不思議な浮遊感をフロンタルは夢現に覚えていた。
―――――タルさん―――
知らないはずなのに、どこか心地よい、そんな不思議な感覚を。
―――――――ンタルさん――――――
この世ではないような感覚。まだだ。まだ終わらんよ、
――――――――フロンタルさん!――――――
そうと思うと体の感覚が現実味を帯びてきて、徐々にフロンタルに熱を与えていく。
聞きなれたその声の主に対して彼は何とか喉から声を絞り出した。
「……ナオミか?」
「よかった、気が付いたんですね」
そういうとナオミは一安心したように胸を撫で下ろした。
自機であるシナンジュのコクピットではなく、辺りを伺うも見慣れぬ光景――――アルゼナルでもないことしか判らない、なんらかの建造物に囲まれている現状をフロンタルは不思議に思った。
「……ここはどこだ?」
「…わかりません、私もさっき気が付いたばかりで。潮風もないし、空気も乾燥してるし、こんな建物なんてアルゼナルにはなかったはずです」
撃墜されてはいない――――そういえば、とフロンタルは思い出す。
自分がかつて経験した事象に似ていたからだ。
「…おそらく異世界だろう、まるで『私たちの』地球にいる気がしない」
「異世界、ですか?」
「そうとしか言いようがない。私たちが乗っていた機体も周囲に見当たらない上、たしかヴィヴィアンの機体に乗っていた男性が……収斂時空砲、といったかな。あれによるなんらかの作用によって起きたものと考えるのが自然だ」
そう見当をつけるフロンタルをみて、ナオミは落ち着きを取り戻す。
そうこうしていると――――複数の気配が近づいているのをフロンタルは感じた。
「あなた達が言ってたように生きているみたい、よかったわね」
「よく言うわよ…」
「ヴィルキスを確保されているから、ここは抑えようアンジュ」
「何にせよ、さっさと機体も回収してしまおう。こいつらも運ばないといけないから」
「ぐるー(よかったー)」
「初めまして、フル=フロンタル様。これから此方の方々と一緒に我らが神殿に案内したいと思います」
見慣れない女性がそうフロンタルに声をかけてきた。
アンジュも無事なようなので、きっと自分の名前は彼女から聞いたのだろう。
隣にいる見慣れない男性はきっとヴィヴィアン機に確保されていた人物か――そう判断したフロンタル。
そんな彼を横目に知らぬ女性は続けて話し続ける―――その次の言葉にフロンタルは久々に緊張感を覚えた。
「ご足労をお願いします。フル=フロンタル…いえ、『赤い彗星』――――シャア=アズナブル殿」
※
狭いコンテナ内に詰め込まれたフロンタル達は辟易としていた、案内するといいつつこの扱われようは酷いのではないかと―――特にアンジュは怒っていた。
その八つ当たりの的となっている青年であるタスクは可哀そうだが、さらわぬ神に祟りなしというしなと考えて放置することにしたフロンタルとナオミだった。
そういえば、とナオミは思い出した。
「フロンタルさん、『赤い彗星』ってなんですか?彼女たちがフロンタルさんのこと別の名前で呼んでましたけど…」
「…話せば長くなる、簡単に言ってしまえばある世界でのエースパイロットの異名だ」
「エースパイロットの異名、ですか。その割に彼女たちはそれ以外にも意味を含ませていたような…?」
「ぐる、ぐるるー!!(わ、すごい!あれ見て凄いよ)」
ヴィヴィアンの声にフロンタルはコンテナの窓から外を見やると、そこには街がひろがっていた――――人の姿だけではなく、あちらこちらにドラゴンの姿も見えた。
その光景を見たアンジュたちは驚きのあまり声を失っていたが、フロンタルは頭の中の仮説が正しいものであったと得心していた。
(やはりドラゴンは、いや彼女たちは明確な目的をもって侵攻していたわけだ)
そうすると彼女たちのことを知らないといけないとフロンタルは考える。
ノーマか置かれている状況の真実を知ったから、今度はドラゴンーー彼女たち側からの話を聞いて立ち振る舞いを考えなければならない、彼女たちは少なくとも『赤い彗星』を知っているのだから。
(いまさら、そう呼ばれるとは思わなかった)
忘れてはならない自分自身の存在の理由。
それはUC時代――宇宙世紀――において、決して色あせる事ないジオンの象徴であり、地球からの独立を求めるもの達によって育てられ、その仮面をつけた時から忘れることができない人々からの呪縛でもあった。
目的地に到着したのかコンテナが大きな音を立てたかと思うと、静寂が一瞬生まれる。
そのあとで先ほどの女性たちがコンテナの扉を開けて、外に出るようにフロンタル達を促した。
「これから我らの神殿に案内する。姫様にあってもらうから、くれぐれも無礼がないようにしろ」
※
あの後女性―――長髪の女性がナーガ、もう一人がカナメというらしい―――によって、神殿というにふさわしい荘厳な雰囲気がある大広間に連行された。
「……あなた達だったのですね」
そういうと大広間の向こう側から一つの人影が現れ、その姿を徐々に明確にさせていく。
その様子を見てアンジュたちはハッと息をのんだ、見たことがある顔だったからだ。
「あ、あなたはあの時の!ドラゴンと一緒にいたメイルライダー!?」
「私の名前はサラマンディーネ―――真祖アウラの末裔にしてフレイア一族の姫、近衛中将をしています。ようこそ真なる地球へ、偽りの民たち。そしてお帰りなさい、シャア=アズナブル」
「…今の私はフル=フロンタルだ、シャア=アズナブルとはいえん」
「あら、これは失礼を。しかし宇宙世紀に実在した『赤い彗星』であることには変わりないのでしょう?」
「……ご想像にお任せする」
「ぐるる?(どういうこと?)」
ドラゴンとなっていたヴィヴィアンの声を聞いたサラマンディーネは思い出したかのようにフロンタル達の後ろに控えていた二人に声をかけた。
「そういえば、そのままでは不便ですわね――カナメ。彼女を医務室へ」
「――は、承知しました」
「ぐる、ぐるー(とりあえず、ついていくねー)」
そういうとカナメはヴィヴィアンを連れて大広間を去っていった、残されたフロンタル達は引き続きサラマンディーネの説明を聞くしかなかった。
事の始まりは宇宙世紀末期、超対称性粒子のエネルギーである『ドラゴニウム』がある人物によって発見されたことからでした。
画期的であったそのエネルギーは世界を照らすはずが……その力は残念ながらすぐさま戦争に転用されてしまいました。
それに伴う環境汚染や民族、宗教、格差、そしてアースノイドとスペースノイドの対立―――何一つ解決できないまま人類は争い続けてしまい、やがて滅んでしまうまでそう時間はかかりませんでした。
そんな現実を前に一部の人間たちは新天地を―――異世界にある地球へと旅立っていきました。
しかし残される人間たちも当然出てきます、新天地に行く力すら残っていなかったのです。
そして残された人類は大きな決断をします、汚された地球で生き抜いていくために自分たちの遺伝子を操作することで生態系ごと適応するようにしたのです。
それはアウラ―――汚染した世界に適応するために最初に自分自身の体を改造した偉大なる始祖、そのアウラと共に残された人類は地球の浄化と贖罪の為に生きていきました。
男性は巨大なドラゴンへと身体を改造し、その実を世界の浄化のために捧げていきました、結晶化したドラゴニウムを体内で安定化させているのです。
女性たちは時に姿を変えて男性たちと共に働き、時に子を産み育てていきました。
しかし偉大なる始祖アウラはある人物によって連れ去られてしまいました。
ドラゴニウムを発見してラグナメイルを発明したその人物――エンブリヲによって。
当然、残された人類はアウラを取り戻すべく行動を開始しますが、エンブリヲはそれを逆手に取りました。
連れ去ったアウラを利用して、マナという偽りのエネルギーを作り出しました―――ドラゴン達の体内にあるドラゴニウムを利用する事でマナを作り出していたのです。
「あなた方の世界にあるはずです。ドラゴニウムの制御施設――――確か、暁ノ御柱という名で呼ばれている施設が」
「――暁ノ御柱っていった?ミスルギ皇国の皇族が成人の儀をおこなう、あの?」
「ええ、そうです」
「なるほどな、そういう仕組みか。マナに適応しない存在―――都合の悪い存在であるノーマを尖兵に仕立て上げ、制御施設を守らせてドラゴン達を殺させるだけでなく、ノーマという存在自体を間引く。そしてドラゴンの体内にあるドラゴニウムを回収してアウラに与えることで無理やりマナを生み出させていた…というわけだ」
「その通りですわ、さすがの理解力です『赤い彗星』殿―――まさか数百年前に行方不明になっていた人物が未来である現代にタイムスリップをしていたなんて驚きです」
「…だから私のことを知っていたというわけか」
「さよう。古の記録にもありましたが、あの戦闘の折にも感じました――――まさに彗星のごとき機動には些か苦労しました」
まるで相手にもしてもらえなかったようですし――――そう言って笑うサラマンディーネになんとも言えない表情を向けるフロンタルだった。
仮にも殺し合いをした相手なのに、サラマンディーネは子供のように楽しそうに笑っていたからだ。
「できればあなた方とは戦いたくありません、私たちの本来の敵はエンブリヲなのですから」
「不必要な戦闘を避けられるなら、それに越したことはないな。君たちはどうするかな…アンジュ、ナオミ」
「私は私の道を行くだけよ、元の世界に戻るわ」
「…わかりません、今は情報を整理することで頭いっぱいで…」
「アンジュさん、どのようにしてお戻りになるつもりですか?」
サラマンディーネに問われるも答えることができなかったアンジュは口ごもるしかなかった、自分たちだけでは次元を超えるなんて出来ないからだ。
かといってアンジュもナオミも、今さらドラゴン―――ほかの世界の人間たちとは共闘できるか、といわれると簡単に頷けはしなかった。
「私たちはアウラを奪還するために再度あなた達の世界に侵攻する手筈を整えています。それが行われるまでにはお返事を―――色よい返事を期待しております」
そういい立ち去ろうとするサラマンディーネ。
しかし彼女はふと思い出したかのように表情を変えると、フロンタルに話しかけてきた。
「フル=フロンタル、あなたにはぜひ訊きたいことがあるのです」
「何かな?あいにく女性を喜ばせるような話題はもっていないのだが」
そう真顔で答えるフロンタルを見て、サラマンディーネはくすくす笑い声を上げてしまう。
「いえ、十分にお持ちですよ。あなたが一体何者なのか、あの機体についてなど――――なにせ失われた技術を、歴史を、そして『器』をお持ちなのですから」