### 第1部
夕暮れの街並みを抜け、AZKiは小さな喫茶店の個室へと足を運んでいた。hololiveの事務所を出てから、胸の奥に溜まっていた重いものが、歩くたびに少しずつ形を変えていく。生成AIの話題が、ファンアートの世界をざわつかせている。イラストレーターたちの怒り、ファンの対立、そしてホロメンたちにまで飛び火する議論。AZKiは誰よりも調和を愛する性格だったからこそ、このギスギスした空気が耐えられなかった。運営が明確な指針を出してくれれば、みんなが傷つかずに済むのに──そんな思いが、頭の中をぐるぐると回っていた。
(私、いつもみたいに曖昧に笑って流すだけじゃ、もう限界かもしれない……)
後輩の儒烏風亭らでんを呼び出したのは、ほとんど衝動だった。らでんはデビューして間もないのに、その知識の深さと歯に衣着せぬ語り口で一気に注目を集めていた。ゴシックロリータの衣装に和扇子という異色の出で立ち、まるで江戸と西洋が交差したような存在感。AZKiは正直、最初は少し近寄りがたい印象を持っていた。自分とはあまりにも違う。でも、だからこそ新しい視点が得られるかもしれない──そう思って、勇気を振り絞ってメッセージを送ったのだ。
個室の引き戸が静かに開く音がした。
「忙しいのにごめんね、呼びつけちゃって」
AZKiが立ち上がって迎えると、らでんは優雅に一礼しながら部屋に入ってきた。黒を基調としたドレスの上を、濡れ羽色の髪が流れる。その姿はまるで夜の帳を纒った烏のように妖艶で、しかし瞳にはどこか楽しげな光が宿っている。
「なんのなんの! この儒烏風亭らでん、先輩の求めに馳せ参ずるは身に余る光栄にございます!」
らでんは大仰に両手を広げてみせた。その仕草に、AZKiは思わずくすりと笑ってしまう。緊張が少し解けた。
「これ、お口に合うかわからないけど、良かったら食べて」
AZKiはテーブルの上に置いた紙袋をそっと差し出した。中には、らでんの好物をリサーチして選んだ高級和菓子と、そして本命の松茸の佃煮が入っている。黒塗りの木箱が、紙袋の底で重みを持っていた。
「これはご丁寧に結構なものを…」
らでんは袋を受け取りながら、外観に不釣り合いな重みを感じてちらりと中を覗く。黒い木箱を見つけた瞬間、指先がぴたりと止まる。彼女の眉がわずかに上がった。
「折角の先輩のご厚意なれど、はてさて、果たしてこれは受け取るべきか。YAGOOを東京湾に沈めてこいとは、あまりにご無体な。」
(あ、さすが……一瞬で探ってきた)
AZKiは内心で舌を巻いた。すっとぼけた仕草をしているけど、らでんの目は油断なくAZKiを見定めている。運営に言及する可能性まで含めて、状況を正確に読み取っているのだろう。普段ほとんど接点のない先輩にいきなり呼び出されて、高級な贈り物まで渡されたら、誰だって警戒する。AZKiは慌てて首を振った。
「ち、違うよ! ちょっと相談というか、教えて欲しいことがあって。少し愚痴っぽくなっちゃうかもしれないから、下のはその迷惑料」
らでんは一瞬、目を細めてAZKiを見つめていたが、やがてふっと息を吐いた。
「天下の謀反人とならず、このらでん安心しきり。ご厚意は今宵の晩酌で有り難く。わたくしでお力になれることでしたら、なんなりと」
完全に警戒を解いてはいないが、真意は伝わったようだった。AZKiはほっと胸を撫で下ろす。
店員が飲み物を運んできた。温かい抹茶ラテと、らでんが注文したらしいほうじ茶。店員が退出すると、個室に再び静寂が戻る。AZKiはカップを両手で包み込みながら、ゆっくりと口を開いた。
「生成AI、AI絵師って聞いたことあるでしょ。ファンアートとかで議論になってて。わたしも、どっちの味方だって迫られたことがあって。他のホロメンは意見を言ったり言わなかったりバラバラで。私、あまりイラストとか法律とかに詳しくないし……」
言葉を紡ぐたびに、胸の奥のもやもやが少しずつ形になっていく。らでんは、ただ静かに聞いていた。扇子を膝の上に置き、時折小さく頷くだけ。その沈黙が、AZKiには不思議と心地よかった。
ひとしきり話してから、AZKiは息を吐いた。らでんは、まるで碁石を打つように静かに口を開いた。
「……つまり、あずき嬢は、運営が指針を示せば、ホロメン間の意見の違いもなくなり、自分も悩まずにすむのにと思っている?」
(……!)
AZKiは目を見開いた。自分の口にできなかった本音を、まるで読心術のように言い当てられた。驚きと同時に、どこか安心感が胸に広がる。
「だって運営の方が、ホロメン個人より知識もあるし、ホロメンやファンを納得させる力もあるでしょ。そうすれば、みんな争わなくて済む」
らでんは小さく頷きながら、続けた。
「先程、あずき嬢が踏み絵を迫られて困ったというお話でしたが、自分自身の事の解決というより、みんなに争ってほしくないというのがより強い願い?」
「そう」
AZKiは自分が思っていた以上に、真っすぐに声が出た。らでんの質問は的確で、まるでカウンセリングを受けているようだった。不思議と落ち着く。自分の考えが、少しずつ整理されていくのを感じた。
らでんは、ふっと微笑んだ。
「なるほど、なるほど……。お話はおおむね理解しました。……あずき嬢が私に求めるのは、感情の共感ですか、意見の提示ですか、問題解決ですか?」
その質問に、AZKiは一瞬言葉を失った。他のホロメンとの会話では、こんな風に選択肢を提示されることはなかった。いつも「大変だね」「困ったね」で終わってしまう。でも、らでんは違う。真剣に、AZKiの望みを問うてきた。
少し考えてから、AZKiは答えた。
「……まずは意見が欲しい。問題が解決できれば一番いいけど、決断するのは私」
らでんは意外そうに僅かに目を丸くすると、すぐに好意的な笑みを浮かべた。
「まずはお断りを。このらでんも専門家ではないので、素人の1意見として考えて下さいな。また、この問題は何が正しいか、世間では決着がついとりゃしませんので、数学の方程式のような解は無いと思うて下さい」
そう前置きして、らでんは和扇子をゆっくりと開いた。まるで高座に上がる落語家のように、朗々と語り始めた。
「まず事実として、生成AIは他者のイラストを無許可に学習対象にしていますな。それを、イラストレーターが著作権違反だと訴えている。巷では生成AIを用いたイラストがあふれ、既存のイラストと比肩するレベルに達していた! 絵描きは職を奪われてしまうのか!? 命運や如何に! ……ここまでは宜しいですね」
AZKiは黙って頷いた。らでんの言葉は、まるで芝居の台本を読むようにリズミカルで、しかし内容は鋭く核心を突いていた。
「先輩には釈迦に説法ですが」
らでんは前置きして、歴史の授業のように続けた。
「一方その頃。Vtuberという文化は既存の、イラストレーターやグラフィッカーに支えられながら成長して参りました。『公式イラスト』という単語が示す通り、その影響は今なお健在。AIで描かれたイラストがどれだけ精巧なものになろうとも、法的・社会通念的に世間から認められなければ、企業として使用することは出来ませぬ。それまでは、既存のクリエーターと関係を維持する必要がありんす」
らでんはパチン、と扇子を閉じた。その音が、個室に鋭く響く。
「閑話休題。世間の生成AIの未来は誰にも分かりませんが、隆盛はもはや不可逆の流れ。少なくとも、短期的には。仮に、運営という最も強い権力者がAIの廃絶を主導した場合、Vtuberあるいはhololiveは世界の潮流から脱落することになりましょう。道徳的正しさや法的根拠は、この際関係ありんせん。結果として、そうなると言うお話です」
らでんの目が、すっと細まった。まるで月下の日本刀のように、冷たく光る。
「となれば、運営の『企業としての』立ち位置はおのずと定まり。ホロメンやあるいは影響下のクリエーターを使って状況をあえて決着させず、自らは不干渉を貫くのです。よいですか、運営は怠惰なのではありません。これは意志ある沈黙です」
AZKiは息を呑んだ。
「小早川ってわけ。ホロメンのみんなやファンが苦しむより、自らの安寧の方が大事だと」
無意識のうちに、声に怒りが滲んでいた。らでんは小さく頷いた。
「優しさで飯が食えりゃあ人間苦労しません。むしろ、らでんはメンバーに全部ゲロしない方が優しさと見ますかな。もちろんホロメンには機嫌よく精々稼いでもらわにゃってのもありますが、こういう話をされて、目が濁らぬ強い人たちばかりでもございますまい」
らでんは僅かに視線を逸らした。その横顔に、微かに憐憫の情が浮かんでいる。
AZKiは、初めて見るらでんの表情に、胸が締め付けられた。
(らでんさん……ホロメンに、傷ついてほしくないんだ)
この後輩は、ただの知識人じゃない。ちゃんと心がある。AZKiは、そう確信した。
### 第2部
AZKiはカップをそっと置き、らでんの横顔を見つめた。扇子の音が途切れてから、個室に漂うのはほうじ茶の香りだけ。外の街灯が窓から差し込み、らでんの黒髪に淡い金色の筋を描いている。
「つまり、運営は少数のホロメンには真意を伝えて、あとは自然に任せてると」
AZKiの声は低く、どこか震えていた。怒りというより、悲しみに近い感情が胸の奥で渦を巻いている。
らでんはゆっくりと頷いた。悠然と扇子をあおぎながら、まるで囲碁の対局を俯瞰するように。
「私はそう見ますかな。そら嬢、ありゃholoのご神体みたいなもの、運営と同義のものを動かせば、影響が大きすぎる。運営は不干渉を指示しているでしょう。フブキ嬢は企画屋として問題に直面する頻度が高く、古参ゆえ他メンバーへの影響力もあり、現実的な中庸案を掲げさせるには適任です。腹芸できる器用さも、アングラな仕事を任せる運営との信頼関係もある。……まあ、個人的感想を言えば、他者へのお願いベースで強制力をミスリードさせる戦略は好みじゃあありゃあせんがね」
最後の言葉に、らでんの声がわずかに尖った。扇子をパチンと畳む音が、静かな部屋に鋭く響く。閉じた扇子で手のひらをパチン、パチンと叩く。そのリズムは、どこか苛立ちを隠しきれていないようにAZKiには聞こえた。
(らでんさん……こんなに怒ってるんだ)
朗々と語っていた後輩の、初めて見る感情の揺れ。
らでんはふっと息を吐いて、表情を整える。
「……一つ、面白い話をしましょうか。とあるホロメン、と申し上げておきますが、その御仁はAIで出力した絵にファンアート『タグ』を付けないでと『お願い』しております。おかげ様で、熱心なファンはファンアートがAIかどうか血眼になって探しております。一方、タグを付けないファンアートはAIを使い、投稿してよいそうです。また、ファンアートは配信素材として使用させていただく場合があると言っております。偽ってAI絵にファンアートタグを付けたアカウントはミュートにするとも。……これらの示すところは?」
AZKiは一瞬、言葉を失った。頭の中で点と点が繋がっていく音がした。
「……ファンアートをタダで使うシステム……」
声が震えた。
らでんは口元をにやりと曲げたかと思うと、一閃の速さで扇子の切っ先をAZKiに突き出した。猛禽のような目が、AZKiの遥か後ろを、明確な殺意をもって睨みつけていた。
「ご名答。ファンにファンアートを監視させ、自らはファンアートにフリーライドする。付け加えれば、ファンは忠誠心をくすぐられ、既存の著名なイラストレーターは採用率が上がって自己顕示欲が満たされ、御仁は最悪間違ってAI絵を使って、後から追及されても、投稿者が偽ってタグ付けしたのが悪いのだと言い逃れできるわけですな。利害が一致した幸せな共利共生。いやはや、誰が考えたか、三方良しの見事なシステムですなぁ。そんな御仁が、やれ技術の発展だ、クリエーターの権利だのとご高説を垂れるのです。そして、それを資金に恵まれ、Vtuber業界・クリエイティブ業界を牽引すべき、世界に冠たる我らがホロライブがやっている。私はそれに我慢がなりません」
「……ご無礼を」
らでんは恥じ入るように扇子を静かに下げた。らでんの声は最後、かすかに震えていた。手には扇子が折れそうになるほどきつく握りしめられている。AZKiは、初めて見るらでんの「怒り」に、息を呑んだ。
らでんは芸術というイラストに最も近い世界の人間だ。この問題の行く末を、社会の在り方を誰よりも真剣に考えてる。そこに、邪な動機で触れられることが許せないのだろう。
「へえ……らでんさんって達観してて怒りとか無縁だと思ってた」
AZKiが小さく呟くと、らでんはふっと自嘲気味に笑った。
「そういうシステムに自らを組み込んでる時点で能書きを垂れる資格は無いのかもしれませんが、せめて心は清らかでいたいってだけです。あてくしも、うら若きピチピチの乙女なんで、青臭ぇ理想論かも知れませんが」
その言葉に、AZKiは思わずくすくすと笑い出した。緊張が一気に解けて、肩の力が抜ける。
「あなたに運営の息がかかっていて、周りの火消しをしてるって可能性は?」
AZKiが冗談めかして尋ねると、らでんは涼しい顔で首を振った。
「口達者ですが影響力が足りんせん」
「じゃあ、実は私が運営側のスパイだという可能性は?」
AZKiは悪の組織の女幹部みたいに悪い顔をして、いたずらっぽく身を乗り出した。らでんは一瞬目を丸くして、それから声を出して笑った。
「あなたは聡く強いが、幾分他人にお優し過ぎる。AにはAに向いた話、BにはBにふさわしい話がありんす」
まるで生徒のイタズラを軽くいなす先生のように、さらりと返されてしまう。
「ちぇー」
AZKiは子供っぽく拗ねてみせた。らでんはそれを見て、楽しそうに目を細めた。
「今後の私たちの立ち位置は?」
真面目な質問に戻ると、らでんの表情も引き締まる。
「あずき嬢は既に正解を引き当てておりんす。駒が勝手に動けば盤面が乱れましょう」
(……余計なことはするな、ってこと?)
AZKiは唇を噛んだ。
その様子を見て、らでんはばつがわるそうに扇子で己の後頭部をポンポンと叩きながら、
「あてくしも途中で私情が入ってしまい、焚き付けるようになってしまったことは不徳の致すところではありますが…」
らでんは姿勢を正すと、AZKiを真正面から見据えた。静寂が場を一瞬で支配する。
「先輩を見込んで、敢えて諫言させていただきます。……物事は複数の面があり、複雑に絡み合っています。完璧な結果だけを出し続けることは出来ません。それが神ならざるヒトの限界というものです。賽の出目に一喜一憂していては本質を見失います。大事なのは、その壺振り士が善性のものか悪性のものか、それを見定めることではないでしょうか。今のあなたは、傷ついた我が子のかたきを必死で探す母親のよう。このままでは、憎しみは身体を蝕んで呪いとなりましょう。……先輩は、この会社を信じますか?」
AZKiは頭を思い切り殴られたような衝撃を受けた。この会社は善のものか、悪のものか。社長の言葉。ホロメンと過ごした日々。ファンの声援。自分の心の中にあるもの。
らでんは静かに続けた。
「老婆心から申し上げれば、手に余るものを持ち続ければ、人は破滅します。わたしはこんな身なりとしゃべくりなので、よく誤解されるのですが、わたしは皆に幸せになってもらいたいのですよ」
その声は、どこか寂しげだった。扇子を机の上に置いて、らでんは祈るように天を見上げた。
AZKiは己を恥じながらも、確かな口調で答えた。
「……らでんさん、ありがとう。あと少しで、自分は怪物になるところだった」
らでんは我が子をあやすように、AZKiに語り掛けた。
「人の噂も七十五日と申します。付け加えるなら、人のために怒れるというのは、稀有な特質です。あずきさんのそういう優しさは、好ましいと思いますよ」
さらりと返された言葉に、AZKiはどきりと胸が高鳴った。らでんが、優しい視線でこちらを見ている。AZKiは思わず頬を赤くした。
「……意外。ちょっと感情めんどくさい奴だと思われてると思った」
「人は自分に無いものを求めるものです。打てば響くのもメンバーの中にあっては得難き特質です」
AZKiは、ふっと息を吐いた。胸の奥にあった重いものが、少しずつ軽くなっていくのを感じる。
「ありがとう、らでんさん。少し気が楽になったわ」
らでんは微笑んだ。その笑顔は、どこか寂しげで、でも確かに優しかった。
「先輩のお役に立てて光栄です。これは本心ですが、今度コラボしましょう」
「言葉に真実味が無いのは、自業自得ではありますが時に困りものですね」
らでんが自嘲げに小さく呟いた。その声に、AZKiはくすりと笑った。
### 第3部
喫茶店の個室はすっかり夜の色に染まっていた。窓の外では街灯がぼんやりと光を滲ませ、時折通り過ぎる車のヘッドライトが壁に白い筋を描いて消える。AZKiはカップの底に薄く残った抹茶ラテを眺めながら、ゆっくりと息を吐いた。
(……なんだか、すごく軽くなった)
胸の奥に溜まっていた重苦しさが、まるで霧が晴れるように薄れていく。らでんの言葉は鋭くて、時に冷たくて、それでいてどこまでも優しかった。自分とは違う視点で、でも決して自分を否定せずに、ちゃんと向き合ってくれた。
らでんは扇子を膝の上で静かに閉じ、AZKiを見つめている。その瞳は、まるで夜の闇を映した湖のようだった。
「あずきさん」
突然、らでんが小さく名前を呼んだ。いつもは大仰に「先輩」とか「あずき嬢」とか呼ぶのに、急に素の呼び方になって、AZKiはどきりと胸を高鳴らせた。
「ん?」
「実はですね、わたし、こういう話をするの、ちょっと苦手なんです」
らでんは少しだけ視線を逸らして、珍しく弱気な笑みを浮かべた。
「口は達者ですけど、人の気持ちを傷つけるのが怖くて。いつも、どこかで逃げ道を作っちゃうんです。でも、今日は……あずきさんが真っ直ぐに来てくれたから、わたしも逃げずに話せた気がします」
(……らでんさん)
AZKiは、胸が熱くなった。いつも朗々と語る後輩が、こんな風に素直に弱さを見せてくれるなんて、思ってもみなかった。
「私も、らでんさんに話せてよかった。……実は、ちょっと怖かったんだ。こんな話したら、嫌われちゃうんじゃないかって」
AZKiが小さく笑うと、らでんもくすりと笑った。
「嫌われる? まさか。むしろ、わたし、あずきさんのそういうところ、すごく好きですよ」
その言葉に、AZKiは思わず頬を赤くした。らでんは静かに続ける。
「人のために怒れる人って、ほんとに稀有なんです。わたしは、いつも達観してるふりして、実は逃げてるだけだから。あずきさんのそういう真っ直ぐさと強さ、尊敬します」
「らでんさん……」
AZKiは、ふっと息を吐いた。なんだか、目の前が少し滲んでいるような気がした。
「ねえ、らでんさん。私、決めた」
らでんが小さく首を傾げる。
「私は、私なりにやっていく。運営が何を考えてても、ファンが争ってても、私は……みんなが笑ってられる場所を守りたい。それが、私にできることだから」
らでんは、静かに微笑んだ。その笑顔は、どこか寂しげで、でも確かに誇らしげだった。
「それでいいと思います。あずきさんは、あずきさんのままでいてください。それが、一番美しい」
AZKiは、らでんの言葉に、胸が熱くなった。涙がこぼれそうになって、慌てて目を擦る。
「ありがとう、らでんさん。……ほんと、来てくれてよかった」
らでんは、ふっと息を吐いて、立ち上がった。
「さて、そろそろお暇しましょうか。明日の仕事に障ってはプロとは言えませぬ」
「うん! 今度、絶対コラボしようね」
二人は個室を出て、夜の街へと歩き出した。冷たい風が頬を撫でるけど、胸の奥は温かかった。
(私、ひとりじゃなかった)
AZKiは、隣を歩くらでんの横顔を見上げた。ゴシックロリータのドレスが夜風に揺れて、まるで闇の中の花のようだった。
「らでんさん」
「ん?」
「また、相談してもいい?」
らでんは、くすりと笑った。
「いつでもどうぞ。先輩の声が聞けるなら、あてくし、喜んで」
二人の足音が、夜の街に小さく響く。争いの火種はまだ消えていない。でも、今夜、AZKiは確かに一歩を踏み出した。
(これからも、きっと大丈夫)
AZKiは、らでんと並んで歩きながら、心の中で呟いた。
夜空には、細い月が浮かんでいた。まるで、二人の新しい絆を見守るように。
完。
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