年くらいでは人間はそんなに変化しないんですね」
《おじさん》
「いや、二階堂さんたちくらいの年齢だったら5年間で随分変わると思うよ。おじさんはもう十分おじさんだから、そこまで変化はないだろうけどね」
氷上さんと別れの挨拶をしていると、音もなくフワリと大魔女様が飛来する。
どうやら交渉は上手くいったようだ。
《月代ユキ》
「おじさん、貴方の言う通りに事は進みましたよ」
《月代ユキ》
「私の魔法を対価に、島での生活を保証する──人間らしい小賢しい計画ですね」
《おじさん》
「あはは……それは褒められているのかな。とにかく上手くいってよかったよ」
島を出るにあたり、私は大魔女様にひとつ助言をした。
それは『大魔女の魔法を交渉材料に日本政府にここでの生活を保証してもらう』ということだ。
私は長らく島が地中海近くにあると考えていた。
確かにかつてこの島は欧州にあったようだが、現在は大魔女様の魔法で島ごと移動し日本海のどこかに位置しているらしい。
思えば牢屋敷に連れて来られる少女たちが全員苗字を持っていることから、島を管理しているのが日本であることはほとんど疑いようがなかったのかも知れない。
そして管轄が日本であるというのは非常に都合がいい。日本は憲法によって、他国への侵略が封じられている。そのため、大魔女という最強の盾を持っていても国際上そこまで問題になりにくい数少ない国家であるとも言える。
日本以外にも例えば永世中立国を謳っているスイスやオーストリアなどもこれに当たるが、大魔女が欧州より迫害を受けていたことがほぼ確定していることを考えると、彼女の心情的にもほとんど最良に近い結末になったのではないかと思う。
《おじさん》
「ちなみに、大魔女様の力で一国の力を無力化する事は本当にできたりするのかな」
《月代ユキ》
「疑っているのですか? それができるからこそ、私は脅威に思われていたのではありませんか? 今この瞬間、私の気分次第で人類を滅ぼすことだってできますよ」
《おじさん》
「あはは……ごめんね。少し疑っていたよ。でも、それはしないんだよね?」
《月代ユキ》
「ええ。くさいセリフになりますが、愛は世界を救うようですね」
大魔女様はそう言って氷上さんの頭を撫でた。
さて、そろそろ私も帰るとしようか。
《おじさん》
「それじゃあ、おじさんはそろそろ帰るよ。2人とも元気でね」
《氷上メルル》
「おじ様っ! また会えますよね? 絶対絶対会えますよねっ!?」
《おじさん》
「もちろん。氷上さんは大切な友人なんだから。それもで心配なら約束をしようか」
私は氷上さんに小指を差し出す。
約束の方法は流石に氷上さんも知っていたようで、彼女は私と小指を結んだ。
《おじさん》
「私は必ずまた氷上さんに会いに行くよ。おそらくは島の外でになるけど、もしかしたら島の中かもしれない。方法は問わず、私は君に再会することを約束する」
《氷上メルル》
「おじ様……こんなのただの子供の約束です。口約束です」
《おじさん》
「確かにこれは口約束だね。だけど……約束は約束だ。そして私はそれを必ず守る。守らずにはいられない性分とでも言おうか」
《おじさん》
「だってルールを守ることが、おじさんをおじさんたらしめているからね」
氷上さんはクスッと笑う。
《氷上メルル》
「そうでしたね。おじ様はそういう人でした。おじ様のそんなところが……大好きですっ!」
《月代ユキ》
「……………………」
大魔女様、人を殺しそうな目で見るのはやめていただきたい。
《氷上メルル》
「でも少し皮肉ですね。おじ様は自由に生きるためにルールがあるとおっしゃっていましたが、なんだかおじ様は決まりに縛られて不自由になっている気もします」
《おじさん》
「そんなことないよ。本当の自由というのはね、ルールの中にしか存在しないんだ。ルールのない中の自由というのは、ただの無秩序だからね」
《おじさん》
「だから氷上さん、月代さん。屋敷のルールはちゃんと作っておいた方がいいよ。これからも君たちは長い時を過ごすんだ。ルールがあった方がきっと楽しめるよ」
牢屋敷での生活を振り返る。
私には昼は図書室で大魔女について調べ、夜は医務室で眠るという規則があった。
一度、桜羽さんが風邪を引いたときに私は図書室で眠った時があったが、あのときは少しワクワクしたのを覚えている。
あのワクワクは、一定の規則があったからこそ生まれたものだったはずだ。
きっと少女たちも同じように、牢屋敷にルールがあるからこそ健全に過ごせていたという面はあったんだろうと今になっては思う。
《氷上メルル》
「そ、そうですねっ! 大魔女様……ルールを決めていただいてもいいでしょうか……?」
《月代ユキ》
「構いませんよ。メルルが望むならそうしましょう。おじさん、何か助言はありますか?」
《おじさん》
「おじさんに振るのかい。そうだね……まずは生活のルーティンを決めた方がいいと思うよ。曜日ごとにすることを決めるんだ。例えば掃除とか洗濯とか、“楽しいこと”とかね」
《月代ユキ》
「……それはいいですね。メルル、週5回までにしましょう」
《氷上メルル》
「…………?」
氷上さんは首を傾げる。
5年後、氷上さんがどんな子になってしまっているのかとても心配だ。
《城ケ崎ノア》
「おじさーん! そろそろ出発するってー」
遠くから城ケ崎さんの声が届く。別れの時間が来たようだ。
《おじさん》
「私はもう行くよ。また次に会える時、たくさん島での話を聞かせてよ」
《氷上メルル》
「はいっ! 大魔女様が帰って来ましたから、きっとたくさん思い出ができると思います。おじ様に話せる日が楽しみですっ!」
《おじさん》
「それはこちらとしても楽しみだ。それじゃあ氷上さん」
私は彼女に手を伸ばす。彼女は両手でその手を包み込んだ。
《おじさん》
「じゃあね、氷上さん。また会おう」
《氷上メルル》
「はいっ! 絶対また会いましょうね」
そうして私たちは別れを告げる。
約1ヶ月ほどの牢屋敷での生活。
たった1ヶ月だが、とても刺激的な時間だった。
きっとこの体験を生涯忘れることはないだろう。
こうして手違いで連れてこられてしまったおじさんの物語は一旦幕を閉じるのだった。
*
[駅前]
目隠しと耳栓をさせられたまま帰路につく。
どれくらいの時間が経ったのが分からないが、体感半日以上の長旅の末、気付けば事務所の最寄駅の近くに私は送り届けられた。
しばらく身体の自由が奪われていたこともあり、私は大きく伸びをした。
遠くにオレンジ色の夕陽が見える。
行き交う人の波を前にして、私はこの久しぶりの雑踏に感動を覚えていた。
《おじさん》
「ついに帰ってきた……! ああ……事務所はどうなってるかな……憂鬱だ」
1ヶ月も留守にしてしまえば、当然問題は山積みになっているはずだ。今からその処理をしなければならないと思うとどうしても気が乗らなかった。
うだうだいっても仕方ない。気を取り直して事務所へ向かおうとしたところで、後ろから声がかけられる。
聞き馴染みのある、少し高めの可愛らしい声だった。
《佐伯ミリア》
「先生……?」
《おじさん》
「佐伯さん。今帰りかい?」
《佐伯ミリア》
「えええええ!? 本当に先生だ!?」
《佐伯ミリア》
「先生! どこに行っていたんですか!? 突然1ヶ月もいなくなるなんて……」
《佐伯ミリア》
「捜索願いまで出したのに全く見つかる様子もなくて……本当に心配したんですから。でも本当に見つかってよかったですよ……あはは……」
《おじさん》
「まさか探してくれていたのか。あはは……それは心配をかけたね、佐伯さん」
《おじさん》
「おそらくだけど、その捜索願いは受理されていないよ。まあ、なんというか国の陰謀的なやつに巻き込まれてね」
《佐伯ミリア》
「ええええっ!? 陰謀って……先生ってそういうこと言う人でしたっけ? ちょっと意外というか……」
《おじさん》
「それを君が言うのかい君が。現にそういうオカルトに両足突っ込んでいるよね」
《佐伯ミリア》
「それは……そうかもしれませんけど……」
佐伯さんは少し恥ずかしそうにそう返す。
ただのおじさんが国の陰謀とか言い始めたら心配になるだろうが、彼女自身【入れ替わり】の魔法を持つ魔法少女。
彼女の方が、よほどオカルトめいた存在だ。
《佐伯ミリア》
「そうだ! 先生がいない間、チラシ処理とメールの対応やっておきましたよ? 事務所は今休業中ってことにしてるんですけどこれで良かった……」
《おじさん》
「本当かい!? いやあ……本当に助かるよ。今から事後処理をしないといけないと思うと本当に憂鬱だったんだ!」
《佐伯ミリア》
「ちょ……先生近いです……」
《おじさん》
「ああ、ごめんね。おじさんが年頃の女の子の手を握るなんて普通に嫌だよね、あはは……向こうでの生活で感覚が麻痺したようだ」
《佐伯ミリア》
「そういうことじゃ……って、先生その口ぶりだと失踪している間に女の子と手を繋ぐのが普通な生活をしていたんですか?」
《おじさん》
「えっ……ああ…………どうだろうね」
煮え切らない返事をすると、佐伯さんはぷくーっと頬を膨らます。
機嫌を損ねてしまったか。
心配して仕事の処理までしてあげた相手が、失踪中に女の子たちと共同生活を送っていたなんてことを知ったら不機嫌にもなるだろう。
《佐伯ミリア》
「先生、ちゃんと説明してもらいますからね。先生のいない間、先生のためにたくさん働いたんですから。私にはその権利があります」
《おじさん》
「あはは……分かったよ。それじゃあ事務所に向かいならが話すとしよう」
私の顔を覗き込むようにして佐伯さんは笑顔を向ける。
《佐伯ミリア》
「先生、楽しそうですね」
《おじさん》
「そう見えるかい? まあ確かに気分は高揚しているかもしれないね。年甲斐なく、刺激的な体験をしたから」
《おじさん》
「長い話になる。さて、どこから話そうか。そうだ。まずはこの物語のタイトルから話そう」
《おじさん》
「これはおじさんが魔女裁判に連れてこられてしまったときの話だ」
そうして私たちは夕陽に向かって歩き出すのだった。
おしまい。
およそ2ヶ月ほどお付き合いくださりありがとうございました! これにて完結となります!
この後はこの世界線で短編を追加で書くか、部分的に修正してブラッシュアップしていく予定です。
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