〝夢を追う街〟ブーゲンビリアで、様々な悩みを抱えながら〝夢追い人〟として暮らす少女、レティシア。
 彼女はある日、目を奪われるほどに美しい、金髪の女性と出会う。そんな女性・クラウディアにも、様々な悩みがあるようだ。
 そんな『夢追いのふたり』を中心に、歪で儚い物語が始まる。

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 初めまして、(あかつき)(はるか)といいます。ネーミングセンス光る、意外とお気に入りの名前です。
 今回はお試しで投稿します。ちょっとドキドキ。初投稿なので、誤字・脱字等々色々と不備はあるでしょうが、そこはどうか、暖かい目でお願いします。
 今回の作品は、自分でも結構な挑戦作なんです。それも……っと、前書きが長くても仕方ありません。サッサと始めましょう。
 御照覧ください。これは、二人の少女の歪で儚い物語。


夢追いのふたり

 ココアブラウンの髪が揺れる。少女の横顔に浮かぶのは、不安と、期待と、夢が詰まった表情(かお)

 その少女に寄り添うように、隣に座り、彼女の頭を撫でる、傾国の美女。眩い光を放たんばかりの、美しい金糸の長髪。白くすべすべな肌。頬はほんのり薔薇色に染まっており、唇はぷっくりとしていて瑞々しい。極めつけは、見たものを深い恋の沼に落とす、真紅の瞳。信じられないほどに整った顔立ちだ。

 二人は、とある夢追いの街で出会う。それは、ある意味運命と言えるかもしれない。

 片や、文字を紡ぐ夢を持つ者。

 片や、夢を求めて放浪する者。

 この二人を中心に、歪で、儚い、(ゆめ)(まぼろし)のような物語が始まる。

 

   ◇◇◇

 

 私は、レティシア・ブーゲンビリアっていいます!

 え? いきなり名乗られて困惑した? ああっ、すみませんっ! 無理もないですね……。

 もう一度名乗りましょう。私は、レティシア・ブーゲンビリアといいます。〝夢を追う街〟ブーゲンビリアで小説家を目指している〝夢追い人〟です!!

 いまは……居酒屋さんで、バイト中です。お金が、足りないのです。お金がなくてタイプライターが買えず、今のところ小説家らしいこともできていない。そもそも小説を執筆することすらできていないので、名も知られていません。

 特にこの街では、私のように、お金を稼ぐためにここで働いて、稼いだお金で夢を追う、そういう人なんて山ほどいます。だから……私が間借りしているアパートの人たちも、自己紹介したはずなのに、私のことを『レディ』と呼ぶのです。

 女子の〝夢追い人〟は、『レディ』。男子の〝夢追い人〟は、『ボーイ』。どちらでもない〝夢追い人〟は、『ドリーマー』と呼ばれます。いちいち名前を覚えるのが面倒なのか、そう呼ばれるのです。この街で『レディ』という呼び方は、まだ無名である証。それを心に刻み込んでくる、ある意味で呪いの言葉。

「レディ! 八番テーブル!」

「あ、はい!」

 お金稼ぎのために、ただただ飛ぶ指示に従う毎日。部屋で一日を振り返って一喜一憂しては、また次の日に働く。

 自分で、本当に夢を追えているのか、不安になります。でも、それでも、頑張るんです。だって私は〝夢追い人〟だから。

「いらっしゃいませー!」

 また新しい人が入店した。

 きれいな人……この街で、女優さんでもしているのかな……。

 自然で、眩しいくらいの長い金髪に、どこまでも透き通って見える真紅の瞳。同性の私でも恋に落ちてしまいそうなくらい、きれいな女の人だった。

 

 それは、仕事中も、その女の人のことが忘れられないぐらい。

 

 すっかり夜も更けて、三日月が私の姿を照らす時間になりました。ようやく仕事も終わって、日払いのお給料をもらい、家に帰る途中です。

 いやぁ、本当に疲れました……。

 でも、あの女の人、本当にきれいだったなぁ。私もあんなにきれいだったら……。

 そんな感じに、呑気なことを考えながら帰っていました。いつもなら、こんな考え方はしません。そんな感じのせいで、ブーゲンビリアの夜道が危険なことを失念していました。

「むぐっ!? んーっ!?」

 口を塞がれて、口の中に何かが流れ込んでくる。この手のものは……睡眠薬でしょうか。酷い場合だと、媚薬とか、そういう類の薬の可能性もあります。

「へへへ、ぼけ〜っとしてっからだ! どうせ売っぱらうつもりだが……味見くらい、してもいいよな」

 私を襲撃した大柄の男が、下品な笑みを浮かべて私を見ている……。

 でも、ああ、もう、だめだ。意識が遠のいて──

「──……?」

 視界の端に映ったのは、見覚えのある金髪。私を見ていた大きな影が、遠くに吹っ飛んだような気がして──

 いやいや…ありえない…。そんな、演劇みたいな展開、あるわけない……。でも、倒れた私に呼びかけてくるその声は妙にリアルで……。

 ああ、もう──

 

 そこで、私の意識は途切れた。

 

   ◇◇◇

 

 ──暖かい……自然と安心する、いい匂いがする……。

 あれ、暗いな──そう思って、薄っすらと(まぶた)を上げる。入り込んでくる光が眩しい。目が焼けそう。それでも堪えて目を開けてみると、ありえない(もの)が私の目に飛び込んできた。

「あっ! 起きたんだね、良かった!」

「あ、なたは……」

 眼前に、信じられないほど美しい女性の顔が映っている。急接近していて、今にも唇がふれあいそうだ。すごくドキドキする……けれどこの金髪と紅い眼、見覚えが……。

「って!? ええええええええっと、あああああなたは!?」

 呂律が回らないまま飛び起きて、反射的に目の前の女性から離れてしまう。

「──っぷ、あっははは! 驚きすぎじゃない?」

 私の様子がそんなにおかしかったのか、その女性は鈴を転がしたように笑った。

「あ、名前、言ってなかったね。私、クラウディア」

「……れ、レティシア……」

「レティシアちゃんか! かわいい名前だね、よろしく」

 そのお姉さん──クラウディアさんが、私の手を握って自己紹介した。

 近くにいると、安心できる良い匂いが脳を蕩けさせる。考えていることが一気に霧散して、何も考えられなくなりそうだった──じゃなくて!?

「なっ、ななななな何が目的っ!? 拉致、監禁!? 人身売買…!?」

「そんなことしないよ! 確かにレティはかわいいけど」

「えっ、ええええっちなことする気!?」

 自分でも何を言ってるんだろうって、本当に思う。この時は、本っ当に思考が朦朧としてた。

「それはもっとしないよ!」

 

 それから少し経って、やっと頭も落ち着いた。混乱する私を宥めようとしてくれたのか、クラウディアさんは、温かい、即席のスープを出してくれた。

「どう? ちょっとは落ち着いた?」

「……はい。すいません、何から何まで……」

 さっきまでの言動が本当に申し訳なくなって、気づいたら謝ってた。

「いいのいいの! 混乱するのは当たり前だろうし! レティからすれば、ついさっきまで暴漢に襲われてたわけだし」

 そこで私は察する。ああ、この人が助けてくれたんだ。

「助けてくれたんですね……本当に、ありがとうございます」

「いいってことよ〜! 家分かんなかったから、ちょっと持ち物漁っちゃったけどね」

「へ?」

「当たり前じゃん。流石に私の部屋に連れ込むわけにはいかないっていうか……」

 至極当たり前なのに、なんだか恥ずかしい。

「レティも落ち着いたみたいだし、私、もう行くね」

 クラウディアさんはそう言って家から出ようとした。これ以上変なこと言う前にいなくなってくれるなら、私も恥ずかしい思いをせずに済む──って、そう思ったのに。

「ま、待って!」

 気づけば、私はクラウディアさんの腕を掴んでいた。

「え、え?」

「あ、あのっ、ええっと、その……」

 んんんんんんんんんんん??

 私自身、何をしているのかわからなくなってきた。なんで私はクラウディアさんを呼び止めてるんだろう?

「えっ、ええっと──」

「──っぷ! あはは! わかった、わかったよ。もうちょっと一緒にいてあげる」

 なんだか釈然としない……。そしてものすごく恥ずかしい。

 

 どれだけ経ったんだろう。時計側にクラウディアさんが座ってるせいで、時間を確認できない。

 すごく華奢な体型の人だ……ほっそりとしていて、きれいにくびれている腰周り。その少し上には豊潤な胸があって、目のやり場に困る。クラウディアさん自身の匂いなのか、彼女の香水の匂いなのか。脳天を刺激する甘い匂いが漂っていて、また頭を蕩けさせる。

 ──って、何を考えてるんだ、私は。

 なんだか、こう、クラウディアさんに近くにいて欲しいって想いが溢れ出てくる。迷惑をかけているのに……なんで留まってもらってるんだろう?

 まさか……一目惚れ?

 いや、いやいやいや!

 私は急いで、その考えをぶんぶんと振り払う。そんなわけない。何より、クラウディアさんは同性だ。そんな、ことは……。

 そう考えている時。

「……ふふ、さっきからチラチラ私のこと見ちゃって……惚れちゃったかな〜?」

 すぐ傍にクラウディアさんの顔が迫っていた。

「ふあっ!? そっ、そんなことはないです! 断じて! 絶対!」

 驚いて飛び退いた。急いでその考え諸共クラウディアさんの問いを否定する。

「ん、そっか……なんかここまで否定されると意外と傷つくな……」

「あっ、えっ? えっ、と、あの、その…ごめんなさい…」

「いやいや! いいよ! 今のところ私、ほぼ不審者だし」

 クラウディアさんはそう言っているけど、明らかに傷ついている。どうしよう、やらかしちゃった……どうすれば、機嫌直してくれるだろう……。

 頭の中でいろんな考えが渦巻いて、頭がパンクしそうになった、その時。

「……ふふ」

 クラウディアさんが私の頭を撫でた。

「へぁ!?」

「すっごい、驚くね。まぁ、こっちも悪いんだけど。驚かせてるのは、私だし。……レティ、かわいいからさ。撫でたくなっちゃった」

 頭を撫でられて、嫌な気分になることは絶対にない。でも、クラウディアさんとの物理的な距離がもの凄く縮まって、クラウディアさんの匂いがまた。すごくドキドキして、いてもたってもいられない感じがする。

「ふふっ、反応もかわいー♪」

「んぅ…」

 そんな、変な声しか出ない。クラウディアさんはもの凄い美人だし、いい匂いがするし、フレンドリーだから、どうも調子が狂う。

 クラウディアさんに会ってからの私、やっぱり変だ。

 と、ここまで考えた時、ふと、時計が見えた。時刻は現在八時半。普通の日ならば出勤時刻を()うに過ぎていたんだけど、幸い今日はお店の定休日。人が少ないお店なので、お給料は日払いだし、身分証もない私を受け入れてくれた。良いお店だ。

「それじゃあ今度こそ、私、帰るね」

「えっ、あ──」

「あ、そうそう」

 とぼけるように、クラウディアさんは言った。

「私、ここの上にいるから」

 と。

「あっ、は、はい」

「それじゃ、またね」

 ──それじゃ、またね。という言葉を、心の中で反芻(はんすう)させる。

 

 その日の夜は、よく眠れなかった。

 

   ◇◇◇

 

 次の日。

 今日はシッカリ七時半に起きて、仕事の支度をする。身だしなみを整えて、必要なものを持って──よしっ!

「行ってきます」

 私以外誰もいないその部屋にそう告げて、私は部屋を出た。

 出てすぐに入ってきたのは、クラウディアさんの顔だった。

「あ、レティ! 今日はお仕事?」

 気軽に話しかけてもらえて嬉しい気持ちと、まだ少し気まずい気持ちが混ざり合う。それを悟らせないように、私は「うん、そうなんです」と答えた。

「頑張ってね! 応援してる」

「ありがとうございます!」

 短い会話を終えて、私は勤め先の居酒屋さんに向かった。

 

 日が暮れ始めて、忙しくなってきた。注文の量も多くなってきて、どうも息切れしやすくなっちゃう……。

 そんな私の目に、クラウディアさんの姿が舞い込んできた。

(へぁっ!?)

 心の中で()(とん)(きょう)な声を出して、それが外に漏れないように抑え込む。

(ななななななんでここにクラウディアさんが──っ!?)

 と、そこまで考えて思い至った。というか、思い出した。

(そういえば昨日も来てたな……というか、ここって居酒屋さんだもんね、当たり前か……)

 なんだか動揺していた自分が恥ずかしい。

 そんな感じで、ずっと羞恥心に苛まれながら、その日の仕事を終えた。今日は忙しかったのもあったし、クラウディアさんは私が思ったよりも早く帰ってしまったから、話しかけられなかった……。

 少しの後悔を抱えながら帰路についた──のだけど。

「わぁ!」

「ふあっ!?」

 路地裏からクラウディアさんが飛び出してきた。

「あはははっ! やっぱり、レティ、驚いた時の反応が一番かわいいなあ」

「くっ、くくくくくクラウディアさんっ!? ど、どうして……」

「どうしてって、一緒に帰りたかったから、待ってたんだよ。この季節の夜は寒いねぇ〜。風邪引かないようにね」

 クラウディアさんはなんてことないみたいに言うけど──私の気持ちは!? すっごく動揺してるんだけどっ!?

 そんな心の叫びが届くことはなく、クラウディアさんは私の隣で、一緒に歩いている。

「いや、下心とかはないんだよ? でも、前、レティってば襲われかけてたじゃん? 心配でさ。知らないところでまた襲われてたら、ほんと、怖いし、寝覚めが悪いし」

 本当に優しい女性(ひと)だ──と、心の底から思う。

 

   ◇◇◇

 

 黙って歩くのも気まずかったから、クラウディアさんと、とりとめのない、お話をすることにした。

「クラウディアさんは、どうしてこの街に? って言っても、夢追い以外ないだろうけど……」

 そう呟いた私の横で、クラウディアさんの瞳が、一瞬、大きく見開かれた──気がした。多分見間違い。だって次に見た時、クラウディアさんは初対面の時と変わらず微笑んでいたから。

「そうだね。私も夢追い人だよ。そういう、レティは?」

「そりゃ、私も夢追い人ですよ。夢は……小説家なんです」

「小説家! いいね」

「はい。自分でもそう思うから目指したんです。でも……」

「でも?」

「お金が足りなくて、タイプライターも、紙も買えないんです。出版するとなると、どうしても上質な紙が必要なので……幸い、万年筆はあるんですけどね」

 気づけば、色々と悩みをさらけ出していた。夢を追うことが不安だ、今のままで本当に夢を追えるのか、追えているのか、本当に夢を追う資格があるのか……それはもう、色々と。クラウディアさんからすればつまらない妄言のはずなのに、クラウディアさんは、ずっと黙って聞いてくれていた。

「もう、不安で……私が『レディ』って呼ばれる度に、どれだけ不安に思うか……」

「そっか、そっか……」

 次第に、クラウディアさんは私の背中をさすってくれるようになった。気づかないうちに、私は、泣いていたみたい。

「私は……『ドリーマー』なんだよ」

「へ?」

 急にクラウディアさんが語り始めたので、ついポロッと、裏返った声が出てしまった。それを聞いたクラウディアさんは、また笑った。

「私はね、『ドリーマー』なの。まだ、何者にもなれてない。それこそ、『レディ』にもなれちゃいないの」

 クラウディアさんは、すごく、悲しそうだった。

 ………

 ……

 …

 アルベルタ王国出身のクラウディア・エルフレイヤは、貴族生まれだ。しかも、伯爵位。かなりのお金持ち。

 当然、貴族であるクラウディアには、〝許嫁〟として嫁ぐ先が決まっていた。そちらは公爵位の上流階級。王家に連なる家系に嫁ぐという名誉を、クラウディアは生まれながらに持っていた。

 相手の名前は、ギルベルト・アリスティア・アルベルタ。周囲への配慮をいつも忘れない、朗らかな笑顔を浮かべる好青年だ。クラウディアとの顔合わせの時だって、謙虚な姿勢と人当たりの良い態度で、クラウディアを恋に落とした。

 クラウディアは、その出会いが、本当に運命だと思っていたのだ。運命的な出会いをした殿方と、久遠(くおん)の愛の(もと)に、幸せな日々を送ると思っていた。

 結婚式が間近に迫った、ある夜。クラウディアは十五歳、ギルベルトは十七歳。クラウディアは既に、結婚後の生活を夢見ていた。住む家の外観、内装。朝食、昼食、夜食……と、色んなことを思い浮かべては、年相応にときめいていた。

 ──それまでは平穏だったのに。

 その夜、ギルベルトはクラウディアと同棲している家を抜け出した。音と不在に気づいたクラウディアは、外に出てギルベルトを探す。家のすぐ近くに、彼はいた。しかし、様子がおかしい。

「………………どうしてだ……」

 ただ、そう呟いている。クラウディアが近くにいるのを知った途端に、彼はもっと勢いづいた。

「どうしてだ!? どうして平気な顔をしていられる!? 僕も君も、もう未来を選べないんだぞ!?」

 急に彼が叫んだので、クラウディアは気圧されて喋れなくなった。

「え、え──」

「どうして何も疑問に思わない!? 婚約相手も、仕事も、未来も、すべて親に決められて、何が人生だっ!!」

 ひと通り叫び終えた、半狂乱の彼は、

「……………ずっと、そのままでいるつもりなら……君はもう、何者にもなれない」

 そう吐き捨てて、夜の闇に消えていった。

 

 後日、彼は水死体として発見された。クラウディアと同棲していた家の、すぐ近くの川の下流だ。かなり深い川だったので、溺れ死ぬには十分だったのだろう。葬式が行われて、クラウディアも出席した。

 ただ、クラウディアの中に(うごめ)く感情は、「かなしい」とは無縁のものだ。「どうして」や「なんで」に近い。

 ──君はもう、何者にもなれない。

 その言葉が、クラウディアの脳裏に染み付いている。こびりついて、離れない。

 彼の後を追うように、クラウディアも姿をくらました。彼の後を追おうと、同じようにして死のうとしたわけではない。間違っても、当時の彼女はそんなことしないだろう。

 ──何者にもなれない。

 ただ、それを(くつがえ)すために、雲隠れしたのだ。金だけはあったので、世界中を放浪した。色々な仕事を経験した。

 ──しかし、彼女が明確な〝何者か〟になることはできなかった。

 ………

 ……

 …

「とまあ、ざっくり言うとこんな感じ」

 そんな過去が──と、私は驚愕する。どちらかというと(ひょう)(ひょう)としているクラウディアさんに、そんな重い過去があるだなんて……。

「あ、ごめんね? なんだか、すごく重い話になっちゃった」

 その意外性が、私の心を締め付ける。

 そして、思ってしまう。もしかすると、我慢しているだけで、話している最中の、寂しそうな、悲しそうな表情(かお)のクラウディアさんが、本当の彼女なんじゃないか、と。

 そういう顔は、話している最中も、一瞬しか見せなかった。だからこそ、より、そう思ってしまう。

 そんなお話をしていたら、いつの間にか家に着いていた。

「それじゃ、レティ、また──」

「待って!」

 反射的に、なぜか、また、呼び止めていた。

「……上がって、行って、ください」

 それだけ言って、クラウディアさんを、()()()()家に上がらせた。

 

 一緒に夜食を食べて、たくさん、お話をした。

 今の状況、過去の話、果てには愚痴。

 次第に、私達の距離も縮まっていった。

「今日は、泊まって…行きませんか? 私──」

「うん、わかった」

 そのまま一緒にお風呂に入って、一緒に寝ることになった。狭いベッドの中、二人で話し合う。

「私……また、旅に出るよ。やりたいこととか、夢とか、ここじゃ、あんまり追えなかった」

「……」

「大丈夫だよ、心配しないで。お金と身体能力だけはあるから」

「私……私…」

「ん?」

「クラウディアさんに…行ってほしくない…」

 ずっと、思ってたんだと、気付いた。家で目覚めて、クラウディアさんの顔を見たときから、ずっと。

「え?」

「一緒に住もうよ、クラウディアさん! きっと私達なら、上手くやれる! 私達、〝夢追い人〟同士だもん!」

「い、いや──」

「それに私、クラウディアさんのこと、好きです!」

「へ?」

 素っ頓狂な声を出したクラウディアさん。次の瞬間には、ほんのり、頬が薔薇色に染まっている。

「ね? 一緒にいましょうよ。一緒に暮らしてるうちに、クラウディアさんの〝夢〟も見つかるかも──」

「……無理だよ」

「──え?」

「無理、なんだよ。一定の場所に留まり続けると、親に見つかるかもしれない。足取りを掴まれたら、もう、こういうことはできなくなる」

「あ……」

「だから……嬉しいんだけどね。レティに、好きって、言ってもらえるのは。そういう友達が増えるのは、嬉しいし」

 そういう友達──という言葉が、私には随分と軽く感じた。軽すぎる言葉に、聞こえてしまった。

「本気、なんですよ」

「え?」

「友達として、じゃないです。私の〝好き〟は──」

 その先の言葉を口にすると、クラウディアさんは、言葉が紡げなくなったようだった。

 

 ──実行するなら、今しかない。

 ──軽率だと、思われるかもしれない。

 ──確実に迷惑だし、軽い女だって、変な女だって、そう思われるかもしれない。

 

 でも、私は、クラウディアさんが、ギルベルトさんとの出会いを〝運命〟だと感じたように、私も、クラウディアさんとの出会いを〝運命〟だと思った。

 そう思ったら止まらなくなって──私は、クラウディアさんに一度だけ、接吻(くちづけ)をした。

「れ、レティ…!?」

「本気だって、言ったじゃないですか」

 私は、クラウディアさんを優しく抱きしめる。すると、クラウディアさんも抱きしめ返してくれた。

「クラウディアさん…」

「レティシア…」

 見つめ合って、私はようやく、自分が何をしたのか思い知った。我に返った、とも言うかもしれない。途端にもの凄く恥ずかしくなるけど、もう後戻りはできない。

 それから私達は、たくさん、口づけを交わした。まるで、恋人同士みたいに。その時間が私は果てしなく幸せで……クラウディアさんと出会ったのは、本当に運命だったんだって、そう思った。

「クラウディアさ──んっ」

 クラウディアさんは、また、口づけをしてくれた。

「レティ…ふふ、かわいいなぁ」

 頬が、焼けるように熱かった。

 

「──もう、寝ようか、レティ」

 夜もすっかり更けていたので、クラウディアさんに言われるがまま、クラウディアさんの隣で寝た。

 ………

 ……

 …

 夢を、見た。

 金髪の少女。自分よりも幾つか歳が上の、大親友だった。

 ちょうどクラウディアと同じような、真紅の瞳を持つ少女。その少女は、貴族生まれ。公園で孤立していたところ、レティシアと出会う。

 二人とも、お互いの名すら知らない。レティシアは彼女をカトレアと、彼女はレティシアをココアと呼んだ。

 一緒に遊び、一緒に笑って、泣いて、怒られて。もう、姉妹のような関係性になっていた、少女がいた。

 しかし、いつしか、会わなくなった。

 何があったのか、わからない。けれど、パッタリと、会う機会がなくなった。

 その少女に会うために、話すために、また同じように遊ぶために。

 レティシアは、全てのしがらみを無視して、家を飛び出し──

 ………

 ……

 …

 そこで、私は目が覚めた。

 隣に、クラウディアさんはいない。起き上がってベッドから降りて、テーブルを見ると、包みと一緒に手紙があった。

 

『レティシアへ

 

 ごめんね。私はやっぱり、旅に出ます。一緒にいられなくて、ごめんなさい。

 レティに〝好き〟って言ってもらえたこと、かなり、救いになったよ。私はずっと、何者にもなれなかったけど、あの時、あの瞬間、私は、レティの〝好き〟になれたんだって。

 直接〝さようなら〟を言えなくて、ごめんね。だって、直接言ったら私、泣いちゃうだろうし。レティも私を、全力で呼び止めるでしょ? そしたら私、せっかくの決意をなかったことにして、レティに従っちゃう。だから、ごめんね。

 それは、私からのささやかなプレゼント。それで、しっかり夢を追うんだよ。

 

 クラウディアより』

 

 急いで包みを開けると、中には高級そうなタイプライターと紙のセット。

 私は考えるより先に家を飛び出した。ブーゲンビリアの正門を通って、真っ直ぐ、道を走る。

 走って、走って、走って、走って、走って、一つの馬車が見えた。窓から、靡く、クラウディアさんの金糸の髪が見えた。

「クラウディアさーーーーーーーーーんっ!!」

 心の底から溢れる声を、喉を通して伝えようとする。

 馬車の窓から、クラウディアさんが、身を乗り出した。

「私っ!! ちゃんと、夢を追いますからーーーっ!! クラウディアさんも、夢を追って、それで──」

 苦しい、喉が痛い、疲れた。

 それでも、私は、伝えたい。

「それで、また!! またいつか、会えたら!! 時間が、あったら!!」

 クラウディアさんの顔は、長い金髪に遮られて見えない。

「また、お話しましょう!! それまで、待っていてくださーーーーーいっ!!」

 最後の最後に、お腹の底から目一杯声を出した。クラウディアさんはうんともすんとも言わないし、顔をこちらに向けてはくれなかったけど、それでも、届いたんだと、そう思う。

 そう、信じる。

 だって私は、クラウディアさんに応援されてるんだ。なら、答えなきゃ。

 立派な小説家になって、クラウディアさんにまた会った時、「ちゃんと、夢を追えてるよ」って、自慢できるようにしなくちゃ。

 ──待っててね、クラウディアさん。

 

   ◇◇◇

 

 ある時、ある場所。

 人が入り乱れる雑踏の中で、ココアブラウンの髪が揺れた。

 彼女は、最近有名になり始めた新米小説家。代表作の『夢追いのふたり』という、彼女の経験談を元に書いた小説がミリオンセラーを記録し、一躍有名人となった期待の星だ。その素顔は隠されていて、様々な噂が飛び交っている。『傾国の美女』だとか、『幼い天才小説家』だとか。的外れだが、本当に様々な噂が飛び交っているのだ。

 対して、現実の彼女は。ココアブラウンの長い髪を三つ編みにしていて、眼鏡をかけ、純白のケープがついた濃紺のワンピースを着こなす、一見すると地味めの、普通の女の子だ。しかしそれでも、整った顔立ちをしていることは否めない。

 今日の彼女は、新しい原稿を出版社・担当編集者に見せに行き、諸々の改善点や変更点を相談した帰りだ。彼女と担当編集は、両者ともに独創性を持つ者だったので、それはもう長い間語り合っていた。故に、時間もかなり遅くなってしまったようだ。

 その少女の名は、レティシア・ブーゲンビリア。

 そうして、自身の家に帰る途中の、雑踏の中で。彼女の綺麗な紫水晶の瞳が、ある人物を捉えた。

 まばゆい金糸の髪を靡かせて、美しい真紅の瞳を持つ美女だ。通りかかる人々は、皆、一度はその女性に目を奪われる。

 ただし、レティシアだけは違う。

 目を奪われる点では同じだが、内に秘める想いが、根本的に違うのだ。

 ずっと、探し求めていたような、恋い焦がれているような瞳で、レティシアは彼女を見る。そんな彼女もまた、レティシアを、いい意味で信じられないものを見る目で見た。

 そうして、少し遠慮がちに、レティシアは言う。

「時間、ある? あるなら、少し、お話しない?」

 それに対して、目の前の女性は。

「──喜んで、レティ」

 そう、答えた。

 

「私、ちゃんと、小説家になれたよ」

 

 片や、文字を紡ぎ感動を届ける者。

 

「知ってるよ。有名だもん。天才新米小説家〝レティシア・ブーゲンビリア〟ってね」

「面と向かって言われるとやっぱり恥ずかしい……そういう、クラウディアさんは?」

「私? 私はね……なんと、女優さんになっちゃった」

 

 片や、美を(もっ)人物(ひと)を演じる者。

 

 これは、夢を追った二人の、歪で、儚い、夢幻のような物語。




 どうも、暁悠です。
「夢追いのふたり」、如何でしたでしょうか。
 夢を追った二人。片や、文字を紡ぐ夢を叶えた者。片や、自分という存在を作り出した者。二人は〝出会い〟と〝恋〟を通じて、互いの未来を切り拓きました。
 そういうことを書いたのに、作者には特に『これを読んで、こう感じてほしい』という考えは一切ありませんでした(笑)。あるとすれば、(ささ)やかに、これを読んだ人が『よしっ』と、『頑張ろう』と思ってくだされば、と思った次第、でしょうか。
 夢を追うことは、果てしなく怖く、道が見えないものです。そういった恐怖、焦り、不安は、夢を追うならば必ず感じるもの──とわかっていても、なかなか払拭できないものです。
 なので、これを読んだ人が、レティシアとクラウディアのように、誰かとの出会いを通じて、不安や、恐怖すら糧にして、夢を追い、叶え──人生を謳歌することができたなら……と、そう思います。
 長くなりましたが、これからもちょくちょく、こういった単発作品を出そうかと思っております(実現するかは、また別として)。投稿できた暁には、是非とも読んでいただければ幸いです。
 それでは、またどこかで。

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