「ん?あれはリースか…いったい何をしているんだ?」
トラットリア左門に向かうべく商店街を歩いていると、八百屋の脇にある路地裏につながっている小道から「にゃー」という不愛想な猫の声っぽい女の子の声が聞こえてきた。
ラウはその姿を確認すると、不思議そうにしたが―――続くように『にゃっ』と聞こえてきた本物の猫の鳴き声に得心が言った。
(猫と戯れているのか……微笑ましい限りだな)
なにやら和む風景であるが、『リースちゃん見かけたら連れてきてくれないか、どうにも放ってはおけん』というマスターの言葉を思い出したラウは声をかけることにした。
「リース、猫と戯れているのか?」
リースがその声に反応して振り向いた瞬間、リースに撫でられていた片目の猫―――失明したほうの目は恐らく引っかき傷によるもの―――が路地裏へと走り去っていってしまった。
「…ラウ、邪魔した」
猫が去っていってしまった事に気がついたリースが、どことなく非難の目を向けているような気がしたラウは申し訳ない気持ちになった。
「悪かったな、お詫びに俺の料理でも食べに来るか?今からトラットリア左門で働くのだが、リースの都合がよければこれからご馳走しよう」
「ラウの料理―――――……」
少し考えるそぶりを見せてから、リースは首肯した。
「わかった」
「そうしてもらえると助かる、それでは一緒に行くとしようか」
「期待している」
そして二人は足並みをそろえてトラットリア左門に足を向けた。
そんなに距離がなかったせいかすぐに目的地へと到着したので、店のドアを開けて入店する。
「もうしわけありません、まだ準備中――――ってラウさんと…あれ?リースちゃんじゃない、いらっしゃい」
「ラウ遅かったな。お、リースちゃんを連れてきてくれてたのか」
「リース、いらっしゃい」
菜月と左門、そして達哉がどこか嬉しそうにリースを歓迎する、そんな三人に何処か戸惑っているかのようにしたかと思うとリースは「ラウの料理、食べに来た」といい席に座った。
「マスター、遅れてしまい申し訳ありません…リースは偶々商店街の方で出会いまして―――――彼女が猫と遊んでいたところを邪魔してしまったので、料理をご馳走すると言ったら了承を得ました。厨房を借りても構いませんか?」
「お、今日はラウが料理をふるう番か――――というと例の新作でも出すのか?」
「はい。とは言ってもマスターの発案した料理をベースにして、俺なりに微調整をしただけですが」
そういってラウはバックヤードで着替えてから料理を作って、「リース、またせたな」と一言添えて料理をリースがいる1番テーブルに出した。
鰯の揚げ物と細切りにされた野菜を和えたマリネと、トマトの赤色が色鮮やかなボンゴレロッソの二品。
準来の新作よりも味を濃く調整して、さらに酸味を抑えたラウの料理を前にリースが手を合わせて言葉を発した。
「いただきます」
いざ、実食。
「…思ったより悪くなかった」
通訳を入れると『思ったよりも美味しくてびっくりした』といった所だろうか、と思いたいラウだった。
まぁ、マスターである左門が作った料理ですら『普通』と一刀両断したリースから悪くないといわれればギリギリ合格点ではあるのだろう。
「―――――ラウにばっかり任せてはおけないよ、デザートを食べないと食事を終えたとは言
えないからね」
その様子に料理人魂を刺激されたのか、仁がチョコレートケーキが美しく盛られた皿を片手に自信満々の様子でやってきた。
少し控えめながら、優しい洋酒の香りが漂ってきている。前にラウが試食させられたケーキだろう。
前にラウが食べた際に洋酒の匂いが少し強かったために『お酒に弱い人向けではないな』と評価したから洋酒の量を控えめにしたのだろう。
「美しいお嬢さん、さぁ召し上がれ」
自信ありげな仁だが、かすかに緊張しているのだろう――――僅かながら表情が硬かった。
「――――甘い」
それは味なのか、それとも仁の料理技術への評価なのか。
それはさておき。ラウからみて、リースが気のせいかほんのりと頬を赤くしているような気がした、身体も椅子に座っているにしては上体が徐々にフラフラしていっているような気がする。
もしかしてアルコールに弱い体質だったか、と思わせるリースの様子に達哉が心配そうに声をかけた。
「リース、大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「……大丈夫ではなさそうだな、バックヤードでいったん休ませるとしよう」
素人目に見ても大丈夫でなさそうな様子だったので、ラウはリースをバックヤードにて休ませることにした。
「大丈夫、放して」
そういってリースはラウの手から放れようとするが、ラウはリースが放せないように腕を絡ませつつリースに話しかけた。
「そこまでフラフラしている人間を放ってなどできんよ、悪いことは言わん。休んでいけ」
「それはできなッ――――――……」
ラウは有無を言わせず休ませる為、体勢を変えてから誰も見えない角度で手刀をリースの首筋に必要最小限の威力をもってくらわせる――――これで気絶する、そして休んでいるうちにアルコールが抜ける―――――はずだった。
「そこまでする必要はないわ、心配しないで」
その声色はリースでありがならもリースのものではないような、そんな感覚を覚えるものであった……その変化を感じ取り、手刀を寸前のところでラウは止めてからリースを離した。
「大丈夫か、君」
「大丈夫よ」
そういうとリースは歩調もしっかりとした様子で、他の誰とも言葉を交わすこともなく、先ほどまでフラついていたのが嘘だったかのように足早に店の出口から出ていった。
そんな彼女を見て、菜月たちが心配そうにしていた。
「……大丈夫かな、リースちゃん」
「本人が大丈夫と言っていた以上、信じるほかあるまい」
「親御さんの連絡先とか、知らないんですかラウさん」
「俺も知らないな…本人とそこまで突っ込んだ話をしていない」
「ラウにしちゃ珍しく抜けてるな、そこらへんは次に会ったときに必ず聞いておかないと何かあったときに大変だ、大人がしっかりしないとな――――頼むぞ」
「申し訳ありません、マスター」
やっぱりあの子はどこか放ってはおけんな、と左門は呟きながら厨房に戻っていく。
その言葉に同意しつつ、同時に警戒をする必要も出てきたことに内心ため息をつきたくなったラウだった。
※
「あの僅かな間に気が付かれたか――――流石といったところかな」
「おや、お帰りなさいませ」
「――――お前か。対象と接触できたが、僅かな間とはいえ変化に気が付かれてしまったよ」
「……大丈夫なのですか?」
「仕事には支障はきたさない程度だ――――特に問題はあるまい」
「そうだといいのですが」
「それはそうと…例の件なのだが、こちらの想像以上のものかもしれない」
「――――なんと、それは不味いですな」
「少なくともあの人型機動兵器に使われていると考えられる技術は私ですら見たことがないものだ。ロストテクノロジー以上の危険物だろう、何せ軍事利用前提に技術が使用されているのだからな」
「教団側で何か協力できることはありますか?」
「教団に動いてもらえると助かるが、場所が地球だからな――――それも例の財団が関わっている可能性がある以上、下手に手を出すとまずい」
「では、やはりあの財団は――――」
「ロストテクノロジーの使用をしているだろうな、想定以上の技術すら使用されている施設も確認できた――――今のところは表立っては『発明』という形をとって平和利用の範囲内でしか技術利用していないようだが」
「今のところは、といいますと今後はどうなるかは―――不明といったところですか?」
「あぁ、地球連邦政府も一枚岩ではない様だしな――――財団側が地球連邦政府に対してフィーナ姫の地球留学に関連する譲歩を引き出すほどの影響力を持っているのは確認できた。財団側がロストテクノロジーをどれだけ保有しているのかは不明だが―――あの人型機動兵器も無関係ではないだろうからな、下手をすると月と同等以上の技術力を持っていてもなんらおかしくはない」
「―――なんということだ…」
「今の満弦ヶ崎は表向きは穏やかであるが、水面下では月と地球に属する双方の勢力が互いににらみ合いをきかせている…さながら太古で言うヨーロッパの火薬庫といった有様だ、少しの火種が大爆発を引き起こしかねない」
「では万が一、財団側が地球連邦政府に助力する事となってしまったら…」
「――――第五次オイディプス戦争、となってもおかしくはないだろうな」