彼女はある日、目を奪われるほどに美しい、金髪の女性と出会う。そんな女性・クラウディアにも、様々な悩みがあるようだ。
そんな『夢追いのふたり』を中心に、歪で儚い物語が始まる。
今回はお試しで投稿します。ちょっとドキドキ。初投稿なので、誤字・脱字等々色々と不備はあるでしょうが、そこはどうか、暖かい目でお願いします。
今回の作品は、自分でも結構な挑戦作なんです。それも……っと、前書きが長くても仕方ありません。サッサと始めましょう。
御照覧ください。これは、二人の少女の歪で儚い物語。
ココアブラウンの髪が揺れる。少女の横顔に浮かぶのは、不安と、期待と、夢が詰まった
その少女に寄り添うように、隣に座り、彼女の頭を撫でる、傾国の美女。眩い光を放たんばかりの、美しい金糸の長髪。白くすべすべな肌。頬はほんのり薔薇色に染まっており、唇はぷっくりとしていて瑞々しい。極めつけは、見たものを深い恋の沼に落とす、真紅の瞳。信じられないほどに整った顔立ちだ。
二人は、とある夢追いの街で出会う。それは、ある意味運命と言えるかもしれない。
片や、文字を紡ぐ夢を持つ者。
片や、夢を求めて放浪する者。
この二人を中心に、歪で、儚い、
◇◇◇
私は、レティシア・ブーゲンビリアっていいます!
え? いきなり名乗られて困惑した? ああっ、すみませんっ! 無理もないですね……。
もう一度名乗りましょう。私は、レティシア・ブーゲンビリアといいます。〝夢を追う街〟ブーゲンビリアで小説家を目指している〝夢追い人〟です!!
いまは……居酒屋さんで、バイト中です。お金が、足りないのです。お金がなくてタイプライターが買えず、今のところ小説家らしいこともできていない。そもそも小説を執筆することすらできていないので、名も知られていません。
特にこの街では、私のように、お金を稼ぐためにここで働いて、稼いだお金で夢を追う、そういう人なんて山ほどいます。だから……私が間借りしているアパートの人たちも、自己紹介したはずなのに、私のことを『レディ』と呼ぶのです。
女子の〝夢追い人〟は、『レディ』。男子の〝夢追い人〟は、『ボーイ』。どちらでもない〝夢追い人〟は、『ドリーマー』と呼ばれます。いちいち名前を覚えるのが面倒なのか、そう呼ばれるのです。この街で『レディ』という呼び方は、まだ無名である証。それを心に刻み込んでくる、ある意味で呪いの言葉。
「レディ! 八番テーブル!」
「あ、はい!」
お金稼ぎのために、ただただ飛ぶ指示に従う毎日。部屋で一日を振り返って一喜一憂しては、また次の日に働く。
自分で、本当に夢を追えているのか、不安になります。でも、それでも、頑張るんです。だって私は〝夢追い人〟だから。
「いらっしゃいませー!」
また新しい人が入店した。
きれいな人……この街で、女優さんでもしているのかな……。
自然で、眩しいくらいの長い金髪に、どこまでも透き通って見える真紅の瞳。同性の私でも恋に落ちてしまいそうなくらい、きれいな女の人だった。
それは、仕事中も、その女の人のことが忘れられないぐらい。
すっかり夜も更けて、三日月が私の姿を照らす時間になりました。ようやく仕事も終わって、日払いのお給料をもらい、家に帰る途中です。
いやぁ、本当に疲れました……。
でも、あの女の人、本当にきれいだったなぁ。私もあんなにきれいだったら……。
そんな感じに、呑気なことを考えながら帰っていました。いつもなら、こんな考え方はしません。そんな感じのせいで、ブーゲンビリアの夜道が危険なことを失念していました。
「むぐっ!? んーっ!?」
口を塞がれて、口の中に何かが流れ込んでくる。この手のものは……睡眠薬でしょうか。酷い場合だと、媚薬とか、そういう類の薬の可能性もあります。
「へへへ、ぼけ〜っとしてっからだ! どうせ売っぱらうつもりだが……味見くらい、してもいいよな」
私を襲撃した大柄の男が、下品な笑みを浮かべて私を見ている……。
でも、ああ、もう、だめだ。意識が遠のいて──
「──……?」
視界の端に映ったのは、見覚えのある金髪。私を見ていた大きな影が、遠くに吹っ飛んだような気がして──
いやいや…ありえない…。そんな、演劇みたいな展開、あるわけない……。でも、倒れた私に呼びかけてくるその声は妙にリアルで……。
ああ、もう──
そこで、私の意識は途切れた。
◇◇◇
──暖かい……自然と安心する、いい匂いがする……。
あれ、暗いな──そう思って、薄っすらと
「あっ! 起きたんだね、良かった!」
「あ、なたは……」
眼前に、信じられないほど美しい女性の顔が映っている。急接近していて、今にも唇がふれあいそうだ。すごくドキドキする……けれどこの金髪と紅い眼、見覚えが……。
「って!? ええええええええっと、あああああなたは!?」
呂律が回らないまま飛び起きて、反射的に目の前の女性から離れてしまう。
「──っぷ、あっははは! 驚きすぎじゃない?」
私の様子がそんなにおかしかったのか、その女性は鈴を転がしたように笑った。
「あ、名前、言ってなかったね。私、クラウディア」
「……れ、レティシア……」
「レティシアちゃんか! かわいい名前だね、よろしく」
そのお姉さん──クラウディアさんが、私の手を握って自己紹介した。
近くにいると、安心できる良い匂いが脳を蕩けさせる。考えていることが一気に霧散して、何も考えられなくなりそうだった──じゃなくて!?
「なっ、ななななな何が目的っ!? 拉致、監禁!? 人身売買…!?」
「そんなことしないよ! 確かにレティはかわいいけど」
「えっ、ええええっちなことする気!?」
自分でも何を言ってるんだろうって、本当に思う。この時は、本っ当に思考が朦朧としてた。
「それはもっとしないよ!」
それから少し経って、やっと頭も落ち着いた。混乱する私を宥めようとしてくれたのか、クラウディアさんは、温かい、即席のスープを出してくれた。
「どう? ちょっとは落ち着いた?」
「……はい。すいません、何から何まで……」
さっきまでの言動が本当に申し訳なくなって、気づいたら謝ってた。
「いいのいいの! 混乱するのは当たり前だろうし! レティからすれば、ついさっきまで暴漢に襲われてたわけだし」
そこで私は察する。ああ、この人が助けてくれたんだ。
「助けてくれたんですね……本当に、ありがとうございます」
「いいってことよ〜! 家分かんなかったから、ちょっと持ち物漁っちゃったけどね」
「へ?」
「当たり前じゃん。流石に私の部屋に連れ込むわけにはいかないっていうか……」
至極当たり前なのに、なんだか恥ずかしい。
「レティも落ち着いたみたいだし、私、もう行くね」
クラウディアさんはそう言って家から出ようとした。これ以上変なこと言う前にいなくなってくれるなら、私も恥ずかしい思いをせずに済む──って、そう思ったのに。
「ま、待って!」
気づけば、私はクラウディアさんの腕を掴んでいた。
「え、え?」
「あ、あのっ、ええっと、その……」
んんんんんんんんんんん??
私自身、何をしているのかわからなくなってきた。なんで私はクラウディアさんを呼び止めてるんだろう?
「えっ、ええっと──」
「──っぷ! あはは! わかった、わかったよ。もうちょっと一緒にいてあげる」
なんだか釈然としない……。そしてものすごく恥ずかしい。
どれだけ経ったんだろう。時計側にクラウディアさんが座ってるせいで、時間を確認できない。
すごく華奢な体型の人だ……ほっそりとしていて、きれいにくびれている腰周り。その少し上には豊潤な胸があって、目のやり場に困る。クラウディアさん自身の匂いなのか、彼女の香水の匂いなのか。脳天を刺激する甘い匂いが漂っていて、また頭を蕩けさせる。
──って、何を考えてるんだ、私は。
なんだか、こう、クラウディアさんに近くにいて欲しいって想いが溢れ出てくる。迷惑をかけているのに……なんで留まってもらってるんだろう?
まさか……一目惚れ?
いや、いやいやいや!
私は急いで、その考えをぶんぶんと振り払う。そんなわけない。何より、クラウディアさんは同性だ。そんな、ことは……。
そう考えている時。
「……ふふ、さっきからチラチラ私のこと見ちゃって……惚れちゃったかな〜?」
すぐ傍にクラウディアさんの顔が迫っていた。
「ふあっ!? そっ、そんなことはないです! 断じて! 絶対!」
驚いて飛び退いた。急いでその考え諸共クラウディアさんの問いを否定する。
「ん、そっか……なんかここまで否定されると意外と傷つくな……」
「あっ、えっ? えっ、と、あの、その…ごめんなさい…」
「いやいや! いいよ! 今のところ私、ほぼ不審者だし」
クラウディアさんはそう言っているけど、明らかに傷ついている。どうしよう、やらかしちゃった……どうすれば、機嫌直してくれるだろう……。
頭の中でいろんな考えが渦巻いて、頭がパンクしそうになった、その時。
「……ふふ」
クラウディアさんが私の頭を撫でた。
「へぁ!?」
「すっごい、驚くね。まぁ、こっちも悪いんだけど。驚かせてるのは、私だし。……レティ、かわいいからさ。撫でたくなっちゃった」
頭を撫でられて、嫌な気分になることは絶対にない。でも、クラウディアさんとの物理的な距離がもの凄く縮まって、クラウディアさんの匂いがまた。すごくドキドキして、いてもたってもいられない感じがする。
「ふふっ、反応もかわいー♪」
「んぅ…」
そんな、変な声しか出ない。クラウディアさんはもの凄い美人だし、いい匂いがするし、フレンドリーだから、どうも調子が狂う。
クラウディアさんに会ってからの私、やっぱり変だ。
と、ここまで考えた時、ふと、時計が見えた。時刻は現在八時半。普通の日ならば出勤時刻を
「それじゃあ今度こそ、私、帰るね」
「えっ、あ──」
「あ、そうそう」
とぼけるように、クラウディアさんは言った。
「私、ここの上にいるから」
と。
「あっ、は、はい」
「それじゃ、またね」
──それじゃ、またね。という言葉を、心の中で
その日の夜は、よく眠れなかった。
◇◇◇
次の日。
今日はシッカリ七時半に起きて、仕事の支度をする。身だしなみを整えて、必要なものを持って──よしっ!
「行ってきます」
私以外誰もいないその部屋にそう告げて、私は部屋を出た。
出てすぐに入ってきたのは、クラウディアさんの顔だった。
「あ、レティ! 今日はお仕事?」
気軽に話しかけてもらえて嬉しい気持ちと、まだ少し気まずい気持ちが混ざり合う。それを悟らせないように、私は「うん、そうなんです」と答えた。
「頑張ってね! 応援してる」
「ありがとうございます!」
短い会話を終えて、私は勤め先の居酒屋さんに向かった。
日が暮れ始めて、忙しくなってきた。注文の量も多くなってきて、どうも息切れしやすくなっちゃう……。
そんな私の目に、クラウディアさんの姿が舞い込んできた。
(へぁっ!?)
心の中で
(ななななななんでここにクラウディアさんが──っ!?)
と、そこまで考えて思い至った。というか、思い出した。
(そういえば昨日も来てたな……というか、ここって居酒屋さんだもんね、当たり前か……)
なんだか動揺していた自分が恥ずかしい。
そんな感じで、ずっと羞恥心に苛まれながら、その日の仕事を終えた。今日は忙しかったのもあったし、クラウディアさんは私が思ったよりも早く帰ってしまったから、話しかけられなかった……。
少しの後悔を抱えながら帰路についた──のだけど。
「わぁ!」
「ふあっ!?」
路地裏からクラウディアさんが飛び出してきた。
「あはははっ! やっぱり、レティ、驚いた時の反応が一番かわいいなあ」
「くっ、くくくくくクラウディアさんっ!? ど、どうして……」
「どうしてって、一緒に帰りたかったから、待ってたんだよ。この季節の夜は寒いねぇ〜。風邪引かないようにね」
クラウディアさんはなんてことないみたいに言うけど──私の気持ちは!? すっごく動揺してるんだけどっ!?
そんな心の叫びが届くことはなく、クラウディアさんは私の隣で、一緒に歩いている。
「いや、下心とかはないんだよ? でも、前、レティってば襲われかけてたじゃん? 心配でさ。知らないところでまた襲われてたら、ほんと、怖いし、寝覚めが悪いし」
本当に優しい
◇◇◇
黙って歩くのも気まずかったから、クラウディアさんと、とりとめのない、お話をすることにした。
「クラウディアさんは、どうしてこの街に? って言っても、夢追い以外ないだろうけど……」
そう呟いた私の横で、クラウディアさんの瞳が、一瞬、大きく見開かれた──気がした。多分見間違い。だって次に見た時、クラウディアさんは初対面の時と変わらず微笑んでいたから。
「そうだね。私も夢追い人だよ。そういう、レティは?」
「そりゃ、私も夢追い人ですよ。夢は……小説家なんです」
「小説家! いいね」
「はい。自分でもそう思うから目指したんです。でも……」
「でも?」
「お金が足りなくて、タイプライターも、紙も買えないんです。出版するとなると、どうしても上質な紙が必要なので……幸い、万年筆はあるんですけどね」
気づけば、色々と悩みをさらけ出していた。夢を追うことが不安だ、今のままで本当に夢を追えるのか、追えているのか、本当に夢を追う資格があるのか……それはもう、色々と。クラウディアさんからすればつまらない妄言のはずなのに、クラウディアさんは、ずっと黙って聞いてくれていた。
「もう、不安で……私が『レディ』って呼ばれる度に、どれだけ不安に思うか……」
「そっか、そっか……」
次第に、クラウディアさんは私の背中をさすってくれるようになった。気づかないうちに、私は、泣いていたみたい。
「私は……『ドリーマー』なんだよ」
「へ?」
急にクラウディアさんが語り始めたので、ついポロッと、裏返った声が出てしまった。それを聞いたクラウディアさんは、また笑った。
「私はね、『ドリーマー』なの。まだ、何者にもなれてない。それこそ、『レディ』にもなれちゃいないの」
クラウディアさんは、すごく、悲しそうだった。
………
……
…
アルベルタ王国出身のクラウディア・エルフレイヤは、貴族生まれだ。しかも、伯爵位。かなりのお金持ち。
当然、貴族であるクラウディアには、〝許嫁〟として嫁ぐ先が決まっていた。そちらは公爵位の上流階級。王家に連なる家系に嫁ぐという名誉を、クラウディアは生まれながらに持っていた。
相手の名前は、ギルベルト・アリスティア・アルベルタ。周囲への配慮をいつも忘れない、朗らかな笑顔を浮かべる好青年だ。クラウディアとの顔合わせの時だって、謙虚な姿勢と人当たりの良い態度で、クラウディアを恋に落とした。
クラウディアは、その出会いが、本当に運命だと思っていたのだ。運命的な出会いをした殿方と、
結婚式が間近に迫った、ある夜。クラウディアは十五歳、ギルベルトは十七歳。クラウディアは既に、結婚後の生活を夢見ていた。住む家の外観、内装。朝食、昼食、夜食……と、色んなことを思い浮かべては、年相応にときめいていた。
──それまでは平穏だったのに。
その夜、ギルベルトはクラウディアと同棲している家を抜け出した。音と不在に気づいたクラウディアは、外に出てギルベルトを探す。家のすぐ近くに、彼はいた。しかし、様子がおかしい。
「………………どうしてだ……」
ただ、そう呟いている。クラウディアが近くにいるのを知った途端に、彼はもっと勢いづいた。
「どうしてだ!? どうして平気な顔をしていられる!? 僕も君も、もう未来を選べないんだぞ!?」
急に彼が叫んだので、クラウディアは気圧されて喋れなくなった。
「え、え──」
「どうして何も疑問に思わない!? 婚約相手も、仕事も、未来も、すべて親に決められて、何が人生だっ!!」
ひと通り叫び終えた、半狂乱の彼は、
「……………ずっと、そのままでいるつもりなら……君はもう、何者にもなれない」
そう吐き捨てて、夜の闇に消えていった。
後日、彼は水死体として発見された。クラウディアと同棲していた家の、すぐ近くの川の下流だ。かなり深い川だったので、溺れ死ぬには十分だったのだろう。葬式が行われて、クラウディアも出席した。
ただ、クラウディアの中に
──君はもう、何者にもなれない。
その言葉が、クラウディアの脳裏に染み付いている。こびりついて、離れない。
彼の後を追うように、クラウディアも姿をくらました。彼の後を追おうと、同じようにして死のうとしたわけではない。間違っても、当時の彼女はそんなことしないだろう。
──何者にもなれない。
ただ、それを
──しかし、彼女が明確な〝何者か〟になることはできなかった。
………
……
…
「とまあ、ざっくり言うとこんな感じ」
そんな過去が──と、私は驚愕する。どちらかというと
「あ、ごめんね? なんだか、すごく重い話になっちゃった」
その意外性が、私の心を締め付ける。
そして、思ってしまう。もしかすると、我慢しているだけで、話している最中の、寂しそうな、悲しそうな
そういう顔は、話している最中も、一瞬しか見せなかった。だからこそ、より、そう思ってしまう。
そんなお話をしていたら、いつの間にか家に着いていた。
「それじゃ、レティ、また──」
「待って!」
反射的に、なぜか、また、呼び止めていた。
「……上がって、行って、ください」
それだけ言って、クラウディアさんを、
一緒に夜食を食べて、たくさん、お話をした。
今の状況、過去の話、果てには愚痴。
次第に、私達の距離も縮まっていった。
「今日は、泊まって…行きませんか? 私──」
「うん、わかった」
そのまま一緒にお風呂に入って、一緒に寝ることになった。狭いベッドの中、二人で話し合う。
「私……また、旅に出るよ。やりたいこととか、夢とか、ここじゃ、あんまり追えなかった」
「……」
「大丈夫だよ、心配しないで。お金と身体能力だけはあるから」
「私……私…」
「ん?」
「クラウディアさんに…行ってほしくない…」
ずっと、思ってたんだと、気付いた。家で目覚めて、クラウディアさんの顔を見たときから、ずっと。
「え?」
「一緒に住もうよ、クラウディアさん! きっと私達なら、上手くやれる! 私達、〝夢追い人〟同士だもん!」
「い、いや──」
「それに私、クラウディアさんのこと、好きです!」
「へ?」
素っ頓狂な声を出したクラウディアさん。次の瞬間には、ほんのり、頬が薔薇色に染まっている。
「ね? 一緒にいましょうよ。一緒に暮らしてるうちに、クラウディアさんの〝夢〟も見つかるかも──」
「……無理だよ」
「──え?」
「無理、なんだよ。一定の場所に留まり続けると、親に見つかるかもしれない。足取りを掴まれたら、もう、こういうことはできなくなる」
「あ……」
「だから……嬉しいんだけどね。レティに、好きって、言ってもらえるのは。そういう友達が増えるのは、嬉しいし」
そういう友達──という言葉が、私には随分と軽く感じた。軽すぎる言葉に、聞こえてしまった。
「本気、なんですよ」
「え?」
「友達として、じゃないです。私の〝好き〟は──」
その先の言葉を口にすると、クラウディアさんは、言葉が紡げなくなったようだった。
──実行するなら、今しかない。
──軽率だと、思われるかもしれない。
──確実に迷惑だし、軽い女だって、変な女だって、そう思われるかもしれない。
でも、私は、クラウディアさんが、ギルベルトさんとの出会いを〝運命〟だと感じたように、私も、クラウディアさんとの出会いを〝運命〟だと思った。
そう思ったら止まらなくなって──私は、クラウディアさんに一度だけ、
「れ、レティ…!?」
「本気だって、言ったじゃないですか」
私は、クラウディアさんを優しく抱きしめる。すると、クラウディアさんも抱きしめ返してくれた。
「クラウディアさん…」
「レティシア…」
見つめ合って、私はようやく、自分が何をしたのか思い知った。我に返った、とも言うかもしれない。途端にもの凄く恥ずかしくなるけど、もう後戻りはできない。
それから私達は、たくさん、口づけを交わした。まるで、恋人同士みたいに。その時間が私は果てしなく幸せで……クラウディアさんと出会ったのは、本当に運命だったんだって、そう思った。
「クラウディアさ──んっ」
クラウディアさんは、また、口づけをしてくれた。
「レティ…ふふ、かわいいなぁ」
頬が、焼けるように熱かった。
「──もう、寝ようか、レティ」
夜もすっかり更けていたので、クラウディアさんに言われるがまま、クラウディアさんの隣で寝た。
………
……
…
夢を、見た。
金髪の少女。自分よりも幾つか歳が上の、大親友だった。
ちょうどクラウディアと同じような、真紅の瞳を持つ少女。その少女は、貴族生まれ。公園で孤立していたところ、レティシアと出会う。
二人とも、お互いの名すら知らない。レティシアは彼女をカトレアと、彼女はレティシアをココアと呼んだ。
一緒に遊び、一緒に笑って、泣いて、怒られて。もう、姉妹のような関係性になっていた、少女がいた。
しかし、いつしか、会わなくなった。
何があったのか、わからない。けれど、パッタリと、会う機会がなくなった。
その少女に会うために、話すために、また同じように遊ぶために。
レティシアは、全てのしがらみを無視して、家を飛び出し──
………
……
…
そこで、私は目が覚めた。
隣に、クラウディアさんはいない。起き上がってベッドから降りて、テーブルを見ると、包みと一緒に手紙があった。
『レティシアへ
ごめんね。私はやっぱり、旅に出ます。一緒にいられなくて、ごめんなさい。
レティに〝好き〟って言ってもらえたこと、かなり、救いになったよ。私はずっと、何者にもなれなかったけど、あの時、あの瞬間、私は、レティの〝好き〟になれたんだって。
直接〝さようなら〟を言えなくて、ごめんね。だって、直接言ったら私、泣いちゃうだろうし。レティも私を、全力で呼び止めるでしょ? そしたら私、せっかくの決意をなかったことにして、レティに従っちゃう。だから、ごめんね。
それは、私からのささやかなプレゼント。それで、しっかり夢を追うんだよ。
クラウディアより』
急いで包みを開けると、中には高級そうなタイプライターと紙のセット。
私は考えるより先に家を飛び出した。ブーゲンビリアの正門を通って、真っ直ぐ、道を走る。
走って、走って、走って、走って、走って、一つの馬車が見えた。窓から、靡く、クラウディアさんの金糸の髪が見えた。
「クラウディアさーーーーーーーーーんっ!!」
心の底から溢れる声を、喉を通して伝えようとする。
馬車の窓から、クラウディアさんが、身を乗り出した。
「私っ!! ちゃんと、夢を追いますからーーーっ!! クラウディアさんも、夢を追って、それで──」
苦しい、喉が痛い、疲れた。
それでも、私は、伝えたい。
「それで、また!! またいつか、会えたら!! 時間が、あったら!!」
クラウディアさんの顔は、長い金髪に遮られて見えない。
「また、お話しましょう!! それまで、待っていてくださーーーーーいっ!!」
最後の最後に、お腹の底から目一杯声を出した。クラウディアさんはうんともすんとも言わないし、顔をこちらに向けてはくれなかったけど、それでも、届いたんだと、そう思う。
そう、信じる。
だって私は、クラウディアさんに応援されてるんだ。なら、答えなきゃ。
立派な小説家になって、クラウディアさんにまた会った時、「ちゃんと、夢を追えてるよ」って、自慢できるようにしなくちゃ。
──待っててね、クラウディアさん。
◇◇◇
ある時、ある場所。
人が入り乱れる雑踏の中で、ココアブラウンの髪が揺れた。
彼女は、最近有名になり始めた新米小説家。代表作の『夢追いのふたり』という、彼女の経験談を元に書いた小説がミリオンセラーを記録し、一躍有名人となった期待の星だ。その素顔は隠されていて、様々な噂が飛び交っている。『傾国の美女』だとか、『幼い天才小説家』だとか。的外れだが、本当に様々な噂が飛び交っているのだ。
対して、現実の彼女は。ココアブラウンの長い髪を三つ編みにしていて、眼鏡をかけ、純白のケープがついた濃紺のワンピースを着こなす、一見すると地味めの、普通の女の子だ。しかしそれでも、整った顔立ちをしていることは否めない。
今日の彼女は、新しい原稿を出版社・担当編集者に見せに行き、諸々の改善点や変更点を相談した帰りだ。彼女と担当編集は、両者ともに独創性を持つ者だったので、それはもう長い間語り合っていた。故に、時間もかなり遅くなってしまったようだ。
その少女の名は、レティシア・ブーゲンビリア。
そうして、自身の家に帰る途中の、雑踏の中で。彼女の綺麗な紫水晶の瞳が、ある人物を捉えた。
まばゆい金糸の髪を靡かせて、美しい真紅の瞳を持つ美女だ。通りかかる人々は、皆、一度はその女性に目を奪われる。
ただし、レティシアだけは違う。
目を奪われる点では同じだが、内に秘める想いが、根本的に違うのだ。
ずっと、探し求めていたような、恋い焦がれているような瞳で、レティシアは彼女を見る。そんな彼女もまた、レティシアを、いい意味で信じられないものを見る目で見た。
そうして、少し遠慮がちに、レティシアは言う。
「時間、ある? あるなら、少し、お話しない?」
それに対して、目の前の女性は。
「──喜んで、レティ」
そう、答えた。
「私、ちゃんと、小説家になれたよ」
片や、文字を紡ぎ感動を届ける者。
「知ってるよ。有名だもん。天才新米小説家〝レティシア・ブーゲンビリア〟ってね」
「面と向かって言われるとやっぱり恥ずかしい……そういう、クラウディアさんは?」
「私? 私はね……なんと、女優さんになっちゃった」
片や、美を
これは、夢を追った二人の、歪で、儚い、夢幻のような物語。
どうも、暁悠です。
「夢追いのふたり」、如何でしたでしょうか。
夢を追った二人。片や、文字を紡ぐ夢を叶えた者。片や、自分という存在を作り出した者。二人は〝出会い〟と〝恋〟を通じて、互いの未来を切り拓きました。
そういうことを書いたのに、作者には特に『これを読んで、こう感じてほしい』という考えは一切ありませんでした(笑)。あるとすれば、
夢を追うことは、果てしなく怖く、道が見えないものです。そういった恐怖、焦り、不安は、夢を追うならば必ず感じるもの──とわかっていても、なかなか払拭できないものです。
なので、これを読んだ人が、レティシアとクラウディアのように、誰かとの出会いを通じて、不安や、恐怖すら糧にして、夢を追い、叶え──人生を謳歌することができたなら……と、そう思います。
長くなりましたが、これからもちょくちょく、こういった単発作品を出そうかと思っております(実現するかは、また別として)。投稿できた暁には、是非とも読んでいただければ幸いです。
それでは、またどこかで。