塚内空はヒーローになれない   作:RAP

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「生成AI+画像編集」による挿絵がありますので、生成AIが苦手な方はご注意下さい。


EP.76 「例え他に道があったとしても」

 

【アンイェルディング】《unyielding》

 屈しない、断固とした、譲らない。

 どんな圧力や絶望にも、決して膝を屈しない鋼の意志。

 

 

 * * *

 

 

 那歩島(なぶとう)のいおぎ荘。

 明日には島を立つという、最終日前の夜。

 

 荷物をまとめ終えた私は、与えられた自室で椅子に座り込んだまま動けなかった。

 

 『塚内さんが、(たす)けを求める顔をしている』。

 デク君に言われた言葉が、頭の中をぐるぐると、ずーっと巡っている。

 

 リュミエール・ノワール。

 青山優雅は、(ヴィラン)連合が抱えていた罪の大半を持ち去っていってしまった。

 

 彼が、ずっと死に場所を探していたのはわかっていた。

 あまりにも原作と違い過ぎるから、そう考えるのもやむなしぐらいには受け止めていた。

 

 違った。

 

 彼は、立派な軍師だった。

 たった一手で、全てを引っくり返してみせた。

 

 それだけではない。

 

 わかる人にしかわからない。

 私と弔君、たった二人だけに向けられた、痛烈な「生きろ!」というメッセージ。 

 

 

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(私の名前を、一度もまともに呼んでくれなかったくせに)

 

 インビジブルガール事務所のサイドキックになる未来は、リュミエール・ノワールには訪れなかった。

 

 誰が殺した?

 私が殺した?

 

 違う。

 だって彼は、いつでもあの場から逃げることができた。

 

 彼が望み、願い、そう行動した。

 私が彼を殺したなどという考えは、思い上がりに過ぎない。

 

 今の私にできるのは、涙を捧げることぐらい。 

 泣いたからとて、贖罪になんてなりはしないだろうけれど。

 

 ――私がいる世界は、一体なんなのだろうか?

 

 

 * * *

 

 

「会長。いつものアレです」

 

 ヒーロー公安委員会、会長室。

 塚内空からの定期連絡報告書を携え、目良(めら)善見(よくみる)が入室してきた。

 

 ホークスが使い物にならなくなってしまったことで、塚内空の重要度があがってしまった。

 タルタロスにいるレディ・ナガンと交渉し、彼女を戻すかどうかの検討すらはじまっている。

 

 目良が会長に差し出した報告書は、いつもより少し分厚かった。

 まるで論文のような、塚内空名義の提案書が添えられている。

 

「『ヒーロー科全生徒の実地研修実施』を名目としたインターン再開の要請について……?」

 

 一読したヒーロー公安委員会会長は、首を傾げた。

 

「このヒーロー飽和社会で、人手が足りなくなるとあの()は言っているの?」

泥花(でいか)市のアレが関与しているかと」

「事実上の学徒動員をしろという提案を、素直に呑めると思って?」

(さか)しらぶった子供のアレと言いたいところですが……最後の一枚を」

 

 報告書の最後の一枚は、AFOの協力者にして腹心と思われる人物『かもしれない』者の真実を確定させるために、潜入捜査が必要というものだった。

 

 殻木(がらき)球大(きゅうだい)

 蛇腔(じゃくう)総合病院創設者にして、現理事長。

 全国各地に児童養護施設や介護施設を開設し、個人病院と提携もしている。

 

「人々から敬愛されている医学界の大物じゃないの……明確な証拠が無いと、流石に動けないわ」

「警察庁に調査協力の要請をアレしますか?」

 

 目良の提案は、ごく当たり前のものだった。

 通常であれば会長は承諾し、原作通りに塚内警部の部下が潜入捜査を開始しただろう。

 

 だが、手塩にかけて育て上げたエージェント、ホークスはもう使うことができない。

 つまり今は通常ではなく、異常事態だった。

 

 前会長と違い、現会長は人を使い捨てたりはしない。

 大切な人材として育成し、最後まで大切に使い潰す。

 

 ゆえに、新しい人材を育成する必要があった。

 ホークスのような働きはできずとも、新しいエージェントを用意しなければならない。

 

 そして、ヒーロー公安委員会にとって都合の良い人間がそこに居た。

 新たに使い潰す対象として、相応しい者が。 

 

「ホークスの『後輩ちゃん』なのだから……彼女を使いましょう」

 

 巻き込まれた形とはいえ、ホークスは泥花(でいか)市の悲劇を止められなかった。

 皮肉にも、マスコミの誘導に関与していたと思われる心求党党首が死亡したため、世論を「非難」ではなく「叱咤激励」へと誘導するのは簡単な話だった。

 だが世論誘導だけでは、ヒーロー公安委員会は無能の烙印を押されて舐められる。

 舐められるのは我慢ならない。ヒーロー公安委員会のメンツは守られなければならない。

 

「彼女に対して、蛇腔(じゃくう)総合病院への潜入捜査の指示を」

「……よろしいのですか? 死亡ならまだアレですが、AFO側に取り込まれてアレされたりは」

「AFOはタルタロスに収監されています。不用意に恐れる必要はありません」

 

 現会長は、蛇腔(じゃくう)総合病院への潜入捜査具申書を指で軽く(はじ)いた。

 

「言い出しっぺの法則とも言うわ。本免許を餌にぶら下げれば、ちゃんと動いてくれるでしょう」

「わかりました。塚内空に、アレしておきます」

 

 ヒーロー公安委員会は、無能の烙印を自らの身体に押し始めた。

 だがそれに気づく者も、止める者もまた居なかった。

 

 

 * * *

 

 

 12月24日、クリスマス・イヴ。

 翌日のクリスマスパーティーのために、寮の一階、共同空間の飾り付けが行われていた。

 

「おい、切島、切島」

「あァん?」

 

 峰田(みねた)(みのる)が、切島(きりしま)鋭児郎(えいじろう)にこっそり話しかける。

 

「文字通り、オイラが命懸けで撮影した奴だ。一枚千円」

「千円……?」

 

 峰田のひそひそ話に応える切島ではあったが、なんだそのぼったくり価格はと眉をひそめた。

 

 

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「この後、塚内に蹴り飛ばされた。壊れたカメラ代のカンパだと思ってくれよな」

 

 切島の心の中には、片思いの相手として芦戸(あしど)三奈(みな)がいる。

 芦戸がいる、が、それはそれ、これはこれだった。

 

 おかずは大事なのだ。

 ただでさえ同じ空間にいて、なんか良い匂いとかするから色々大変なのだ。

 まして不殺三連の思い出というか、感触が中々消えてくれないのだ。

 

「……ほら、二千円」

「まいど」

 

 普段から露出度の低い塚内空の水着姿は、闇取引の材料となっていた。

 

「御二方。何をしてらっしゃいますの!?」

「「八百万!」」

 

 慌てて隠しはしたが、もう遅い。

 八百万(やおよろず)(もも)がプリプリというオノマトペを身に纏いながら、懐から万札を取り出した。

 

「お釣りは要りませんわ」

「ま、まいど」

 

 塚内空の水着写真を二枚、万札で八百万が買っていった。

 思わず、峰田も切島も呆然としてしまう。

 

「ヤオモモは普段から見せてくれてっから、つい反応しそうになっちまうよな」

「上鳴」

 

 二千円を握りしめた上鳴(かみなり)電気(でんき)が、謎に格好つけたポーズで登場した。

 クリスマスパーティの飾り付けをしながら、危険な闇取引が堂々と行われた。

 

「そういや、肝心の塚内は?」

「出かけてるっぽい。デートかどうかはわかんネ」

 

 上鳴の疑問に、峰田が答えた。

 

「普段スーツ姿な分、クリパぐらい露出度オマケしてほしいぜ」

「嫌な顔しながら生足見せてくんねーかな」

 

 

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「それいいな、なんかこう、クるものがあるわ」

「ミッドナイト先生が昔やりすぎて、ヒーローコスチュームに規制が入ったんだろ?」

 

 そばで会話を聞いていた瀬呂(せろ)範太(はんた)が、割り込んだ。

 

「ミッドナイトは今でさえクソヤバいのにな」

「どんだけ攻めてたんだ、昔のミッドナイトは」

「それがさー、ネットにも資料が残ってねぇんだよなー」

 

 

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 わいのわいの。

 やいのやいの。

 

 クリスマスパーティの準備で盛り上がっていた皆は、部屋に戻ってはじめて気づくことになる。

 原作の緑谷(みどりや)出久(いずく)をリスペクトした塚内空からの手紙が、皆に届けられていた。

 

 生徒全員の部屋、教師寮や校長室、相澤邸、そして塚内警部のいる実家、その全てに。

 

 

 * * *

 

 

『今までありがとう。

 私のことを皆に伝えておかなくてはいけないと思い、手紙を書き残しておきます。

 私は神野事件の拉致をきっかけに、敵の首魁たるオール・フォー・ワンに目を付けられていると判断され、ヒーロー公安委員会のエージェントとなるよう強制されました。

 そして今回、オール・フォー・ワンの腹心とみられる殻木(がらき)球大(きゅうだい)の調査のために、京都の蛇腔(じゃくう)病院に乗り込んで潜入調査をすることになりました。

 本来であれば内部情報の漏洩として私は逮捕、あるいは行方不明扱いになってしまうかもしれません。でもそれは、任務に成功した後での話となります。

 つまり、死の危険性がある任務だということです。私は死ぬかもしれません。

 生きて戻って行方不明となるか、死んで脳無の材料にされるかの二択です。

 

 でもこれは、皆の幸せに繫がる任務です。

 皆に迷惑をかけたくないし、皆を巻き込みたくありません。

 ですので、私はヒーローアカデミアを去ろうと思います。

 

 皆さん、今まで本当にありがとうございました。

 願わくば、この手紙が笑い話とならんことを。  塚内空』

 

 

 * * *

 

 

 辛い道を(いと)わない者をヒーローと呼ぶのなら。

 彼らが辛い時、誰がヒーローを守ってあげられるのだろう。

 

「ばかやろう」

 

 塚内空からの手紙を一読した後、麗日(うららか)お茶子は真顔で呟いた。

 

 

 * * *

 

 

 12月24日の夜。

 黒霧に要請して熱海の別荘に着いた塚内空だったが、黒霧は戸惑うように言った。

 

「塚内空。……あれは、誰なのですか?」

「誰、って……」

 

 黒霧の質問に、塚内空はうまく答えられなかった。

 

 そこに立っていたのは、死柄木(しがらき)(とむら)であって死柄木弔では無かった。

 外見は最終決戦のマスターピース仕様、服装は超常解放戦線の指導者姿の死柄木弔。

 黒いスーツに黒ネクタイ、フェイクファーのもこもこ付きコートに、長い白髪姿。

 

 だが、中身がまるで違っていた。

 

 ドクターの改造手術によってAFOの因子を植え付けられたマスターピース、ではなく。

 死柄木(しがらき)(とむら)志村(しむら)転弧(てんこ)が混ざり合った『何か』。

 

 随分と伸びた白い髪をかきあげ、弔は笑う。

 

「俺は俺だ、と言いてぇところだが……混ざってるモンは、確かにある」

 

 そう言いながら、死柄木弔は自分の胸を親指で指す。

 

「愚かで哀れな志村(しむら)転弧(てんこ)と……」

 

 次いで、自分のこめかみをトントンと人差し指でつついた。

 

親友(ダチ)の怒りが。ノワールの怒りが、ここにある」

「……そう。これからドクターを殴りに行くけれど……一緒に行く?」

 

 いつものスーツ姿の塚内空が、死柄木弔に手を伸ばした。

 伸ばされた手を、死柄木弔は普通に握り返した。

 

 握手を求められたから、握手を返した。

 

 たったそれだけのことではあるが、それはこの二人にしかできないやりとりだった。

 だから思わず、死柄木弔は苦笑した。

 

「殴るだけじゃ足んねぇな。勢い余ってヤっちまうかも」

「それはそれで?」

 

 夜空の下で、くすくすと塚内空が笑う。

 

「荼毘さんは?」

「ここにいるぜー」

「主ィィィ!」

 

 巨大なギガントマキアの肩に乗った荼毘が、いつものパンクな格好で現れた。

 

「付き合ってくれるのなら、助かるけれど……いいの?」

「No.3のエンデヴァーを見ることが出来た礼ってやつだ、気にすんな。それに……」

 

 荼毘が、ニヤリと笑う。

 

「最高傑作の三男サマは、赫灼(かくしゃく)熱拳(ねっけん)を覚えようと必死なんだろ?」

「うん。あの告白の日から、焦凍(しょうと)くんは必死だよ。ずっと練習してる」

 

 原作においては、数ヶ月に及ぶインターン生活の中で赫灼熱拳の獲得に至る。

 だがこの世界では、色々なものが前倒しになっている。

 具体的には、約三ヶ月ほどスケジュールが早まろうとしている。

 

「ならそれでいい。露払いぐらいはしてやんよ」

「ありがと、荼毘さん」

 

 会話の途中で、黒霧が塚内空のそばに立った。

 実のところ黒霧は、死柄木弔を死柄木弔と認識するのが難しくなっていた。

 何かが混ざって別人のようになってしまった彼を二位とし、塚内空を暫定一位としていた。

 

「黒霧さん。患者をはじめとした無関係と思われる人は、随時ワープで引き離してください」

「わかりました、塚内空」

 

 塚内空は、マキアを見上げた。

 

「マキア。AFOの代わりに私が王になる。それでいい?」

「王とは、畏怖され求められる者。強い者だ、主よ!」

 

 ドクターを殺し、AFOを殺し、王に至れば殺してもらえるかもしれない。

 甘い見通しではあったが、AFOだけは絶対に殺すという強固な意志だけは存在していた。

 

 

 * * *

 

 

 塚内空が皆に手紙を送ったのは、原作デクの真似ではあったが同時に保険でもあった。

 万が一ドクター殺しに失敗しても、ヒーロー達が後を引き継いでくれると信じての行為。

 

 ヒーロー公安委員会の指示通りに潜入捜査をすると、ドクターを殺しきれなくなる。

 原作に近い展開となるのであれば、ドクターは確実に保護されてしまう。 

 

 自分が無関係であれば、原作同様に生かしてあげても良かった。

 だがそうではない。

 確実に、自分の母・塚内翔子はハイエンド・ウーマンちゃんの素体にされている。

 

 現状であれば、(ヴィラン)連合が全員協力してくれる。

 ただでさえ(ヴィラン)連合にスパイとして溶け込んでAFOや脳無のことを調べろと言われていたのだから、ヴィラン達の協力を得ることができたとして何も問題は無い。

 

 ちょっとした意趣返しというか。

 健気(けなげ)幼気(いたいけ)女子高生(JK)を、殺伐な裏社会に巻き込んだ責任ぐらいは取って欲しい。

 

 何故か自己評価が妙に低い塚内空の、妙に浅い考えによる手紙作戦ではあった。

 問題があるとすれば、彼女がこれまでの人生で積み上げてきたものは、そこまで軽くも低くも無かった。彼女の手紙は、この後とんでもない余波を巻き起こしてしまうことになる。

 

 

 * * *

 

 

 京都にある、蛇腔(じゃくう)総合病院。

 

 病院のそばに突如巨人が現れ、病院の一部を破壊しはじめた。

 あげく、周辺の森が蒼い炎に包まれ始めた。

 月夜の下、病院から脱出しようとした人々は次々とどこかに転移していった。

 

 鼻歌交じりに歩いていた殻木(がらき)球大(きゅうだい)は、突然の騒ぎに思い切りむせた。

 

「なっ、何でェ!?」

 

 廊下の窓から、ギガントマキアが暴れて病院を壊しているのが見える。

 森が蒼い炎で燃えているということは、荼毘の仕業だろうか。

 

 大混乱に陥ったドクターの思考が停止した、まさにその時。

 スーツ姿の塚内空と、同じくスーツ姿の死柄木弔が、仲良く姿を現した。

 死柄木弔の方は、フェイクファーのもこもこ付きコートがよく似合っている。

 

 いつも一方的に様子を見て聞いているだけだった相手が、何故かここにいる。

 塚内空と、死柄木弔。

 

 病院中が大騒ぎの中、たった二人で霊安室付近の通路を歩き、ドクターへと近づいていく。

 

「脳無の製造者、AFOの片腕、殻木(がらき)球大(きゅうだい)。見ぃつけた」

「ノワールに蜂を埋め込んだの、どうせお前なんだろ?」

「ひいぃ!」

 

 焦って転んだドクターの首根っこを、塚内空が片手で掴んだ。

 まだまだやれる60代、といった風体のドクターの身体が、見る間に(しお)れていく。

 ドクターの姿が骨と皮だけの120歳になるのは、あっという間だった。

 

「すげぇな。長生きの個性ってやつかぁ?」

 

 死柄木が興味深そうに、ドクターの顔を眺めた。

 

「オール・フォー・ワンの長生きの秘密ってやつ。確か名前は『摂生(せっせい)』」

「な、なんでそれをォ!?」

「うるさい。ほら、立って。全部壊してから殺してあげる」

 

 塚内空になんでもないかのように蹴り飛ばされ、ドクターは廊下をゴロゴロと転がった。

 

「ジョンちゃん、ワシを今すぐワープさせるんじゃ!」

 

 カエルと人間の脳みそが合体したような異様な脳無が、すぐそばから覗いていた。

 ワープ役のジョンに向かって、慌ててドクターが叫ぶ。

 

「弔くん、やっちゃって」

 

 塚内空が、ドクターの背中を容赦無く踏みつける。

 ジョンの転移は指示通りに発動したはずなのに、ドクターが転移する気配が無い。

 

「おっけー」

 

 ジョンに向かって弔が片手を振った瞬間、ジョンごと床と壁が崩壊していった。

 一瞬で塵と化したジョンを見て、ドクターは泣き喚きはじめた。

 

「いやじゃ、堪忍しておくれ!」

「次はこっちが奪う番」

 

 叔父のイレイザーヘッドの代わりに、塚内空は言うべき台詞をかけてあげた。

 『伝播する崩壊』の加減がうまくできないのか、病院地下への道が開いていく。

 

 原作のミルコが強行突入していったであろうルートは全て無視。

 床を経由して、崩壊が病院の地下施設へと広がっていく。 

 

「個性一つを複製し培養するのに、どれだけの設備と時間が必要だと思っとるんじゃ!? 今の個性ストックを揃えるのにワシがどれだけ苦労したと!? ここには全てが詰まっておるんじゃ、ワシの人生全てが! オール・フォー・ワンとの血が香る(むつ)まじい日々が、全て!」

 

 あたふたと四つん這いのまま、ドクターは地下へと向かっていく。

 塚内空は興味無さそうに、時折()かすようにドクターの尻を蹴り飛ばす。

 

「ふーん」

「なんと忌々しい……コイツ等を蹂躙せよ、愛しきハイエンドたち!」

 

 原作ではミルコの大暴れによって地下施設は破壊されていった。

 この世界では、『伝播する崩壊』で地下施設が塵と化していく。

 

「ほら、転んじまうぞ」

「ありがと」

 

 なのに、デートかなにかのように。

 塚内空は、死柄木弔のエスコートを受け、手すら繋いで段差を降りたりしていた。

 

「アバラちゃん! おでぶちゃん! ゾウさん! ロボットちゃん! ウーマンちゃん!」

 

 本来ならば起動に10時間を必要とするハイエンド達を、ドクターは緊急起動(スクランブル)させた。

 このままでは、『伝播する崩壊』によって試験管ごと塵と化してしまう。

 

 崩壊が届くより一瞬早く試験管が割れ、ハイエンド達が次々に飛び出す。

 

「お」

「えこっ」

「うん……」

「ひさ……ぶり」

「暴れらレル」

 

 頭も良く、会話も可能な脳無、ハイエンド。

 彼らは頭が良いがゆえに、試験管から解放された瞬間、即座に状況を把握した。

 

 それゆえに、彼らは一度その場を離れないといけなかった。

 ハイエンドとて逃れられぬ死が待っていると、理解できてしまった。

 

 個性『液体化』+『炸裂』。

 

 ウーマンちゃんの超高速遠距離攻撃が、正確無比に他のハイエンド達の足を縫い止め、ドクターの腹をぶち抜いた。

 

「キャアアアア!」

 

 愛しいハイエンドに攻撃されるとは欠片も思っていなかったドクターが、絶叫する。

 その大きな腹には見事な風穴が空き、血がぴゅるぴゅると吹き出しはじめる。

 

「なんだァ? 同士討ちってやつか?」

 

 流石の死柄木も、驚いて立ち止まった。

 足を縫い止められたハイエンド達は、『伝播する崩壊』に触れたことで次々に塵と化していく。

 

 ウーマンちゃんは、何も言わずにじっと塚内空を見ていた。

 

「……お母さん」

 

 塚内空は、絞り出すように言うことしかできなかった。

 ウーマンちゃんは、最後まで塚内空を見つめたまま、塵となって散っていった。

 

「やだァあああァアアア!」

 

 目の前で、ドクターの半生を全て注ぎ込んだ研究施設が崩壊していく。

 致命傷を負ったドクターは、自らの死よりも、施設が消え去っていく姿に恐怖した。

 

「マスターピースなんて、いらないでしょ。弔くんを弔くんではないものにしてしまうんだもの」

「ああ、そういや俺、素材だったんだっけ。先生、いや、AFOの」

 

 塚内空と死柄木弔が語り合う中、ドクターが泣き叫ぶ。

 

「終わる! 終わってしまう! 魔王の夢がァァ!」

 

 その時だった。

 

 塚内空が前世で見た事があったもの。

 弔を弔では無いモノにしてしまうもの。

 原作でプロヒーロー・エクスレスが破壊したもの。

 

 死柄木弔をマスターピースとするための装置と、接続されていた大量のチューブ達。

 それらが、自ら意思を持っているかのように次々と弾け飛んだ。

 周辺に置かれていた大量の瓶、タンクが、不思議な力で自壊していく。

 

「えっ、何!?」

「うわっ、なんだァ!?」

「……なんじゃと!?」

 

 死柄木弔をマスターピース化するのは、元々AFOの為だった。

 個性とは人の身体に宿った超常的なエネルギーであるため、基本的には持っているだけで多少なりとも人の身体に負荷を掛ける。そのため他者の個性を奪い続ければ、いずれは肉体が限界を迎えて自己崩壊を起こしてしまう。その原則は、他人の個性を奪うことができるAFOですら逃れられないものだった。

 

 だからこそ、複数の個性所持に天然で耐えることが出来たギガントマキアをベースに数々の脳無を生み出し、ハイエンドを経由し、ナインの改造によって理論を固め、死柄木弔を最高傑作(マスターピース)化する準備をドクターは整えていた。

 全ては、何もかもをAFOに捧げるため。

 

 つまるところ、今タルタロスに収監されているAFOが所持している個性『オール・フォー・ワン』は、ドクターが作った複製品に過ぎない。

 本物(オリジナル)の個性『オール・フォー・ワン』は、いつでもマスターピースに移植できるように、この地下研究施設に保管されていた。

 

 

 塚内空の身体の中に、真っ先に大きな光が飛び込んだ。

 

 それは、個性『オール・フォー・ワン』の本物(オリジナル)だった。

 無数の小さな光が、最初に飛び込んだ光を追うように次々と塚内空の体内に入っていく。

 

 電波。鋲突。空気を押し出す。筋骨発条化。瞬発力。膂力増強。増殖。肥大化。反射。拡散。超再生。サーチ。数え切れないぐらい沢山の光が、塚内空へと飛び込んでいく。

 

《見つけた! 見つけたぞ、我が娘にして愛しい嫁!》

 

 誰が発しているのかもわからぬ声が、周囲に響いた。

 それは個性『オール・フォー・ワン』が、空気を押し出す個性などを使って強引に音の波を発生させたことで周囲に声として認識させたものだった。

 

 塚内空の身体が、ふらりと倒れた。

 沢山の個性が一度に流入したことで、意識が落ちかけていた。

 だが不思議なことに、彼女の身体が崩れたり、精神が崩壊するようなことはなかった。

 最初から何もかもが適合していた。

 すんなりと、全ての個性が彼女の中に収まっていった。

 

 この時、個性『否定』は何か(おぞ)ましいモノに押し倒され、必死に抵抗していた。

 匂いで父だと直感はしたが、個性『オール・フォー・ワン』の行いは父ではなかった。

 男として女を強姦しようとする行為そのものだった。

 

《さあ、結婚式を挙げよう! 愛しい娘!》

「何言ってんだコイツ」

《おや、そんなところで何をしているんだい、死柄木弔》

 

 身構えた死柄木弔だったが、何を攻撃すればいいのかすらわからない。

 まさか倒れた塚内空を殺すしかないのか、と彼が逡巡したその時だった。

 

《飼い主に噛みつく犬は不用品だぜ。(きみ)はもういらないな、志村(しむら)転弧(てんこ)

 

 押し出された空気により、死柄木の身体が吹き飛んだ。

 死柄木弔は即死こそ免れたが、骨の数カ所が折れた感覚がした。

 

 個性『否定』は、父に甘えようとしたら妻になれと言われた。

 身体の中で、個性『オール・フォー・ワン』が好き勝手に暴れているのを塚内空は実感できた。

 倒れながらも、塚内空は全力でAFOの意思に抗い続けた。

 

「私は……お前の全てを、否定する!」

 

 塚内空の否定と、個性『否定』、両者による強烈な否定の意思。個性『否定』の覚醒とも言える強固な力が発動し、個性『オール・フォー・ワン』の概念を消しにかかった。

 

 だが超常黎明期から続く、妹に対する屈折した強すぎる愛情――それを愛情と呼んで良いのかはわからないが――の方が、ギリギリ勝利した。

 覚醒したばかりの個性『否定』のコントロールが、個性『電波』によって捻じ曲げられた。

 個性の扱いと、個性への拘りに関しては、AFOに一日の長があった。

 

《僕を(はば)むんじゃない、愛しい娘よ!》

 

 

 * * *

 

 

 対個性最高警備特殊拘置所、通称タルタロス。

 本土から約5km離れた沖に建造された収容施設であり、一度入れば生きて出ることは叶わないとされている。

 

「セキュリティレッドを発動しろ!」

「一体何が起きている!?」

 

《各フロア開放。封鎖を解除します》

 

「監視システムダウン! EMPのような……よくわかりません!」

「復旧までどれぐらいかかる!?」

「ダメだ、奴らが出てくる!」

 

 内と外からの電波による同時攻撃、ではなく。

 覚醒した個性『否定』の拒絶の力が個性『電波』を通じて叩きつけられ、タルタロスの防御が一瞬で陥落した。

 

 AFOを含めた大量の収容者が、一斉に脱獄を開始した。

 タルタロスの制圧部隊と、強個性持ちたる収容者達の地獄のような戦いがはじまった。

 

 

 * * *

 

 

 個性因子にこびりついているAFOの意思は、無理矢理にAFOの脱獄を叶えてみせた。

 個性『オール・フォー・ワン』はそのまま個性『否定』を押し倒しにかかったが、意外な伏兵がそこに居た。

 

 個性『エアウォーク』が、強烈な跳び蹴りを個性『オール・フォー・ワン』にかました。

 個性『エアウォーク』は、個性『否定』を庇うようにそのまま仁王立ちをしてみせた。

 

 この個性は、邪魔だ。

 一刻も早く、誰かに押しつける必要がある。

 

 個性『オール・フォー・ワン』ことAFOの意思は、塚内空をどこかに転移させた。

 

 

 * * *

 

 

 蛇腔(じゃくう)総合病院は、一夜にして崩れ去った。

 地下部分が塵と化したことで、上層階が支えきれずに崩れ落ちてしまったのだ。

 

 内部に居た患者や関係者は、99%が離れた場所で生存していた。

 ただ一人、腹に穴の空いた殻木(がらき)球大(きゅうだい)だけが死体で発見された。

 タルタロスが陥落したのは、ドクターこと殻木(がらき)球大(きゅうだい)がAFOの腹心として『何かをやっていた』からだろうと、病院の地下施設の痕跡から推理された。

 

 タルタロスから脱獄した受刑者達は、そのまま七箇所の刑務所を襲撃した。

 ジェントル・クリミナルは収監されていなかったので、七箇所全てから受刑者が解き放たれてしまった。

 

 

 蛇腔(じゃくう)総合病院崩壊事件の調査は、素早く行われた。

 とっとと調査を終わらせて、脱獄した受刑者達の逮捕に向かう必要があった。

 

 塚内空的には原作リスペクトも兼ねて出した手紙だったが、社会的な意味で大爆発を起こした。

 

 AFOに個性を与えられたとみなされ、ヒーロー公安委員会が塚内空に『尋問』をしたこと。

 ヒーロー公安委員会の指示で、塚内空が(ヴィラン)連合に潜入調査をしていたこと。

 それらの見返りにヒーロー免許を餌として、塚内空がこき使われていたこと。

 会社の保養所として確保した熱海の別荘を(ヴィラン)連合に奪われていたこと。

 

 そういった裏事情的な何もかもが、調査の結果次々と判明してしまった。

 自首したスピナーへも事情聴取が行われ、塚内空は彼女なりに仕事を頑張っていたと判明した。

 

 タルタロス収監者をはじめ、数多くの受刑者達が脱獄したことで日本中が混乱の渦に飲み込まれた。誰かが責任を取る必要があったが、関係者全てが『ヒーロー公安委員会の独断専行が原因である』と結論付けた。

 

 ヒーロー公安委員会は、一気に窮地に立たされた。

 

 塚内空がどこに消えてしまったのかは、不明だった。

 タルタロスから脱獄した顔の無い大男が、一人の少女を抱えて空を飛んでいたとの目撃報告すらあった。

 

 1-Aの面々は、クリスマス会をやっている場合ではなくなってしまった。

 雄英ヒーロー科は、生徒が一人欠けたままで年を越すことになった。

 

 

 原作的な表現をあえてするならば。

 冬のインターンによる皆の成長を抜きに、終章が開幕することとなる。

 アーマード・オールマイトは、完成が間に合いそうになかった。

 

 




挿絵提供:まねきねこ様(生成AI:LORAなし・使用モデル「Hoshino v2」)

74話の執筆で色々なものを持っていかれてしまい、MPの回復に時間がかかっていました。
ボロボロ泣きながら74話を書いていたので、少しでも何かが読者の皆様に伝わっていればいいなぁと思います。
ようやくの終章突入です。ちゃんと完結させるつもりです。
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