睡眠不足でふらふらになっていた俺を心配してくれたのか、それとも殴ってしまった謝罪なのか、もしくは姉らしい頼れる一面を俺に見せてまた惚れさせるつもりなのかは分からないけれど、藤川さんが夜の食事当番を変わってくれた。
『代わってやるけど、ちゃんと寝ろよ』
『藤川さん……いや、藤川ママ!』
『お前、次それ言ったらブロックすっからな』
帰宅途中、行き道と同様に妹は胸を使って誘惑してきたが、変に浮かび上がる煩悩は藤川さんとメッセージのやり取りをする事で俺は殆ど反応せずに帰ってくる事ができた。
ありがとう、藤川さん!
今度貴女の大好きな季節のフルーツタルトを作りますから!
「お兄ちゃん……違う、ゆうま君」
姉弟プレイはやめろ。
いや兄妹だけど、その姉弟は絶対におかしいし、健全じゃないだろ。
兄と妹が逆転してお姉ちゃんと弟になるとか普通じゃないよ、聞いたことないもん。
「お兄ちゃんでいいって、どうした?」
「私のために頑張ってくれて、ありがとう」
玄関を開けて部屋に戻り、電気を付けると妹は俺から離れた。
てっきりまた脱ぎ出したり、キスをしてくるかも知れないと警戒していたが、そんな素振りはまったく見せない。
まるで年相応の少女のような笑顔で、さっきまでの狙いを付けたオスを見るような表情の一切が身を潜めている。
だがここで油断してはいけない事は分かっている、次にだからお礼をしたいとか言い始める前に手をうたないといけない。
「ああ、お前と一緒に暮らす事が出来て嬉しいよ」
「私なんかと一緒に暮らして……嬉しいの? ご飯も作れないし、お兄ちゃんの疲れも癒せない、こんな役立たずな私だよ?」
「当たり前だ、この生活が俺の夢だったってのはお嬢様から聞いたよな? 夢が叶って嬉しいんだっての」
「私、本当に何もしてないよ?」
「そうか? お前はちゃんと……」
落ち着け、言葉には気を付けろ。
口に出す言葉を慎重に選べ。
眠くて頭があまりまわらないとしても、ここは返事を間違えちゃいけない。
対価は受け取っているんだ。
お前がこの部屋で俺と暮らしてくれているのだから、それだけで十分だと伝えたい。
「お前は俺の言ったとおり、勝手に家に帰ったりしなかったろ? 一緒に暮らしたいって俺の願いを聞いて、そのお礼としてお前は自分の自由を俺にくれたんだからな」
「でも……」
妹は納得してくれない。
朝夜のキスのルールに加えて、住みかを選ぶ自由すらも俺が彼女から取り上げたのに、それでは足りないと思っているのだろう。
ならば、さらに背負わせてやる。
ただしそれはお前のお礼じゃない、俺が考える、新しいルールのお礼だ。
「ゆうこ、こっちこっち」
「お兄……ちゃん? えっと、座ればいいの?」
俺は座布団をポンポンと叩いて、妹をそこに座らせた。
不思議そうに俺を見る妹を余所目に、俺はかけ布団を引っ張ってきた。
布団を見て何故か妹は身構えたように見える。
おそらく、そういう事をするのだと勘違いをしているんだろう。
「お兄ちゃん、私服着たままだから……」
「違う、ちょっと太もも借りるぞ」
「スカート、めくっておく?」
絶対やめろ。
そんな当たり前みたいに言うな。
もっと恥ずかしがってくれたなら、どれだけよかったか……ハァ。
「いや、そのままでいい」
「え、お兄ちゃ……何してるの」
「何って、膝枕ってやつ体験してみたかったんだよ、まあ追加のお礼だと思ってくれればいい……ふぁ……眠い、俺が起きるまで膝枕で寝かせてくれるか?」
我ながらいい考えだと思う。
妹をお礼という言葉で縛り、膝枕を継続させる。
こうすれば彼女は寝ている俺に……無いとは思うけれど、変な事をしてこないだろう。
まぁ……そのアレだ。
高校生の兄妹が、妹の膝枕を希望するってのは中々ヤバい絵面かもしれないが、少なくとも健全だ。
それに実際、膝枕を体験してみたかったのもある。
俺にも妹にも得しかないのだから……うん、完璧!
「お兄ちゃ……これ、恥ずかしいよ……」
「こら動くな、眠たいんだから……んじゃおやすみ」
「膝枕なんて……初めてしたよ、お兄ちゃん」
元々眠いのもあるが、妹の膝枕はとても寝心地がいい。
もちもちと、それでいて低反発枕のような彼女の足はとても快適だ。
毎日これで眠りたいな……あ、もう無理、睡魔に勝てない。
「お兄ちゃん、寝たの?」
妹が少しだけ動いた。
それでもこの睡魔には勝てない。
すまんな妹よ、数時間お前は枕としてここで座っていてもらおう。
悪く思うな……よ?
「……必要としてくれてありがとう、お兄ちゃん」
布団をリズムよく、軽くポンポンと叩くのを感じる。
まるで母親が赤ちゃんを寝かしつける時にするみたいに、優しく、妹は俺を寝かそうとしてくれている。
いやそれはいい、めちゃくちゃ嬉しいんだが……問題はこれじゃない。
彼女の体からは、傷を洗うために使った消毒液や包帯に薬の匂いがする。
だけどそれに混じって、俺の知らない匂いがした。
俺と同じシャンプーにボディーソープを使っているのに、知らない匂いがする。
甘くて重くて、鼻から脳の奥にしみつくような……妹の、"メス"の匂いを近距離で浴びているような気分だ。
気持ち悪い。
それに少しでも反応した自分が気持ち悪い。
俺は妹にそんな感情をぶつけたりしない。
何度もそう思っていたし、昨日はそれで眠れなかったはずだ。
妹のキスに期待したと発言した自分を責めて、二度とこんな事のないように、妹を女性として見ないように……少しでも"普通の兄妹"のように過ごすと決めたはずなのに。
俺の体はそうじゃなかった。
妹を家族として見ていないみたいだ。
だが本能的に沸き上がる俺の中の獣は、俺の理性に弾かれている。
それでもガンガンと理性の壁を叩く獣の振動で、俺の中に矛盾が生じて、気持ちわるさを生み出す。
俺の中の獣よ、俺が義父のような事を妹にする訳がないだろう?
するにしても、藤川さん……あ、人妻だわ。
ならお嬢様は……。
「いいこ、私を守ってくれる、お兄ちゃんはいいこ」
妹が頭を撫でている。
彼女から感じる匂いとは違い、今の全ての行動にそういった変な物は何一つ無い。
ここにあるのは感謝と安堵と、母性ぐらいだろう。
しかし妹に母性を感じるってのも中々さすがに……。
あ、また……眠くなってきた。
瞼が完全にくっついて、それが丈夫な糸で縫われたように開かなくなった。
俺が目覚めた時、外は真っ暗になっていて、妹も座ったまま眠っている。
とても穏やかで、落ち着いた表情だ。
本当にコイツ、可愛いな。
顔に傷はあるけれど、兄から見ても彼女はとても可愛い。
この平和な睡眠を守り続けたいと、より一層心に決め、俺は二度寝に入った。
不思議と、妹に"メス"を感じなくなっていて、より深い眠りに誘われたんだ。
翌朝、俺が視界の半分が妹の胸で隠された状態に驚きながら目覚めた。
彼女も起きた事に気づいたのか、目を閉じて俺の頬にキスをしてから。
「おはよう、お兄ちゃん」
とびっきりの笑顔で笑ってくれた。
「おはよ、よく眠れたよ、ありがとな」
「いつでも言ってね、お兄ちゃん気持ち良さそうに寝てたし……それに、私もいい夢を見たの」
「へぇ、どんな夢だよ」
「お兄ちゃんがね、私を必要としてくれる夢!」
「ならそれは夢じゃなくて現実だな、俺はお前の為にいるんだから、お前が必要なのは当然だし」
膝枕から起きあがると、妹は立ち上がり膝を曲げ伸ばししている。
かなりの時間使わせてもらったから、きっとしびれていたりするのだろう、時々バランスを崩しそうになりながらストレッチをしている。
「朝食、作るよ」
「あ、お兄ちゃん」
「ん、朝食のリクエストか?」
「お兄ちゃんって、藤川さんやあの神目さんに膝枕されたこととか、あるの?」
お嬢様に膝枕される……いや一回も無いな。
藤川さんは確か、ここは旦那専用だとか言ってたっけ。
「いや、無いな、膝枕で寝たのは初めてだよ」
「そっか、私が初めてなんだね……えへへ」
何故か妹は、朝から機嫌が良かった。
次からも、この膝枕ってのは使っていこうかな。
俺が少し気持ち悪くて苦しむだけでこの笑顔が見られるのなら、お釣りがくるだろう。