天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江高島郡 石田川南岸 朽木竹若丸
「おーい、こっちに弾を持ってこい!」
「壊れた槍は新しいものに交換するゆえ、早くもってこい!」
「物見からの報せでは、敵は五千ほどの兵となります!」
吾は高島郡の境目にある石田川の南岸に布陣している。
侍大将、足軽大将問わず皆、戦の支度に余念がない。
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時を少し戻そう。
朝になって五郎右衛門の軍勢がいなくなったことを確認した朝倉宗滴は、軍を二つに分けた。
宗滴は主力となる三千の兵を率いて賤ヶ岳、塩津浜に向かう一方で、千五百の兵を五郎衛門への追い討ちのために浅井郡に向かわせた。
吾の軍勢は、賤ヶ岳の左門を退かせた七百を加えて二千ほどの兵を率いて後退を開始した。
殿は新次郎に任せ、鉄砲と弓隊による巧妙な撤退戦を演じた。
その日の午前中は、退く朽木勢と追い討ちをかける朝倉勢の鬩ぎあいとなった。
そして、塩津浜城、海津西内城を放棄。
高島郡と浅井郡の境にある石田川を渡河した後、大叔父上と主殿率いる五百の軍勢と合流。
石田川南岸に陣を構えて朝倉勢と対峙した。
石田川の北岸には朝倉宗滴が率いる五千ほどの兵が布陣している。
なお、重蔵からの報せでは朝倉左衛門督の姿がない。
どうやら、塩津浜城の蔵に残された銭一万貫に目を眩ませ、朝倉本隊は越前に持ち帰ろうと忙しくしているらしい。
結局、朝倉宗滴は自身の軍勢三千、養子の景紀が率いる千二百、本隊から分離した千の合計五千二百。
一方で吾らは新次郎率いる八百、新次郎の倅である又兵衛率いる八百、左門の七百、後続の主殿率いる五百の合計二千八百。
正直言って、幼い吾が 三十倍もの軍勢を打ち破った経験を持つ猛将に勝つことができるのだろうか・・・
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「ーーー殿、殿!」
「・・・与一、如何した?」
藤堂虎高の倅である与一が吾に呼び掛けてくるので問いかける。
父親の虎高が仕官した時、同い年ということで吾の小姓となった。
本来、吾以外の童は清水山城に置いていくのだが、軍勢を編成する際に急遽連れていくことになったのだ。
「布陣が整いました。いつでも戦を仕掛けられます」
与一が戦の支度が完了したことを知らせる。
さて、老いた猛将から勝利を掴み取ろう。
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江高島郡 石田川北岸 朝倉宗滴
同時刻
南岸に対峙する朽木勢を見つめる。
儂は五千強の兵を率いて、三千弱の朽木と対峙している。
本来なら朝倉左衛門督様の軍勢三千も合流するはずだったが、塩津浜の蔵の銭を収奪することを優先したらしい。
到着は午後になるだろうと仰られ、他の諸将も同調してしまった。
目の前の銭に気を取られた阿呆どもを見て、儂は皆を怒る気力も湧かなかった。
老いたということかのぅ・・・
「義父上、布陣が整いました。」
我が養子の朝倉九郎左衛門景紀が儂に伝えてくる。
ある程度は優秀だが、儂の指示がなければ動きが鈍い男。
されど、昨年の若狭での戦で朽木に敗北した将でもある。
どうしても頼りない男であったが、此度の戦では敢えて別行動させたことで少しは成長したのだろう。
覚悟を決めた漢の顔になっておる。
敦賀郡司を譲った時に、この顔になっておってくれたら儂も楽隠居できただろうか・・・・
「・・・・九郎左衛門よ、ここが儂の最後の戦となろう・・・」
「義父上!? 朽木に負けるというのですか!?」
九郎左衛門が驚く。
だが、儂は顔を顰めながら首を横に振る。
「違うわ、間抜け! 朽木に負けたら儂はここまでよ。だが、勝った暁には朝倉の家老も退いて楽隠居する、ということじゃ!」
「!? 義父上が隠居されれば、朝倉は持ちませぬ。何卒、御再考を!」
いかぬな、儂がいなくなったら朝倉がどうなるのか、想像できぬから怖いのだろうな。
だが、儂も老いた。既に七十を超えて八十になろうとしている。
九郎左衛門の肩を優しく叩く。
「否、朽木を潰して北近江を得れば、朝倉には富が入る。」
九郎左衛門は儂の言葉を真面目に聞いている。
「それを御屋形様と其方らが上手に使えば、朝倉は更に栄えることができる。更に富をうまく扱えば、いずれ戦なき世が来ることも期待できよう」
「義父上・・・」
景紀が儂を哀しそうな目で見る。
大丈夫じゃ。
後は御屋形様が"自分でやる"という覚悟ができれば、朝倉は安泰になろう・・・・
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<両軍の戦闘配置図:未の刻(午後一時頃)>
○●=歩兵
◇=大筒
×=交戦中
宗滴(右) 宗滴(本) 景紀
(千) (二千七百) (千五百) |
●● ●●●● ●●● |
●● ●●●● ●●● |
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石田川 淡海乃海
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○○ ○○○◇ ○○○ |
(八百) (七百) (五百) |
主殿 左門 宮川(又) |
○○○◇
(八百)
竹若丸
新次郎
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江高島郡 石田川南岸 朽木竹若丸
「放てー!」
ダァァンッ!
吾の号令で三十丁の鉄砲が一斉に放たれる。
現状、我らの軍勢には鉄砲が三百丁ほどある。
川を渡河しようとしている朝倉の槍隊にとっては、十分に脅威になるはずじゃ。
だが、敵もタダで鉄砲の餌食になっているわけではない。
朝倉の槍隊を援護するために弓隊が配置されており、矢を放ってくる。
「クッ!朝倉の矢が来る!木盾に隠れながら弾込めせよ!」
木盾に隠れてやり過ごす。
されど、隠れても鉄砲足軽の何人かに矢が刺さってしまう。
朝倉が朽木よりも勝っている点は、兵の数と弓矢の数だ。
こちらも負けられぬ。
「次、大筒!」
今度は大筒三門が敵に砲口を向ける。
「放てー!」
ズ、グワァァァンッ!!
砲口から放たれたのは、一発の巨大な砲弾ではない。
数百の鉄礫を詰め込んだ特殊な砲弾(散弾)だ。
重蔵から、"なぜ五郎衛門が敗北したのか"を聞き出して一つの対策を編み出したのだ。
「シャァァァアアアッ――!!」
それでも、敵は突っ込んでくる。
さらに敵も負けてはいない。
キィィン……ズガァアンッ!
その音は、朽木の兵が聞き慣れた音であると同時に、聞き慣れない音でもあった。
朝倉勢が大筒を打ち返してきたのだ。
「て、敵も大筒を!?」
今までの戦では大筒は吾らしか使用していなかった。
それが今、こちらに牙をむいた。
「考えるな、撃ち返せ!」
「ハッ!」
与一が大筒を動かしている者たちに吾の指示を伝える。
ドーン!!
朽木の大筒が放たれるが、敵に命中していない。
「そこ、違う!」
「殿!?」
「「「え!? 殿様!?」」」
吾は大筒を動かしている者たちに声をかけた。
普段は早馬で命令を伝えていたので、吾が直接話しかけてきたことで兵たちは驚いている。
今はそんなことどうでもいい!
「わずかに照準がずれておる!」
言うや否や、吾は照準を合わせている兵を押し出して吾自ら照準を合わせる。
弾が外れたばかりに、朝倉の槍隊が近づいてくる。
これ以上無駄玉は撃てぬ。
「よし、放てー!」
ドーン!!
吾の修正で、今度は朝倉勢の真ん中に直撃した。
近くにいた皆が「オオー!」と感嘆の声を上げる。
「皆の者!まもなく五郎衛門の軍勢が朝倉勢を突く!それまで耐えるのじゃ!」
「ハッ!」
吾は本陣に足を向ける。
敵の大筒は、木之本で負けた五郎衛門の軍勢から鹵獲したものであろう。鉄砲を扱えるものなら容易に使える。
だが、弾と火薬は少ないはず。せいぜい十発もあればよいほうじゃろう。
五郎衛門が来るまで持ちこたえる!
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天文二十十四章(1555年) 四月下旬 近江高島郡 石田川北岸 朝倉宗滴
「弓隊、放てー!」
儂の号令とともに、数百の弦がピシィッと同時に弾けた。
次の瞬間、びょうと激しい風鳴りを轟かせ、黒い矢の雨が敵陣へと降り注ぎ、槍隊の突撃を援護する。
朽木の軍勢は、動きがぎこちない部隊と整然と動く部隊が混在している。
だが、大筒が厄介である。
先日の戦では上から弾が飛んできたが、此度は槍隊の真正面に置かれて鉄砲隊と同じように弾を叩き込んでくる。
槍隊が前に出ているため、朽木の鉄砲隊と大筒は槍隊へ攻撃を集中している。
儂が考案した策を昨日今日で対応してくる、この柔軟な考えを持つのが朽木竹若丸ということか。
これが新しい時代の戦か・・・・
だが、儂も負けられぬのじゃ。
「大筒!構え!」
先の戦場で鹵獲した大筒を構えさせる。
敵から鹵獲したとはいえ、使い方は鉄砲と似ていた。
つまり、我らでも扱えるということじゃ。
「放てー!」
ズ、グワァァァンッ!!
木之本の敵から鹵獲した大筒は二門、弾は七発分。
今までは撃ち込む側であった分、自分たちの兵器が自分たちに向けられるとは考えておらなかったのじゃろう。
敵が動揺して一瞬砲撃が止まるが、
ズ、グワァァァンッ!!
敵も負けじと打ち返してくる。
我らが一発撃つごとに二発撃ち返してくるので、兵数では優れている我が軍が圧されているのは認めざるを得ない。
ならば!
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江高島郡 石田川南岸 朽木竹若丸
前線が一通り落ち着いたので、小高い丘においた本陣で戦況を確認する。
その中で、ふと変な感覚が襲ってきたので、前線を見る。
「殿?」
前線では左門が奮闘している。
だが、朝倉の動きがおかしい。突っ込んだかと思えばすぐに退く。
その動きに我が軍は徐々に陣形が崩れて前に出てしまっている。
「新次郎、あれは何か?」
「・・・朝倉宗滴の直轄部隊かと」
「それは分かっておる。だが、動きがおかしい。」
新次郎もなんとなくわかったらしい。
敵の一部が妙なうごきをしておる。
攻め寄せてきたかと思えば、直ぐに退くことを繰り返している。
そのせいで、鉄砲を撃っても効果的な損害を与えられていない。
次第に左門の軍勢が前へ出始めた。
「しまった!」
「殿?・・・あっ!?」
左門の軍勢が川中まで誘われて、正面と左右から朝倉の軍勢に囲まれてしまった。
「いかぬ!直ぐに左門の軍勢を援けに行く。前へ出るぞ!」
「承知!」
新次郎が四百ほどの兵で前へ出る。
左門、生きておれよ・・・・
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江高島郡 石田川北岸 朝倉宗滴
「青二才が、用兵の何たるかを教えてくれるわ!分断した敵を包囲して殲滅せよ!」
ドーン!!ドーン!!
ピシィ!ピシィ!
その瞬間、川の中に誘い出した敵を正面、左右から一斉に槍と弓の猛攻が降り注がせる。
更に鹵獲した大筒の弾丸を叩きこむ。
ヨシ!
敵の陣が乱れておる。
まずは一つの部隊を潰して敵の戦力を削ぐ!
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江高島郡 石田川川中 日置左門貞忠
「怯むなぁ! 押し返せ、押し返すのだぁ!」
敵の槍が正面、右、左から容赦なく突き立てられる。
いかぬ、完全に嵌め出されて囲まれてしまった。
儂は崩れそうになる前線を叱咤し、必死に味方の隊列を保とうとするが、朝倉勢の勢いはそれを遥かに凌駕していた。
さらに不運なことに、ここは石田川の川中。足元は容赦なく流れる水とぬかるむ泥に阻まれ、踏ん張りが効かぬ。
朽木自慢の鉄砲も、火薬が水に濡れるのを恐れて思うように使えなんだ。
「これまで、か……」
泥水を浴び、味方の血に染まりながら、儂が絶望に目を閉じかけたその時だった。
――ダァァンッ! ダァァンッ!
背後の南岸から、腹の底に響くような鋭い鉄砲の音が鳴り響いた。
一発や二発ではない。統制された一斉射撃の轟音。
(殿の本隊か……!?)
見上げれば、川岸から朝倉の包囲網を切り裂くように、猛烈な弾幕が浴びせられている。
浮足立っていた朝倉の兵たちが、次々と悲鳴を上げて川へ転がり落ちていくのが見えた。
その隙を突くように、一騎の早馬が水飛沫を上げてこちらへと駆け込んでくる。
「左門殿! 殿の軍勢が助けに参りました! 新次郎様が四百の兵を率いて正面の敵を抑えております! 直ちに退いて陣形を立て直してくだされ!」
「お、おお……殿が……!」
幼き主君が、自ら本陣を動かしてこの窮地を救ってくれたのだ。胸を突くほどの熱い感情を必死に抑え込み、儂は残された力を振り絞って大声を張り上げた。
「皆の者、殿が道を切り開いてくださったぞ! 退けぇ! 殿の御恩に報いるためにも、一兵たりとも無駄死にさせるな! 退けぇい!」
儂の檄が届く範囲から、崩れかけていた兵たちが殿の援軍に奮起し、互いを庇い合いながら必死の撤退を開始した。
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江高島郡 石田川北岸 朝倉宗滴
ドガッ! パリィィィンッ!
ダァァンッ! ダァァンッ!
石田川の川中に轟く銃声とは明らかに違う。
東の淡海乃海の湖上から、腹に響くような大筒と鉄砲の猛烈な轟音が響き渡り、朝倉本陣の空気を震わせた。
「申し上げます! 申し上げます!」
泥と返り血に塗れた伝令が、悲鳴のような声を上げて宗滴の前に転がり込んできた。
「何事か! 騒々しい!」
「た、淡海乃海より、朽木の水軍が突入してまいりました! 湖畔に布陣していた景紀様の軍勢が、船上からの猛烈な砲撃を浴び、さらに背後より上陸した敵に攻め込まれております!」
「今じゃと……!?」
宗滴の鋭い眼光が、東の湖へと向けられた。
すでに石田川の河口付近では、無数の船から放たれる硝煙が白く立ち込めている。
景紀の千二百の兵は、川の南岸に気を取られていたところを、完全に真後ろから奇襲された形だ。
陣形は見る影もなく分断され、湖畔は大混乱に陥っているのが遠目にも分かった。
(馬鹿な。木之本の敵は完全に壊滅しておらなんだというのか。それどころか、船をまとめてこの短時間でここまで運んできたというのか……!)
あと一歩で、川中に誘い込んだ日置左門の部隊を完全に磨り潰し、朽木勢の主力を撃滅できるところだった。
しかし、このまま的の包囲に兵を割き続ければ、景紀の部隊が崩壊し、朝倉軍全体の右翼が完全に消失する。
そうなれば、今度は宗滴の本隊が挟み撃ちにされる危険があった。
老いた猛将は、奥歯が軋むほどに噛み締めた。
「……致し方なし。左門への囲いを解け! 景紀を救うべく、直ちに軍を東へ向け、敵の水軍に対抗せよ!」
「ハッ!」
伝令が飛び出していく。
前線へと向けた背中を見つめながら、宗滴は小さく息を吐き出した。
(口惜しいな。本当に、あと少しで朽木の主力を撃滅できたというのに……。あの幼子、ただ耐えるだけでなく、この水軍の奇襲まで計算に入れて儂の動きを誘うておったか!)
目の前の銭に目が眩んで戦線を離脱した朝倉左衛門督への怒りと、朽木竹若丸という恐るべき神童への戦慄が、宗滴の胸中で激しく渦巻いていた。
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<両軍の戦闘配置図>
○●=歩兵
◇=大筒
×=交戦中
宗滴(右) 宗滴(本) 景紀 ←〇朽木(五百)⛵
(千) (二千七百) (千二百) |
●● ●●● ●●● |
●● ●●● ●●
====================
× 石田川 ●○○● × 淡海乃海
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○○ ○○◇ ○○○ |
(八百) (五百) (五百) |
主殿 左門 宮川(又) |
○○○◇ |
(八百)
竹若丸
新次郎
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天文二十四年(1555年) 四月下旬 近江高島郡 石田川南岸 日置左門
自陣に戻るや否や、儂は本陣へと駆け込んだ。
敵の甘言に誘い出されて包囲を許し、儂の部隊は二百もの兵を失って五百へと減じていた。
この一進一退の重要な局面に、御年幼き殿に大きな負担を強いてしまったのだ。
「申し訳ございませぬ! この左門、大いなる不覚を取りました!」
土下座して謝罪するが、それでもなお顔を上げることができぬ。
額を地面にこすりつけ、己の不甲斐なさに歯噛みする儂を見て、殿は静かに御言葉を続けられた。
「左門よ、戦はまだ終わっておらぬ。持ち場に戻れ」
「・・・・ハッ!」
そう言われて御前を下がろうと、背を向ける。
その瞬間、儂の背中に殿が更なる御言葉を投げかけられた。
「・・・左門よ、泣いてもよい、情けなくてよい。負けたとしても、乗り越えて勝て」
「・・・ハッ!」
堪えきれず、熱いものが頬を伝って落ちた。
これほど優しく、これほど重い御言葉があろうか。
己の過ちをすべて包み込み、なお信じて前を向かせるその器は、とても幼子のものとは思えなんだ。
このような過ちは二度と犯さぬ。
この命に代えても、朝倉を防ぎきって見せる!
儂は涙を拭い、決意を新たにして前線へと戻った。
<注釈>
・藤堂与一
史実の藤堂高則。
父の虎高が朽木に仕官すると同時期に竹若丸の小姓として登用される。
竹若丸と同い年で他の小姓たちよりも話が合う人物。
近々弟か妹が誕生する予定。
父がかつて浅井の支配下で不遇な扱いを受けていたのに対し、朽木家は実力を正当に評価した。そのため、朽木家に対して深い恩義と高い忠誠心を抱いている。
<戦況>
・明朝
木之本で朽木の軍勢が退いたことを確認した宗滴は塩津浜にいる朽木本隊を叩く軍勢と退いた朽木の別動隊の追い討ちをかける部隊に分ける。
・巳の刻(午前十時頃)
宗滴が賤ヶ岳を通過。
竹若丸は西への後退を開始。
半刻後に朝倉義景と景紀の軍勢と宗滴が塩津浜城で合流。
義景は塩津浜を中心に支配領域を広げるために塩津浜城に残る。また、塩津浜城の銭を越前に送るように命令。
朽木本隊の殲滅を命じられた宗滴は追撃。海津西内城を占領。
未の刻(午後一時頃)には石田川で朽木の本隊が陣を構えたことで睨み合いになる。
・申の刻(午後三時頃)
戦闘開始。
朝倉勢は木之本の戦いで大筒二門を鹵獲しており、大砲同士の激戦となる。