「あ、またこのニュースやってる」
朝霧家の朝食はミアと麻衣の交代制になり―――みんなが朝食をとっていく中、麻衣がつけていたテレビを見て呟いた。
「『謎の人型機動兵器によるテロリスト拠点破壊か!?』――――これはいったいなんなのでしょうか?」
フィーナやミアからすればテロリストが襲われた、というとんでもないニュースなのだが地球に住む朝霧家の面々からすれば見慣れたニュースである。
「10年前ぐらいから地球の世界各地に出没を繰り返していて、世界各地にあるテロリストの拠点を攻撃しているっていう伝説だよ。今の技術じゃ人型のロボットだって作るの大変らしいから現実に存在するわけがないっていう考え方が主流だけど、標的にされたテロリストの人たちの生き残りが確かに見たって言っているらしいんだ」
達哉が簡単にニュースの内容をフィーナたちに説明する。
麻衣が言葉を引き継いで情報を補足する。
「粗いながらも証拠映像もあるから確かに存在しているらしいんだけど…神出鬼没で中々足取りすら掴めないから、連邦政府としてはほぼ静観しているらしいよ。地球の治安維持に役立っているから黙認しているって感じなのかもしれないって先生も授業で言ってたし」
「テロリストのみを標的にしているから、かしら…なんにせよ地球ではまだ争いが起こっているところもあるのね。満弦ヶ崎にいるとまるで別世界の事のようだわ」
「本当にそうだね、満弦ヶ崎に住んでいると本当に実感がわかないから伝説といっても都市伝説っぽく感じるよ」
達哉たちがテレビに映っている時計を見ると、ちょうどいい頃合いだったので話題を切り上げてフィーナ、達哉、麻衣の三人が学校へ行く支度をする。
さやかも博物館へ出勤するために支度をして、家を出ていった。
「あ、ラウさんだ。おはようございます」
「――――あぁ、皆おはよう」
「ラウさん、なんかちょっと疲れてます?顔色が良くないですけど……?」
「すこし遠出をしたものでな、少し前に満弦ヶ崎に戻ってきた所だ。さすがに三日徹夜はキツイな…」
「そりゃキツイですよ、しっかり休んでください」
「そうだな、そうさせてもらうとしよう。お前たちも体調には気を付けてな…では失礼させてもらう」
そういうとラウはやや足元が覚束ない感じで歩きながら、鷹見沢家へと入っていった。入れ替わりに菜月が出てきて、心配そうに声をかけていたが達哉たちを見ると駆け寄ってきた。
「…ラウさん、たまに泊りがけで遠出してるみたいだけどどこに行っているんだろ?達哉、何かしってる?」
「うーん…知らないなぁ。まぁ、事情はそれぞれあるだろうし…そっとしておこう」
「それもそうね、何かあったときにはラウさんが私たちに相談してもらえるように気掛けておきましょう」
「―――――――ふむ、寝過ごしてしまったか…」
ラウは自分の部屋にある壁掛け時計をみて、予定よりも二時間ほど多く寝てしまったことを把握した。急ぎの要件もなかったため、特に問題があるわけでもないのだが予定が狂うことを嫌う傾向があるラウとしてはあまり気分がいいものではなかった。
今日は一日休みといってもラウとしては生活習慣を乱すのは良くないと思うので、再度外出するために身支度を行う。朝方に帰ってきたので今は昼過ぎであり、ちょうど小腹も空いてきたところである。
「いつもの所にいくとするか」
どこで遅めの昼食を取ろうか考えていたが、迷ったときは基本に返ったほうが良いと考えてラウは先に礼拝堂にいって祈りを捧げてから、王立博物館に併設されている行きつけのカフェテリアに行くことにした。
礼拝堂と月の博物館に行くのが休みの日のルーティンの一つであり、そこのカフェテリアで過ごしたり、月人居住区を散策するのがラウのライフワークの一環なのだ。
最初こそ地球人がなぜ月人の居住区に通っているのかが判らず警戒されていたが、10年もの歳月がそれを薄れさせていって今では顔見知りもだいぶ増えていた。
習慣として礼拝堂にも顔を出すことにしている、厳かな雰囲気はどこか懐かしさを感じさせるものであったのでラウは好きなのだ。
先ずは礼拝堂に許可を取ってから入り、祈りを捧げていると……一人の足音が聞こえてきた。
「――――地球にも拝月教を信仰する方がいるとは最初は思いもよりませんでした、あなたは群を抜いて変わってますね」
「これはエステル司祭…そうか?そんなに言うほど変わってはいないと思うのだが」
「いいえ、変わってますとも」
拝月教の地球における新任の司祭でもあるエステル=フリージアの表情は明るかった。
「地球人なのに拝月教を信仰したり、月にある孤児院に定期的に寄付をしたり、休みさえあれば月の事を知ろうとする奇特な人間ですよ……貴方は」
「孤児である俺には特に金を使うような趣味をもってないからな、それなら有意義に使ってもらえるほうが金も喜ぶだろう。生活に必要な分の金があれば、それでいい」
それがラウとしては本音であった。
王立月博物館は良心的価格で入館できるし、ピアノのスコアブックのストックもお客さんから貰ったり、リサイクルショップで中古の楽譜を見つけたりして増やしている。
ラウとしては趣味ともいえるピアノを弾く事は店に置いてあるのを使わせてもらっている為、あまりお金がかからない。鷹見沢家の家長でもある左門は『家族から金をとれん』といわれ家賃などもかからない。
さすがにある程度のお金は何とか説得をして鷹見沢家に入れているが、それでも一定額のお金は余ってしまうので―――どうせなら活きた金の使い方をしたくなり、孤児院に寄付をしているのだ。
そんなラウを見て、エステルは不思議に思う。
「――――貴方には何かしたい、とか夢とかはないのですか?」
普通の人間なら夢がある。その為にお金が必要で、他人に寄付を積極的に行う人など裕福な人間ぐらいである。エステルからしたら、一般人ぐらいの収入であろう彼がなぜ継続的に寄付を行うのかがずっと不思議だったのだ。
「…夢、か」
そういうとラウは考え込んでしまう。人の夢―――人の業、それが行き着く輝きを誰もが羨み、妬み、そして望むであろうことを知っているからこそ、簡単には夢というものについてラウは話すことが出来なかった。
その結果の果てにより世界がどうなったのかも、ラウは知っているのだから。
「―――――今まで、ただ生きることに必死だったからな。これといった夢というものはない……しいて言うなら『生きることを望む者たちが自由に生きれる世界』になってほしいとは思うが」
「―――――本当に優しいのですね、貴方は」
「どうにも俺は自分の事を客観的に見れないようだからな、自分では優しくなどないと思うが……実際はそうなのかもしれない」
「そうだとも」
二人が話しているともう一人の声が割って入ってきた――――拝月教の教団『静寂の月光』の地球におけるトップであるモーリッツ=ザベル=フランツ高司祭が礼拝堂にいつの間にか来ていたのだ。
「これはモーリッツ様、こんにちは」
「相も変わらず信徒の鏡のような男だな、君は」
立派な体格に威厳という言葉がしっくりくるほどの風貌の壮年男性であるモーリッツ高司祭にも正面から褒められてはラウも認めざるをえなかった。
「自分は自分にできる事しかやってません、モーリッツ様」
「ふふ、そういう人間ほど無理をしがちというものだ――――今日もこの後は博物館に行くのかね?」
「はい、よりよく月の事を知る為にはそれが一番だと思いますから」
「我々に聞いてもいいとおもうのだが…まぁ君の事だ『お手数をおかけするわけにはまいりません』といった所かな」
「……まぁ、そうです」
実際、自分が知りたいことでエステルやモーリッツをはじめとした教団の方々の時間を取らせるのに個人的に抵抗があったのでラウとしては図星といった所であった。
「そう卑屈になることもあるまいに――――君は我々の事を理解しようと必死になってくれている、それを咎めるものなど教団にはおらんよ」
「そう言っていただけると助かります……申し訳ありません、そろそろ予定の時間なので失礼させていただきます」
そういうとラウは二人に一礼してから、礼拝堂を後にするべく立ち去っていった。
その後ろ姿をエステルとモーリッツは苦笑しながら見送るのだった。