「『異臭騒ぎの原因は缶詰!?』―――――あぁ、あの世界一臭い缶詰か…室内でそんなもん開けるなよ…」
彼は新聞の三面記事を読みながら呆れてつつカレンダーを見ると、今日は週末でありドリームクラブが開業している日であった事に気が付いた。
(そういや先生は大丈夫なんだろうか、ああ見えて抜けてる所あるからなぁ…様子見がてら今日も行くとしますかね)
職場を通じて知り合ったメル友(成人男性:年頃の娘がいるが、家業を継ぎたがらなくて内心凹み気味)への返信メールを打ちつつ、今日もドリームクラブへと繰り出すことにしたが、その前に――――生活雑貨でちょっと物入りだった彼は街へと繰り出すことにした。
『鈍器崩手』という商業施設にいこうと思い、街を歩いていると向こう側から何やら焦ったような声で近づいてくるショートカットの活発そうな女の子が走ってきていた。
「―――――遅刻しちゃう、お店の面接に遅刻しちゃう~!」
どうやら彼女は急ぐあまり周囲を気にできなくなってしまっているようで、彼女の声に気が付いた通行人がギリギリのところで避けている。
(あっぶねーな、アレ)
そう判断すると彼はぶつからない為に、意図して彼女の走行上の位置に移動する。
彼女も気が付いたようで驚くような表情を浮かべる。
誰かが危ない、と叫ぶと同時に彼は彼女の走りの勢いに乗って身体を浮かせて避けると同時に彼女に最も近づいたタイミングで肩に軽く触れることによって勢いを殺して制止させた。
「……えっ!?」
「もうちょい落ち着いていこうぜ、急がば回れっていうだろ。そんなんじゃ面接とやらもうまくいかねーぜ」
「え…あぁ、うん。ありがとう…」
「どういたしまして。面接、幸運を祈る」
かるく敬礼してみせてから、彼は何事もなかったかのように歩き出した。
その後方から『…面接時間までギリギリだけど、慌てないようにしないと…!』と気持ちをうまく切り替えられた様子の女性が呟くのを聞いて彼は一安心した。
あの様子では上手くいくものもいかなくなるような慌てぶりだったが、どうにか落ち着けたようだったからだ。
彼は内心懐かしいなぁ、自分も最初のアルバイト面接のときはえらく緊張したもんだ…と思い出していた。
(上手くいくといいねぇ、あの娘の面接…っと、洗剤洗剤。ついでに雑貨も見てみようかね)
※
「――今日、そんなことあったんですよ。あの娘、無事に面接出来てたらいいなぁ」
「ふふ、お節介なのは相変わらずね君は」
「ありゃ放っておいたら事故でも起こしかねない勢いでしたからね~、さすがに放置は出来ないっす」
彼はくいっとドリームカクテルライトを飲みながら、るいにそう話していた。
るいを指名しているのは深い意味はない。しいて言うなら知り合いと一緒に飲むほうが飲んでいて気持ちがいいだけだからである。
「るい先生は仕事――本業の調子はどうっすか?」
「順風満帆―――――って言いたいけれど、情けない事にちょくちょく失敗してるわね…この前なんて階段でとんだ失敗しちゃった所を生徒たちに見られちゃったもの」
「まぁ、地道に準備して確認してから行動するしかないっすね。別に生徒達に拒絶されているわけじゃないんでしょうし、これからっすよこれから」
悩みならいくらでも聞きますし相談にも乗りますよという彼を見て、るいは嬉しそうに笑った。
「…ありがとう、こうして君と色々と話せるのは本当に助かるわ。生徒たちの気持ちも深くわかってくれそうだし」
「そりゃ元生徒ですからね、卒業してからそれ程経ってないし…るい先生もそう言ってますけど、先生自身も高校卒業してからそれほど経過してないでしょうに」
いうて数年前のことでしょ、と彼は続けた。
「若いって言ってもらえると嬉しいけど…中々ね、そこがネックにもなってて」
そういうとるいはため息をつく。アルコールが入っている為か潤んだ瞳がやけに色っぽいのだが、彼は真剣に話を聞いていたので色っぽさは関係なかった。
「年配の先生方からは生徒の気持ちが分かり易いでしょって言われたり、生徒たちからは若いからほかの先生より親しみが持てるって言われてて。若さよりも威厳を示したいかな、私としては」
「そうっすねぇ、確かに若手が抱え込んでそうな悩みだなぁ…でもピンチはチャンスっていいますよ先生」
「…?どういうこと?」
「悩みを抱えてない人間なんていません、不安な時とかはあえて自分を信じて堂々と先生をしていればいいんですよ。頑張っているのはみんな判っているからこそ、あえて先生にはそんな風に言われると俺は思います。本当に信頼されてなきゃそんなこと言われないっすよ」
威厳なんて勝手に映えてくるもんですしね~、と彼は話をつづけた。
実際にるいが頑張っているのは表情を見ればわかることだし、ほかの先生や生徒達からも慕われているのは火を見るよりも明らかである―――――ここまで『先生』という職業に真摯に向き合っている人間もそうはいないだろうと彼は考えていた。
「ありがとう――――そう言ってもらえると本当に嬉しいわ…これじゃあどっちがホストしているのか判らないわね」
「いいんですよ、結果的に楽しいから俺としてはOKです」
すくなくとも楽しいひと時を過ごせているのには変わりがないからだ、そういってのける彼を見てるいは自然と笑顔になり、やがて二人は笑いあった。