俺は妹を守る為に妹を傷付けた   作:紫糸ケイト

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妹と暮らす為に

 

 この料理が、俺の夢を後押ししてくれる。

彼女を、妹を救うという夢を応援してくれる。

雇い主を喜ばせるため、笑顔になってもらうため、俺は作りたてのポトフとトーストを運んでいる。

昨日の夜から仕込みをして、一切手を抜かずに作り上げた自信のある朝食だ。

 

「しっかし、何回見ても広いよなぁ」

 

 俺が住み込みで働くこの場所は、俺のような者が住むには不相応な家であり、十分すぎるぐらい綺麗で、周囲の人にも恵まれ、労働環境も揃っている。

広すぎてヘトヘトになっている時にすぐベッドにダイブ出来ないのが難点と言えば難点だが、それに文句を言ってはバチが当たるってもんだ。

なんせ、家賃や水道光熱費などのお金がかからないんだからな。

 

「よし、今日もがんばろう!」

 

 くすみ一つ無い窓ガラスがいくつも並び、埃が一つも落ちていない綺麗な廊下を朝食を乗せたカートと共に進み、いつもの部屋の前についてノックをする。

時刻は午前六時半、これから会う彼女が起きて身支度を整えている時間ぴったりだ。

木製の大きな扉の前で深呼吸をして、俺はノックした。

 

「お嬢様、朝食です」

 

「どうぞ入って下さい、待ってましたわ」

 

 この先から、透き通るような、可憐な声がする。

気品があって、落ち着いていて……どこか冷たい、普段通りの声でもある。

これは屋敷や様々な物を背負う運命を背負って歩む、この屋敷の主の娘、神目あてらの声だ。

俺と同じ高校一年生……いや、もうすぐ二年だが、とても同い年とは思えない威厳と、大人っぽさがある彼女の声が大好きだ。

周囲からどこか冷たい声と言われていても、それは変わらない。

 

「どうしましたか、早く入ってきて下さい」

 

「先に聞いておきますけど、お嬢様は……服を、着てますよね」

 

 先日の事が忘れられない。

またやらかしたら、お嬢様は笑うだけかもしれないけれど……。

 

「あら、まさか淑女たるこの私が、いずれ神目家を背負うこの神目あてらが服を着ていないとでも?」

 

「……この前、下着のままベッドに腰かけてましたよね」

 

「あれは日々頑張る追妹ゆうま君にご褒美をあげようと思っただけですわよ」

 

 そんなご褒美はいらない。

本当にやめて下さい、マジで頼みます。

前にお嬢様の下着を見たって事が何故か屋敷の全員に知られていて、執事さんからは『やるねぇ!』とからかわれ、メイドさんからは『男が年頃の女性の下着を見たのなら責任を取らないといけないのは、わかってるんだよね?』とかいわれて……しまいにゃ神目さんのお父さんに『君が神目を名乗る日は遠くないだろうな、今からお義父さんと呼んでくれてもいいぞ』ととどめをさされ……とにかく恥ずかしかった。

 

「あのですね、もう少し自分の体を大切にして下さい」

 

 俺だって男なんだけどなぁ……。

あれ、もしかして男として見られてない?

でも下着がご褒美だとか言ってたし……って違う違う!

今は仕事中だ、しっかりしろ、俺!

 

「相変わらず頭の固いマジメ君ですわね……はいはい、ちゃんと着てますわよ、とにかく朝食を下さいな」

 

 扉を開けると、そこには既に制服に着替えたお嬢様がいた。

彼女は長い髪は綺麗にポニーテールでまとめている最中だったみたいで、こんな屋敷に住んでいながらそこらへんで買えそうな真っ黒なヘアゴムを咥えている。

なんでもアレが一番使いやすくていいらしいが……俺に悪夢のような過去を思い出させる。

俺が弱かったばっかりに、守れなかった事を、現実を押し付けられているような気さえしてくる。

 

『嫌ッ! わたし、お兄ちゃんと離れたくない!』

 

 アレを見ると、いつも妹との別れを思い出すんだ。

安物のヘアゴムにガチャガチャから出てきた赤色のハートのオモチャをつけていて、それを手首に巻いていた姿が必ず思い出される。

もう十年以上も前の出来事だが、俺が妹を忘れた事は無い。

あいつ……何処にいるんだろう。

 

「……見すぎですわよ」

 

「へ?」

 

「昨日読んだ同人誌に書いてありましたが、男性は女性のうなじに興奮するのでしょう? うかつでした、まさかゆうま君が下着よりもうなじに興奮するタイプだったとは……今回もお父様に報告しなければ!」

 

 笑っているお嬢様。

だけど、瞳が笑ってない。

まただ、また表情と感情が一致してない。

いやそれはいつも通りだからいいとして、そんな事よりも……!

 

「前回報告したのもお嬢様だったんですか!?」

 

「お父様も喜んでいましたわよ? あんな真面目で努力家な息子が欲しかったとも言っていましたわ」

 

 高評価なのは嬉しい。

俺みたいな一般人にとって高嶺の花でしかないお嬢様の相手として"アリ"だと言ってくれているんだから、それはいい。

しかしなんつー本読んでるんですかこのお嬢様は!

確かにそんな本もあるけれど、絶対に女子高生が読む本じゃないでしょう!

 

「報告はやめて下さい……また屋敷に悪評が……」

 

「最初の何も出来ないゆうま君ならともかく、誰よりも努力して厨房を任されるようになった今の貴方をこの屋敷で悪く言う人なんていませんわよ」

 

「それとこれとは別ですよ! めちゃくちゃからかわれたんですからね!」

 

「フフッ、貴方の反応は本当に面白いですわね、冗談ですわよ、今回は誰にも報告しませんわ」

 

 冗談……だよな、本当に勘弁して欲しい。

この人をよく見ていると分かる事だが、彼女は表情と感情が一致しない。

怒っていても笑っているし、笑っていても泣いている。

人間なら持ち合わせているはずの自然さが、時折彼女から喪失しているような気さえする。

 

「貴方の作る料理はどれも美味しいです、毎日食べたいと思っていますよ」

 

 彼女はスプーンでじゃがいもを小さく砕きながら、視線を俺に向ける。

少し大きな塊から一口サイズに、そしてさらに細かくしていく、可憐な笑顔でやる事とは思えない程カンカンとスプーンと皿が触れる音まで立てている。

もう見慣れた光景で怖いとは思わない、不気味ってぐらいだ。

 

 それにしても、いつ見てもなんて綺麗な瞳と横顔だろうか。

触れてはいけない物なのに、触れたくなるような可憐さがある。

まるでバラのような、凛と我を主張しつつも美しさを共存させている。

だが一緒の屋敷で暮らしてきた俺には分かる、そこには、まさしくバラのようトゲがある。

しかもそれは小さくない、触れれば、たちまちズタズタになるだろう大きさのトゲがそこにある。

 

 不思議な美しさを持つ彼女の事が、俺は好きだ。

働き先を提供してくれて、住む場所も与えてくれた。

そこでただ甘やかすのではなく、生き抜く為の技術も習得させてもらえたんだ。

 

『貴方の努力の結晶たるこの一皿、とても美味しかったですよ』

 

 努力を認めてくれた。

そして、これまで見た事がない。

学校じゃ他の誰にも見せない笑顔も見せてくれたんだ。

惚れない男なんて、いないだろう。

 

「貴方の作った最後の料理、美味しいですよ」

 

「最後じゃないですよ、ちゃんと通いますから」

 

「それでも、貴方はここを出ていくじゃありませんか」

 

「出ていきますけど、引き続き仕事に来ますよ、住み込みのバイトから普通のバイトに変わるだけです」

 

 返答を間違えてはいけない。

そんな予感がする。

きっと、こんなにも美少女なのに、お金持ちなのに、話せば面白い人なのに、人が彼女に寄り付かない理由はコレだろう。

ある程度距離を取っていれば問題ないけれど、彼女の懐に飛び込むとその異質さに気付いてしまうんだ。

言葉に言い表せないような、この圧にやられてしまう。

 

「……一人暮らしが夢でしたわよね、寂しくなります」

 

「全部、ここで働かせて貰ったおかげですよ、ありがとうございました」

 

「こんな事なら、貴方の賃金を最低時給を割ってでも安くしておくべきでしたわね、そうすればもっと一緒にいられたのに……」

 

「さらっと怖いこと言わないで下さい」

 

 この人なら今からでも過払いだったから返せとかいいかねないぞ。

そして、この言葉は多分本気で言っている。

 

「さてと、冗談はこの辺にして……あとは妹さんを探すだけですわよね?」

 

 冗談かどうか分からない言葉を受けてから、彼女はにこやかに食事を続けた。

サクサクとしたトーストを白魚のような指で割いて、多めに注いだスープに浸して食べている。

塗ってあったバターが広がっていくのと同時に、彼女は続けた。

 

「妹さんと暮らすのが夢なんて、随分家族想いなんですのね」

 

「……俺はあの時、妹を守れませんでしたから、今度こそ守るって決めたんです」

 

 俺の妹、追妹ゆうこには四才の頃から会ってない。

両親の離婚で父親に引き取られた俺と、母親に引き取られた妹。

離婚前から喧嘩ばかりの両親の怒号に二人で怯え、抱き合って眠った事を今でも覚えている。

あの時の俺にとって妹は精神的な支えであり、殴られる妹を見てこの子だけは絶対に守ろうと動いたが、体の小さな当時の俺では何もできず、泣く妹に謝る事しか出来なかった。

 

「貴方の過去は聞いていますわ、虐待を受け、互いに必要としていた相手と引き裂かれ、連絡も取れないなんてとても残酷ですわね」

 

「あの日からずっと……アイツが安心して暮らせる場所を作りたいって、そう思ってたんです」

 

「ここで暮らしてもいいんですよ?」

 

 流石にそれは出来ない。

仮に妹がここで働くとしても、そこまで迷惑をかける訳にはいかない。

それに……。

 

「それじゃ、俺じゃなくてお嬢様が妹を守る事になりますから、遠慮します」

 

「必要なのは妹さんを守る事であり、誰が守るというのは関係ない気がしますが……貴方は言い出したら聞かない人ですし……それでも、辛くなったらいつでも戻ってきて下さいね」

 

 俺は朝食を終えたお嬢様と共に車に乗り、学校に向かった。

そして、今日の放課後から、俺だけの聖域を手に入れる。

学校から歩いて30分以内で、近くにスーパーもある。

バイト先であるお嬢様の屋敷には数分とかからずにいける。

そこで俺は、妹と暮らす為の準備をし始めた。

もう10年以上会ってない彼女を出迎える為に……。

 

「あとは、探すだけだな」

 

 今日はもう遅い、明日にしよう。

学校が終わってから、昔の家だったりを回ればいい。

最悪親父から母さんの連絡先を聞いて……いや、そっちの方が手っ取り早いな。

学校終わりに、家に帰ってみよう。

 

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