「このグレイブは新兵用だから、念入りにチューニングしといて―――あ、お兄さんこっちこっち!」
「確かメイに呼ばれているとかいう話だったわね、フロンタル。案内するわ」
小柄で若い整備兵―――メイによばれ、サリアの案内で数々のパラメイルが並ぶハンガー内をフロンタルとサリア、ヴィヴィアン、エルシャと合流したヒルダ、ロザリー、クリス、ナオミが進んでいく。
内心予想よりも幼い整備兵の姿に驚くフロンタルだったが、重要なのは年齢よりも腕前だなとも思いなおす。
「色々と訊きたいことあるんだけどさ、まずはこれに入ってみてよ」
そういいながら、メイはシュミレーターと思しき筐体をポンポンと叩く。
その仕草に言わんとすることを察したフロンタルは頷いた。
「習うよりも慣れろ、ということか」
「そういうこと。乗ってもらう機体はグレイブっていうんだけど……簡単な説明はするからさ、先ずは自由に動いてみてよ」
「了解した」
そういうと颯爽と筐体内へ入り、ゆっくりと閉められていく世界の中でフロンタルは自然と口角が上がるのを不思議に感じていた。
そして次の瞬間――――あの時に似ている感覚、シナンジュを強奪したときのあの時覚えた既視感によるものだということはすぐに理解できた。
モビルスーツとは違う形式ではあるが、人型機動兵器の基本構造はあまり変わりないとアタリをつける。
そしてフロンタルはモニターに広がっていく目の前の仮想空間を見ながら自然と言葉を発していた。
『フル=フロンタル、グレイブ―――出撃する』
※
「何なのかしら、新しいノーマって…珍しくても虫は虫でしかないでしょうに」
アンジュは不機嫌そうにしながらアルゼナル内のハンガーに向かっていた。
以前ヒルダたちにいたずらされて自分の機体であるヴィルキスごと墜落の憂き目にあったので、定期的に自分自身の目で機体の状態を確かめないといけないといけなくなったからだ。
さらに世界初の男性のノーマであるフロンタルの話題で盛り上がっている周囲に、本当にしょうがないと憐憫の念すら覚えていた。男性など自分からしたらいくらでもみた経験くらいあるのだから。
そんなアンジュの側に仕えるモモカは機嫌がよろしくない主人にわずかばかりに進言する。
「アンジュリーゼ様、あまりそのような発言は控えてたほうがよろしいかと…」
「本当のことでしょ」
そう言い放つ主に困り顔をしてしまうモモカ。
元々はミスルギ皇国の第一王女だったアンジュは本来の身分と名前を剥奪され、ただのノーマとしてミスルギ皇国からアルゼナルへと身柄を送られてしまった。
――――だがそれでもモモカの忠誠心は揺らがなかった。
きっとお変わりないのだと信じていたが皇女であった主が自力で生活できているのか心配になり、心配しすぎるあまりミスルギ皇国からアルゼナルへ向かう補給物資を積んだ便を利用して密航を決行する。
結果としてアルゼナルに到着し、念願の再会を果たした時からも思ったが――本当にお変わりがなくてよかったとモモカは思う。
本当は気になっているからこそ興味ないフリをしているだけなのだ、噂では人間であると話しているらしいからこそ人間からノーマへとなってしまったであろう噂の存在が気になってしまうのだろう。
「ま、どうでもいいわ。私は私の道をいくだけだもの」
そういうアンジュに思わず苦笑してしまうモモカ。
アンジュはヴィルキスとやらを整備できるまでに成長したのには感動を覚える一方で、モモカ自身は機械の知識がないので主のサポートぐらいしか出来そうにないのがちょっとした悩みであった。
「…何なのかしら」
目的の場所であるハンガー内の雰囲気が、なにやら普段と様子が異なりおかしいことになっていることをアンジュは肌で感じた。
ハンガー内を見渡すと、シュミレーション用の筐体の前に第一中隊の面々がそろって画面を見ていた。みな一様に驚愕しており、目の前の光景が信じられないようにしてみている。
中には口をポカンと開けている者すらいるほどだ。
(………)
興味本位でアンジュは筐体の前にいる面々のところに足を向けて覗き込むと、そのデータが表示されている画面には――――通常のメイルライダーの三倍という驚愕のスピードで移動しており、次々に仮想敵のドラゴンを撃墜してゆくデータが示されていたのだ。
一機では時間稼ぎすら難しいはずのドラゴン達による包囲網を物ともせず、自由に飛び回り次々に敵を撃墜してゆくグレイブが作り出すあまりの光景に、不意に幼いころに見た彗星みたいだなとアンジュは思ってしまった。
(――――存外に扱いやすい機体だ、モビルスーツとは違い小回りがきく)
フロンタルはメイに言われたとおりに自由にシュミレータ―内で機体を動かしていた。操作もほどなくして問題ないと判断されたため、訓練の一環でドラゴンとのシュミレーション戦闘を行う運びとなったのだ。
もちろんモビルスーツとは異なるが、操作性に癖がなく自分の操作にもある程度の追従性を発揮したためフロンタルは内心驚いていた。
(さすがにシナンジュほどとはいうまいが、いい機体であることには間違いない…この分なら実際の機体テストも問題なさそうだ)
これからの自分の相棒ともなる機体である。
予想よりも良好な結果となっていることに満足するフロンタルであったが、メイのアナウンスが筐体内に響き渡るのを聞いて手を止める。
【…そろそろ終了するとしようか、フロンタル】
「了解した。メイ、私の操縦はどうだったかな?」
【十分に分かったよ、お疲れ様】
モニターが真っ黒になり、筐体が開かれるのを確認してから降りたフロンタルは周囲から向けられる驚愕の視線に違和感を覚えた。
気が付けば二人ほどこちらを見ている面々が増えていたからだ。
「…そちらの二人はどなたかな、サリア」
「金髪がアンジュ、もう一人はモモカよ。アンジュはうちのメイルライダーだけど、モモカはアンジュのメイドだそうよ」
「初めまして、フル=フロンタルというものだ。これからよろしく頼むアンジュ、モモカ」
「……仮面をして怪しい男ね。なれ合うつもりはないわ、よろしくされるつもりもない」
突き放すようなアンジュの言動に苦笑するフロンタル。慌てて頭を下げるモモカに気にしていないという意味で軽く手を振り、仮面に手をやる。
「仮面をしているのには理由がある」
「何の理由かなんて聞いていないわ……一応聞いておくけどあなたが噂の男性のノーマよね」
「一応、そうなるな」
仮面をしているのは人々の器となる為の決意である、といっても怪しまれるだけであろうと考えたフロンタルはそのまま流すことにした。
仮面に込められた意味を理解してもらうためには、宇宙世紀におけるスペースノイドの歴史から自分が所属していたネオ・ジオンのことまで話さなければならなくなるからだ。
「あなたは私の邪魔になりそうにないみたいだけど、一応言っていくわ。邪魔だけはしないで」
「仲間の邪魔などせんよ。する必要性もない」
そうフロンタルが答えると鼻を鳴らしてヴィルキスの元へ去っていくアンジュとそれを追いかけるモモカ。
そんな二人を後目に、フロンタルの周囲に人が集まってきた。
「すっげーな、フロンタル!どーやったらあんな動き方できるのさ?」
「隊長としては使い物になりそうで一安心だけれども、見ててひやひやする機動ね。実戦ではできるだけ此方に協調して動いてもらえると助かるわ」
「それは勿論だとも」
フロンタルの操縦を見て皆一様に驚いていた。
メイルライダーとして扱われるように知らされたのは今日だというのに、まるで自分の手足であるかのようにパラメイルを操縦してみせたフロンタルに感心しきりなのだ。
兵器を運用するには慣熟訓練を経てやっと操縦できるようになるはずの所を初めてでやってのけたフロンタルを内心怪しむ者もいるが、概ね歓迎されているところを見るにスコア上の最善を尽くしたのは間違ってはなかったとフロンタルは内心安堵する。
「私としてはこのままパラメイルに実際に搭乗したいところだが――」
そうフロンタルが言うやいなや、ハンガー内に警報が鳴り響く。
【――第一中隊、指令室に集合せよ。フロンタルもだ】
ハンガー内に響くその声にサリアはいち早く反応する。
【司令、こちらサリアです。第一中隊全員ハンガーにそろっています】
【そうか、ならばこのまま指令を通達する。シンギュラー反応が複数感知された、速やかに当該区域にいき出現するドラゴンを掃討せよ。フロンタルもだ】
「「「イエス、マム!」」」
第一中隊の面々が一斉に返事をする傍ら、思いのほか早く出番が回ってきたことにフロンタルは不敵な笑みを浮かべていた。
「そういえばフロンタルさんはライダースーツはどうするんですか?」
「私にはスーツは不要だ」
そう言い放つとフロンタルは新たなる愛機―――グレイブに颯爽と搭乗する。
まさか通常の服のまま搭乗するとは思ってみなかった第一中隊の面々だった。
皆一様にして驚愕したものの、ヒルダなどは度胸のある新人ライダーを気に入ったらしくニヤリと楽しそうに笑っていた。
「――いいねぇ、度胸あって勇ましいときた。おい新人、あたし等は着替えてくるが、全部撃ち落とすんじゃねーぞ」
「それは確約できんな。レディファーストといきたいところだが、こちらも懐事情が切羽詰まっているのでね」
「あたしらだって稼がなきゃいけないから、獲物とっておけって言ってんだよフロンタルさんよ」
「…むしろ撃ち落とされればいいのに」
ロザリーやクリスからも声をかけられる。言外に嫌われているようだが、特に心当たりもないのでフロンタルはスルーすることにした。
「これがメイルライダーとしては初陣なのだから私の指揮に従ってくれればいいわ、間違っても単独行動しないように」
「イエス、マム」
サリアからも釘を刺されてしまったフロンタルは上官の指示に返答する。
いつ以来だろうか。誰かの指揮下で一兵卒として戦うのは…と感慨深げに思いつつ静かに出撃の時を待つことにした。
※
『―――――嘘?』
一つ、また一つ、と竜の華咲き乱れていく様を見ながらナオミは共通の通信チャンネルに誰がが呟いたのを戦闘中に聞いた。
まるで現実味がない光景。たった一機のグレイブと呼ばれるパラメイルに次々に小型のドラゴン―――スクーナー級と分別されているドラゴン達が撃墜されていく様は、まさに無双というのが相応しいだろう。
おそらく返り血で機体の色が赤くなっているのであろう、最初は白かったはずのパラメイルの色が徐々に深紅の色へ変わっていく様は圧巻としかいいようがない。
自分たちがドラゴンを撃墜していくスピードよりも本当に三倍は早く、その圧倒的な存在感をナオミは肌で感じざるを得なかったのだ。
『フロンタル、前に出すぎよ!いったん下がって防衛ラインを維持することに専念して!!』
『戦況的にはこうしたほうがいいと思ったのだが、そうはいかないか。イエス、マム』
『だから暴れすぎんなって言ったんだよ、新人が―――チームワークのくそもねえ!!!』
『にゃはは、実際新人だし落ちてないだけいいじゃん。いい結果出してるっぽいし』
『――それでこっちの稼ぎが減っちゃ困るって言ってんだよ!』
『ふむ、了解した。防衛ラインの守りに入らせてもらうとしよう』
そういうと、フロンタルは自身の機体を戦闘区域内の後方に向けて移動させる。
フロンタル自身はあまり暴れているつもりがなかったのだが、隊長であるサリアから注意されてしまっては引かざるを得ない。自分の行動で味方に不利益が出るのは本意ではないからだ。
『フロンタルさん、大丈夫ですか!?』
『その声はナオミか。私は特に問題ないよ―――どうにも暴れすぎてしまったようだ。帰ったらサリアから怒られるな、これは』
そういう問題ではないような気がしたナオミだったが、自分も後方支援の任務があるのを思い出して気持ちを切り替える。
ヒルダ、ヴィヴィアン、アンジュたちが前衛で動いているものの、どうしても撃ち漏らしがでてしまうことに加えて、前衛が危なくないように支援砲撃を行いドラゴン達に対して牽制する必要があるからだ。
『ナオミちゃん、後輩を心配しるのもわかるけど私たちは私たちで頑張りましょ』
『うん、わかったよエルシャ』
ナオミはエルシャにそう返答すると集中するべく前を向く。
戦うことできっと明日がよりよくなると、そう可能性を信じて。