フロンタルがアルゼナルへ来てからはや一か月が過ぎようとしていた。
「ふむ、やはり世界を知るために本から学ぶというのはいいものだ」
「そうだねー。あとでわたしの『しゅくだい』もてつだってよ、フロンタル」
時にこの世界の勉強のために、幼年部の少女兵たちと図書室で一緒に勉強するフロンタルの姿がそこにはあった。
一見大人が子供に勉強を教えているように見えるが、実際はフロンタルが幼年部の子供たちからこの世界のことについて学んでいた。
一緒に授業を真面目にうけ、なおかつ期待のメイルライダーと噂されるようになっていたので、幼年部の子供たちからの人気が高いフロンタルだった。
着実に撃墜スコアも稼いでおり、自発的に協力しているのもあってかメイからもちょくちょく機体のチューニング作業を手伝ってほしいと依頼も受けている。
フロンタル自身としても自分の機体をより深く理解する必要があると考えていたので、渡りに船といわんばかりに協力している。
その関係もあってか自然と整備班の面々とも交流することになっていき、着実にパラメイルの知識を蓄えていった。
そうすると出撃した際に機体が前よりも徐々に反応性がよくなっていくのをより実感することができ、撃墜スコアも自然とよくなっていき第一中隊内での評価も比例して上がっていく。
以前は嫌われている感覚を覚えたロザリーやクリスからも嫌味を言われること――フロンタル本人はそう思っていないが――も自然と減っていったのは棚から牡丹餅というやつなのだろう。
午前は幼年部での勉強、午後は整備か出撃―――それがフロンタルの新しい日常となるまでにそう時間はかからなかった。
ジル司令からも特に初めて出会ってからは何も指示が出されていないし、サリアをはじめとする第一中隊の面々――ヒルダとアンジュ以外――とは概ね良好な関係を築きつつあると自負するフロンタルは無自覚ながら、なんとも形容しがたいが充実感を覚え始めていた。
それは以前の『器』としてはなく『フロンタル』として生きることが段々と知覚でき始めている為なのだが、それをまだ彼は知らないし知る由もない。
「そういえばフロンタルはフェスタ、どうするのー?」
「フェスタ?祭りのことか、私はそういうものに参加したことがないからわからんよ、今のところジル司令からも特に何も指示は受けていない」
「ちがうちがう、フロンタルがフェスタでどうしたいのかききたいの」
一番仲がよくなった少女であるミリアから質問されたフロンタルは戸惑ってしまった。
ネオ・ジオンの総帥として連邦政府との戦いに明け暮れていたので、式典などはそつなくこなすことはできるだろうが一般人が想像するフェスタ――楽しむ祭り――に自分自身が参加しているイメージが浮かんでこないのだ。
「―――考えもしなかったな、私が何をしたいのかなど。今まで生きてきたが、求められるがままに応えるだけだった」
ミリアをはじめとする周囲の子供たちが不思議そうに見つめてくる。
フロンタルはその曇りなき眼に映る自分を見て、如何に【器として生きてきたこと】が歪なものだったのかを映されているように感じとれた。
「えー、へんなの。みんなフェスタは楽しそうにしてあそんでるよ」
「ぶたさんのレースとかロザリーおねーさん楽しそうにしてるし」
ねー、と言い合う幼年部の面々をみて、皆が楽しんでいるようなフェスタに興味がふと沸いたフロンタルは何か自発的にしてみたいという衝動に駆られてしまったが、何をしたいのかすら思い描けないもどかしさが湧いてくるばかりだった。
(こんな簡単な質問にも答えられないとは情けない限りだな…ほかの面々にフェスタを楽しむコツを訊いてみるか)
そう思う一方で誰に訊いたものか悩むフロンタル。
こういうときは経験者から訊くのが一番と考えたものの、よくよく考えてみればキャッシュは借金返済に充てており―――遊ぶというのも現実的ではない。
弾薬や食事などは配給でまかなえるし、やることも仕事か勉強ぐらいなので娯楽に対する興味も今までなかったのだ―――とりあえずは自由行動でいいのか確認しておこう、唯一の男のノーマが勝手にフェスタ会場をウロウロしてもいいものかともフロンタルは頭の片隅で考えていた。
※
「それで私の所に来た、と。まぁ私が直接の上司にあたるんだし、間違いではないわ――――個人的に言わせてもらえれば、好きに過ごしてはいいとおもうけど」
先ずは自分が所属する第一中隊の隊長であるサリアに報告するべきと考えたフロンタルだったが、サリアにとってしたら呆れるしかなかった。
どこの世界に【休日の際に何したらいいか馬鹿正直に質問してくる人物】がいるというのだろうかと考えたところで、目の前にいる事とその人物が現在置かれている環境を考えればわからなくもないかとサリアは思い直した。
(まず間違いなく目立つから、フェスタに思わぬ影響が出かねないわね)
女性のみだったはずのノーマ達に男性という『異性』が現れたことに対するアルゼナル内の反応は良くも悪くも予想外のものであったことを思い出したサリアは思わず溜息をつきたくなった。
幼年部の子たちや整備班、そして自分をはじめとした第一中隊の面々も一か月たったいまだからこそ少しは異性がいることに慣れてはきている。
だがそれ以外のノーマからすれば接触する機会も少なく、あう機会があったとしても食事か訓練くらい―――意外なことに彼は文句を一切言わない―――である。
その際も興味本位から彼はその場にいる面々から注目を浴びがちであることには違いない、なんせこの一か月で彼がたたき出した戦果は尋常ならざるものであったからだ。
ほかの中隊からも彼について質問されることがあったサリアは辟易としていたが、ジル司令からいわれた監視任務についてもある手前、またフェスタを行う上での安全保障上の問題も踏まえてフロンタルの質問を無下にはできなかったのだ。
「フェスタはノーマに与えられた年に一度の休日よ。だから基本的にアルゼナル全員が休むことになる、もちろん一斉に休んだら問題が生じるから交代の時間もあるけれど―――メイルライダーは原則一日休日よ」
「そうか。ならば何か仕事がないのか、ジル司令に伺うとしよう。飲食しようにも手持ちがないのでね」
ない袖は振れぬというのが適切な状態のフロンタルに呆れつつ、サリアはフロンタルに同行する形で指令室に赴くこととなった。
※
「………話は分かった、確かに問題ではあるな。確認だがフロンタル本人としては何かすること、できればフェスタに関することの仕事が欲しいとのこと認識でいいか?」
「ああ、そうだ。周囲がフェスタで盛り上がっている中でわたしだけ何もしない、というわけにもいかないだろう」
サリアがなんとも言えない表情をこちらにむけているのフロンタルは横目で見ながら、ジル司令にそう答えた。
「特にこれといって現段階で要請することはないな、警備も通常通りに行う予定であるし…フェスタですること、か。確かに悩ましいことだが…何もやる事がないというわけでもあるまい」
そういうものの、ジルも内心で扱いに苦慮しているのだった。
フェスタでは伝統としてみな水着で―――制服やライダースーツでは息が詰まるから―――過ごすこととなっている。
この男がそれで興奮することなどありえないだろうが、まだフロンタルをあまり知らない面々がフェスタの空気にあてられて色々面倒なことを起こす可能性のほうがある事実にジルは頭を抱えそうになる思いだった。
隣にいたエマ監察官も同様に考えたのだろう、頭を抱えるような仕草をしていた。
「フェスタですることがないから聞きに来るって―――ナオミじゃあるまいし」
「ナオミもなのか?彼女は何の問題もなく楽しめそうだが」
ナオミはアルゼナル育ちといっていたので、フェスタは何度も経験しただろうに何があったのだろうかとフロンタルは疑問に思う。
「忘れているようだけど、ナオミはあなたに次ぐ借金を背負っているのよ。フェスタにもあまりお金はかけれないでしょうね」
「――ああ、そういえばそうだったな。あんな若さで大変だな……ジル司令、話を戻すが私はやはりフェスタには参加しないほうがよさそうかな?」
「……フェスタにはマナの偉い方が毎年視察に来られることになっているから、できる限り不安要素はなくしておきたい。どうしてもなにかしたい、というならば不測の事態に備えて自室待機してもらえると助かる」
「……イエス、マム」
暗に何もしないでほしいといわれると、フロンタルは――自分でも意外だったが気落ちしていた――ジル司令が言わんとすることが理解できなくもなかったので受け入れる。そして指令室を出ようとすると、
「――すまない」
そういうジル指令の言葉がフロンタルの背中に寄り掛かった。
その言葉に幾分か救われたような気がしたのでフロンタルは改めてジル司令に向き直り、一礼してから指令室を後にした。