「あれは……」
ラウは、リースに昨日の今日で会えるとは思っても見なかった。
トラットリア左門の勤務が終わった帰り道でのことだった、リースを昨日と同じ間所で見つけたのだ。
「リース、こんばんは」
「……こんばんは」
「今日も猫と遊んでいたのか?もう夜も遅いから、リースの家まで送るとしよう」
「…………」
リースは何故かだいぶ悩んでいる。
やはり何処かで内密にしたいことがあるのかとラウは勘ぐってしまうが、考えてもらちが明かないと思い直す。
「……構わない」
ラウが色々思案していると、リースから同行の許可が出た。それなりに信用はされているようだ、とラウは前向きにとらえる。
「そうか、ありがとうリース…では君の家まで連れて行ってくれないか」
「私の家…………こっち」
てこてこ歩き始めるリースから半歩下がった距離を保ちつつ、ラウはリースを家まで送り届けることになった。
「親は怒らないのか?こんな時間まで遊んでいても」
「私は自由」
「そうか、でも夜には家に帰らないと心配するぞ」
「誰が心配する?」
「少なくとも俺は心配するし、マスターたちも心配するだろうしな。マスターが言っていたぞ、『あの子のこと、どうにも放っておけん』とな」
「そう」
「君の事情はどうであれ、周りが放っておかない場合の身の振り方も学んだほうがいいだろうな」
「身の振り方?」
リースが不思議そうにラウの事を見上げた、そんな風にリースにアドバイスをする大人など今までいなかったからだ。
「あぁ…リース、そして君が何を目的に活動しているかは俺には判らない。だが客観的に見て主体性がないと人間味が薄れてしまい、周囲を心配にさせてしまうからな。周囲の人間を心配させてしまうのなら、その心配の種を調べて摘んでいくのも一つの手だ」
最も、主体性がありすぎると目立つから匙加減が重要だが…とラウは言葉を続けた。
話が抽象的なせいもあってか、リースは僅かに表情を曇らせた。
「難しい」
「まぁ、追々身に着けていけばいい」
「そもそも身につける必要がない」
「嫌でも身に着ける必要があるのさ、人として生きていく為には」
「どうして」
「人という存在は自分と他人が在って、初めて活きていける生き物なのだから」
「いきていくだけなら一人でもいいはず」
「ただ生きていくだけなら、そうだろうな」
「……?ラウの話、よく判らない」
不思議そうにしているリースの頭に、ぽんっと手を置いてからラウは苦笑した。
「いずれは判るさ」
二人がたどり着いた先は『静寂の月光』という拝月教の教団が管理している礼拝堂、つまりは王立月博物館の隣だった。
「ここは…礼拝堂じゃないか、リースは本当にここに住んでいるのか?」
「そう」
あまり礼拝堂には来れていないとはいえ、これまで一度も会っていないのは不思議だとも思ったが…そういう事もあり得るかとラウは考えた。
もう夜も更けてきているので、まだモーリッツやエルテルは起きているのだろうか…とラウが入るのをどうするか考えていると――――
「おや、こんな時間にここに来るとは…ラウ君、何かあったのかね?」
―――モーリッツの方からこちらを発見してくれた。
「こんばんは、モーリッツ様。この子を送りに来ました」
「ん」
「これは、有難いことだ。リース、ちゃんとお礼を言ったのかな?」
「案内しただけ」
「そういうことです、モーリッツ様。お礼など言われる筋合いはありませんよ」
そういって苦笑するラウを後目に、リースはすたすたと何処かへ去っていった。
ラウがそんな彼女の姿を見送っていると、モーリッツが話を始めた。
「本当に謙虚な男だな、君は……ああ、折角だ。少し話があるのだが…かまわないかね?」
「お話、ですか――――――大丈夫です、少々帰りが遅くなる旨を鷹見沢家に連絡を入れておきたいのですが、いいでしょうか」
「かまわんよ、ひとまず先に私の部屋に案内しよう。そのあとで私がお茶を入れてくるから、その間に連絡を入れておくといい」
「ありがとうございます」
モーリッツに案内された部屋は質素倹約といった感じの部屋であり、必要最低限の家具と大量の書籍が並んでいた。
ラウは鷹見沢家に連絡をすませるとほぼ同時に、モーリッツが三つのカップと紅茶が入っていると思われるティーポッドをおぼんにのせて持ってきた。
「すまないね、客人に部屋番をさせてしまった」
「いえ、大丈夫です……モーリッツ様、カップの数が多いようですが、誰かと俺を会わせたいのですか?」
「おや、すぐに気が付かれてしまったか――――――その通りだ、ある方と君を引き合わせる為に今日は来てもらった」
モーリッツがそういうと…部屋の中に気配がもう一つ増えたのをラウは感じ取ったが、気配はすれども姿は見えず―――光学迷彩の類か、とあたりをつける。その気配の主はラウと相対する席に座ったようで、声が正面から聞こえてきた。
「――――私に気をつかうから怪しまれる」
「……しかし、気を使わないというわけにはまいりません」
「いかにモーリッツ様の意向といえど―――名も姿も隠す相手には話すことなどありませんが」
ラウがそういうと、姿を隠した何者かは雰囲気を変化させている―――どうやらラウの言葉がへんに思えたようで、くすくす笑う声が部屋に響いた。
「お前がそう話すとはな――――――ラウ=ル=クルーゼ……いや、ロームフェラ財団代表殿と呼んだ方が適切かな?」
そしてラウの正面には――――――リースリット=ノエルの姿をした、深紅の色の瞳をした人物が姿を現した。
それを見たラウは既視感を覚えた。かつての親友が同じ目の色をしていたな、と感慨深げになりそうになる。
しかし、今はまだその時ではない。
「いかにも、俺がロームフェラ財団の代表だが――――そちらばかり知っているのは不公平ではないかな」
「そういえば自己紹介がまだだったな―――私の名前はフィアッカ。フィアッカ=マルグリットだ」
「フィアッカ、か。リースとはどのような関係かな?」
「そうだな……二重人格といったほうが説明しやすいか。私という人格を後天的にリースリットの身体に移したのだよ」
フィアッカは至極真面目に話しているのは声色でわかる。人格を移す―――それはある意味で死を超える所業であり、今の人類の科学力では不可能なはず。
それこそ魔法のような技術が必要になる、そんな技術にラウは心当たりがあった。
「ロストテクノロジー…か」
「――――ご明察だ。そういうお前こそどんな存在だ?」
「それを俺の口から知ってどうする。ロームフェラ財団の代表とまで調べ上げている辺り、あらかた判っていそうなものだが」
「知っている限りではお前は10年前、突如として満弦ヶ崎に現れた」
「……そうだな」
「そのお前の出現時期、人型機動兵器が現れるようになった時期、そしてロームフェラ財団の設立時期―――――すべてが一致するのは偶然ではあるまい?」
「……ラウ、可能ならばすべて話してほしいのだ。教団としてもお前の事を注視し始めている」
「全て―――ですか。モーリッツ高司祭。それは教団が俺の事を疑っている、と捉えても構いませんか?」
「――――――そうだ」
モーリッツの表情が無へと変わっていく。そんな彼の様子など、どこ吹く風といった風に淡々と―――しかし相手の目的を知ろうとしてラウとフィアッカは話を続ける。
「財団の目的は知っているだろうに……月と地球の交流促進以外の事業はあくまで副業に過ぎない」
「その副業だけで月と地球の双方の行政府にまで影響を齎しているのにか?」
「そうしたほうが都合が良かったからな。そちらこそ、俺にこうしてまで接触してきたのは何故だ?別に放っておいても何も手を出さんよ」
「その確証はない。お前の持っているであろう技術は明らかにロストテクノロジー以上の代物がある。それが戦争の原因になるかもしれない以上、先の戦争を知るものとしては接触せざるをえない」
「先の戦争……なるほど、経験者は語るというわけか。数百年もの間に渡って人格のみを移し続けてロストテクノロジーの管理を行っている、と」
「一を聞いて十を知るとは、お前のような思考能力を持つ者の事を言うのだろうな。そこまで瞬時に把握できるのなら、技術が持つ危険性を知らないわけではないだろう?ましては今の月と地球のように隔たりがある状況下では失われし人類には過ぎた技術の悪用がされないように、誰かが管理せねばならない」
「その為のフィアッカ=マルグリット、その為の『静寂の月光』というわけか。フィアッカ、モーリッツ高司祭。あなた方はこれまで多くの人の行く末を見守ってきたことだろう。そんな二人だからこそ問いたい。人の夢、人の業…その行き着く果てがどんなことになっていても知る勇気があなた方にはあるのか?」
「――――いったい何を知っている…ラウ=ル=クルーゼ?」
「……フィアッカ=マルグリット、お前たちの要求に全ては答えられないが……応えられるだけ答えるとしよう。俺としても人類に道を誤られるわけにはいかないからな」