運命の始まり   作:マッキンガムⅡ

1 / 16
「……大変、あそこで誰かが倒れているわ―――――誰か、救急処置の道具を」

「―――――――さ、ん」

「―――危険です、お下がりください。私どもで手当ては行いますので」

「何か言っているみたいね―――――これは命令です、下がりなさい」

「いえ、しかし身元が不明な者の手当てを御身が自ら行うなど―――」

「これでも応急処置くらいは学んでいます、命に貴賎なしよ」

「か…あ、さ……ん」

「朦朧としているけど意識はあるみたい―――もう大丈夫よ。貴方のお名前は?」

「――――――…」



第1話

「マスター、こちらの仕込みも完了しました」

 

金色の長髪を三つ編みにして後ろに束ねている男性がエプロンで洗った手をふきつつ、厨房内にいた壮年の男性へと報告した。

マスター、と呼ばれた男性はどこか嬉しそうに反応する。マスターとよばれるのが男のロマンとかいっていたのだ、彼自身としては理解は難しかったが…恐らくそういうものなのだろうと考えることにした。

 

「おう、ありがとうなラウ。お前さんは何でもできるから、いつも色々頼んじまって悪いな」

「いえ、お気遣いなく…仕事ですし、マスターには拾っていただいた恩もあります」

 

そういった男性―――――ラウ・ル・クルーゼはこの料理店の店主であるトラットリア左門の店主である鷹見沢左門に生真面目に返答する。孤児であったラウをトラットリア左門で受け入れてくれたのは間違いなく目の前の人物だからだ。

 

「いやはや、お前さんの仕事っぷりには感心するよ…教えたらすぐモノにしてしまうから1週間でホールを任せられるようになったときは驚いたもんだ、もうじき厨房も任せられるレベルになりそうだしな」

「マスター、そこまでのものではありませんよ自分は……」

 

その言葉にどこまでも謙虚な男だと左門はラウのことを思った。

 

「謙遜するなって。前に料理した事なかったって言ってたのに、ものの数分でコツを覚えちゃうもんだから唖然としたもんだよ。ラウ、後で料理見てもらっていいかな」

「いいぞ、仁。お前は料理も中々巧いと思うがな…俺と違って愛想もいいからお前のほうが人として凄いと思う」

「そのルックスとピアノの腕前から看板男として有名なくせによくいうよ」

 

軽快な口調でラウに話しかけてきた青年―――鷹見沢仁はラウに呆れながらも苦笑する。ラウ自身が言う通り、ラウはあまり愛想がよくなくあまり笑顔を見せなかった。決して感情がない訳ではないのだが、そういうことに縁遠い人生だったのだろうと仁は推測していた。

左門が経営するトラットリア左門に鷹見沢家に住みながらで働くことになって以降、鷹見沢家の面々はなんとか彼の緊張を解こうとしたのだが、ラウ自身もうまく表現できないと話す通り笑顔が見られることは少なかったのだ――――トラットリア左門に飾り兼フリースペースでお客さんが自由に弾いていいように置いてあったピアノを弾くまでは。

ラウがピアノを弾いたとき、素直に凄いと仁は感じるとともに安堵したのだ。だって――――ラウの表情が和らいでいたのだから。

 

それから時折ラウはピアノを弾くようになり、独学で弾ける曲を徐々に増やしていき―――客の要望があれば即興で弾くこともできるようになっていったのだ。

ラウの容姿端麗な姿とピアノの腕前、そして上達していく料理の腕前に秘かなファンも多いが―――彼自身はそのことを自覚していないのは幸か不幸か。

 

「それにしても今日はやたらと気合の入った仕込みでしたが…マスター、何か重要な会食の予約でも入っているのですか?」

「まぁ、そんな所だ。閉店後にいつもの面々が来るんだが――――そん時にちょっとしたも歓迎会をするんでな、俺の料理人魂をかけてもてなすつもりだ――――ラウ、仁、お前さんにも手伝ってもらうぞ」

「了解しました、マスター」

「もちろん」

 

 

 

 

 

(フィーナ=ファム=アーシュライト、そしてミア=クレメンティスか)

 

サプライズ歓迎会は成功しており、今のところつつがなく進行している。これも朝霧家と鷹見沢家の面々が協力しているからこその業であろうとラウは思った。

マスターである左門がなぜ料理人魂をかけてまで準備したのか、という疑問も時間になったら氷解した――――――月のスフィア王国のお姫様とその付き人を歓迎しようと思うのならば、マスターである左門も自然と気合も入るというものであろうことは想像にたやすかったからだ。

左門は最初「お前も参加してこい」とラウも来るように促してくれたが、いざ歓迎会が始まると無意識のうちにいつものトラットリア左門の営業のような状態になり、ラウとマスターである左門、そして仁が料理を作っている状態になった――――もっとも、常に厨房に三人いるのではなくマスターである左門と仁と交代で歓迎会に参加したり厨房に入ったりしていた。

 

「ラウさんは俺たちの良き兄貴分って感じの人だよ、常に冷静で的確なアドバイスをくれるから迷ってしまったらラウさんに相談しに来る人も多いぐらい」

「そう、落ち着きのある方なのね」

「料理の手際もよさそうです」

「実際に手際いいよ、左門さんからも『もうそろそろ厨房を任せてもいいかもな』とかいわれるぐらいだしね」

 

朝霧家唯一の男手であり、満弦ヶ崎大学付属カテリナ学院という学校に通っている少年である朝霧達哉はラウのことをそう評価していた。それに続けといわんばかりにトラットリア左門の看板娘である菜月はラウの情報を話す。

 

「暇なときはたいてい誰かの手伝いをしているくらい良い人だしねー」

 

フィーナとミアを除く面々がうんうんとうなずくのを見て、感心の目でラウをみやるフィーナとミアだった。

 

「王立月博物館の臨時アルバイトに来た時も、あまりに手際がいいものだから正規雇用しようとする動きもあったくらいよ。本人は『恩人の店を蔑ろにできない』といって固辞したけどね」

「だから、月の博物館が忙しい時期になると土日だけ臨時職員として採用されているの。二日間不眠不休で働いても、いつもと変わらないぐらい体力も精神力もある人だよ。うちではさすがにその時期は月曜日だけラウさんには休んでもらうんだけどね…下手したら、その月曜日に『6時間は寝たので手伝います』って言い始めることもあるくらいよ」

 

とどめと言わんばかりに追加情報をもたらす穂積さやか(王立月博物館の館長代理、名義上の館長はフィーナである)と看板娘の菜月だった。その話は本当かと視線でさやかに尋ねるフィーナ、そして頷く館長代理であった。

 

「とても献身的な方なのね、凄いことだわ」

「……何やら知らないうちに俺の評価が凄いことになっているのだが――――それほどでもないだろう、俺はただ出来ることをやっているだけだ」

 

なんか自分が知らないところで評価が上がっていたことを知ったラウは内心慌てていた、本人としてはちょっとした事情もあってあまり目立ちたくないからである。

 

「なーに謙遜してんだよラウ。お前さんは自分のこととなると客観視できないのが玉に瑕だよ」

「そうはいうがな仁…助けを乞われたら、断る必要がないのなら助けておくのが無難だろう。王立月博物館も定期的に通っているから、職員もまったく見知らぬ人間というわけでもないのだからな」

 

ラウのそんな言葉に呆れの表情を浮かべるさやかが畳み掛けるようにして情報提供を行う。

 

「通ってるとはいっても、通いすぎて博物館の常時展示されている展示物の説明板の一門一句全部覚えているぐらいだから、主に新規の展示物を記憶するのがメインになっているじゃない。普通の職員よりも展示物に詳しいおかげで『ラウさん正規雇用推進本部』が職員の有志で結成されてるくらいよ」

「―――――そんな組織まで結成されていたのか。王立月博物館は深刻な人手不足なのだな…俺はただ好奇心から通っているだけなのだが」

 

自分の興味本位での行動が目立っていたのか――――と腕組しながら若干ズレた考えをするラウだったが、そんな彼を見てフィーナとミアは嬉しそうに笑った。

 

「…そんなに月に興味があるんですか?」

「――――まぁ、そうだな。地球に住んでいる一般人が月について知りたいなら博物館に行くのが一番だからな…どういう社会でどのように生活が成り立っているかなど興味は尽きない」

 

月と地球の関係はかつて4度にも及ぶ戦争が起きた結果、冷え切っているというか――――お互いに過干渉しない方向で現在に至っている。その為に一般人からしたら、月に王国があることは知っていてもほぼ未知の世界なのであるのだ。月について学ぶ機会はほぼないといってよく、達哉や菜月が通う満弦ヶ崎大学付属カテリナ学院のみが月学概論を授業カリキュラムに取り入れているのが特色になっているぐらいの認知度である。

ラウからすればこの世界の事を知っていく上で、スフィア王国という国がどうして連邦政府相手に4度も戦争となったのか不思議であった。人口差でいうなら間違いなく地球側が圧倒的優勢を保ったであろうことは想像にたやすい、それなのになぜ月が今もなお独立を保っているのか。なぜ戦争をしてまでも月という人類にとって過酷な環境で生きる道を選んだのか。なぜ月側にのみ地球と月とを行き来することが可能な船が存在しているのかなど―――疑問を上げればキリがないくらい、ラウからすれば本当に不思議でならなかったのだ。

 

「私でよければお答えしましょうか?」

「いや、フィーナは学院で色々質問攻めにあっただろうから…遠慮させていただこうかな。今日は二人の歓迎会なのに水を差すのも悪い――――――可能ならまたの機会にお願いしたい」

「気遣ってくれてありがとう、ラウ」

「いや、大したことではない。慣れない土地に来たばかりなら疲れているだろうから当然の対応だ」

 

そういって麻衣を見やるラウ、こくりと頷く少女――――朝霧麻衣はごそごそとフルートを取り出した。それを確認したラウはフィーナたちに失礼、と声をかけてから店に置いてあるピアノに向かって歩き出す。

 

「そういうところが人気ある理由なんだって気づけないんだよなー、ラウの奴…さてレディース&ジェンルトメン――――朝霧麻衣とラウ・ル・クルーゼの二人による歓迎の演奏を始めたいと思います。ご清聴のほど、よろしくお願いします」

 

ラウがピアノの席に着いてから一旦麻衣に目をやり、麻衣の演奏に合わせるようにしてラウも演奏を開始した。事前に二人で相談した際にクラシックの方がフィーナの耳にも馴染みやすいだろうと考えて『アルルの女』にしたのだったが、それは功を奏したようでフィーナたちも自然と聞き入っているよう雰囲気だった。

 

 

 

 

 

 

 

演奏が終わると、清聴していた自然と拍手が皆から出ていた。

 

「麻衣さん、ラウさん、本当に凄いです!」

「二人とも本当に素晴らしい演奏だったわ。今の曲は『アルルの女』ね?」

「フィーナさんこそ、流石ですよ。この曲、かなり昔に作られたものなのに知っているなんて――――クラシックに詳しいんですね」

「詳しい…というよりも、ほぼクラシックしか聴いたことがないの。だから今風の音楽も聴いてみたいと思ってるわ」

「それなら麻衣が適任だろう。店に来たときは声をかけてもらえれば、俺もピアノでよければ希望の曲を弾くぞ」

 

実は店の一角にピアノの楽譜が入った棚があり、そこにある曲ならラウが手が空いてる時なら無料で弾くサービスをトラットリア左門は行っている。無料なのは『まだまだ未熟だから』とラウが料金を取ることを拒否しているのと、マスターである左門の意向であるが――――お客さん達からもかなり好評でトラットリア左門の集客にも一役買っている。

 

「ラウさん、本当に器用なんですね~、料理も勉強もピアノの演奏までこなせるなんて」

 

ミアが感心するようにしてラウを褒める。

そんなミアに「そんなことはない」といい、言葉を続けるラウ。

 

「器用貧乏、とも捉えられるがな―――本業の方々の足元にも及ばん」

「こいつ、いっつも比較対象がおかしいんですよ。アマチュアがプロに敵うかってんだ」

「そうはいうがな仁…やるからには最善を尽くすのが礼儀というものだろう」

「手加減ってもんはないのかよ」

「ない」

 

撃ては響くといわんばかりに仁の言葉に即答するラウ、そんな二人を見てくすくす笑うフィーナたちだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。