ヴィランオリ主視点のお話。
該当シーンの時系列を弄っていますが(期末試験後 → 期末試験前)、まあ原作からしてはっきりと日時を明示されている部分ではないので、前倒しで描いてもいいかな…と判断してこの時系列に挟み込みました。
そもそも期末試験後〜林間合宿の短い期間であれだけの人数(しかも素性も潜伏場所もバラバラの犯罪者ども)を集めるのは無理があるでしょ!というツッコミどころががががが……。
(この場合、死柄木に次々スジモンどもを紹介した義爛の手腕がすごいと言うべきか)
あと、作者が科学・医学知識に関して素人なので、作中に登場する用語に間違っている部分があるかもしれません。ご容赦ください。
幼い頃の自分の世界は、真っ白で無機質な病室と、ツンと香る消毒液の匂いで構成されていた。
まだまだ未発達な身体に押し込められたあまりにも強すぎる“個性”は、着実に己を蝕んでいく。周囲の大人はその『事実』を悟られないように振る舞うものの、こちらに接してくる態度から、オレは幼心に薄々そのことを理解し始めていた。
そして。全ての赤ん坊が産まれながらにして二本の足で立てるわけがないように。発現したばかりの“個性”を自在にコントロール出来る子供など、この世に存在しない。
だからこそ。触れるもの、近づくもの全てを――動物や虫、花、そして人間たちを――弱らせ、朽ちさせていくばかりの自分が、嫌で嫌で仕方がなかった。
どうしてオレはいつも他人を弱らせてばかりなのだろう。どうしてオレはいつも病気みたいに床に臥せってばかりいるのだろう。
――どうして、オレばかりがいつもいつも苦しまなくてはいけないのだろう。
自分の“個性”なのに。自分の力なのに。なんでいっつもこんなに振り回されなくちゃいけないのか。
嗚呼……くるしい。くるしいくるしいくるしい。常に己を苛んでいる、胸を強く締め付けるような痛苦で息が上手く出来ない。
これだけ苦しみに喘いでも、周りの大人たちは誰も救けてくれない。「自分も病に感染したくないから」と、救いの手を伸ばしてくれやしない。
……いや。ただ一人だけ。
母だけは、いつも苦しむ自分のそばにいてくれた。
熱に魘されて、ひゅーひゅーと荒い呼吸を繰り返すオレの手を、母はそっとやさしく握ってくれた。
「また、みんなにびょーきうつしちゃったんだ」と啜り泣くオレを、母はぎゅっと強く抱きしめてくれた。
「大丈夫よ、屠識。あなたは『病気』でも『毒』なんかでもないわ」
オレを抱きしめながら、母はやさしくあたたかい声で告げる。それは何の根拠もない慰めではなく、どこか確信めいた口ぶりであった。
「その“個性”だって、いつか誰かを救う日が来るから。だからね、屠識」
迷わず誰かを救けることの出来る、素敵なひとになってね。
母の存在は、狭い世界しか知らない孤独なオレにとって、この世の『すべて』とも言えた。
母が傍にいてくれさえすれば、オレは己の内に巣食う苦痛にも、周囲からの『病原菌』扱いにも耐えることが出来たのだ。
――オレが自身の『毒』で、母の命を終わらせてしまうまでは。
日本という国の初夏の気候――とりわけ『梅雨』の時期というものは、ほとんどの人間にとって不快に感じるように出来ている。
茹だるような暑さに併せ、息苦しいほどの湿気が身体に纏わりつき、汗腺からべったりとした粘度の高い汗を吹き出させる。街を行き交う人々も不愉快そうな表情を浮かべながら、しきりに汗を拭うそぶりを見せていた。
極めつけは梅雨前線が齎す長い雨期である。執拗に降り注ぐ雨粒は長期的に見れば『恵みの雨』とも言えるが、こと現代社会においては日々のストレスに付随する余計な要素でしかない。
そして。空気中に含まれる多量の湿気や高い気温は、菌やウイルスの繁殖に絶好の環境を生み出す。ジメジメした高温多湿の空間にはカビが我が物顔で増殖し、食中毒を始めとした病気を引き起こす細菌が次々と発生していく。
そんな環境の例に漏れず。とある街の片隅にある廃ビルの内部も、湿気を帯びたカビ臭い空気が充満していた。
灰色の養生シートで適当に囲われたその場所は、解体工事前に何らかの理由で業者が撤退してしまったのか、今だボロボロの打ちっぱなしのコンクリートのまま元の形を残している。外壁は所々ひび割れ、地元のチーマーが好き放題描いたであろうグラフィティアートも数多く目立つ。
分厚い養生シートの幕に覆われているため、陽の光も届かないひっそりとした廃墟。心霊スポットとしても話題にならない、ただそこにあるだけの味気ない空っぽな廃ビル……のはずであった。
しかし、その最上階を現在何者かが根城にしていることは、近隣住民でさえも誰も知らない。
バシャバシャ、と勢いの良い水音が暗い空間に反響する。薄汚れた、澱んだ空気が漂う狭いトイレの洗面台の前に、一人の男が立っていた。
身体の線は細くしなやかだが、けれどひとつひとつの骨格はしっかりとしている。右側のサイドが長めの、アシンメトリーな銀色のショートヘアが、チカチカと点滅を繰り返す照明の光を鈍く照り返していた。
ジャアアアア……と捻られたまま水を流し続ける蛇口。その音に重なって聞こえてくる、ハァ……ハァ……という荒い息遣い。肩で息をしながら、男は背中を屈めて洗面台に顔を伏せていた。
「クソッ……! やはりあの配合でも長くは効かない、か……」
喘鳴混じりにぼやきながら、男はゆるりと顔を上げる。ひび割れた鏡に映る濡れた顔は、美しく整ってはいるが色だけが死人のように青白い。もっとも、この顔色が彼にとっての“正常”ではあるのだが。
“個性”を発現してからというもの、彼の顔に血色が戻ることは今まで一度たりともなかった。それが彼――病田 屠識の望まず手に入れた“力”の『代償』であった。
顔や前髪から水滴がひっきりなしに滴り落ちるのも構わず、屠識はハイネックのインナーの胸元を右手でグッ、と強く握り締める。息をする度に肺が、心臓が、細胞のすべてが悲鳴を上げているような錯覚に陥る。身体中を我が物顔で這い回る痛みが、苦しみが、口から込み上げてきてはまろび出てきそうだ。必死に浅い呼吸を繰り返し、何とかこの苦痛をやり過ごさんと洗面台にしがみついた。
「ぐ、ぅうううう……!」
実際の時間としては、20分ほど――体感としては、何時間にも感じられる間。ようやく全身を苛む痛みが幾分かマシになってきた。深く息を吸って、ゆっくり吐く。
完全には消えていないが、無表情の仮面で覆い隠せるくらいには弱まったことに安堵する。そのまま蛇口をキュッ、と締めて流れる水を止めた。
「……どんどん、発作の波の間隔が縮まっているな」
呟いた声は驚くほどに無機質で、温度が全くない。まるで自分の身に起こっている事態さえも観察対象としか見なしていないような、そんな冷徹さがあった。
乱暴に前髪を掻き上げてから、屠識は己の右手の平に視線を落とす。普通の人間と同じように見えるが、この皮膚の下に流れる血潮が“猛毒”であることに気付ける者はどれだけいようか。
そして。その“猛毒”が血液だけでなく、内臓を、細胞さえも侵している事実は、当の本人しか知り得ない話だ。
洗面台の縁に掛けておいたタオルを無造作に掴み、顔の水分を拭う。そこで、屠識は黒いリブパンツのポケットに入れたスマートフォンが断続的に震えていることに気付いた。画面を見れば、馴染み深い商売相手の名前が表示されている。
屠識は迷わず通話ボタンをタップし、受話口に耳を押し当てた。
「……義爛か」
掠れ声で相手の名を呼ぶ。電話の向こうの男の声は、いつも通りの変わらぬ飄々とした調子であった。
『……商談の話のために連絡したが。かけ直そうか?』
どうやら、声の掠れ具合と息の揺らぎが普段のものとは違うことに気づいたらしい。流石は裏社会でも指折りの実力を持つ
「いや……問題ない。それより、『例の話』でかけて来たんだろう? お互い多忙な身だ、手短に済ませよう」
屠識の話運びの早さに、義爛は小さく笑った。
『話が早くて助かるよ。……前に話した「
「キミが仲介役として間に入ってくれるという話だったな。……オレとしては、有意義な『話し合い』になると嬉しいんだが」
『どうだろうなぁ……彼、気分の移り変わりが激しいから』
屠識の言葉に、義爛は苦笑を零す。紫煙と共に深い溜息を吐き出しているであろう、彼の表情を想像するとその苦労が窺えるようだった。
話はとんとん拍子に進み。屠識は同じく敵連合に加入を希望している二名と共に、義爛と神野区の繁華街で落ち合うこととなった。どうやら、死柄木はそこに自分たちの拠点を置いているらしい。
『それにしても……まさかあんたが敵連合に興味を持つとはね。決して群れを作らず、単独であれだけのバイオテロを引き起こしてみせるあんたが……』
ある程度話が纏まった後、義爛は嘆息するように呟いた。
屠識は柳眉を僅かに持ち上げる。
「座標単位でワープが可能な“個性”を持つ構成員に、『脳無』とかいうバケモノ……。組織そのものにも関心は尽きないが、オレはそれらを率いている『死柄木 弔』という男に、一番興味を唆られている」
そう語る屠識の声色は淡々としていて、『興味を唆られる』という言葉に反した無味乾燥さを相手に与えるが――義爛だけは、彼の言葉尻の微かな高揚を捉えていた。
「もし、彼がステインという“爆発的感染力”を持つ『病原体』に取って代わる、新たなウイルスとなるのであれば。その感染力で“社会”という『宿主』にどんな影響を及ぼすのか――オレはそれを間近で見届けたい」
その語り口は、病理的な視点をもって冷静に相手を観察しているようでいて、新たな『病原体』の出現に胸躍らせているようでもあった。
深い紫色の双眸に宿るのは、冷たい光に混じる理知的な狂気。
粗野な言動が目立つ輩が多い昨今のヴィラン界隈において、「冷静沈着な頭脳派」という珍しいタイプのヴィランである屠識だが――やはり根底には“
『フフ……その思想も変わっていないようで何よりだ。だが、俺はあくまでも売人であり仲介人。肯定も否定もしないでおくよ』
「その方がいい。キミの徹底した中立の姿勢は、オレにとってもやり易くて助かっている」
「助かっている」の声色すら無感情を貫き通す屠識に、今度こそ義爛は愉快そうに声を上げて笑った。
『なぁ、屠識くん……いや、今は大事なお得意様として「ウイルスブリンガー」と、敬意を込めて呼んだ方が良いな』
ウイルスブリンガー。疫病を運ぶ者。
ヴィランとしての屠識を示す識別名であり、その危険性を明瞭に表すレッテル。
その名を聞けば、一般市民はおろかそこらのヴィランすらも震え上がる、まさしく「歩く災厄」と称すべき知能型ヴィラン。
『あんたの納品する“毒薬”は芸術品だ。強力な致死性・即効性がありながらも、数分も経たずに体内で分解され、証拠のひとつも残さない。お陰でウチの商品の中でも、屈指の人気を誇る看板商品になりつつあるよ。大量生産が出来ないのは玉に瑕だがね。
そして――裏社会でも度々耳にする、その凄惨たる所業。よく自分でもこんなの相手に商売が出来るとすら思うよ。
……ひとつ、興味本位として聞かせてくれ。
あんたは、この先何を望んでいる? その歩みの先、視線の先に、何を見据えている?』
その問いかけに対し、屠識は色素の薄い唇を静かに開いた。
「……この“世界”という名の生命体が、自らの『抗体』により自壊する様。オレはその過程を見届けたいだけだ」
――義爛との通話を終え、屠識はまたポケットにスマホをしまい込む。今だ照明がちらつく薄汚れたトイレから出た彼は、埃と塵と瓦礫に塗れた廊下を歩く。
カツン、カツン、カツン。無骨なブーツの底でコンクリートの床を叩く音が、静かな空間に鳴り響いた。
ふと、スマホをしまった方とは反対側のポケットに手を突っ込み、そこにあったものを取り出す。いつの間に入れていたのだろう。掌の上、金色の包装紙に包まれたのど飴。
あの夜。東屋で出会ったヒーロー志望の少女の顔が、突如として脳裏に浮かんでくる。
『歌羽根 天音』と名乗った少女は、嬉しそうに笑いながら「また来週!」とこちらに向けて手を振っていた。
誰かを疑うといったことを知らなさそうな、あの純粋無垢な薄桃色の眼差し。
……なぜ、こんなにも鮮明に記憶が蘇ってくるのだろう。彼女とまた来週も会うことを約束したのは、「『雄英高校の生徒』という立場を何かに利用出来ないか」という腹積もりからであったはずなのに。
「……なぜ、」
と、屠識は誰にともなく問いかける。
「なぜキミは……この世界の中にあっても、あんな風に笑えるんだ?」
埃舞う湿った空気の中。返事は返ってこなかった。
夜の帳も落ちかけた、神奈川県横浜市の繁華街・神野。
仕事や学校が終わり帰路に就くサラリーマンや学生、これから仕事に向かう夜職の人々、夜はこれからだとばかりに飲みに向かう若者たち。
そんな市井の人々が行き交う大通りから外れた路地にある、寂れた雑居ビル。
テナント自体は複数入っているものの、その最上階は空き店舗となっている……と、階下の入居者は認識している。
だが実際には、敵連合のリーダー・死柄木 弔が潜伏する『アジト』がそこに存在していた。
うらぶれた隠れ家的――もとい、本当に“隠れ家”なバーのカウンター席に座る死柄木は、仲介人であるブローカー・義爛の連れてきた三人の“社会のはぐれ者たち”を見据えていた。顔に付けられた手の隙間から覗く赤い瞳には、穏やかなものでは決してない光が宿っている。
「……黒霧。こいつらトバせ」
やがて、死柄木は苛立ちの籠った声でカウンターの向こうに立つ黒霧に命じた。
「オレの大嫌いなもんがセットで三つも来やがった……。
最近、死柄木の機嫌は下降気味の傾向にある。世間はヒーロー殺し・ステインの話題で持ちきりとなり、仮にも協力者であった敵連合のことなど誰も目を向けやしない。挙げ句、「敵連合はステインの手下」などと抜かす連中も出てくる始末だ。
「翌日の誌面やテレビ、ネットで自分たちが取り沙汰されている光景」を期待した彼にとっては、不愉快な事この上ない。
そんな最悪な気分の中、ステインに感化されたイカれ野郎どもと引き会わされれば苛立ちも更に増すというものだ。
「まあまあ……せっかく御足労いただいたのですから、まずは話だけでも伺いましょう、死柄木 弔」
対して、黒霧は極めて穏やかな態度で死柄木を窘めた。
「それに、」と霧状となった顔に唯一存在する双眸が、飄々と煙草を吹かす義爛の顔と、三人の加入希望者の顔を交互に見遣る。
「あの大物ブローカーからの紹介……戦力的に間違いはないはず」
その言葉通り、三人の佇まいはそこらの有象無象のチンピラとはまた違う、『手練れ』と思わしき空気を纏っていた。
――まず。金髪を所々ほつれたシニヨンに結わえた、セーラー服姿の少女。元気よく『トガ ヒミコ』と名乗りを上げた彼女は、義爛によると連続失血死事件の犯人として追われている未成年犯罪者のようだ。
「自分はステ様のファン」「ステ様になりたい、ステ様を殺したい」と、おおよそまともと思えぬ自己主張を繰り返す様は、どこからどう見ても人格破綻者にしか見えない。
次に、皮膚が所々焼け爛れたツギハギだらけの男は、自らを『荼毘』とだけ名乗った。明らかに本名ではないが、どうやら素性を隠したいのかそれ以上のことは語らず仕舞いであった。大きな犯罪は犯していないようだが、立ち姿は素人のそれではない。その姿が余計に死柄木の不信感を強めていた。
そして、もう一人。
「……で。そっちのガスマスク男も、ステインの信者ってクチか?」
うんざりした様子で死柄木が顎で示した先には――細い体躯を黒いコートに包み、フードを目深に被った男が立っていた。フードから垣間見える顔色は青白く、死柄木とどっこいどっこいの不健康な印象を抱かせる。
最も目立つのは鼻から口元を覆い隠す、無骨な黒塗りのガスマスクだ。口元正面に吸排気口、両側にキャニスター(吸気缶)が二つ取り付けられた典型的なデザインのマスクは、有毒ガスや粉塵が蔓延している環境ならまだしも、場末の酒場には絶望的なまでにそぐわない。
唯一露わになった深紫の瞳が、まるで観察するかのように死柄木を見据えていた。
「え!? あなたもステ様のファンです? ステ様になりたい人なんです?」
ワクワクと期待の眼差しで男を見上げるトガに、彼は気怠そうに首を横に振った。
「違う。オレはヤツの思想に1ミリも興味はない」
マスク越しのくぐもった声は、情動の籠らぬ冷え冷えとしたものであった。死柄木を見つめる目にも、何の感情の色も浮かんでいない。
「なんだぁ、違うんですか」
彼の淡白な返答を聞いて、トガはがっかりしたように唇を尖らせた。
隣に立つ義爛が、煙草を持つ手でガスマスクの男を指し示す。
「彼はウチのお得意さんでね。高品質な“薬品”を納品してもらってる対価に、隠れ蓑となる“顔”の手配や潜伏先の紹介、研究に必要な材料の提供を行っている。今回の仲介もその一環……なんでも、死柄木さんに強い興味を示しているみたいで」
「……ふうん?」
その言葉に、死柄木は小さく首を傾げた。先程の二人とは違い、自分に興味を向けてくる相手がいることに少なからず驚いたらしい。
「……病田 屠識」
と、ガスマスクの男――屠識は自らの名を名乗った。
「世間では、『ウイルスブリンガー』という名の方で通っている」
そして。彼が『もう一つの名前』を口にした瞬間、部屋の空気が変わった。
「へえ……どっかで見たかと思えば……ネットニュースに載ってた監視カメラの映像そのまんまの姿だ」
先程まで冷めた態度を取るばかりの荼毘であったが――屠識の正体を知るや、口元に愉快そうな笑みを浮かべた。
「最近、その名前をよく聞くようになりましたね。徒党を組まず、単独でバイオテロを繰り返す知能型ヴィラン――。医療施設や民間企業の研究施設を中心に襲撃を繰り返し、甚大な被害を出し続けるも、その尻尾はヒーロー・警察双方には一切掴ませない。静かに襲い来ては、後には何も残らぬ……まさしく“静かなる嵐”と呼ぶべき凶悪な犯罪者。
関わった事件数は多くないながらも、いずれも社会に多大な爪痕を残すようなものばかりだ」
黒霧の説明に、トガはひえええ……とわざとらしい悲鳴を上げる。
「直近だと、製薬会社の研究施設を襲って毒ガスばら撒いてたよなぁ。あれで何人死んだっけ。10人? 20人?」
挑発するように問いかけてくる荼毘に、しかし屠識は顔色を一切変えることなく淡々と答えた。
「15人だ。重症者は13人。死因は全て神経毒による急性呼吸器不全」
その口ぶりは、機械的に症状を読み上げる医師の如き無駄のなさであり。自らの手によって失われた命すらも実験対象としか見なしていない冷徹さを帯びていた。
「……それ、全部覚えてんのかよ」
「当然、実験結果として詳細に記録している」
「俺も大概ヒトのことは言えねェが……あんたも相当イカれてんな」
呆れた風に横顔を見つめてくる荼毘に、屠識は無言で肩を竦めてみせた。
「んで? そのウイルスなんちゃらさんが、なぜオレ個人に興味を?」
顔を覆う死蝋化した指の間から、死柄木は「自分に興味がある」というガスマスクの男をジッと睨み据える。その視線を受けてもなお、彼は死柄木の様子を静かに観察し続けているようであった。
その余裕綽々とした態度が、ささくれ立った精神を逆撫でしていく。
「……正確には、『興味があった』だな」
「……あ゛?」
過去形で返ってきた言葉に、死柄木の真紅の眼が見開かれた。途端に立ち昇る殺気も意に介さず、屠識は滔々と語り続ける。
「先程から観察してみてわかったが……期待していたほど、キミに『病原体』としての感染力があるとは思えないな……死柄木 弔」
正直ガッカリだ、と大きく溜息を吐く。
「この社会にとって、衝動のままに力を振るうだけの存在は、すぐに『抗体』であるヒーローたちに叩き潰され淘汰されてしまう。それは長い間続く自然の摂理であり、道理でもある。……オレは、その道理を捻じ曲げるだけの強い『ウイルス』が、最終的に“世界”という『宿主』を壊していく様を、この目で見届けたい。
それが『ウイルスブリンガー』としての、オレのただひとつの望みだ。
……キミには、それを達成し得る“可能性”が見られない。だから興味がなくなった。それだけだ」
のべつ幕なしに文句を並べ立ててから、屠識は本当に興味を失ったかのように死柄木から視線を逸らした。
そんな彼を、トガはぽかんと口を開けて見上げ。荼毘はシニカルに唇を歪め、義爛は「悪い癖が出た」と言わんばかりの顔で紫煙を吐き出した。
「……聞いてないことはいちいち言わないでいいんだよ……どいつもこいつも……」
地を這うような低い声と共に、死柄木は椅子から立ち上がる。途端に先程から漏れ出ていた殺気が、強烈な波のように三人にぶつけられた。
「いけない、死柄木 弔!」
黒霧の制止も利かず、死柄木の枯れ枝のような腕が伸びていく。
「よくないな……気分がよくない」
『崩壊』の力を宿す両手が、彼にとっての不快な相手を壊さんと閃いた。
「ダメだ、お前ら」
その殺気に反応するかのように、トガの鋭いナイフが、荼毘の火の粉上がる右手が、屠識の手袋に覆われた左手が、即座に振るわれる。
四つの殺意の込められた攻撃が交錯し、ぶつかり合う――はずだった。
「「「「!!」」」」
……そこで。四人は互いの放った攻撃が、黒い靄のようなもので意図的に逸らされていることに気がついた。
黒霧の“個性”『ワープゲート』の仕業である。
「落ち着いてください、死柄木 弔」
ワープゲートで四人の攻撃を同時にいなすという芸当をこなしながら、黒霧は死柄木を説得しにかかる。
「あなたが望むままを行うのなら、組織の拡大は必須。奇しくも注目されている今が拡大のチャンス……排斥ではなく、受容を」
そして、霧状の不定形な顔を死柄木の耳元に近づけ、何事かを囁く。何を話しているのか、他の者には上手く聞き取れなかった。
「……五月蝿い!」
死柄木は子供が癇癪を起こしたように怒鳴り、靄を振り払ってはバーの出入り口に向かって歩き出す。
「おいおい、どこへ行く?」
「五月蝿い!」
義爛の問いかけにも答えず、死柄木は遂にドアを乱雑に閉め、姿を消してしまった。
「……やれやれ。取引先にとやかく言いたかないが……若いね。若すぎるよ」
煙混じりの義爛のぼやきが、静まり返った空間に落ちる。
立ち去った死柄木の背中を見送り。トガは「殺されるかと思った」とどこか楽しそうに呟き、荼毘は「気色悪ィ」と悪態を吐く。
屠識の方はといえば、冷ややかな眼差しで一瞥を送るのみであった。
「……返答は後日でもよろしいでしょうか? 彼も自分がどうすべきかわかっているはずだ。わかっているからこそ、何も言わずに出ていったのです」
カウンターの奥の黒霧が、三人に向けて静かにそう告げる。
「必ず導き出すでしょう。あなた方も自分自身も納得するお返事を」
「……だといいがな」
コートのポケットに両手を突っ込んだ屠識は、憮然とした表情で皮肉めいた返事を返す。
「屠識くんのアレも良くなかったと思うけどねぇ。まあ、期待を裏切られて失望する気持ちもわかるが」
「……フン」
険悪となった場を取りなすように、黒霧がカウンターにグラスを並べる。
「どうでしょう、せっかくですから何か飲まれます?」
「……お言葉に甘えて、一杯いただこうかね」
「あ! じゃあ私ザクロジュースがいいです!」
悠然と席に腰掛ける義爛の隣に、トガも飛び乗るように着席し高らかに注文する。
そんな光景を尻目に、屠識は緩慢な動きで踵を返した。
「オレは遠慮しておこう。体質でアルコールを飲んでも酔えないし、味覚も死んでるからな」
「おや、それは残念」
大して残念そうでもない黒霧の社交辞令に、ひらひらと手を振り返し。屠識は足早にバーから出ていってしまった。
その後ろ姿を黙って眺めていた荼毘は、低い声でボソッと呟く。
「……死柄木もだいぶ気味悪かったが……アイツも相当気味悪ィな」
「え〜、そうですかぁ? あのヒト、ちょっとコワイけど……いっぱい血の匂いがして、カッコいいかも」
反面、トガヒミコの方は屠識を一目見て気に入ったらしい。ボロボロなヒトの匂いがします、と頬を赤らめつつニヤニヤ笑みを浮かべていた。
「あなたも何か飲まれます?」
「……俺もいらねェ」
雑居ビルから出る寸前、屠識は被っていたフードを下ろし、外したガスマスクをコートの内ポケットにしまい込む。『ウイルスブリンガー』としての姿が手配情報として公開されている以上、敢えて顔を隠すより晒した方がいいと判断したが故の行動だ。
目深に被ったフードとガスマスクという格好は、自分の素顔を警察やヒーローから隠せるといった利点とは別に、『フードとガスマスク=ウイルスブリンガー』という認識を世間に植え付けることが出来るメリットもあった。素顔とヴィランとしての姿を切り離すことで潜伏が容易になり、警察の捜査も攪乱出来るというまさに一石二鳥の効果を発揮していた。
雑居ビルから路地へと入り、神野の目抜き通りへと足を踏み入れる。すっかり陽は落ち切っていて、夜の闇と街の灯りが混じり合う猥雑な光景も、常と変わりがない。
楽しそうに笑い合う若者たちの横を通り過ぎながら、屠識は多くの人々が行き交う街を歩く。ふいに見上げた街頭ビジョンには、相も変わらずステインの逮捕劇と、彼の思想が世間にどう波及し続けているかの報道を垂れ流し続けていた。
ステインの逮捕に貢献したとされるNo.2プロヒーロー・エンデヴァーが、珍しくレポーターのインタビューに答える姿が映し出される。
『ヒーロー殺し・ステインの思想は、若い世代にとって理想的かつ魅力的に映るだろう。だが、どんな高潔なお題目を掲げていたとしても、結局のところ「殺人」という手段に手を染めてしまえばヴィランと同じなのだ。彼を支持する層は、どうかその事を念頭に置いていて欲しいものだ』
その映像を観ていた屠識は、雑踏に紛れるごく小さな声で呟く。
「……社会は生き物だ」
誰に向けるでもなく、静かに言葉が落ちた。
彼の声は夜気の中で淡く響き、周りの喧騒の中に溶けていく。
「善も悪も、細胞のように増殖して、淘汰されていく。
ヒーローは“抗体”、ヴィランは“病原体”……どちらも現代の『ヒーロー社会』という生命体の一部に過ぎない。だが――」
屠識はひとつ、鼻で笑う。
その笑みには侮蔑ではなく、観察者の冷静な諦念が滲んでいた。
「ヒーロー社会はいつも、自分たちを“正義”だと信じて疑わない。
抗体が、細胞を守るために暴走して自己免疫疾患を起こすことを知らない。
人々は、その疾患を“崇高な戦い”と呼ぶが――オレから見れば、免疫が暴走した果ての炎症反応に過ぎない」
遠くでパトカーのサイレンが鳴っている。街のどこかで、また誰かが救けを求めているのだろう。
屠識はそれを聞きながら、小さく目を細めた。
「ヒーローがいなければ、人は不安に駆られる。
しかしヴィランがいなければ、ヒーローは存在理由を失う。
……どちらも依存し合っている。どちらも、同じ“病理”の一部だ」
そして、『ウイルス』はまた歩き始める。この世に“感染”を引き起こすために。この世に存在する『抗体』を、活発に動かすために。
「病原体は、宿主なしでは生きられない。
だが宿主もまた、刺激がなければ免疫を保てない。
つまり――オレたちは互いに共存しあって生きているのさ。
そういうことだろう? なあ、ヒーロー……」
屠識はその言葉に、ほんの僅かに微笑んだ。
皮肉とも、悟りともつかないその表情で、彼は夜の街を――星の見えない夜空を仰ぎ見る。
ネオンの光に、輝く月に照らされて、左耳の正六角形――ベンゼン環を模したピアスがキラリと輝いた。
以下、簡単にヴィラン側オリ主(男主人公)の設定。↓
・ウイルスブリンガー/ 病田 屠識(ヤマイダ トシキ)
敵名:ウイルスブリンガー
本名:病田 屠識
個性:毒・病気媒介
誕生日:10月3日(21歳)
身長:178cm
血液型:AB型
好きなもの:毒を一滴垂らした紅茶、フグの肝
性格:冷静沈着な理屈屋
敵連合の一員。ヒーロー殺し・ステインの逮捕後、ブローカー・義爛の紹介で加入したメンバーの一人。
「実験」と称して数々のバイオテロを引き起こしてきたマッドサイエンティスト。「人々を自らの毒で苦しめることでしか生きる意味を見出せない」と語りながらも、破壊や殺戮に喜びの表情を表立って大きく見せることはなく、むしろどこか虚無的。
個性
個性は『毒・病気媒介』。
体内で毒素やウイルスを生成し、掌や足、呼吸等から散布・拡散することができる。
外部から毒物・ウイルスを取り込むことによって、体内で生成できる毒素やウイルスの種類を増やすことができ、本人の偏執的な個性研究の結果、その総数は200種類以上に渡る。
キャラのイメージは「クールだけど偏屈で神経質なマッドサイエンティスト」。ちょっとネチネチしてる。
ICVは鈴村健一。