「えー、それじゃフロンタルはフェスタ来れないのか」
「それは残念ね、指令も苦慮されての判断でしょうし……フェスタの時に屋台が出るでしょうから、何か買ってくるわフロンタルさん」
「そう言ってもらえるとありがたいな、ヴィヴィアン、エルシャ」
とりあえずフェスタ当日には待機するように命じられたフロンタルは食事をするために食堂を訪れたのだが、偶然第一中隊の面々と会ったので一緒に食事をすることにした。女性陣の話は自然とフェスタの話題になり、みな楽しげにしていたのだがフロンタルだけが参加できないことが驚きだったようだ。
「まぁ、仕方がない。こうして生活させてもらえるだけでも有難いのだから文句は言えんよ」
「オトナだなー、フロンタル」
感心するヴィヴィアンと対照的にエルシャはやや悲しそうな顔をする。
そんな二人に有難みを感じたフロンタルは当日は自室にてしっかりと身体を休めることにした。何かをしたい衝動に駆られたとはいえ、客観的に自分自身が置かれている環境を考えればジル司令の判断もわからなくもないからだ。
なにせここはアルゼナル――ドラゴン達と戦う一大軍事拠点なのだから、不測の事態に備えなければならない。そのアルゼナルが行う一日の休日、フェスタの意味合いは通常の祭りとはその重要度が違う。
常に死と向き合っている彼女たちノーマが唯一羽を伸ばせる休日がフェスタなのだ、その日のために生きているといっても過言ではないのだ。そんな日に予期せぬトラブルなど発生させたくないのは、嘗てネオ・ジオンを率いていた経験を持つフロンタルには共感できるものであったのだ。
「大人などではないよ、何もできない子供とさして変わらん」
「んー?どういうことだい、フロンタルさんや」
「自発的に何も起こせない機械とさほど変わらないということさ」
「それは違うと思うなーアタシ。フロンタルは自分を人間っていってたし、こうして自発的に何かするかできないか探したじゃん」
そう話すヴィヴィアンに不意を突かれてしまったフロンタルは思わず笑ってしまっていた、自分が知らず知らずのうちに『器』ではなく『人間』に近づいていたのをうっすらとだが初めて自覚できたからだ。
「――ありがとう、ヴィヴィアン。これで一つ私は『私』になった」
「?まぁ、いいや。どういたしましてー」
フロンタルはヴィヴィアンに自分なりの礼を言うと、食堂の時計を見やる。
午後になっていたのでこれからは整備と訓練の時間だな――自然とほほ笑んでいる自分が不快ではないのを感じながら、フロンタルは食堂を後にするのだった。
※
フェスタ。その日は一日アルゼナル内は休日であり、皆笑いながらたった一日の与えられた休日を思い思いに過ごしている。
そんな中フロンタルはというと、自室にて図書室からかりた本――『このせかいについて』――を読みながら、改めて自分が持ちうる情報を整理していた。
マナ、ノーマ、ドラゴン、この世界の成り立ち。
ある人物がマナの光を数百年前に発見し、人間がマナの力を得た。マナの光によってエネルギーや食糧問題、はては宗教対立なども解消されたとのこと。
そうしたことにより世界的に平和が実現――争う必要がないから――したらしい、それは確かに素晴らしいことだ。
だが、燃料なく走る車があるだろうか?とフロンタルは考えている。何かをするということは何かを消費する質量保存の法則がぶれるはずもないだろう。
またドラゴンが次元を超えてやってくるというが、何のために?という疑問が尽きなかった。世界を超えてまで彼らが欲する何かがこの世界にあるということなのではないか、と仮説を立てていた。
フロンタルはわざわざ次元を超えるほどの能力を持つドラゴン達が自分たちが生活する世界にはない何かを求めているのだ、そうとしか考えられなかったのだ。
単純に食料を求めているのなら自分たちの世界だけで食物連鎖が成り立つと考えられる。そうでないならそもそも生物として存続できないはずだ、しかしドラゴン達がわざわざ次元を超越して此の世界に出現しているのが現実である。
マナを使える人間からマナを使えないノーマ――何故か女性だけである――が生まれるのも不思議であったが納得できる、極まれにそういうこともありえるだろう。
しかし――――いくら学んでもフロンタルは腑に落ちかった。
マナと呼ばれる人々はなぜノーマを救済するどころか、まるで異物であるかのような狂気とも思える忌避感をもった扱いができるのだろうか?
ノーマを生んだ親たちは生んだわが子が、いくら法律によって決まっているとはいえアルゼナルという隔離施設に収容されることを本当に受け入れているのか?
なぜノーマは万能であるマナの光を扱えるようにならないないのだろうか?
(考えれば考えるほど、歪だな)
エルシャが買ってきてくれたたこ焼きを頬張りつつ、フロンタルは思考の渦に飲み込まれそうになるのを感じた。
こうして情報を整理してみると万能こそ欠陥であるとさえ思えてしまう、そんなマナの光とやらを信じる気持ちになれなかったのだ。
そんなフロンタルの耳に突如、通信から発せられる音声が入った。
『――フロンタル、指令室へ来い。今すぐだ』
「イエス、マム」
何やらトラブルかと思い、フロンタルは読んでいた本を閉じて机に置いてから指令室へ赴くべく部屋を出る。
指令室に向かっている途中、水着姿の女性と数度すれ違うものの特に声かけられることもなくスムーズに到着できた。
トラブルでも起こっている気配がないのだが、と内心で首をかしげる。
「来たか」
「ジル司令、いったい何の要件だ?」
「当該区域内にシンギュラー反応が確認された―――ほかの第一中隊の面々も呼ばせている。敵の詳細が確認でき次第、フェスタを中止してドラゴン殲滅体制へ移行するつもりだ」
「フェスタの中止か…それはやめていただけないかな?」
自然と出た司令への言葉、それはここにきて初めての心から発した自分からの意思表示だった。
「第一中隊を呼んでいるといったかな、ならば敵を片付ければ問題はないはずだ」
「すぐに出せるのが第一中隊のみだ、ほかの者の意見も聞かねば――――いや、フロンタル…お前が先行して敵を可能な限り殲滅せよ。お前なら撃墜されまい」
「イエス、マム」
皆の笑顔が消えてしまう。それだけは避けなければならないと自分から思えたことに内心戸惑いつつも、指令から許可を得たフロンタルは不敵に嗤った。
―――やっと自分もフェスタに参加できそうだ、と。
※
一機のパラメイルが、空を舞っていた。
一つ、また一つ、と竜の華を散らせながら次第に早く、そして赤く染まっていく。
―――その様はさながら血に飢えた吸血鬼か、猟犬か―――
どちらにせよ異常としか言えない機動をしているのは間違いない。
なぜなら巡行形体からヒト型へ、ヒト型から巡行形態へと次々に変形を繰り返しながら時折ドラゴンを蹴って加速していく様を見れば、正気とは言えないからだ。
そんなことをすれば加減速する際に生じる重力にメイルライダーのほうが耐えられるわけがなかったのだ……通常ならば。
しかしフル=フロンタルは通常のメイルライダーではなかったのが、ドラゴン達にとって不幸としか言えなかっただろう。
彼の強化された肉体にとっては、その変則的かつ複雑な機動と加減速によって生じる肉体への負荷は過酷であることには変わりないが不可能というほどでもないのだから。
これではまたヒルダやアンジュから叱られてしまうな―――フロンタルは頭の片隅でそんな風に考えつつ、小型のスクーナー級ドラゴンの群れを狩っていった。
圧倒的な戦闘力をして繰り広げられている光景を目の当たりにしたオペレーターであるパメラが一瞬だけとはいえ、言葉を失ってしまうほどの戦果を挙げ続けているフロンタル。
メイルライダーのモニタリングを担当しているオリビエもまた、目の前のデータが信じられなかった。
あれだけ無茶な戦闘をしておきながら揺らぐことなどないかのように安定しているバイタルデータ――――――それは彼にとって負担になっているわけではないという証左であったのだから。
『相変わらずすごいなぁ、フロンタルさん――――援護します!』
『私たちも負けてられないわね、各機フォーメーションを崩さないように留意しつつ、迎撃よ!!』
『りょーかい――――およ?あれはなんぞな』
ヴィヴィアンが疑問の声を上げたのを聞いたフロンタルはモニターを見ると、一機の輸送機が戦闘区域内に入り込んできたのを確認できた。
『―――ローゼンブルムの輸送機?』とサリアが疑問を口にした。
『危っねーな、撃ち落とされても文句言えねーぞアレ』
『…通信にもでないし、護衛も付けてないみたい――どうする?』
『さすがに来賓の客を危険に晒すわけにはいかないだろう―――サリア、私が行こう。この位置からならば間に合う』
ロザリーやクリスが戸惑っている中、フロンタルはそう判断した。
フェスタにきていた来賓の客が混乱してアルゼナルから離れようとしているのだろうと思うものの、こういう時は大人しくアルゼナル内に避難していてほしいものだ…とフロンタルは考えていた。
『仕方がないわね、ほかのドラゴンは私たちが引き受けるわ。フロンタル、無茶はしないように』
『イエス、マム』
巡行形体へと機体を変形させ、すぐに輸送機の護衛に入るべく移動を開始するフロンタルは違和感を覚えていた。
妙に覚えのある感覚を輸送機から感じ取れたが…彼女たちが戦闘区域内を非武装の輸送機で突っ切ろうとするなんて無茶なことはしないはず、と考える。
――その直感が悪い意味で当たっていることを知る―――
帰ってきてから改めて報告のために赴いた指令室にて、ヒルダとアンジュがモモカも一緒に連れて輸送機を強奪してアルゼナルを脱走してしまったことを。
脱走したノーマは捕まって再度送還されればいいほうで、下手をするとその場で射殺されても文句は言えないとのこと。
マナをの偉い方を縛って格納庫に押し込んでいたのも罪が重い――それを知らされたフロンタルは僅かながら焦燥感を覚えていた、それは今まで感じたことのない心の中をかき乱される感覚だった。