エステル=フリージアは孤児である―――――正確には孤児であった、といったほうが正しいと本人が知ったのはつい最近の事である。
月の孤児院で育った身であるがそれ以上でも以下でもなかった、優しいモーリッツ様やカレン様、たくさんの兄弟姉妹たちに囲まれて幸せな世界に居れたことは幼き頃からの秘かな自慢ですらあったほどだ。
純粋だったあの頃から抱いていた夢、それは。
(モーリッツ様やカレン様のように、なりたい)
至極自然に生まれた夢だったのだけは間違いない、それが今ではどうだろうか?
月の人間と地球の人間というだけで心のどこかで蔑視してしまって、
その瞳はまるで孤児というだけで月の学院生時代に周囲から向けられていた視線のような
のだったと今は理解して、
―――――――そんな自分はいったい何をしている?
外務局長から直々に入局を求められているのは光栄なことであるとは理解している、しかし心から納得できてはない。
確かにフィーナ様やカレン様と顔見知りであり、ロームフェラ財団の代表である彼の連絡先を知っているが、それが理由で外務局に入局したとあっては他人を利用しているだけ、
それは自分が自分じゃない部分で評価されているも同然だ。
これまで自ら切り開いてきたと思っていた道は間違っていなかったはずだ、しかし広い世界に何の当てもなく迷い込んだ子どものように不安が広がっている。
自分で努力して得ようとしたものは評価されず、他社から得た縁ばかり評価されるのがエステル=フリージア自身として許せないものだ。
『ええ、どうしましたか―――――エステル』
「一つだけお願いしたい事がありまして…」
『何かしら?』
気が付けば、エステルは自身の置かれている状況を洗いざらい話していた。
自分が月人と地球人のハーフであることが判明した事。
フィーナ様や財団の代表であるレイとの繋がりがあることを評価され外務局長からスカウトを受けていること。
自分の実力としてではなく、他人のコネが評価されての外務局入りは納得いかないこと。
より幸せになる為には、聖職者として、エステル=フリージア個人としてどうするべきかは既に決めていた。
「私はまだ若輩者です。しかし自分の守りたい人々は自分の手で守りたい、その為にご協力していただきたい事があります」
※
カレンとの通話を終えたエステルは一先ずほっとした。
次は教団の外務局長とモーリッツ高司祭たちを如何に納得させるかであるが――
(下手な嘘をついても仕方がない。ありのままの自分でいくしかない)
ある人物から渡された携帯端末に来ていたメールを確認してから、エステルがそう思いを新たにしているとコンコン…とドアをノックする音が聞こえてきた。
どうぞ、とエステルが返答すると入ってきたのはリースリットだった。
「モーリッツが呼んでる」
「ええ、わかったわ。ありがとうリース」
こんな時間に呼ぶとは大事なことなのだろうとエステルは推測できた、普段であればモーリッツ様であれば直接来るであろう時間。
それが人を使って呼ばせるということは来客中なのだろう。
外務局長か、地球人の叔父か―――――どちらにせよ、しっかりと返答としないといけない相手だ。
「失礼します」
赴いた部屋には予想通りの人物が待っていた。
エステルが入ってきたのを見た外務局長が口を開く、その様子をどこか切ない様子でモーリッツが見守っていた。
「エステル君、数日ぶりだね――――さて、そう急で申し訳ないのだが…答えを聞かせていただきたい」
「…ありがたいお話だとは思いますが、辞退させていただきたく思います」
「おや、意外な返事だな。たしか君は外務局勤務を希望していたと聞いていたのだが」
「以前の私なら喜んで受け入れていたかと思いますが、今は事情が変わりました」
「事情、か。君が地球人とのハーフである事かね?」
「ご存じでしたのですね。いえ、その件は関係ありません」
「ならば、どうして断るというのかね?」
「私にも守りたい、一緒に居たい人々が出来たと言う事です」
徐々に視線がきつくなっていく外務局長に一切の物怖じもせず、堂々とエステルは受け答えしていた。
「エステル、私たちの事は気にしなくてもいい。今は君の将来に大きくかかわることを話しているのだから正直に望むことを話してくれ」
「――――既に話させていただきました、モーリッツ様…ご配慮有難うございます。モーリッツ様こそ何も私に配慮なさらなくてもいいのですよ」
「――――――何の事を言っている?」
「モーリッツ様は私に何かと色々していただいていることは知っております…私の本当の親の事について関与されていることも」
「………!」
絶句するモーリッツをみてズキリ、と心が痛むのを自覚するエステルだったが話を続ける。
「私の事を思ってくださり有難うございます、しかし先日の一件から不思議に思った私なりに伝手を使って調べさせていただきました」
エステルの一言に悲痛な表情を浮かべるモーリッツをよそ眼に、外務局長は得心が言ったかのように笑みを浮かべた。
「…財団の伝手、かね?」
「はい」
「やはり君は素晴らしいよ、使えるものはすべて使うのは優秀な証拠だ」
「お褒め頂きありがとうございます」
「故に惜しい…その伝手もそうだが君自身も優秀と聞く。考え直してはくれないか―――――――ん?」
外務局長がエステルに再勧誘を行っていると、外務局長の手元から電子音が鳴り響いた。
「すまないね、少し電話させてくれ…私だ、何があった」
『夜分に申し訳ありません局長、地球連邦政府から緊急通達が』
「―――地球側から我々に緊急通達だと?詳しく話せ」
『はい、それが…ロームフェラ財団の各地に点在する私有施設に対して強制査察を行う、と』
「それなら地球内部の事で済むではないか、我々には直接かかわりはないはず…まて。まさか」
『はい、【我々が査察するのは月に存在する財団施設をも含まれる、よってスフィア王国としても平和的に協力してほしい】――――とのことです』
カチ、と時計の針が進む音が部屋にいた者たちの耳に響いた。
外務局長の名前は把握していないのでどうするか悩み中。
名前つけてあげたい。