呪術界の平和の象徴   作:といまるーお

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私が来たッ!!!

 圧縮された時間の中で、僅かな可能性に思考がブレる。

 

(天内!……ッ!)

 

 五条が気付いた時には、既に襲撃者の間合いだった。

 その手に握られているのは、異様な呪力を纏った呪具。

 振り抜かれ、その切っ先は無下限の防御を突破して、

 

「――――私が、来たァッ!!!」

「!?チィッ…………!」

「はあ!?」

 

 襲撃者の横合いから猛然としたダイナミックエントリー。

 その跳び蹴りをガードする襲撃者だったが、勢いまでは留めきれずに大きく吹き飛ばされた。

 一方、思わぬ横槍に五条は目を剥いた。

 

「おっさん!?」

「HAHAHA!久しぶりじゃないか、五条君!出張から、今帰ってきた所だよ!」

 

 ハイテンションにそう言って、十市要は豪快に笑う。

 そして徐にその右手に提げられていた紙袋を呆ける五条へと差し出した。

 

「はいこれお土産ね。仙台名物の喜久福!とても美味しいから、皆と一緒に食べてくれるかい?」

「は?え、はあ?」

「ああ、それと君はこのまま離脱して家入君の治療を受けて来なさい」

 

 ほら、行った行った。と無理矢理に五条の背を押し出す十市。

 釈然としない様子ながらも、疲労困憊の状態である五条はその場を離れていった。

 同時に、十市は振り返る。

 

「いやー、待たせてすまないね。ここからは、私が相手をしようじゃないか」

「…………何もんだ、お前」

「HAHAHA!ただの、体育教師だよ!!」

「ッ!」(速――――)

 

 眼前に迫る拳を前に、伏黒甚爾は目を見開きながら防御の構えをとった。

 瞬間、衝撃。呪具越しですら一切殺せない勢いのままに、その身体は大きく後方へと弾き飛ばされる。

 そこに猛然と迫る十市の追撃。

 

(クソが!(フィジカルギフテッド)以上の馬力に加えて、あの機動力!オマケに、呪具なんざ関係ないと言わんばかりに殴りやがる!このままだと、こっちの虎の子(天逆鉾)までぶっ壊されるな)

 

 空中で、伏黒は握っていた得物を格納呪霊の口にねじ込んだ。代わりに取り出したのは、赤い三節棍。

 特級呪具“游雲(ゆううん)

 五億は下らない代物であり、しかしその一方で特殊な術式効果などは付与されていない。

 純粋な力の塊とされており、担い手の膂力によってその威力を大きく上下させるシンプル故に使い手を選ぶ代物。

 伏黒甚爾の場合、游雲の破壊力は戦略兵器級。

 遠心力と膂力の二重加算VSフィジギフを上回る筋肉お化けの拳。

 

「Oh!拳にここまでの衝撃が響くのは久しぶりだ!」

「化物か、テメェ…………!!」

 

 果たして、三節棍は弾かれて、拳は痺れて震えている。だが、後者はそれだけで骨が折れる事も無ければ、皮膚の表面が僅かに赤くなることも無い。

 十市は豪快に笑う。

 

「HAHAHA!化物で結構!私は君の敵なんだからね!寧ろ、その評価は実に嬉しい!」

「クソが……!」

 

 得物の選択をミスした。そう考える伏黒も、しかし武器の持ち替えが出来るような余裕はない。

 相手に隙が無い、というのもある。だが、それ以上に目の前の男が単なる脳筋馬鹿という訳ではないというのが一番の理由だった。

 只管な力の塊である游雲であるからこそ打ち合えているが、もし仮にこれが刀剣系の呪具を選択していたならば側面からの打撃で刃をへし折られていた事だろう。

 

(最悪の相手か……!五条悟よりも、よっぽど俺とは相性が悪い!)

 

 三節棍を振るい、迫る剛拳を紙一重で逸らす。

 そして、十市はというととある事を考えていた。

 高専内にある寺社仏閣を幾つか倒壊させて出来上がった広場の中心に降り立った二人。

 

「hmmm、強いな!その呪具の扱いは、一朝一夕で出来上がるものじゃないだろう!」

「……チッ、そりゃどーも」

「そこで、どうだろうか。君、ここ(呪術高専)で働かないかい?」

「…………は?」

 

 目が点になる、というのは正にこういう事なのだろう。少なくとも、今の伏黒甚爾の顔は常の仏頂面や人を食った様な笑みは消え去って呆けた表情となっている。

 しかし、十市とて伊達や酔狂で声を掛けた訳ではなかった。

 

「最初の言ったが、私はここで体育教師、もとい体術の授業を受け持っている。ただねぇ、どうしても出張が多いせいで付きっ切りで見てあげられるのなんて、年度の授業数で半分前後って所なのさ。そこで、君だ!」

「…………」

「その体術は、実に素晴らしい!更に、扱いの難しい三節棍も空中で振るってもちゃんと威力が乗っている!つまり、武器の扱いも上手い!その技術を、子供たちに伝授するんだ!」

 

 どうだろうか?と問うてくる男に、伏黒は露骨に眉を寄せた。

 そして苛立たし気に頭を掻く。

 

「…………期待してる所悪いが、こちとらガキの相手なんざ御免被る。何より、俺には呪力も術式も無い。そんな俺が何を教えるって?」

「うん?待ってくれ!私は、戦い方を教えてほしいと言っているんだ!それに、コレはボランティアじゃない!ちゃんと教員としての給料も発生する!というか、そう言う話にする!」

「…………」

「そもそも!私が求めているのは、強者だ!そこに呪力や術式は関係ない!現に君を相手取るなら、生半可な呪術師では歯が立たないだろう?どうだい?!」

 

 敵に対する勧誘ではない。しかし、その真っ直ぐな言葉に嘘偽りは一切なかった。

 

(…………実直な馬鹿、か)

 

 自然と肩に籠っていた力が抜けて、伏黒は三節棍を下した。

 

「お前に人事権とかあるのかよ」

「HAHAHA!そこは心配しなくても良いさ!私、これでも特級術師だからね。偶には権力を使ってみるのも悪くないだろうさ」

「は?特級?」

 

 目を剥いた伏黒は、そこで頭の中で引っかかる情報を引き上げた。

 

 特級術師 十市 要。その名は、呪詛師界隈でも轟いている。

 凄まじいフィジカルで真正面からあらゆる全てを粉砕する怪物。その一方で、更生の意思を見せた場合は見逃される甘い部分もある。

 

 噂程度の情報だが、伏黒はそれら一切合切が真実であると理解させられた。

 

(五条悟?はっ……んなの目じゃねぇレベルの化け物じゃねぇか)

 

 術式頼りのお坊ちゃんなど敵ではない。伏黒は、そう言える。

 だが、目の前の男は違う。ゴッリゴリの肉体派。オマケに単なる脳筋ではなく、クレバーさも持ち合わせている。

 

「給料は、はずめよ」

「勿論さ!何なら、私の方から成果次第で報酬を上乗せしてもいいぐらいだからね」

「ハッ、流石は特級術師サマってか?」

「生憎と、私はお金の使い道がなくてねぇ。生徒たちや先生たち、それから補助監督の皆にご飯奢ったりお土産持ち込んだりする位しかないのさ」

 

 参ったね、と十市は肩を竦める。彼の預金残高は、結構な額が眠っていたりする。

 かくして、今回の騒動には一応の決着がついた。蛇足とはなるが、どこぞの宗教組織には警察のガサ入れが入ったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、また飛んだ」

 

 土つけて転がっていく同期を見やり、家入硝子はノンシュガーのコーヒーキャンディを口の中で転がした。

 そんな彼女の背後で足音が一つ。

 

「やあ!家入君!」

「あ、先生。どうもー」

 

 文字通り、見上げるほどの大男。2m越えの身長に加えて、その長身に過積載にも思える逞しい筋肉をこれでもかと搭載したその体躯は最早別次元の生き物の様だ。

 そんな大男、十市要は常の快活な笑みをそのままに僅かに目を細めた。

 

「フム、まだまだ体術のみなら伏黒君に軍配が上がるね!二人も中々に良い動きをする様になったけれど」

「天与呪縛のフィジカルギフテッドですっけ?」

「そうそう。私も、呪力強化が無い素のフィジカルじゃ彼には後塵を拝するだろうね。彼はいわば、人類の一つの到達点なのさ。呪力から完全に脱却した肉体、だからね。まあ、後半は私の友人の受け売りなんだけど」

「先生、友達いるんだ」

「居るよ!?何なら、数少ない同期だし!ちゃんと連絡だって取ってるからね!?」

 

 あからさまなオーバーリアクションで手を振り回す体育教師に、家入は笑みを浮かべた。

 家入硝子は、貴重な反転術式を他者へと行使できる術師だった。これにより、昼夜問わず彼女の元へと患者が運ばれてくる事になる。

 治療は、まだよかった。助けられなかった命も多かったが、同時に助けた命も多かったから。

 問題は、彼女に対する下卑た思想。

 男尊女卑が化石のように色濃く蔓延った呪術界の中で、女性術師の扱いは、まあ悪い。その中でも、家入への介入は更に酷かった。

 便利な術式、女。更に彼女は後ろ盾がなかった。

 悪意ある手。それらが伸ばされた時、阻んだのが十市であった。

 

 曰く『私の生徒に触れるのは、止めてもらおうか』

 

 常の快活な笑みなど消え去った険しい表情と、ドスの効いた声。そして、家入の前で壁に成る様に聳え立った大きすぎる背中。

 現状の呪術界最強の男。仮に上層部が束になって襲い掛かったとしても一蹴できるだけの明確な強さを兼ね備えた男の介入によって、家入の安寧は保たれた。

 そんな恩師より頼まれて、現在の家入は禁煙中。元より飄々としながらもストレスをため込んでいた彼女だが、十市の一声で余裕な時間が増え懐いている先輩などと出掛けたりする事でガス抜きをした結果吸う本数は格段に減っていた。

 

「先生は参加しない訳?」

「そうだね……私は、家入君の護身術を教えようか」

「ええー……?」

「HAHAHA!そう嫌そうな顔をしないでおくれよ。それに、今日は時間が取れるんだ。夜は私の奢りで何処かに食べに行こうじゃないか!」

「お、太っ腹~。先輩とかも呼んで良いの?」

「構わないとも!」

 

 豪快に笑う十市。そんな師を見上げて、家入もまた薄くはにかむ。

 

 余談とはなるが、その日の晩はどこぞのヒモと白髪サングラスが好き放題に頼んだ結果一般人では目が飛び出るような額になり。

 それを、ブラックカードで払ってみせた筋肉ダルマに守銭奴がすり寄る姿が見られた、とか。

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