レイナは手を組み、初代勇者の眠る聖櫃へと祈りを捧げる。
瞼の裏の景色を眺めながら、あることを考えていた。
私は、ヴィリア=ローゼン……彼のことを女の子なんじゃないかと疑っている。
きっかけはあの時、ヴィリアの鞄から生理用品を見つけたときだった。
あの日ヴィリアの具合が悪そうだったのは生理のせいだったと考えれば納得がいく。
身長は高いけれど、女の子だって稀に男の人くらい大きい人もいるし、髪の毛と襟に隠されたあの顔も、よくよく見てみれば綺麗な顔をしているのを見た。
一度疑念を持ってしまえば一瞬だった。
シグレと仲がいいのも、ヴィリアが女の子なのであれば辻褄が合う。
ただ、いまいち確信がない。
だから最近はヴィリアのことを観察する癖がついてしまっていた。
授業中でも休み時間中でも、ヴィリアの粗探しをしてしまう。
それでも未だ決定的な瞬間は確認できていない。
今日の沐浴でもヴィリアの姿を探したけどやっぱりいつの間にかいなくなってたし。
……って、そろそろ順番を変わらなきゃ。
ここは五人ずつしか祈れないらしいので、できるだけ早く変わってあげなければならない。
雑念に塗れた祈りを終え、目を開く。
「……え?」
そしてその目に飛び込んできた景色は、予想していたものとは全く違うものだった。
静謐な神殿内の景色……そんなものではなく、広がるのは途方もないまでの白。
確かに足をついているはずの地面も、空も存在しない。
そこは前も後ろも分からなくなるようなぼんやりとした空間だった。
「ここは……精神世界?」
横から声が聞こえ、見てみるとそこにはカルミアが困惑した顔で突っ立っていた。
カルミアだけではない。
キルシェやネネもいる。
「私達さっきまで聖堂で祈りを捧げていましたわよね……」
「すごお、面白いくらい白いね」
上下感覚がどうにかなりそうな中、ふと前の方に誰かいるのが見えた。
あの赤髪にあの後ろ姿……
「アレク?」
アレクまでいる……これで祈りを捧げていた五人全員。
祈ることでこんな空間に招かれるなんて聞いてない。
にしても、いつまでアレクはぼーっとしてるの?
その後ろ姿は微動だにしていない。
まさかまだ祈ってる?
「アレク、起きて」
アレクの肩を揺するが反応はない。
「……ッ!!レイナさん!彼は——」
カルミアのなにか差し迫ったような声が後ろから聞こえた刹那、忽然とアレクの姿が消えた。
気づけばカルミアの目前にて低姿勢のまま剣の柄を握っている。
その横顔はアレクと瓜二つの、違う顔だった。
そして今、確かな殺意がその鞘から閃光となって引き抜かれた。
「カルミア!!」
剣を理解するレイナだからこそ、すぐに悟った。
あの剣筋の威力……常軌を逸してる。
あんなもの掠りでもすれば一溜りもない。
後退り、バランスを崩したカルミアに避ける術はなかった。
だがその一閃は、空を切った。
「……あれ?私生きてます?」
横抱きに抱えられたカルミアは理解が追いついていない様子。
「無事か?」
咄嗟にカルミアを抱えてあの剣筋を避けたのは、アレクだった。
あの一撃、当たっていれば即死を免れなかっただろう。
まさか、あの男は……
「初代勇者ルド=アタール……」
手の甲に刻まれた勇者の聖印は、普通の印とは少し違い淡く光を放っている。
今日見た銅像と同じ容貌……間違いなくあれは、初代勇者。
ただその眼は、光を失っている。
そんな虚ろな目が、アレクへと落ちた。
「……魔人の仲間か」
敵意に満ちた空気はレイナ達を震え上がらせた。
剣の柄に置いた手が小刻みに震え、カタカタと金属音を鳴らす。
「ちょっと待ってくれ、誤解してる!俺達は魔人じゃない!一回落ち着いて……」
「黙れ」
また初代勇者が姿を消したかと思えば、剣と剣が交差していた。
アレクと初代勇者の剣は瞬きする間に幾千回と交わっていく。
なんとか攻撃をいなすアレクだが、どれも紙一重だ。
ギリギリで渡り合っている。
カルミアがアレクを全力でサポートしているが、これがなかったら今頃アレクは細切れになっていることだろう。
「なんで俺達を襲う!?暴走してるのか!?」
鋼のぶつかり合う金属音が絶え間なく響く。
……付け入る隙がない。
「アレクさん!!早く天稟を使ってください!!」
「それなら……もうとっくに使ってる!!」
あの動き……やっぱり天稟を使ってた。
でもそれは天稟を使った全力のアレクでさえ押されているということ。
「ぐ……ッ!!」
アレクの腹に後ろ蹴りが直撃し、勢いよく吹き飛ばされた。
あのアレクを圧倒……消耗戦に入ったら負ける。
早くケリをつけなきゃ。
——『ライトニング』
キルシェの魔力が迸った。
青光りする雷鳴が初代勇者に直撃し、一瞬の隙が生まれる。
——天稟『獣王』
——天稟『天の
その僅かにも満たない隙を見逃すことなく、レイナとネネは駆け出していた。
獣と化したネネの鉤爪。
万物を切り裂くレイナの一閃。
二つの攻撃は既に振り抜かれている。
——どさ。
身体を打ち付け、誰かが倒れた音が聞こえた。
それが初代勇者であればどれだけよかったことだろう。
「ネネ……?」
目線を横に落とすと、そこには倒れ伏すネネの姿があった。
見るに堪えない状態で。
「……腕が」
ネネの両腕は、肘から先がなくなっている。
そして己の剣が折れていることに、今気づいた。
血の気が引いていく。
「……」
まだ、嫌な予感がした。
背後を見てみると、そこに初代勇者の姿はない。
「うそ……」
どこにいるのかと周りを見てみれば……初代勇者はキルシェの心臓を一突き、貫いていた。
剣を引き抜き、次はお前だとばかりにその虚ろな目がこちらを向く。
「ネネさん!!今すぐ回復を……」
「バカ!来ないで!!」
こっちに向かってくるカルミアへ、初代勇者の剣が迫る。
「が……!!」
駆け出し、折れた剣の根元を使い間一髪でカルミアを庇うとその衝撃のままに吹き飛ばされた。
身体が何度も地に打ち付けられ、あらゆる骨が折れていくのを感じる。
「はな……してくだ……」
遠目に、初代勇者に首を掴まれたカルミアの姿が見えた。
初代勇者の冷たい目が、カルミアを見下ろしている。
今すぐ助けに向かいたいのに、身体が言うことを聞かない。
カルミアの目が白目を剥き、初代勇者の腕を掴んでいた手が力なく垂れていく。
——『天撃』
カルミアが完全に意識を失った頃、初代勇者の頭上に閃光が落雷した。
だが初代勇者は簡単に避けてみせる。
「初代勇者……だったか?」
無惨な姿で転がる仲間達の姿。
アレクの目は勇者というには余りに荒々しく、殺意に満ち溢れていた。
「過去の英雄様は静かに眠っててくれ。この時代の勇者は……俺だ」
怒りに狂いそうでありながら、冷静に構えを取る。
応えるように、初代勇者も構えた。
勇者と勇者の一騎打ち。
この一撃に全てがかかっているというのが容易に理解できた。
互いに睨み合い、合図などなくとも、その剣閃は時を同じくしてぶつかり合う。
空間が歪んだ。
「……」
「……」
初代勇者はアレクに背中を向け、刀身を鞘にしまった。
どろり、アレクの腹部に赤い一閃が浮かび上がると、胴と脚が泣き別れを始める。
その様子を、レイナは遠くから自由の効かない身体で眺めていた。
……これが、初代勇者ルド=アタール。
五人がかりでもってしても、傷一つ与えられなかった。
ゆっくりと、歩きながらこちらへ向かってきている。
あぁ、夢なら早く覚めてよ。
「最後はお前だな」
こちらを見下ろしながら、剣先を向けられる。
「斬るなら早く斬って」
敵うはずがない。
もはやもう抵抗する気さえ起きなかった。
「あぁ、望み通り」
振り下ろされる刃。
覚悟し目を瞑った。
「……?」
一向に衝撃がやってこず、恐る恐る目を開く。
するとそこには、黒手袋の着用した手で白刃取りをするヴィリアの姿があった。
「ヴィリア……!?」
ヴィリアが腹へ蹴りを繰り出すと初代勇者は後ろへ飛び回避する。
「ひぃっ!!だから来たくなかったのじゃ!!」
ヴィリアだけではない。
カーネまでそこにいた。
初代勇者に酷く怯え、レイナにしがみついて震えている。
「カーネ、よくやった。だがこの状況……どうなってる」
凄惨なこの場を見渡し、眉を顰めるヴィリア。
「一刻も早く治癒が必要だな」
「いや、ここは精神世界。肉体を再生したとて意味はない。この勇者を倒さぬ限り、ここからは出られぬ。妾がいる場合を除いてな……ひッ!」
初代勇者の目がカーネを見下ろす。
「また魔人か」
「なんにせよ、こいつが通してくれないか」
虚ろな目がヴィリアを捉え、再び初代勇者の剣がヴィリアを立て続けに襲う。
「く……!
ヴィリア……やっぱり凄い。
押されているとはいえ、どうして素手で戦えてるの?
若干口角が上がっている気がするし……
「俺がこいつを引き止めておく。カーネ、ヤバそうな奴から始めてくれ!」
「絶対こっちに来させるでないぞ!?」
ヴィリアが初代勇者の足止めをしている間に、カーネは倒れ伏すアレク達の元へ走って行った。
何をするつもり……?
「く……!アレクにもこれだけのポテンシャルがあると思うと恐ろしいな……!!」
カーネはアレク、キルシェ、ネネ、カルミアの頭へ順に手を置いていった。
すると彼らの身体は半透明になって消えていく。
「なにをしてるの……?」
「こいつを倒すなんて……ッ不可能っだからな……カーネの力で無理やりここを出る……!」
カーネがこちらに帰ってきた。
次は私らしい。
やっと……この悪夢が終わるの?
絶望に支配された脳に一筋の光が差し込んだようだった。
みんなと、また会える……
そう思ったそのとき。
「魔人は……一匹たりとも逃がさない」
ヴィリアの身体が無数の断片に切り刻まれた。
「ヴィ……リア…………」
希望なんて、存在しなかった。
ヴィリアを置いて、初代勇者の剣がカーネの背中を今にも突き刺そうとしている。
助けたくても、とうに身体は動かない。
そっか、これから私はこの真っ白の世界で屍として閉じ込められるんだ。
今、カーネの背中にその切っ先が突き刺さる……そう思われたが、刃は已のところで動きを止めた。
その刀身は、黒光りする手に握りしめられている。
「ヴィリア……!?」
「カーネ!止まるな!!」
さっき、切り裂かれてたはずじゃ……?
理解の追いついていない頭に、カーネの手が到達した。
意識が遠のいていく。
「
突如ヴィリアの制服が散り散りになり、普段隠されていた素肌があられもなく晒されていく。
ずっと気になってたヴィリアの身体……でもだめ、意識が、もたない……
レイナが目を覚ますと、不思議な程いつも通りな現実が帰ってきた。
どうやら永遠のように感じられたあの精神世界での出来事も、現実では一瞬のものだったらしい。
みんなが無事だったことにどれだけ安堵したことか。
あの後、ヴィリアに礼を言おうと探したが一向に見つからなかった。
今日はここピレ・ネリアの旅館で一晩を過ごした後、学園に帰ることになっている。
皆寝静まったこの時間を見計らって、今はカルミア達と旅館内の温泉へ向かっていた。
「今日はどっと疲れましたし、温泉で疲れを癒しましょう」
「どれだけ肝が冷えたことか……早く温まりたいですわ」
「ねぇねぇ!サウナ対決しようよ!!」
「そんな元気残ってない」
そんな会話をしながら、カルミア、キルシェ、ネネは女湯の暖簾をくぐる。
レイナも後に続こうとしたとき、とある顔と鉢合わせをした。
「ヴィリアも温泉に?」
「……あぁ」
ヴィリアだった。
この時間に来ているあたり、私達と同じ魂胆だろうか。
「今日は本当にありがとう。ヴィリアがいなかったら……って」
やっと礼を言えると思ったのに、耳を貸す気もなくヴィリアは男湯の暖簾をくぐって行った。
……やっぱり、男だよね。
今日、またヴィリアに救われた。
そんなヴィリアの秘密を詮索しようだなんて悪いし、馬鹿げてる。
そう思うようになった。
まぁ普通に考えて、男装なんていう面倒なことするはずがないよね。
レイナも、暖簾をくぐった。