翌日、指令室に全員来るように言われたフロンタル達はジル司令からの通達を受けていた。
「第一中隊、そろっているな。ある筋から二人の居場所の情報が入った―――これよりナオミにはアンジュを救出にミスルギ皇国へ、フロンタルにはエルドランドへと向かってもらう」
「待ってください、どうしてナオミとフロンタルなんですか!?納得のいく説明を求めます!!」
ジル司令の命令に、いつもは冷静沈着なサリアが珍しく感情的に食らいついていた。
「ナオミの機体はアーキバスのパーツが一部使われていることから手っ取り早く増槽処置を施せるからだ、またフロンタルのパラメイルにはもともと本人の希望から武装よりも、増槽処置を優先して施してある。よってこの二名が最適だと判断した」
「ですが!」
「もちろん二人以外のパラメイルにも増槽処置も急がせてはいるが、事態は急を要する。わかってくれサリア」
「―――――ッ」
「サリア、ここは指令の言うとおりにしよう。ことは一刻を争う」
歯を食いしばりながら何とか納得しようとするサリアだったが、彼女の歯軋りの音は今にも周囲に聞こえてきそうなほどであり、無意識に鬼気迫る表情をしていたが無理やり納得しようと努めているのはフロンタルにも判った。
「ナオミ、我々の協力者と接触してアンジュを確保せよ。誰よりも早く、だ」
「イエス、マム!アンジュの身の安全を確保するためですよね、わかりました!」
「ヒルダの居場所は分かっているのかな?」
アンジュ救出の為に協力者がいるという情報があるならばヒルダ捜索にも協力者がいるはずであるとフロンタルは考えたが、ジル司令からでてきたのは否定の言葉だった。
「ヒルダについてはまるでわかってはいない、私たちも現在捜索中だが出身地であるエルドランドに向かっている可能性がある」
「イエス、マム。最善を尽くそう」
エルドランドの位置を世界地図から確認し、自身の機体に向かうべく指令室を後にするフロンタル。
そんな彼の背中にサリアからの視線が冷たく突き刺さっていたのを彼は感じ取っていた、これは嫉妬されているのだと知覚するまでそう時間はかからなかった。
※
風光明媚とはこのような光景をいうのだな、と思いつつフロンタルは郊外の森へ自分の機体を隠していた。
いかんせん、パラメイルをそのままにしておけば目立ってしょうがないからだ。
そのあとでヒッチハイクを繰り返して移動するフロンタル、その中で詳細な情報を事細かに把握することに注力していた。
エルドランドの名物料理がアップルパイであること、ミスルギ皇国でノーマであることが判明した第一王女が帰還したところを再び拘束されたこと、最近奥さんとはうまくいっており愛娘が可愛くて仕方がないことなど、農場の経営者であるという男と話して情報を得ていた。
「――っと、着いた着いた。悪いね旦那、ここまでだよ。探し人が見つかるといいねえ」
人懐っこそうな男に苦笑しつつ、不意に自分の腹が鳴るのを聞いたフロンタルは恥ずかしいと思った。その音を聞いた農場主の男性は大笑いしてしまった。
「はっはっは、旦那腹が減っているんかい?よかったらウチでアップルパイでも食べていきなよ。さっきも話したけどウチのかみさんのアップルパイは絶品だぜ」
「これはありがたい、なんせ食事もとるのを忘れるほど急いでいたのでとても助かる」
急いでいるものの、せっかくの厚意を無下にするのも悪いかと思いアップルパイをいただくことになったフロンタルは久々の食事――ノーマ飯以外の――を食べることにした。
車のキーを差しっぱなしにして車を降りていく男が歩いていく先を見やると、立派なリンゴ農園があり、近くに一軒の家が見えた。
あれがあの男性の家なのだろう。長閑な農園だな、とフロンタルが思いつつ一軒家に近づくと……次第に感じなれた気配がそこからしていることに気が付いた。
(まさか、この感覚は)
「――ねぇ、ママ!私のことを忘れちゃったの!?嘘だって言ってよママ!!」
「ママっていうんじゃない、私の娘はこの子一人だけだよ、化け物め!!近寄るんじゃない!!!」
声の主は―――――間違いなくヒルダだったが口調がやや幼くなっている、相対している婦人もどうやら冷静な状態ではない。
その傍らには恐怖におびえている幼子もいる、あれが男性がいっていた愛娘なのだろうと察せられた。
「――どうされたのかな?大声を上げるような場面ではないと思われるが」
フロンタルはゆっくりと婦人に歩み寄る。突如現れた見知らぬ男性に一瞬戸惑った婦人だったが、すぐにヒルダへと鋭い視線を、殺意すら感じる視線を向けた。
「このノーマから娘を守らないといけないからね、大声も上げるさ!そういうアンタはなんなんだい!?」
「ただの人探しだよ。どうにもこの国にいるらしいのだが、いかんせん足取りがつかめなくてね、苦労しているところだ。そうだ、そこの男性に勧められたのだったな、そこのアップルパイを手土産にいただくとしよう」
そう言いつつ部屋を軽く見渡してから、フロンタルは懐から取り出した拳銃をヒルダに突き付けた。
「このノーマは私が連れていく」
「なにいっているんだ、旦那―――――」
マナの光がフロンタルを守らんと包み込もうとするが、パリン…とガラスが砕けるような音を立ててマナの光が崩れ去るのをみて男性は腰が抜けていた。
「お、お前もノーマだったのか!?け、警察を呼ぶぞ!!」
「呼んでも構わんが、その場合の身柄の安全は保障しかねる」
フロンタルがゆっくりと銃口を男性に向けていく中、ヒルダは茫然自失しているのか一向に動こうとしない―――その好機をフロンタルが見逃すわけがなかった。
フロンタルはヒルダに当身をして気絶させると素早く抱え上げて、農場主である男性が運転していた車を目掛けて一目散に駆け抜けていく。
好都合なことに燃料は満タン近くあった。これなら森の中に隠してあるパラメイルまで逃げおおせることが可能だろうと判断し、フロンタルは車を一気に加速させていった。
※
その後、アルゼナルまで無事に到着したフロンタルを待っていたのはアルゼナルの憲兵隊――主に治安維持にあたっている――だった。
脱走兵にすることは容易に推測できたため、フロンタルは素直に憲兵隊に引き渡した。
「ジル司令、思いのほかうまくいったよ。アンジュのほうは大丈夫かな?」
「なんとかな。二人とも脱走の罪で反省房行きだ、連れていけ」
脱走兵に対する処遇としては優しめだな、そう思いつつヒルダの身柄を憲兵隊に預けてから去っていくフロンタル。
その背後をジル司令は冷たいまなざしで見つめていた。
※
反省房へと足を向けたフロンタルに向けられたのは、ヒルダの敵意をもった視線だった。
「―――おい、余計な事しやがったな借金王」
「余計ついでにアップルパイでもいかがかな?君の母上が作ったのは絶品だと父君もおっしゃっていたが」
「それが余計だって言ってんだよ、クソババアのなんか―――なんだって、アップルパイ?」
ヒルダが疑問符を浮かべる一方で、フロンタルは持っていた紙袋の中からヒルダの母がつくったアップルパイを取り出した。
「脱走兵に差し入れが禁じられているわけでもない、ジル司令からも許可はとっている。私と君とで食べようじゃないか」
そういうとフロンタルはヒルダへアップルパイを差し出し、もう一つのアップルパイを自分の口へと入れてから咀嚼する。
サクッとしたパイ生地の触感と甘いリンゴの酸味が絶妙にマッチしており、フロンタルは確かに絶品だなという感想を抱いた。
ヒルダはというと茫然としながらもアップルパイを口にして、
「ママの味だ、ママのアップルパイだ」とつぶやきながら、感情を抑えきれなくなったのかその場に泣き崩れた。
――――これは見ないほうがよさそうだと思い、フロンタルは無言で立ち去っていった。その背後へ「―――ありがとな、フロンタル」、その一言がかけられたのを耳にしてフロンタルは無言で軽く右腕をふり返答の意を示したのだった。