おじさんが魔女裁判に連れてこられてしまったときの話 作:長雪 ぺちか
《橘シェリー》
「一体なんだったんでしょうか」
《遠野ハンナ》
「そ、そうですわね……わたくしもおじさんの言っていたことはさっぱりですわ」
おじさんの残した言葉に疑問を持ちながら、2人の少女の間にしばらくの沈黙が訪れる。
お互いの辛い過去を知った今、互いに傷つけまいと慎重になっていた。
《遠野ハンナ》
「シェリーさんもその……人を殺していたのですわね」
《橘シェリー》
「はい、でも正当防衛です。ハンナさんもそうですよね? わざと妹を殺すような人ではないと、私は分かってます!」
《遠野ハンナ》
「わたくしは……」
ハンナはギュッと拳を握る。
数秒の間をあけて、彼女は唾を飲み込んだ。
《遠野ハンナ》
「妹の死について、おじさんにも擁護されましたわ。わたくしが直接手を下したわけじゃないし、その責任は母にある。それに、赤ちゃんの突然死?なんとかで、わたくしの力ではどうしようもなかった可能性も教えてもらいました」
《橘シェリー》
「乳幼児突然死症候群でしょうか? なるほどー! それでハンナさんの心は救われたんですね!」
《橘シェリー》
「私もおじさんと同じ意見です。ハンナさんは妹を殺してなんかいない。そう思います!」
《遠野ハンナ》
「…………違うんです」
どこか儚げな表情を浮かべるハンナに、シェリーは思わず後退りをする。
謝罪を口にする前に、ハンナは言う。
《遠野ハンナ》
「確かに、妹の死はわたくしのせいじゃないかもしれませんわ。それでも……」
《遠野ハンナ》
「わたくしはその死を背負わないといけない……そう思いますの」
《橘シェリー》
「……そうなんですね」
頭のキレるシェリーはそれがどのような選択なのか理解していた。
そして、それが彼女の心をどれだけ傷つけるのかも。
《橘シェリー》
「……ハンナさんに背負いきれますか?」
シェリーはおそるおそる聞く。
彼女にはひとつの解決法があったが、それをすることでハンナが変わってしまうことに恐怖があった。
自覚なく震えていた指をおさえ、ハンナの反応を伺った。
《遠野ハンナ》
「難しいと思いますわね。わたくし、この牢屋敷に来てから少しずつ魔法が強くなっていましたの。シェリーさんはご存知だったでしょう?」
《橘シェリー》
「……はい、もちろん気付いてました。ずっと一緒にいましたから」
《遠野ハンナ》
「きっと、わたくしには抱えきれなかったんだと思いますわ。全く、情けねーですわね」
《橘シェリー》
「だったら……!」
拳を強く握り語気を強めるシェリーを遮るように、ハンナは続ける。
《遠野ハンナ》
「それでも、わたくしは背負いますわ。そして、次の生活ではもう同じ過ちを繰り返さない……!」
《遠野ハンナ》
「それがわたくしの罪滅ぼしになると……おじさんは言っていましたわ」
覚悟を決めた様子のハンナに、シェリーは気圧される。
そして、強く固めた拳を解き安堵した。
《橘シェリー》
「……そういう解決の仕方もあったんですね。私では思いつきませんでした」
《遠野ハンナ》
「で、ですからシェリーさん……わたくしを……」
ハンナは顔を赤くしてもじもじと少し伸びてしまった爪をもてあそぶ。
しばらく迷った後、ハンナは彼女の手を取った。
《遠野ハンナ》
「……家族にしてくださいまし!」
《橘シェリー》
「…………!?」
予想外の告白にシェリーは驚きを隠せずにいた。
突然の親友の行動を理解するべく彼女は大急ぎで思考を巡らせる。
数秒の後、結論に辿りつく。
多少の動揺を押し殺し、彼女はいつも通りの明るい自分でいるよう努めて続けた。
《橘シェリー》
「わかりましたー! この名探偵シェリーちゃんにどーんとお任せあれ!」
《橘シェリー》
「つまり、ハンナさんは私に妹の代わりをつとめて欲しいってことですよね?」
《橘シェリー》
「家族ごっこはちょっと嫌ですけど、ハンナさんの頼みですから! 妹さんの役を完璧にこなしてみせますー!」
《橘シェリー》
「うーん、でもやっぱり私の方がお姉ちゃんって感じしませんか? ハンナさんのトラウマ克服、私がお姉ちゃんってことじゃダメですかねー? てへへー」
コロコロと表情を変えながら捲し立てるシェリー。
ハンナは一度ため息をつき、頬を染める。
《遠野ハンナ》
「はぁ……全くシェリーさんは分かっていませんわね」
《遠野ハンナ》
「わたくし、家族ごっこをして欲しいだなんて言っていませんわ」
《遠野ハンナ》
「…………家族になって欲しい、と言っていますのよ?」
偽りの令嬢は優しい笑顔を浮かべると、真っ直ぐにシェリーを見つめてそう返した。
まるで共に箒で風を感じたときように、その潤んだ瞳につらぬかれた。
《橘シェリー》
「……あっ……ああ……………………」
《橘シェリー》
「魔女になれる……そういうことだったんですね」
これまでの伏線が繋がり、彼女の頬が思わずゆるむ。
《橘シェリー》
「こんな素敵な告白、普通の人間ならきっと感動して泣きながら喜ぶんでしょうね」
《橘シェリー》
「でもシェリーちゃんはバケモノですから、こんなときにも涙が出ないんです」
《橘シェリー》
「ハンナさん。私……今とっても人間になりたい。人間になりたいです」
言葉とは裏腹に、シェリーの頬からは一筋の涙がこぼれ落ちていた。
ハンナは震える彼女の手を取ってギュッと握った。
《遠野ハンナ》
「シェリーさんは人間ですわよ」
《橘シェリー》
「でもこれは偽物の涙なんです。人間らしい感情を真似てるだけ。だから……」
《遠野ハンナ》
「だったらわたくしが本物にしてやりますわ。だからシェリーさんも……」
《遠野ハンナ》
「わたくしのことも本物にしなさい」
《橘シェリー》
「……困ったお嬢様ですね、ハンナさんは」
そうしてシェリーも、彼女に応えるように指を絡める。
恥ずかしそうに頬を赤くしながら、シェリーははにかんだ。
《橘シェリー》
「ハンナさん、施設職員の惨殺事件……私が悪いと思いますか?」
《遠野ハンナ》
「思いませんわ。シェリーさんの言うとおり、正当防衛ってやつだと思いますの」
《橘シェリー》
「私もそう思います。だけど……罪がないわけでもない」
ハンナはゆっくりと頷く。
面前の真っ直ぐな少女に恥じぬよう、彼女は自分の罪と向き合った。
《橘シェリー》
「結構堪えますね……人を殴り殺すのって。今でも残ってるんです。人の頭が潰れる感触が──そのときの手の痛みが」
《遠野ハンナ》
「それが普通ですわよ。何も感じねー方がおかしいですわ」
《橘シェリー》
「えへへ……そうですよね。そういってもらえて……本当に良かったです」
そうしてシェリーの身体は異形の姿へと変貌を遂げる。
見開かれた黒い瞳が不気味に少女を見つめていた。
《橘シェリー》
「魔女化ってこうなんですね。力が溢れて、気を抜いたら何もかも壊してしまいそうです」
《遠野ハンナ》
「ちょ、ちょっと、怖いことをいわねーでくださいまし!」
《橘シェリー》
「えへへー、ごめんなさーい。大丈夫ですよ。だってハンナさんは」
《橘シェリー》
「……私の大切な人ですから」
ひび割れた黒い妖精は、深呼吸するとゆっくりとその姿を修復していく。
己の力で完全に魔女化を支配下に置いた。
《遠野ハンナ》
「シェリーさん……」
《橘シェリー》
「お揃いですね、ハンナさん」
《遠野ハンナ》
「ふふっ……最初からそうだったかもしれませんわ」
そうして2人の咎人は手を取り合う。斜陽が牢屋敷を照らす。
肩を寄せ合い、互いを支え合いながら未来へと歩き出すのだった。
*
[図書室]
シェリーにおじさんを連れて行かれた後も少女たちは和気藹々とゲームに明け暮れていた。
ポーカーの人数が足りなくなったことで、今は別のゲームに興じていた。
《城ケ崎ノア》
「次はのあの番だね。いい目出るかなぁー」
ノアは盤面に置かれたルーレットを回す。
少々大きめな音をあげて回るルーレットはすぐに動きを止めた。
《城ケ崎ノア》
「ええっと……“しかえしマス”? 誰かから10万もらうか1回休みにするだって。ふふふー、誰にしちゃおっかなー」
《黒部ナノカ》
「……お金を持っているプレイヤーから取るのが合理的ね。氷上メルル、あなたはどうかしら」
《氷上メルル》
「はわわ……わ、私はそんなにお金持ってませんよ……?」
《城ケ崎ノア》
「えー、本当かなぁ? メルルちゃんお医者さんだからたくさんお金持ってそうだけど」
《氷上メルル》
「あ、アンアンさんはどうですかっ? アンアンさんの手持ちが多い気がしますっ!」
《夏目アンアン》
「なっ!」
メルルは怯えながらアンアンを生贄に差し出した。
予想外の展開にスケッチブックをペラペラとめくっている間に、ノアは彼女の手持ちの金をチラリと見る。
《城ケ崎ノア》
「本当だー。アンアンちゃん、のあの3倍くらい持ってそうかも」
《夏目アンアン》
『待て、落ち着くんだノア。スポーツ選手は年棒制で給料日にお金が振り込まれない』
政治家のナノカは勝利を確信し机の下でガッツポーズ。
必死な抵抗虚しく、ノアはイタズラっぽい笑みを浮かべる。
《城ケ崎ノア》
「アンアンちゃんから10万円もらっちゃおー」
《夏目アンアン》
「ば、バカな……」
アンアンはパタリとスケッチブックを手から滑り落とす。
そして、10万円をノアに渡した。
《夏目アンアン》
「く、くそぉ……わがはいはスマホのゲームですごろくは予習している。それなのに……!」
《夏目アンアン》
『アストラル⭐︎パーティー好評配信中』
※2026年9月3日よりまのさばコラボ開催中!シェリハンセットで2490円!
アンアンが謎の宣伝をしていると、図書室の扉が再びバンっと大きな音を立てて開かれた。
《橘シェリー》
「みなさーん、そろそろ夕食ですよー」
《城ケ崎ノア》
「わーい、今日は何かなー。あれっ?」
《氷上メルル》
「シェリーさんその姿は……」
《黒部ナノカ》
「橘シェリー、あなたまさか」
彼女の姿を見て、図書室に緊張が走る。
その反応と反対に、シェリーはいつものように能天気な笑みを浮かべていた。
《橘シェリー》
「はい! 魔女になっちゃいました! でも安心してください。私も皆さんと同じです。ちゃんと制御できていますよー」
《遠野ハンナ》
「わたくしも同じですわ」
ハンナが少し遅れてシェリーの背中からひょこっと登場。
彼女も以前と比べて部分的に異形化していたが、威圧感はなかった。
《黒部ナノカ》
「遠野ハンナまで。なるほど、おじさんを連れていったのはそういうことだったのね」
《橘シェリー》
「そういうことだったんですー! 噂通りおじさんはすごいですねー」
《橘シェリー》
「ところで、みなさんは何してるんですか?」
《夏目アンアン》
「わがはいたちはすごろくをしている。シェリーたちもするか?」
《橘シェリー》
「いいですねー。夕食が終わったらハンナさんも一緒にやりましょう!」
《城ケ崎ノア》
「あっ、でもこのゲーム2〜6人用なんだー。車のコマが6台しかないかも」
ノアは図書室の人数を数える。ハンナとシェリーを加えて7人だった。
シェリーはポンと手を打って、ハンナの手を握った。
《橘シェリー》
「それじゃあ私とハンナさんは一緒にプレイします! それで解決です! 良いですよね?」
《遠野ハンナ》
「わたくしは構いませんわよ」
《氷上メルル》
「お二人、前よりもっと仲良しになってる気がしますっ。何かあったんでしょうか?」
《橘シェリー》
「ふふーん。どうでしょう? ねー、ハンナさん!」
《遠野ハンナ》
「ふふふっ……内緒ですわ〜!」
《橘シェリー》
「行きましょう! ハンナさんのお料理楽しみです!」
図書室に残された少女たちは首をかしげつつも、その微笑ましい光景にクスクスと笑いをこぼすのだった。
読んでくださりありがとうございました。
シェリーちゃんとハンナちゃんのおまけの話でした。
ハンナちゃんは作中でも屈指の人間らしいキャラだと思っています。シェリーちゃんは自分のことを化け物だと思っているからこそ、人間らしいハンナちゃんに惹かれたのかなと思います。私もそんなハンナちゃんが一番の推しです。
原作エンディングで2人が仲良くしてるシーンがあったのが本当に良かった。2人にはずっと一緒にいて欲しいですね!
一応本編終了までのおまけ話はここまでになるかと思います。
次書くとしたらおじさんがミリアちゃんと一緒に牢屋敷に戻ったときの話になるかもです。
ここまで本当にありがとうございました!!!!