レイはきっちり時間通りに待ち合わせ場所につき、前に訪れた時と同じように応接室に案内される。
「よもや、こんな早く二度目の会談となるとはな」
「そうですね、私も予想外でした。まさかあなたとエステルに繋がりがあるとは…」
「拝月教の関係でな。信徒と司祭との繋がりというわけだ」
そうレイが話すと、目の前の人物――――カレン=クラヴィウスは奇妙な縁に驚きのあまり溜息をつく。
レイが地球人でありながら拝月教を信仰しているだけでも驚きなのに、あの地球人をある意味忌避すらしているエステルと交流を持てているというのだからある意味で呆れてしまいそうになる。
「あなたは本当に予想外なことばかりしていますね」
「それほどでもない」
「――――褒めてませんよ」
フッと不敵に笑うレイに突っ込みつつ、カレンは話を続ける。
「エステルの事は判りましたが、なぜ私に連絡を?エステルの件も『含めて』話したいということは、別の何かも話したいと捉えますが」
「ああ、そのことなんだが…月と地球、双方の過激派が財団の『技術』の事をどこからか嗅ぎつけたみたいでな、『正しき交流発展の為』という建前で協力しろとの要求が日に日に増してきている―――――何か事を起こすかもしれん、念のために注意しておいた方がいい」
「――――なるほど、そうでしたか。過激派がそう言ってきているということは…やはり財団は戦力を保有しているのですか?」
「…自衛目的の組織、という意味ならば肯定だ。何せ月にも地球にも我々財団の目的を間違いだといって否定的に見るものたちもいるからな」
間違いにみえてしまうのだろうか、とレイはやや自虐的に笑う。
しかしカレンはレイの事を決して笑おうとは思わなかった。
だって、その思想は。
「――――そんなこと、ありません」
月と地球の交流を図った、かつての主君と同じ思想だったのだから。
それどころか、同じ思想を持つ者たちを生み出して、旗を振り組織を率いて世界を変えようとするなんて――――カレン自身には想像すらしなかったことをやってのけている目の前の男。
カレンはそんな彼をどうしようもなく羨ましく思えた。
「…セフィリア女王の側に仕えていた貴女にそういってもらえると嬉しいものだな」
レイはそう言うと穏やかに笑った、次の瞬間レイの表情が一変して無表情になってから彼は話を続ける。
「さて、本題といこう―――――我々財団が想定する最悪のケースについて」
「…達哉さんたちが上手くいかなかったケースについて、ですか?」
「いや、それは違う。最悪のケース、それは『月か地球のどちらか、或いは双方が連合を組んで財団を敵と見做して財団施設を攻撃してくる場合』と想定している」
「――――さらに月と地球の関係が悪化される場合が想定されていると?」
「貴女も知っての通り、ロームフェラ財団は世界で唯一の月と地球の双方に影響力を持つ組織だ。その影響力を以て双方に利益をもたらしてきたが、莫大な権益を思うがままにしてきた我々をそれを快く思わない連中もいる――――そんな彼らにとって財団が持つ権益は喉から手が出るほど欲しいだろう」
たった10年で世界を動かせるほどにまで急速に財団の勢力を拡大させてきた彼だから、かつて同じような巨大組織―――財団とは違うが―――巨大軍需複合組織を相手に戦った経験を持つ彼だからこそ、見えてくるものがある。
地球の過激派は――――月に投資なんてする余裕があるのなら地球の恵まれない者たちへと投資しろと尤もらしい事を言っているが――――仮想敵である月に投資をするなんて馬鹿だとでも言いたいのだろう。
そんな声を代弁するかのように時折、財団は脅迫やテロリストの標的にされてきた歴史が裏ではあった。もっとも、カウンターハンターとしてレイは人型機動兵器で報復とばかりに反テロ活動をしていたので被害は最小限に止められていたが。
「もっともそれは地球側だけではなく月の反財団勢力からも同じようなことをされている、と財団職員から報告も受けている。ちょうどセフィリア女王が崩御された頃と同じぐらいだったか」
「――――なるほど。だからあの時期の財団は月側から見たら、きな臭くなっていたというわけですか」
「そういうことになるな…もともとロストテクノロジーを扱っている『静寂の月光』からも財団は怪しく思われていたようだし、遅かれ早かれそうなっていたに違いない」
「どうされるおつもりですか?」
「…こちらからどうこうするつもりはないが、やつらが先に手を出したらこちらも対応せざるを得ない。もっとも月には迷惑かけないようにするつもりだ」
財団側が何もしないことで、過激派のしびれを切らせて暴動を起こさせる。
それによって財団が表だって行動を起こさせる切欠をつくれるのならそれでよし。
過激派が行動を起こせないなら、それはそれで財団の障害となりえることはないので、レイはあえて財団を動かすつもりはなかった。
「しかし…それではその場合、貴方が表立って動く必要が出てきますがいいのですか?」
「――――その場合は仕方があるまい、表舞台に立つとしよう。そうならないことが最善ではあるが…最も優先するべきことは『月と地球の交流促進』、それを実現させるために世界が平和でなければならないのだからな」
ラウ=ル=クルーゼという偽名ではあるが、レイにとっては10年間生きてきた分の愛着がある名前である、『ラウとして生きてきて』生まれた人々との繋がりも大切な思い出であるのは間違いない。
それでも、人類の為にレイは『ラウ=ル=クルーゼ』としての人生を切り捨てる覚悟があった。
「―――――本当に優しいのですね、貴方は」
カレンの口からふと感想が漏れ出た、それは彼女にとってここまで『常に自分より他人を思いやれる』人間を見たことはなかったからだった。
「優しくなどはない、俺は俺が望む明日の為に動いているだけだ」
カレンの感想を聞いたレイは即座に否定した、彼は自分ほど強欲な存在はいないだろうと思っている。
何故なら『生きられるのなら、どんな命でも平和に生きたいだろう』という自分の思いの元に思うがままに世界を変えようとして、多くの人を巻き込んで行動している様は強欲と言わざるを得ないと考えているからだ。
それをみたカレンは今は亡きかつての主君であるセフィリアと目の前の男性はどこか似ているな、と感じつつ話を続けようと口を開いた。
それによどみなくレイは答えていき、会談は秘密裏に進んでいく。
それは彼らに限った話ではなかったのだけがそれが彼らにとっての誤算となる―――
※
(私は一体、『何者』なのだろう…)
エステルはそう自問自答し続けては答えを見つけられずにいた。
思いもよらぬ現実を目の当たりにして以降、ずっとそうしてきたが暗中模索とはよく言ったものだと痛感する。
目標としてきた外務局――――『静寂の月光』における地球との外交を担当する部署に勤務する事だったが、縁故と実力が両輪として見られる世界において孤児である自分は圧倒的に不利であったのも承知の上だったはず。
姉のような存在であり憧れでもあるカレン様の助けになれるようになるために、孤児であることなど立派な存在になる為には関係ないのだと証明するために。
そう覚悟して挑戦して、誰もが文句の言いようのない実力を学院でたたき出してきたが―――――縁故がない孤児であることがどうしても邪魔をした。
地球への赴任命令…それは『静寂の月光』という教団において、左遷を意味する。
地球に教団の施設が必要なのはわかる、外交関係でどうしても地球勤務するものが必要となってくるからだ。
そんな人々の為、地球に住まう人々の為に教会があるのは理解はできる。
しかしそんな人々はエリートなのだ、孤児である自分とは違う――――
生まれなど誰が選べられるだろうか?
縁故がなければ夢を追い求める事すら許されないとでもいうのか?
そんな絶望にも似た気持ちと抱えて地球へと赴任してきた。
(でも、悪い事ばかりではなかった)
育ての親でもあるモーリッツ様と一緒に居られるというのは光栄なことなのだ。
モーリッツ様は高司祭であり…本来ならば外務局の一員であってもおかしくないほどの素養の持ち主であるのだから、彼から学ぶことも多い。
それに加えてモーリッツ様だけではない、もう一人から学ぶことも多かった。
地球の人間なのに拝月教を信仰するという奇特な人物、『ラウ=ル=クルーゼ』…いや、『レイ=ザ=バレル』が本名だと言っていただろうか。
彼が言っていたことは真実なのだろう、あの真剣な眼差しをみれば判る。
判るが故に、受け入れがたいのだ。
礼拝堂で祈る姿が美しいとさえ思わせる彼が、『静寂の月光』にとって目の上のたんこぶといっていい存在である『ロームフェラ財団』のトップであることが。
縁故ができたどころの話ではない。世界中が関心を寄せている組織のトップの連絡先を自分が得たということが、どれほど重大なことか――――その件でもエステルは悩んでいた。
(…モーリッツ様はどうしているだろうか)
小さなころ、思い悩んだときはよくカレン様やモーリッツ様に相談したものだ。
驚愕の事実である筈の自分の縁故―――地球人と月人のハーフであるという事実や、ロームフェラ財団のトップである彼の件なども含めて今後について色々相談しておくべきだとエステルは考えた。
(この時間なら……モーリッツ様は自室かしら)
一枚の名刺を片手に持ってモーリッツ様の部屋へと赴こうとした、その時声が聞こえてきた。
「―――エステル=フリージアか。そんなものを持って何をしている?」
聞きなれたはずの声なのに聞き覚えがない声色をもって、『リースリット=ノエル』がエステルの部屋の前に立っていた。
「…リース?まだ眠ってなかったの?もう夜だから早く寝なさい」
「私の事などどうでもいい。その名刺は焼却すべきだよ…平穏に生きたければな」
「――――それは、どういう意味?」
「そのままの意味だよ、かのロームフェラ財団のトップの名刺など厄介ごとにしかならんだろうに」
その言葉の意味は嫌でもわかる。
名刺を受け取ったあの時は動揺していたから実感がわかなかったが、冷静になっていた今だからこそ聡明なエステルは一枚の名刺の重みが嫌というほどに理解は出来た。
目の前の少女が言う通り、捨ててしまったほうがいいのだろう。
それも判りはする。
判りはするが、エステルには彼の真剣な言葉が心に残っていた…それ故に名刺を捨てる気になどなれなかった。
「それはできないわ。私を信頼してくれた人の名刺を燃やすなんて不義理なこと、したくない」
「―――ほう。不義理から拒否されるとはな…本名を隠していたヤツこそ不義理ではないのか?」
それはそうだろう、出会ってからずっと『ラウ=ル=クルーゼ』として接してきた彼が実は本名を隠していたのは動かしようのない事実。
エステルはラウの本名や財団のトップであるという事実を知ってしまった、本当ならば然るべき対処―――口封じなど――をされても仕方がないのに、彼はエステルを救うためだけにこの名刺を渡してくれたのだ。
「助けてくれようとした彼を裏切るようなことは、したくない」
「助けか。確かに大きな助けにはなるだろうな、この情報を活かせばお前の望む外務局勤務も夢ではあるまい」
「…それこそ論外よ。決して聖職者にとって許される行為ではないわ」
ロームフェラ財団のトップと面識があるという事実がどれだけのコネクションになるか、外務局勤務の為に文字通り必死に勉学に勤しんできたエステルには容易に想像できた。
地球と月―――その双方に大きな影響力を持つ存在など、類を見ないのだから。
「ふむ、まずは合格といった所か」
「―――――――何を言っているの?」
合格、ということは何らかの試験を課されていたということか?
目の前の人物はリースであってリースではない。その事実をエステルは朧気ながら察していた、その人物はエステルを何らかの意図があって試していたとなる。
「――――この通りだ。彼女にとって必要な情報を教えてやってくれ」
一体何の意図が――――そうエステルが不思議に思っていると、エステルの前にいる少女はエステルの部屋のドアに向かって頭を下げていた。
「………頭を上げてください、フィアッカ様」
そういってドアの向こうから姿を現したのは――――モーリッツ=ザベル=フランツだった、さらに後ろの方には驚愕した表情を浮かべる壮年の男性の姿があった。
あの服装からするに教団の関係者には違いないだろうが、もう夜というのにいったいモーリッツ様は何をされていたのだろうかとエステルは疑問に思った―――その瞬間、壮年の男性の方からエステルに声がかかってきた。
「……君がエステル=フリージアだね?」
「はい、そうですが…いったいどちら様でしょうか?」
エステルがそう問いかけると男性は先ほどまでとは打って変わって落ち着きを取り戻してエステルの問いかけに返答する。
「私は外務局の局長をしている者だ。単刀直入に言おう、私は君を外務局に向かえ入れたいと思っている」
その答えは、再び頭が白くなったエステルからは直ぐには出なかった。