エステルには訳が分からなかった。
リースがフィアッカ?あのお伽噺に記載されているはずの?
「唐突に言って申し訳ないとは思うが…出来れば早めに答えてもらえると助かる。個人的には君ほどの逸材を―――――――――日曜礼拝で魅せた立ち振る舞い、フィーナ様そして先代女王の懐刀とまでいわれたカレン様ともつながりがあり、何より月と地球の双方に影響力を持つ財団代表ともコネクションを持つ君を私は逃したくはないと考えているのでね」
何処か興奮を隠しきれない様子の外務局長からの言葉も理解はできるが、エステルにとってその評価は手放しで喜ぶ――――ことなどできない…到底納得出来るものではなかったからだ。
学院からあらゆる試験を乗り越えてきたのに、いざ外務局勤務を希望すれば『コネクションがない』からと一蹴されてしまった記憶がエステルの脳裏にフラッシュバックしていた。
彼が欲したコネクションは彼女自身が月で『努力して得たものではない』、彼女が地球にて偶然から得た『人の縁』だ。大切なそれを色眼鏡で見られるのは、エステルにとっては嫌悪感を持ってしまったのも無理ないだろう。
エステルが俯いてこぶしを無意識のうちに握りしめて振るわせていたのを感じ取ったのか、間を取り持つかのようにモーリッツが外務局長に言葉を掛ける。
「……彼女にとっていい話なのは理解できますが、お時間をいただけないでしょうか。彼女は今色々な問題を抱えていまして」
「フランツ高司祭のいうとおりだ、外務局長。ここは先ず時間を与えてやってほしい」
「――――――お二人がそう仰るなら…そうですな、今度の日曜日までに返答を考えてほしいというあたりでどうでしょうか?」
「………わかりました」
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エステルが衝撃の事実を知らされ勧誘を受けた夜から数日後。左門家の一角にて二人の男性が話している姿があった。
「どうした、ラウ。折り入って話があるとか、お前にしちゃ珍しいこともあったもんだ」
「もうしわけありません、マスター……少々事情がありまして、今度の日曜日から一か月ほど外出の為に休暇をいただきたいのです」
「一か月か、結構長いな……お前さんがわざわざ二人きりの時間を作ってまで頼み込んでくるくらいだ。よっぽどのことがあるんだろうが、一つだけ聞いておきたい」
「はい、なんでしょうか」
「帰ってくるんだよな?」
「……………正直な所をいうと、保証は出来かねます」
「―――――――――馬鹿野郎。こうときは嘘でもいいから『帰ってきます』っていうもんだ」
「申し訳ありません」
そういってラウ/レイは深く左門に対して一礼をした。
いきなり一か月ほど外出すると言って、それもいままで恒例だった月博物館のバイトでもないことを目の前の人物から察した左門は深く溜息をつく。
おそらく彼はまたどこかの誰かさんの為に行動しているに違いないと感じ取ったからだ。
彼の表情から、それも桁違いに大掛かりなことをやらかすに違いない。
それでも左門は良くも悪くも真っ正直な面がある金髪の青年を責めることはしない。
いつだって彼は誰かのために生きてきたのだということは後見人としてよく理解していたつもりだ。
「お前の部屋はそのままにしておく。何時かは無事に帰ってこい、必ずだ。これだけは守れるなら行ってこい」
「本当に、ありがとうございます」
※
レイは自室にて身支度を整える。
考えていたよりはすんなりと許可を得ることが出来たな…とレイは感じたが、何かを察したような左門であったのでそれはそれでいいかと気持ちを切り替えた。
現状、地球連邦政府側の一部はレイの予想通りの行動をとっている。地球側の一部は宇宙利権をロームフェラ財団が実質的に独占していることに強い不満を持っている。
これまで貿易の方法は公式には月からの定期便に頼ってきた、自由に大気圏を出入りする技術など月側にしかないことになっているのだからだが、そんな調子では『月と地球の交流促進』事業拡大を画策しようにも遅々として進まない。
それ故ロームフェラ財団としては事業拡大を目的にして秘密裏にマスドライバーを建設して、交流促進をしやすい環境を整えようというわけである。
―――――もっとも交流促進が良い結果だけを齎すとは限らない。
かつて月と地球が交流を持っていたからこそ負の可能性が生じてしまい、それらが度重なって関係悪化が生じたから最悪の形となってオイディプス戦争が4回も起きてしまったのだ。
それでも―――――それでも月と地球の交流、理解する努力を絶やしてはならない。
互いが理解しようとして交流しなければ、分かり合うことも出来はしないのだから。
『その為には少々思い切ったことでもしないといけないわね』と色々あくどい笑みをさぞ楽しそうにうかべていたセフィリアがレイの脳裏をよぎった。
(俺から提案したのもあるが、あの時セフィリアも随分と思い切った判断をしたものだ)
自分の記憶にあるセフィリア像と歴史や月の人々の中に刻まれているセフィリア像に著しい乖離があるものの、レイは人間とは二面性があるものだと考えていたので自然と受け入れられるようになっていた。
そんなことを振り返っているとヴィ―、ヴィーと携帯端末が振動にて持ち主に着信を知らせていた。
誰だ、と思うと見知らぬ番号ではあったが――――心当たりはあった。
「もしもし――――ああ、私だよエステル。何かあったかな?」
『はい…少し込み入った話になりますが、今お時間は大丈夫でしょうか?』
これから関係が深くなるであろうエステルに対して、レイは真摯に話を聞き始めた。