(ああ、私は器でなかったのだな)
フル=フロンタルはまるで己の心情を示すかのように崩壊していく機体の中で、喪失の念を抱いていた。
様々な人々の意思を受け止め、それを体現せんとする理想の器として動いてきた自分だったことに後悔はしていない。
しかし意志を持って動く人間――可能性の体現者ともいっていいであろうバナージ=リンクスとの戦闘を通じて、疑念を抱かなかったかと問われると否定しきれないだろうとも感じていた―――器として生きること自体に自分の意思が介在していたのだから。
ネオ・ジオンを導くものとしてではなく一己の存在として生きていたのなら、どうなっていただろうか。今となってはどうしようもないが、ふとそう考えた。
崩壊していく機体と同調するかのように薄れていく意識の中のフロンタル。
温かな緑色の光を放ちながら此方と対峙しているユニコーンガンダム達を見て、ふとそう思えたのだ。
自分の機体であるネオ・ジオングからでるサイコシャードの光とは違う、人々の確かな平和への意思を感じる可能性の象徴として輝く光。
フロンタルはその色に魅せられてしまった、自分の掲げてきた理想は肝心の『人々が本当に望んでいることへの理解』が欠けていたのではないかとすら考えてしまう。
フロンタルはモニターに映っている光景――――温かな緑の光を放ち、不思議な結晶を生やしている可能性の獣を見て、何故か自然とそう思えたのだ。
そうやっている内に薄れゆく意識の中、ふと何かの声が頭の中に直接囁いてきている気がした。
(誰…の……声………)
聞いたこともない声だというのにどこか懐かしい、優しさすら感じる声。
疑問に思ったその瞬間に周囲が可能性のゆりかごに包まれ、フロンタルの意識は愛機であるシナンジュの損壊とともに世界から途絶えていった。
※
「――今回のシンギュラー反応の原因はアレね、あの機体の運搬が今回の目的よ」
「おおー、でっけー。かっちょいいな」
「あのデカブツ運ぶのかよ、めんどくせーな」
「しかたないわ、指令直々の依頼だもの。それに機体の状態も良ければキャッシュも山分けされるそうだから頑張りましょ」
「まじか!イタ姫が入ってきたせいで最近懐が寂しくなってきたから助かる!」
「ふん、あなた達が弱いだけじゃない」
「…やっぱ感じ悪。前の戦闘で後ろから撃っておけば良かっ―――ねえ、誰か乗ってるみたいだけど…」
「そういえばパイロットも生きてたらボーナス付くはずだから、先ずは手当しないと―――って、え?」
「仮面をした………お、男の人?」
※
違和感を覚えたので目を開けると、そこには白い壁が見えた。
若いころよくみた、実体験としては心地よくはなかった部屋によく似た部屋――医務室によく似ている。
違和感の原因は自然と顔に手を伸ばした時に分かった、仮面が外されている―――自分を器であると定義したときに身に着けているはずの仮面がない。
「……気が付いたようだね。大丈夫かい?」
女性の声が耳に入ってくる。
おかしい、私は確かに崩壊していく機体の中で意識が途絶えたはずだ。
あの状況から誰かが救い出したとでもいうのだろうか。周囲に展開していた友軍艦で救援をよこせそうな艦もなかったはずだ、ネオ・ジオンの旗艦であるレウルーラも撃沈されたのを確認したのだから。
―――そうなると連邦に捕縛されたと考えるべきだろうとフロンタルは判断した。
「…意識はしっかりしている、身体にも違和感はない」
そう答えながらも、これからどうなるか頭の片隅で考えていた。
敗軍の総帥がうける処遇など想像にたやすい、公開処刑あたりが妥当だろう。
それとも強化人間のサンプルとして利用されるか、だ。
あまり明るい未来は思い描けないだろうと考えつつ目の前の医師と思しき女性を見るが、何故かこちらを非常に興味深げに見ている。
この部屋の周囲にも多くの気配を感じるが、なぜか同様の気配だけで敵意がまるで感じられない。
「失礼ですが、あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
医師の横にいた眼鏡をかけている真面目そうな女性が質問してきたが、フロンタルは内心戸惑ってしまった。
状況的に考えてシナンジュは鹵獲されているだろうが、彼女の目の前の人物など連邦の人間なら判ってそうなものなのだが…?と違和感を覚える。
「……フロンタルだ。フル=フロンタルという」
「フロンタルさん、自身の置かれている状況は理解できますか?」
「手当していただき感謝するが、期待する答えなどでんよ。敗軍の将の扱いは大体決まっている」
「…何と戦っていたか聞いても?」
「地球連邦軍だが…?」
そう話すと眼鏡の女性に怪訝そうな表情をされてしまった。
何か変なことを言ってしまっただろうか?
フロンタルが再度戸惑っていると医師と思しき女性がため息をつく。
「…質問を変えよう。人間であるアンタがなんでこっちの世界に見知らぬ兵器に乗ってきたのか?それがあたし達が知りたいことさ」
「こっちの世界…?まるで異なる世界があるかのような話し方だな。おとぎ話でもあるまいに」
地球と宇宙では確かに環境こそ異なるが住む世界は一つのはず。
そこまでの差別意識が、地球の重力によって生み出されていたとでもいうのかとフロンタルは内心で驚愕する。すると、的を得たかのように医師の女性が笑った。
「ところがどっこい、あるんだよ。エマ監察官、あたし達が何と戦っているか見せてあげなよ」
医師の女性がそう話しかけると、眼鏡をかけている女性――エマ監察官は自身の手前に手をやり、タッチパネルと思われる何かを出現させ奏でるように操作していく。不審に思っていると、目の前に画面が映し出された。
「その光は…?何を見せ―――」
見慣れない機動兵器のコクピットと思しき座席と猛烈な風圧による音、そして時折画面に映る謎の生命体との戦闘記録。
「あたしたちの敵である、異世界からくる存在―――ドラゴンとの戦闘記録。知っているだろうこの世界の人間とノーマならさ」
驚きのあまりに言葉を失っても無理はないだろう。
それはフロンタルにとって未知の世界が繰り広がっていたのだから―――